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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第二章 夏休み

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36/54

筮麽の姉と会う

          二


 東京の某所に位置する、閑静な住宅街の一角。そこにひっそりと、しかし確かな存在感を放ち建ち並ぶ某アパートの前に、二人の女の姿が見受けられた。

 建造されてから多少の年月は経過していそうに見えるものの、外壁には最新の防汚塗料が施されているのか、塵一つ付着しておらず、真新しい新築物件と形容しても一切の差し支えはなさそうだ。高度に発展した現代において、建築技術と生活密着型の微細な異能の融合は、こうした一般の居住空間にまで深い恩恵をもたらしている。

 あの熾烈な電子遊戯の敗北と、その後に待ち受けていた百円寿司での恐るべき大散財から数日後のこと。鴨紅柄長は、怠惰なる世界最強の友人たる亜鳴蛇筮麽と共に、彼女の実の姉が一人で暮らしているというこの瀟洒なアパートを訪れていた。筮麽の言葉によれば、件の姉から「可愛いお友達も一緒に連れてきていいよ」という明確な許可が下りたとのこと。ならばあの規格外の化け物の血を分けた親族が如何なる存在なのか、その底知れぬ実態をこの目で確かめずにはいられないと、柄長は半分は恐怖、もう半分は強烈な好奇心に突き動かされるまま、意気揚々とこの場について来たわけだ。

「いやぁー、なんだか無性に緊張するなぁ。筮麽の姉なんてさ、絶対常軌を逸したやばい人じゃん。口からビーム出したり、素手で空間引き裂いたりするんでしょ?」

 柄長が自らの緊張を解すように冗談めかして軽口を叩く。しかし横を歩く友人は、

「いやいや、だから至極普通の人だってば。君、私の家族を一体何だと思ってるのさ」

「あはは、ごめんごめん。でもあんたを見てたら、どうしたって疑心暗鬼にもなるわっ」

「姉さんの部屋、二階だから。はぐれないようにちゃんと着いてきて」

 筮麽は柄長の言葉に一切動じる素振りも見せず、泰然自若とした態度で淡々と答える。柄長は小さく息を吐き、目の前を歩く、まるで巨大な防壁のようにそびえ立つ長身な友人の広い背中の後ろを、小動物のようにちょこちょこと着いていく。

 綺麗に清掃された共用階段を登り、二階の通路へ。生体感知式照明が足元を柔らかく照らす中を少し歩いた後、筮麽がピタリと歩みを止めた。柄長もそれに倣い、すぐ背後で立ち止まる。

「ここ」

 筮麽は短くそう告げ、一切の躊躇いなく、生体認証錠が備え付けられた金属製の重厚な扉の横にあるインターホンを迷いなく押した。

 柄長の心臓が、警鐘のようにドクン、ドクンと早鐘を打つ。彼女はこれから、あの全ての異能を凌駕する模倣能力を保持する、亜鳴蛇筮麽の実の姉と対面する。一体、どれほどの覇気を纏った、どんな恐ろしい威圧感を持つ人物なのか。極度の緊張に身を硬くしていると、ガチャリと乾いた音を立てて扉がゆっくりと開いた。

「おーす、筮麽っ! よく来たねーっ!」

 ぬっ、と。底抜けに明るい声と共に、扉の奥から巨大な影が姿を現した。

「───ッ!?」

 柄長は、声を発することも忘れ、思わずその場に完全に石化し固まった。

 まず何よりも先に視界を埋め尽くしたのは、その圧倒的すぎる背の高さ。ただ高いという次元ではない。百八十五センチメートルという、女性としては規格外の長身を誇る筮麽を見慣れている柄長でさえ、その感覚が麻痺するほどの巨大さ。横に並ぶ筮麽の頭頂部より、確実に十センチ以上は高い位置に視線がある。優に二メートル前後はありそうな、まるで難攻不落の城壁のような超長身。

