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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第二章 夏休み

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37/54

煮麼筮の海老炒飯

 快適な冷気で満たされたリビング。

 柄長と筮麽は、ソファーに深く腰掛け、たわいない会話を交わしつつ待機していた。

 やがて。

「できたよーんっ! お待たせー!」

 キッチンから、煮麼筮の底抜けに呑気な声が響き渡る。

 彼女は長い脚で悠然と歩み寄る。テーブルの上。三つの巨大な皿をことん、と置いた。それは、常人の胃袋の許容量を明らかに超越した特盛の炒飯。一粒一粒が卵を纏って黄金色に燦然と輝く米粒に、香ばしく炒められた翠緑のネギ、そして大ぶりな新種の海老、黄金煌海老アウレウム・シュリンプが惜しげもなく混ざり合っている。

「おお」

 芳醇な香りに鼻腔をくすぐられる。柄長は思わず感嘆の声を漏らした。

 高校を卒業し親元を離れてから早二年。自炊を基本とする生活を続けてきた柄長は、己の料理の腕前にもそれなりの矜持を抱いていた。しかし、眼前に座する黄金の山は、そんな自負を容易く打ち砕くほどの圧倒的な完成度を誇っている。立ち上る湯気すらも芸術的だ。

 ただ、横に置かれた筮麽の皿。そして対面に置かれた煮麼筮本人の皿は、どう見積もっても柄長の特盛のさらに数倍の質量を誇っている。それはもはや、大食い競技の最終関門に用意される特注メニューの如き威容を放っていた。

「自家製の特濃海老油で作った、特製海老炒飯だよ。ささ、冷めないうちに遠慮なく食べてねっ」

「あっ、はい、いただきますっ!」

 常軌を逸した大食漢の筮麽だけでなく、まさか姉まで同等の胃袋の持ち主だったのかと戦慄しつつも、柄長は促されるままに銀色のレンゲを手に取り、炒飯を掬い上げて一口。

 なるほど、これは美味い。

 口内でパラパラと解ける絶妙な火加減の米、特製油に溶け込んだ重厚な肉の旨み、そして新鮮な海老の鮮烈な風味が三位一体となって弾け、舌の上で至高の協奏曲を奏でている。

 驚愕のまま、横に視線を向ける。既に筮麽は手に持ったスプーンを風車の如く回転させ、とんでもない猛烈なスピードで黄金の山を口腔へと掻き込んでいる真っ最中だ。

「どう? 柄長ちゃん。美味しいかな?」

 煮麼筮も向かいの席に腰を下ろし、自身の持つ尋常ならざる量の炒飯を頬張りながら、嬉しそうに尋ねてくる。

「うん、美味しいですっ! とっても! お店で出せるレベルですよこれっ!」

「あはは、そりゃあよかったよー。作り甲斐があるなぁ」

 柄長は満面の笑顔を浮かべ、さらに休むことなく食べ進めた。

 当初はかなりの量だと感じていたが、あまりの美味さと中毒性にレンゲを動かす手が止まらず、ノンストップで黄金の山を制覇してしまった。

「ふぅ……ごちそうさまでしたっ。いやぁー、本当に凄い、お料理お上手なんですね、煮麼筮さん」

「いやぁ~、照れますなぁ。昔から料理を作るのは好きでさ、よくこうして、こいつにたくさん作ってあげてたんだよ」

 煮麼筮は、眼前の妹を指さして懐かしむように言うが、当の筮麽本人は周囲の会話など一切耳に入っていないのか、何かに憑かれたように一心不乱に炒飯を咀嚼し続けている。

「ん、それ使っていいよ。横にゴミ箱もあるからね」

「どうも、ありがとうございます」

 煮麼筮が、卓上に置かれた除菌用のウェットティッシュを指さす。柄長はそれを一枚引き抜き、油で汚れた口元を丁寧に拭う。ゴミ箱にティッシュを捨てる。

 至福。ご満悦の表情を浮かべる。

 とはいえ、これほど濃厚な油を使用した炒飯のカロリーは推して知るべし。しばらくはカロリー制限と食生活の改善に気を配らねば。腹部をさすりつつ、怠惰な友人を横目で見る。

 整理し、同カテゴリを一纏めにしたとはいえ、コピー速度も増している為、莫大な数の能力を体内に内包するこの女。その代償として、極端に燃費が悪く、どれほど好き勝手にドカ食いしようとも一切の脂肪を蓄えることなく、芸術的なまでに最高のプロポーションを保ち続ける亜鳴蛇筮麽。

