愛すべき姉妹
「れっ、劣化……?」
予想外の単語に、柄長から間抜けな声が漏れる。
「あはは。そうそう、劣化コピー。で、戸籍上に登録してるのは、さっき見せた指からちっさい火が出る能力ってことにしてるんだけどさ」
煮麼筮は再び二本の指を揃え、先程のライター程度の小さな火を出して見せる。
「これも、一番最初にコピーした元ネタは、軍用レベルの凄まじい火炎放射的な大炎を出せる人の能力だったんだけどね。私は視認すれば色んな能力を一応コピー出来るんだけど、模倣した後は、オリジナルよりずっと規模も威力も劣化した弱々しい状態でしか発動出来ないのよ。これが私の限界」
煮麼筮は指先の火を消し、さらに別の指からぽわんとした小さな蛍火や、薄く頼りない紫の小さなオーラ、弱々しく黒く細い茨を次々と生み出す。そしてもう片方の手を柄長の前に差し出すと、その指先がうねり、筮麽がよく使うのと同じ触手へとどろりと変化した。だが、その触手は筮麽の生み出す極太で強靭なものと比べると酷く細く、せいぜい彼女の細い指と同じ程度の太さしかなく、比べると貧弱だ。
「そうそう、姉さんの能力って、すっごい不便だよねー。元のオリジナルの高火力を自力で出すためには、複数の似たような能力を掛け合わせないと全然ダメなんだよ」
横に座る筮麽がふんす、と鼻を鳴らしてひどく自慢げに笑ってみせ、左手を高く持ち上げる。
次の瞬間、空間が震えた。
巨大で高密度の光弾、圧倒的な圧力を放つ純度の高い紫色のオーラ、そして腕程ある極太の本来の触手。さらに、その触手には、鋭く歪な棘を生やした漆黒の茨が螺旋状に絡みつくように発生している。複数の強力な能力を同時かつ完璧に発動してみせたのだ。その全てが、火力、大きさ、完成度共に、煮麼筮の発動した能力を遥か高みから見下ろすように凌駕している。
「はぁー。またそうやってすぐ能力マウントぉ? 性格悪いなぁ。まぁ確かにさ、異能の出力という点においては、筮麽が完全に私の完全上位互換なのは悔しいけど認めるよ」
「え? でも別にそんなに気にしなくてもいいんじゃない? 姉さんの能力の方が私よりずっと燃費が良いし、日常生活の利便性だけで見れば、私とそんなに変わらないでしょ」
眼前の規格外の姉妹が、世界を滅ぼしかねない本来の恐るべき模倣能力を惜しげもなくさらけ出しながら、まるで昨日のテレビ番組の話でもするかのように、そう軽口を叩き合っている。
「…………こりゃおったまげたわ。言葉も出ねぇ」
柄長は心底からの驚愕に顔を引き攣らせた。やはりこの巨大な姉も、あの化け物じみた筮麽と全く同じ系統の、模倣という異常な能力の持ち主だったのだ。そりゃあ、姉も妹と同じように、あれほどの山のような飯を食うわけだな、と妙な納得をしてしまう。
「いやぁー、それにしてもまさか、あの大の人見知りの筮麽が、自分の本当の能力の秘密を話してる子がいるなんてねぇ。さっき聞いた時、めちゃくちゃびっくりして心臓止まるかと思ったわ」
煮麼筮もまた、心底驚いたような表情で柄長の顔をまじまじと見た。
「筮麽が他人にここまで心を開くなんてね。柄長ちゃん、こいつから相当信頼されてるよ。すごいすごい」
「ちょ、ちょっと姉さん、変なこと言わないでやめてよっ! そういうんじゃないからっ」
普段は無表情な筮麽が、柄長の目線から逃れるように少し慌てた様子で照れ隠しに言う。煮麼筮はそれを見てからかうように軽く笑い、
「あはは、めんごめんご。……でも、柄長ちゃん、やっぱり一番最初は驚いたでしょ? こいつの能力の模倣なんて事実を知った時は」
「ま、まぁそうですね。私も、初めて目の前でこいつの能力の真髄を知った時は、比喩じゃなく本当に腰が抜けましたし、神か何かかと思いました」
柄長も当時の恐怖を思い出し、たはは、と力なく笑って見せる。今でこそ、その膨大すぎる能力をぐーたら怠惰なことにしか使っていない筮麽には呆れ果ててはいるが、かつて彼女の口から本当の能力の正体を打ち明けられた時は、生命の危機を感じて心底畏怖したものだ。煮麼筮は過去を懐かしむように続けて、
「私もさ、まだ子供の時にこいつの能力を知った時、マジで驚いて声も出なかったよ。自分の能力の完全な上位互換、完璧な模倣能力なんてさ。化け物が産まれたって思ったもん。まぁ、そういう複雑な事情もあって、私と同じように本来の能力の正体は世間には隠すようにしたって訳」
「なるほど、お二人にはそんな深い事情があったんですね」
柄長もすべての合点が飛び、深く納得したように手を顎に当ててみせる。