 艶やかな髪は、濃桔梗色をした筮麽のそれよりも、やや明るく鮮やかな紺桔梗色の長髪で、背中の半ばまで美しく波打っている。そして、筮麽と同じく、神が自らの傑作として精魂込めて彫刻したかのように完璧に整った造形美を誇る顔立ちに、神秘的に輝くヴァイオレットの双眸。

 だが、常にぼけっと気の抜けた表情を浮かべている怠惰な筮麽とは決定的に異なり、その顔つきは生気に満ち溢れ、はっきりとした意思の強さを感じさせ、まさに絶世の美人という言葉をそのまま体現している。さらに絶望的なことに、またしても筮麽と同じく、ゆったりとした部屋着の上からでも容易にその質量を主張する、豊満を通り越して暴力的なまでの胸の膨らみ。

 顔良し、背高し、そして胸大きし。柄長が喉から手が出るほど欲しがる要素を全て兼ね備えた、完全無欠の女がそこに立っている。

「やっ。姉さん」

 筮麽は、眼前にそびえ立つ巨塔を前にしても、普段と何ら変わりのない間の抜けた声で短く挨拶を交わす。

「はははっ、相変わらずちっこいなぁ、筮麽はっ! 大学でちゃんと元気してるぅー?」

「ちょっ、うっとおしいからやめてよ。それに私が小さいんじゃなくて、単に姉さんが規格外にでかすぎるだけだってば」

 巨大な姉は、初対面の人間がいることも気に留めず、嬉しそうに馴れ馴れしく筮麽の首に腕を回し、肩を組んで体重をかけた。声は太陽のように明るく、周囲を巻き込むような陽気な空気を纏っている。筮麽はといえば、その熱烈なスキンシップに心底うっとおしそうな顔をして、あからさまに顔をしかめている。

 柄長がその姉妹のあまりにも非日常的な光景に口を開けたまま思わず見入ってしまうと、

「あ、で、こっちの綺麗な水色髪の、妖精みたいにちっこくて可愛いサイドテールの子が、連絡くれてたそのお友達?」

 姉が長いまつ毛に縁取られた目をぱちくりとさせ、こちらを向いて言った。

「あっ、は、はいっ! 鴨紅柄長と申します! いつも筮麽とお友達として仲良くさせてもらってますっ!」

 柄長は、その見上げるような威容にすこしばかり恐縮しつつ、首を限界まで真上へと上げて、彼女の顔を見上げながら慌てて答えた。平均を大きく下回る小柄な自分と並んで比べると、眼前の彼女はもはや人間を辞めた壁そのものだ。

「あはははっ、そんな軍隊みたいに縮こまらなくて全然大丈夫だよー。私は亜鳴蛇煮麼筮(にまぜ)。気軽に〝にまぜん〟って読んでくれていいからねっ!」

 煮麼筮は豪快に笑い飛ばしてそういうが、

「あー、いえ、あの、煮麼筮さん、本日はお招きいただき、どうぞよろしくです」

 柄長は借りてきた猫のようにおとなしく、ぺこりと深く頭を下げた。なんなんだ、この威圧感ゼロの底抜けの陽気さは。だらしがなくて常にぼーっとしている筮麽と全く真反対の性格すぎて、柄長の頭の処理能力が完全に限界を迎え、脳がバグを起こしそうになる。

「えー、にまぜんでいいのに……まぁいいや。いつもこの手の掛かるアホが、色々と世話になってるみたいで本当にありがとうね。こいつ、見ての通りこんな無気力な感じだから、まともに腹を割って話せる友達もいないんだよ。お姉ちゃん、不憫で不憫でずっと心配しちゃってさー」

 少しだけ残念そうな表情を作ったが、煮麼筮はすぐに元の笑顔に戻り、肩を力強く組んだままの筮麽の頬を指でむにむにと突きながら言った。

「だから、そういうところが余計なお世話だって言ってるでしょっ。い、いいから玄関で立ち話してないで早く中に入れてよ。柄長が暑さで困ってるよ。私もお腹空いたし」

 筮麽はばっと力任せに彼女の拘束から逃れ、髪を整えながらそう促した。

「あはは、ごめんごめん、嬉しくてつい。じゃあ柄長ちゃん、遠慮しないで上がって上がって。ここに来るまでで、お腹すいたでしょ? お姉さんが特別に美味しい料理作ってあげるぞーっ」