 そんな彼女の理不尽な体質に暗い嫉妬の炎を募らせる柄長をよそに、横から気の抜けた満足げな声が響き渡る。

 一瞬にして完食した筮麽。

「いやー、美味しかった。やっぱり姉さんの作るご飯は世界で一番最高だよ」

「筮麽ぁー。あんたもさぁ、一人暮らし長いんだから、少しは料理くらい出来るようになったわけ? 話に聞く限り、外食だの、ケンタだのマックだのジャンクフードばっかり食べてるようだけどさ」

「えー、やだよ。火を使うのとか洗い物とか、色々めんどくさいし。第一、私には料理も家事もする才能がない」

「全く……。一人暮らしを初めてもう二年にもなるのに、その体たらくっぷり。姉さん、筮麽の将来が本当に心配で夜も眠れなくなっちゃうよ」

「うるさいなー。いいんだよ、私は私の好きなように、誰にも縛られずに生きるんだから」

 筮麽は、姉からの正論の説教を鬱陶しがるようにして、ぷいっと目をそらす。

 そうして、左手をだらりと横に伸ばしたまま少し上げる。

 ぬるり。

 左手の人差し指と中指。突如として不気味な光沢を放つメタルヴァイオレットの触手へと変異し、凄まじい勢いで伸長する。先端が僅かに粘着質を帯びた性質へと変化したその触手。まるで意思を持つ蛇のように空間を這い、先程まで炒飯が盛られていた空の巨大な皿にピタリと張り付く。

 そのままシャッ、と鋭い音を立てて鞭のように収縮し、隣接するダイニングキッチンの流し台へと、丁寧に皿を放り込んだ。

「あー、筮麽。まーたそうやって、くだらない横着のために能力使ってぇ。そういう癖直さないとダメだって言ってるでしょ」

「別にいいじゃん。これは私の能力だし、どう使おうが私の勝手でしょー」

 煮麼筮は、呆れ果てたジト目で妹の怠慢を文句と共に窘めるが、当の彼女はどこ吹く風と全く動じない。この妹は、細胞の隅々まで果てしなく怠惰にできているらしい。

「ねぇ、柄長ちゃんもそう思うでしょ? こいつ、こんなにも恵まれた能力を、ゴミ捨てとかもの拾いとか、クソみたいな使い方しかしないでやんの。宝の持ち腐れもいいとこだよ」

「ひゃいっ!?」

 突然、筮麽の能力、という極めてセンシティブな話題を振られ、柄長は心臓が跳ね上がり、ぎょっとした裏返った声を上げてしまった。

「んー? どしたん? 変な声出して」

 煮麼筮は、妹の友人の奇妙な反応にぽかんと口を開けている。

「い、いえっ! なんでもないですっ! ちょっとむせちゃって!」

 必死に動揺を隠し、誤魔化すように不自然に目線を泳がせ、

「で、でも、その……触手能力ってすごく便利そうですよね。こうして一歩も動かないでも、遠くの物とか簡単に取れそうですし。生活の質が上がりそうです」

「まぁ、確かにねぇ。いざという時は強力な自衛手段としても使えるし、応用力は高そうだよね。それに引き換え、私なんてこんな風吹けば消えそうなライターだからねぇ。姉妹でどうしてこうも差が出たんだか」

 うんうんと深く頷き、またしても煮麼筮が自嘲気味に笑いながら、二本の指先からポッと極小の火を出してみせる。

(……煮麼筮さん、筮麽の本当の能力は知らないのか?)

 柄長は、内心で深い疑念を抱いた。

 世界最強たる亜鳴蛇筮麽の真の能力。それは極秘事項であり、彼女は戸籍上、表向きには触手能力だ。

 以前、筮麽本人から、この触手能力は幼稚園時代に複数の能力を複雑にブレンドし、偽装用として作り上げたものだと聞かされていた。しかし、実の姉妹であり、幼少期から同じ屋根の下で生活を共にしてきたであろう彼女の姉までもが、その巧妙な偽装を見抜けず、筮麽の本当の恐るべき能力を全く知らないのだろうか。

「で。柄長ちゃんは、大学生活の方はどう? こいつと同じフランス語学科で勉強してるって話は聞いてるけど。ちゃんと単位取れてる?」

 思考の海に沈みかけていた柄長を、向かいの煮麼筮が炒飯の最後の一口を食べ終えつつ、視線を合わせて現実に引き戻す。

「あー、はい、とても楽しいですよ。講義も結構面白いですし、おかげさまで友達も結構たくさん出来て、毎日充実してます」

「へぇー、それは良かった! ちなみに、カッコいい彼氏とか出来たりして? キャンパスライフの醍醐味でしょ?」

 煮麼筮は、途端に年相応の女性らしい俗っぽい興味を示し、にまにまと意地悪な笑みを浮かべてくるが、

「いやいやいや、そんな。……今の所は、そういう浮いた話は特に何もないです」

「えー、意外。柄長ちゃん、小動物みたいで可愛いから、先輩とか同級生からモテそうなのにねぇ」

「いや、私なんて全然ですって。そういう煮麼筮さんの方はどうなんですか? 筮麽と違って家事も完璧で生活力も高いですし、スタイルも良くて美人だから、ものすごくモテそうですけど」

