亜鳴蛇煮麼筮の真の能力
柄長は、横のソファーでゴロゴロと怠惰に寝転がる友人に言葉を投げかけた。
「てか、あんたの姉って本当に普通の能力なんだね。筮麽の姉妹だから、てっきり同じようにやばい能力かと」
柄長は、もう一度筮麽に姉の能力の話題を振ってみる。超常的な異能が社会の基盤を完全に構築している異能普遍社会において、能力は千差万別とはいえ。あの筮麽の姉が、先程見せられた指先からライター程度の火を灯すという、拍子抜けするほど小規模な能力の余韻がどうしても拭えなかった。
「ん? あ、そうだ。能力か。そういえば、そのことまだ姉さんに話してなかったか」
筮麽が、重力に逆らうようにゆっくりと上体を起こし、ソファーから立ち上がる。
「え? どうしたのさ急に」
「んー、ちょっとだけそこで待っててね」
筮麽は柄長の問いに直接は答えず、そのまま長い足を動かしてキッチンまで歩き、洗い物をしている煮麼筮の巨大な背中の隣に並んだ。そして、水音に紛れさせるように、姉の耳元へ顔を寄せ、なにやら小声で内緒話をしている。
柄長の鋭い観察眼。その怪しげな行動を絶対に見逃さない。
「えっ、まじ!?」
次の瞬間。煮麼筮が、心底驚いたようにぎょっとした声を上げた。その二メートルに迫る長身が、文字通り跳ね上がる。
「なんだよ筮麽、そういう重要なことはもっと早く言ってよっ!」
「だって姉さんが何も訊いてこないからいけないんでしょ」
煮麼筮が大きな手でバシバシと文句を言いながら筮麽の肩を叩くが、当の妹は痛がる素振りも見せず、しれっとした顔をしている。
一通りの抗議を終え、筮麽がのっそりと戻ってきて、再びソファーの柄長の隣に腰を下ろした。
「ぜ、筮麽。一体、何を話したのさ」
柄長は、得体の知れない不安に駆られ、僅かに震える声で尋ねる。
「んー? ふふ、サプライズってやつ。洗い物が終わった後のお楽しみだよ」
筮麽は、ただ不敵にニヤリと笑った。
やがて、キッチンの水音が止み、煮麼筮が全ての大皿の洗い物を終えた。
そして、清潔なタオルで濡れた手を丁寧に拭いたあと、こちらへと振り返り、長い歩幅で歩み寄ってくる。
柄長は、周囲の空気が僅かに変質したのを肌で察知した。
(まさか……)
能力の話題を出した絶妙なタイミングで、筮麽が煮麼筮に耳打ちをし、彼女が飛び退くように激しく驚愕した事実。先程、柄長自身が煮麼筮に能力を尋ねた時に、煮麼筮がなにやら一瞬だけ深刻に考え込む様子を見せていたのを、鮮明に記憶している。
やはり。
何か裏がある。
「柄長ちゃん」
向かいの席にどすっと腰を下ろした煮麼筮。
真剣な眼差しで口を開く。
「はっ、はいっ」
「そう言えば、さっきの食事中は私もすっかり訊きそびれちゃってたんだけどさ。柄長ちゃんって、そもそもどんな能力を持っているのさ?」
「あー、えーと。私は、電波でテクノロジーを操る能力で……こんな感じです」
柄長は自身の能力を実演すべく、人差し指をスッと立てる。バチッ、と鋭い炸裂音と共に、指先から水色の稲妻が発生した。その後、柄長の金色の瞳が鮮やかな水色に発光し、天井に設置された高効率発光素子のシーリングライトが、瞬時に水色の電磁フィールドで覆い尽くされた。
そして、柄長が念じると、部屋の照明がチカチカ、と意図的なリズムを刻んで点滅を繰り返して見せた。
「へぇー、凄いね! 電気の発生と、テクノロジーへの直接干渉の二重属性ってこと? かなり器用だね」
「そうですね。電子機器とか、車とかでも機械類なら、電波が届く範囲でなんでも自在に操作できますよ」
柄長が少しだけ誇らしげに答えると。
パチッ、と。
唐突に、煮麼筮の巨大な手から、極小の紫電が発生した。
「ぎょええっ!」
柄長の口から、カエルが完全に潰れたような情けない悲鳴が飛び出る。
「こうかな? ちょっと感覚が違うけど」
煮麼筮が低く呟く。彼女の美しく神秘的なヴァイオレットの瞳が、柄長のそれと同じように、しかし一層深い紫色に妖しく光り輝く。すると、同じように天井のシーリングライトが紫の電磁フィールドに包み込まれ、柄長の時と全く同じリズムでチカチカと点灯を始めた。
「なるほどなるほど。これは現代社会じゃかなり便利な能力を手に入れたなぁ。ホロフォンの充電とか、家電の遠隔操作とかやり放題じゃん」
喉が引き攣る。
まともな声が出ない。
全身の筋肉が硬直し、冷や汗が背筋を伝う。この現象。目の前で起きているこの理不尽な光景。
あの亜鳴蛇筮麽が振るう、視認した能力を行使する能力の挙動と全く同じではないか。
「あ、ええと、煮麼筮さん。それは、その……」
極度の混乱の中、何とか震える声を振り絞る。
「柄長ちゃん、全部知ってるんだってね。うちの筮麽が隠し持っている、本当の能力についてさ」
「あー、ええと……まぁ、はい。お恥ずかしながら」
煮麼筮の真っ直ぐで真剣な眼差し。嘘は付けない。観念して正直に頷く。
「ちょっと姉さん。柄長が蛇に睨まれたなんとか? みたいに縮こまっちゃうでしょ、そんなに無駄に威圧すると」
背後からぬっ、と筮麽が顔を出し、姉の態度を窘める。
「あっ、ごめんごめん柄長ちゃんっ! いやぁ、まさか家族以外の部外者で、この妹の本当の能力まで知ってる人がいるなんて思わなくてさ……つい驚かせちゃった」
煮麼筮は、先程までの威圧感を綺麗に消し去り、申し訳なさそうに頭を掻いて笑った。
「あ、あの~。煮麼筮さん、その、お姉さんの本当の能力っていうのは」
柄長は、動揺を解ききれないまま恐る恐る尋ねた。
煮麼筮は一つ深い深呼吸を置く。静かに口を開いた。
「私の本当の能力はね、視認した能力を劣化行使する能力だよ」