 煮麼筮はにまにまと人懐っこく笑いながら、大きな手で奥へと手招きした。

 筮麽は我が物顔で颯爽とアパート内に入っていき、取り残された柄長も、

「は、はいっ、お邪魔しますっ」

 そそくさと小さな歩幅で続いた。内心では極めて複雑な感情が渦巻いている。

 大柄な男ですら滅多にお目にかかれない、二メートルはありそうな圧倒的長身の女の城にこれから足を踏み入れるのだから。小柄な自分では、まるで巨人の国に迷い込んだ小人のような、あるいは猛獣の巣穴に放り込まれたウサギのような、頼りない気持ちにさせられる。

 手入れの行き届いた玄関で靴を脱ぎ、アパートの中へと進む。先を歩く筮麽に続き、短い廊下を抜けてリビングへ。床は落ち着いたセピア色の高級感あるフローリングで、暖色系の照明が心を安らげる雰囲気を演出している。

 足の踏み場もないほどに本や脱いだ服、カートン買いされたタバコなどが散乱し、汚くごちゃついた筮麽のアパートの惨状と比べ、驚くほど綺麗に整理整頓されている。チリ一つ落ちていないと言っても過言ではない。ふと間取りを見渡すと、広々としたリビング、機能的なキッチンの他にも、奥にもう一つ扉があり、個室が用意されている。

 二DKという間取り。それも、ダイニングキッチンは端にシステムキッチンが配置されているだけで、実質的には十数畳ほどの巨大な一つの部屋として機能しており、都内で一人暮らしをするには中々に広すぎる、贅沢な空間設計となっている。

 室内は、クーラーにより冷やされている。

「随分と広いでしょ? ここの家賃、結構な値は張るんだけどさ、私の今の職場の家賃手当の福利厚生が物凄く手厚くてね。だから会社に思いっきり甘えさせてもらって、手当金全部でギリギリ賄える値段で、このいい感じの優良物件を見つけたんだー。ラッキーだったよ」

 煮麼筮はくるりと回り、部屋の広さをアピールするように両手を広げて自慢げに説明をはじめた。

 だが、彼女の圧倒的すぎる二メートル近い長身と、もう一人、同じく長身の筮麽が同じ空間に並んで立っているせいで、部屋自体の広さとは裏腹に、なんだか空気が圧縮されて物理的に重く感じる。おまけに、どちらも服がはち切れんばかりの凶悪な巨乳を誇っているため、視覚的な圧迫感も半端ではない。二人並ぶと、まるでそびえ立つ双子の高層ビルのようだ、と柄長は自分の小柄な体躯と、平野のように慎ましやかな胸元と悲しく比べつつ、深く絶望した。

「そこにふかふかのソファーあるから、適当に座ってていいよ。自分の家だと思って、ゆっくり寛いでいってなー」

 彼女がリビングの中央に置かれた、巨大な革張りのソファーを指さした。

 しかし、その勧めの言葉を言い切る前に、筮麽は既に一番良い位置に陣取り、どすっと重い音を立てて深く座り込んでいた。全く遠慮というものを知らない女だ。

「ありがとうございます、じゃあお言葉に甘えて遠慮なく」

 柄長も恐る恐るそれに続き、ソファーの端のほう、筮麽の隣にちょこんと腰を下ろした。

「二年前ねぇ、まさかこのぐうたらなこいつが、急に<ネット発祥の国信大に行く>って言い出した時は、冗談かと思って自分の耳を本気で疑ったけどねぇ。でも、こうして可愛いお友達も出来てるみたいだし、聞いた限りじゃ毎日楽しくやってそうで何よりだよ、お姉ちゃん安心した」