「まぁ、隠すのは自己防衛として当然というか、徹底しないと確実に命が危ないからね。この全人類が異能を持つ異能普遍社会で、他人の能力の無差別コピーなんて凶悪な力が知れたら、それこそ国家指定危険能力の認定なんかじゃ済まないだろうし。一生研究施設に幽閉されるんかな? 知らんけど」
「そうそう、本当の事が周りに知られたら面倒くさそうだし。だから私も姉さんも、戸籍上では全く別の能力ってことにして、誤魔化してんのよ」
煮麼筮の現実的な発言に、筮麽も深く同意するように続く。全人類が何かしらの異能を持って生まれるこの社会構造において、他者のアイデンティティを奪うに等しい模倣能力など持っていると知られれば、国から危険人物としてマークされる程度では決して済まない。最悪の場合、存在そのものを抹消──いや、しようとすれば世界そのものが返り討ちにあうが。
「つってもさ、筮麽。あんたが戸籍上偽装してる、触手能力ってやつ、あれ明らかに設定盛りすぎだけどね。属性五つ以上も持った多重属性なんてさ、それだけでもめちゃくちゃ希少で目立つんだからね? ただでさえ多重属性ですら、相当なレアモノとして扱われてるんだし。もっと地味なのにしとけばよかったのに」
煮麼筮が、偽装設定の甘さについて鋭い指摘を突きつける。
「いいんだよ、これで。姉さんみたいに、外でちっこい火しか使えないんじゃ、いざという時不便すぎるし。私はこの便利な触手で生きていくって決めたの」
そういい筮麽は反省する素振りも見せず、ソファーで偉そうにふんぞり返った。
「まぁ、そういうわけだから柄長ちゃん。私らの能力の話、絶対に秘密ね。まぁ、あの警戒心の塊みたいな筮麽が心底信頼してすべてを話してる君なら、誰かに言いふらすなんてことはないとは思うけどさ」
煮麼筮が身を乗り出し、柄長の目を真っ直ぐに見据えて言う。その態度は、先程までの明るく陽気な雰囲気とは打って変わって、冷たく研ぎ澄まされた真剣そのものだ。
「……わかりました。絶対に誰にも言いません。約束します」
柄長も、姿勢を正し、極めて真摯な口調で真っ向から返す。
「もー、なんなのさ急にこの重苦しい空気。ほら、二人ともいつも通りにリラックスしようよー。なんか私まで居心地悪くなるっ」
緊張感が高まる中、そこへ筮麽の普段と何ら変わらない、緊張感の欠片もない間延びした声が響く。柄長は、そのあまりにも場違いな声に一気に気が抜け、ピンと張り詰めていた表情が崩れ落ちた。
「あーいやいや、ごめごめ。そんなマフィアの尋問みたいに詰めたかった訳じゃないんだ。でも一応ね? 万が一世間にバレたら、私達の平穏な生活が終わって色々面倒くさそうだしさ、念押しね」
煮麼筮も姉としての威厳をすぐに引っ込め、表情をいつもの明るいものに戻し、豪快に笑ってみせる。
「は、ははは……痛いほどよくわかってます。しっかりと肝に銘じときますよ」
柄長も額の汗を拭い、やや恐縮しつつも笑顔で返した。
「ま、それはそうと、柄長ちゃんのテクノロジー操作の能力は、これから存分に有効活用させてもらうよー? まぁ、私のは劣化コピーだから、柄長ちゃん本人のオリジナルほど出力も精度も高くないだろうし、ちょっとした家電のスイッチのオンオフくらいしか遠隔で出来なさそうだけどね……技術操作系の能力は現代じゃ超絶レア能力だからさ、他の能力と併用して強化しようにも、似た能力が見つからなくて全く出来ないのがネックなんだよねぇ」
煮麼筮は、自身の能力の限界を嘆きつつ、眼前の恵まれた妹をやや恨めしそうな瞳で見つめる。筮麽であれば、オリジナルの能力を寸分違わず全く同じ威力で完璧に模倣するどころか、彼女が内包する無数の他能力を複雑に掛け合わせることによる強化でさらに精度も限界まで高め、オリジナルを遥かに凌ぐ神がかった能力へと容易に昇華することも可能なのだが。
「どんなに強力な能力を模倣しても、私の場合はオリジナルには遥かに劣る、使い物にならない状態でしかコピー出来ないからねぇ。なんで、同系統の能力を複数見つけるか、出力増幅系の能力で底上げして強化しないと、オリジナルの足元にも及ばないんだけど。こいつはそんな苦労を一切しなくても、見て理解した瞬間に完全なコピーがポンと出来ちゃうからさー。小さい頃は、理不尽すぎて本当に嫉妬したもんよ」
煮麼筮は指先から発した微弱な光のオーラを空中で器用に矢印の形に変形させ、憎まれ口を叩きながら筮麽の方を指してみせた。
「……すげぇな、あんたの家系は。DNAがどうなってんだよ。悪魔とでも契約したのか?」
柄長は、光の矢印で指されてるのにも関わらず、全く気にする様子もなく、だらしない目でぼけっとしていた筮麽に向かって呆れ果てて尋ねる。