 柄長は自身の痛いところを突かれる前に、巧みな話術で矛先を煮麼筮へと逸らす。

「ちょっと柄長。今、さりげなく私の悪口言ったよね?」

 横で不満げな筮麽が抗議の声を上げる。

 柄長はそれを華麗にスルーする。

「ないない、全くないよ。ほら、よく見てごらん、私こんな背なんだぜ? 二メートル近くもある見上げるような女に、わざわざ好き好んで寄ってくる物好きな男なんて、この広い東京探しても中々いないでしょ。みんな威圧感で逃げてくよ」

「あー。確かにまぁ、男の人のプライドとか考えると、そう、ですかね……?」

「そうそう。うちは昔から家系全体が長身でさ。親戚の集まりとか行くと、一番背の低いおばあちゃんですら百八十センチは軽く超えてるんだから」

「な、なるほど……」

 柄長は想像を絶する事実に少し狼狽える。一番背が低くて百八十センチ。一体どんな遺伝子をしているのか。完全に規格外の化け物家系ではないか。

「そんな環境で育ったからねぇ。まず異性との縁が中々ないと言うか、向こうから壁を作られちゃうっていうか」

「え、えーと。でも、女の人の方が背が高いって言うのを、逆に魅力に感じる男の人も世の中にはいるかも──」

「ま、今の私は仕事が楽しくて集中したい時期だから、恋愛とかそういうのは特にはいいかなって思ってるよ。一人で気楽だしね」

 柄長は必死にフォローしようと少し言葉を濁したが、煮麼筮本人はその巨大すぎる身長を特にコンプレックスに感じている様子は無さそうに、明るく笑い飛ばした。

「フランス語学科ってことは、柄長ちゃんもフランス語ペラペラ話せたりして?」

「え? まぁ、日常会話程度なら多少は。あと、専門の講義も結構面白くて、真面目に出てますよ。例えば、フランスにおける異能発現初期の混沌期……いわゆるアーリー・ケイオスに関する歴史学の話とか、異能との交差で日本とは全く違う発展を遂げていて、すごい興味深くて面白いんです」

「へぇー! それはすごい熱心だねぇ! なんか、何事にも無気力な筮麽と本当に真反対の優等生だね、柄長ちゃんは。あーあ、柄長ちゃんが私の妹だったら、どんなに毎日が楽しかったことか」

「あ、あはは……」

 柄長は力なく苦笑する。もし自分が彼女の妹だったとしたら、煮麼筮との身長差は優に四十センチ以上となる。それはもはや、大人と子供という次元を通り越して、別の生物種のようではないか。

 そうこう和やかに雑談を交わしつつ。

「ん、じゃあ洗い物もパパッと片付けとくよ」

「あっ、いえいえ、私やりますっ! 作っていただいたのに悪いですよ」

「いいのいいの。お客さんは座ってて。気にしないでっ」

 煮麼筮は立ち上がり、自身の食べ終わった巨大な食器と、柄長の食器もまとめて軽々と持ち上げてキッチンへ向かう。柄長はその頼もしい広い背中を眺めつつ、ふとある重大な案件を思い出した。

「筮麽、そういえばさ、夏休み明けに提出する必修のレポート、もう終わってる? ほら、全部フランス語で長文で書いてこいって言われてた、あの地獄みたいなやつ」

 隣で怠惰に寝転がる筮麽の横顔に向かって尋ねたが、

「……え?」

 筮麽は、今の今までその存在を完全に記憶の彼方に消し去っていたかのような、間抜けな声をあげた。

「……あんた、絶対やってないでしょ」

「………」

 彼女は一言も答えない。視線をあからさまに泳がせ、冷や汗を流している。

「柄長」

「何さ?」

「こ、今度、私の家に泊まり込みで、その……手伝ってくれない……?」

「やーだよ。絶対お断り。去年も全く同じ手口で頼み込んできて、結局私の書いたやつを一言一句丸写ししたでしょ、あんた。あのまま提出して教授にバレてたら、連帯責任で私まで評価下がって最悪単位落とされるところだったんだからねっ! てか筮麽、あんた素のスペックでフランス語の文法も単語もほぼ完璧に頭に入ってるんだから、その気になって真面目にやれば一日で終わるでしょ。いつも私が高いご飯奢ってあげてるんだし、それくらい自分の力でやれっ」

「う、うぐぐ……わかった……」

 正論という名の物理打撃を食らった筮麽は、ひどくしゅんとし、この世の終わりのような顔をして深く絶望し、肩を落とした。

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