「んー? いやでも、姉さんの方が私より優れてる部分もちゃんとあるんだよ。確かに性能は劣化コピーだけど、本質を理解しないといけない私と違って、見たあとちょっと能力の詳細な仕組みを知識として知っただけでコピーできる応用力があるし。私より圧倒的に燃費も良いし、何より威力が弱い代わりに、極限まで細かい能力操作の精密さはピカイチなの。その点だけで見れば、大味な私よりは確実に上かな」
「おいおい、それ完全に上位者が下位者を哀れむ嫌味でしかないぞー、それっ! 全然慰めになってないからなっ!」
そんな、一般人からすれば理解の範疇を超える、規格外の怪物姉妹による高度すぎる会話。
「まぁ、ごちゃごちゃと言ってもね。私も筮麽も、この力を使って世界を支配しようとか、特に何か悪さしようなんて大それたことは微塵も思ってないから、そこは安心してな。能力なんてものは、ちょっとだけ日々の生活を豊かにして、楽するための便利な道具くらいでちょうどいいの」
「そそ、姉さんの言う通り。寒い冬の朝、布団に入ったまま念動力で身支度したり、ワープ・ゲートを冷蔵庫の中に開いて寝たまま食べ物持ってきたり、真夏に冷気で部屋を冷やしたり、瞬間移動で満員電車に乗らずに楽に大学行くくらいで十分なの。能力なんて」
「あんたは少しは一般社会の常識を学んで自重しろっ!」
「ちょっ、姉さん、いきなり何すんのさっ」
悪びれもせず、神の如き力を極限まで自堕落な私的利用に注ぎ込んでいる現状を堂々と吐露する妹の頭頂部に、どす、と重い音を立てて煮麼筮の強烈な手刀が直撃した。
「ははは、そうですね。やっぱり能力なんて、こういう平和な使い方でいいですよね。私も自分の能力でアパートの電気代を極限まで浮かせたり、家電を触れずに遠隔で稼働させたりしかしてないですし」
柄長は、最強の力を持つ彼女たちの根底にあるものが、限りなく小市民的であることを再確認し、心底安心したように笑う。
「だろー? 能力なんてこんなもんでいいのさ。気張るだけ損損」
煮麼筮も頭をかきながら豪快に笑う。
「あー、頭痛いー。ねぇ姉さん。説教はもういいから、そろそろ食後のタバコいい? 美味しい食後の楽しみと言ったら、やっぱりタバコでしょ」
筮麽が頭をさすりながら、強引に話題を嗜好品へと変える。
「お、そうだね。私も吸いたかったところ。筮麽から聞いてるけど、柄長ちゃんも吸うんだよね? タバコ」
「まぁ、はい。私は紙じゃなくてiQOSですけど」
「細かいことは気にしない気にしない。ベランダに出て、一緒に吸おうぜぇ。ええと……あ、外に出るためのサンダルね、ちょっと待って。はい、サンダル一丁あがり」
煮麼筮が何もない空間に手をかざすと、シュン、という風を切る音と共に、彼女の巨大な手の中から、柄長の足のサイズに合いそうな少し大きめの真新しいサンダルが忽然と現れた。恐らく、無機物を生成するなんらかの物質具現化系の能力のコピーだろう。
「わざわざありがとうございます」
柄長は素直にサンダルを受け取った。
劣化コピーとはいえ、それを無尽蔵にストックできる煮麼筮の能力保有数に、特に明確な上限は存在しない。彼女もまた、妹の筮麽程の圧倒的な暴力性はないにせよ、この異能普遍社会における規格外の存在なのは変わりない事実。
「ほらー、柄長、姉さん、何モタモタしてるの。早く早くー」
気付けば、いつの間に移動したのか、既にガラス戸の奥のベランダに出ていた筮麽が、口に紙タバコを咥えながら急かすように手招きをしている。
「もー。相変わらず変なところだけせっかちなんだから、うちの筮麽は。ほら柄長ちゃん、早く行ってあげよ? あいつ、自分が待たせれるとすぐぷんすか子供みたいに怒るから。自分はいつも平気で遅刻して人を待たせるくせにさ」
煮麼筮はやれやれと苦笑しつつ。巨大な身体を持ち上げて立ち上がる。部屋の片隅の木箱から自身の愛用するタバコの箱を取り出した。
「全く、筮麽はどこにいてもいつも通りだな」
柄長は呆れて笑いつつも、心底からの安堵の表情を浮かべた。もし仮に、この圧倒的な力を持つ姉妹が、魔王の如し邪悪な思考の悪人であったならば、この世界は即座に崩壊し終わっていたに違いないだろう。
しかし、この果てしなく怠惰な筮麽と、明るくしっかりものの姉である煮麼筮。彼女達の思考がどこまでも小市民的で、平和を愛する怠け者で心底良かったと、柄長は天に感謝する思いだ。
自身が持参した手提げ袋。
見慣れたデバイスであるiQOSを取り出す。
「さてと、一服しますか」
早くあの、ベランダで既に旨そうにタバコを吹かしている、愛すべき世界最強の能力者の元へ行かねば。
柄長は心地よい疲労感と共に。
ソファー。
ゆっくりと腰を上げた。