 煮麼筮は対面の椅子に座り、目を細めてまるで我が子の成長を喜ぶ母親のような慈愛に満ちた表情を見せる。

「ま、まぁそうですね。筮麽、見た目と特異な触手能力のせいで、学内でもかなり目立ってはいますけど……なんだかんだ上手くやってますよ」

「なんか、変な素行の悪いやつらに絡まれたりしてない? こいつさー、昔から無駄によくタチの悪いナンパとかされる体質あるんだよねー。ほら、私に似て恐ろしく見た目が良いからさ、虫が寄ってくるんだよ」

「あー、いえいえ、ナンパは特にされてないと思いますけど……」

 柄長は言葉を濁し、以前より筮麽に下劣な因縁をつけて来た、河海率いる黒角、普並木の三人組の顔を脳裏に思い浮かべつつ、適当に誤魔化して答える。

「姉さん、昔話はいいから早くなんか美味しいご飯作ってよ。さっきから胃袋が空っぽで餓死しそう。お腹すいたー、死ぬー」

 筮麽がソファーに寝転がり、子供のようにぶーたれて文句を言い始める。

「はいはい、分かったから。まだまだ積もる話もたくさんあるけど、ゆっくり食べてからにしよっか。柄長ちゃん、お昼は手早く炒飯でいいかな? ちょうど炊飯器にご飯、たくさん炊いてあるんだよね。それとも何かリクエストとかある?」

 煮麼筮が優しく気遣いながら提案し、

「あっ、いえいえ、何でも食べますよっ。ご馳走になりますっ」

 柄長も笑顔でそう返した。煮麼筮はにまっと嬉しそうに笑い、くるりと見事な身のこなしで振り向き、システムキッチンへと向かい、巨大な冷蔵庫を開けて手際よく色とりどりの食材を取り出し始めた。

 柄長はその背中を見送った後、横でだらけている筮麽に顔を寄せ、極めて小さな声で囁いた。

「……あのさ、でかくね? あんたの姉。私、筮麽よりでかい女の人なんて、これまでの人生で初めてみたよ」

「えー? いやいや、いくら姉さんでも、大きさなら私の方が確実に勝ってるから」

 筮麽は心底とぼけたような顔をし、何を勘違いしたのか、自身の豊満な胸を両手のひらで下から持ち上げ、ぽよぽよと無駄に揉むように押してみせる。服の上からでも、その規格外の質量と、弾むような暴力的な弾力がはっきりと目に取れる。圧倒的な格差を見せつけられるような形にされ、柄長は少しむすっと不機嫌になったが、

「ちゃうわあほっ! どこ触ってんのさっ。背の高さの話だよ、身長、シン・チョーッ!」

「あー、そっち? なんだ、紛らわしいなぁ」

「そうだわっ、どっちの意味でも負けてる私の身にもなれっ」

 柄長は顔を赤くして少しだけぷんすかとし、その水色に染まった頭部からパチッと火花のような小さな電気が走った。電波能力の余波が、感情の高ぶりに呼応して漏れ出ている証拠だ。

「あはは、ごめん。まぁ、姉さん、百九十八センチあるからねー。確かにでっかいでしょ。動く壁だよ、あれは」

「ひゃっ……!?」

 あまりの数字の暴力に、素っ頓狂な声が出てしまった。百九十八センチメートル。ほぼ二メートルではないか。女性はおろか、プロのバスケットボール選手に混じっても全く見劣りしない狂気の数字。

「なんか、キリが悪いだろー? 私的には、どうせならキリよく二メートルぴったりでビシッとしてた方がかっこいいと思うんだけどねぇ。あとたった二センチってところで成長止まっちゃったんだよねー」

 地獄耳なのか、遠くのキッチンから二人の小声の会話を正確に聞き取っていた煮麼筮がこちらを振り向き、フライパンを振りながらひどく残念そうに口を尖らせて言う。

「いいなぁ……。背、高いの。めちゃくちゃ憧れるわぁ。ほんの少しでいいから、その有り余ってる身長、私に分けて欲しいくらいだよ」

 柄長は恨めしそうに、高みからこちらを見下ろす二人の高身長姉妹を交互にねめ回すように見た。

「流石にそこまでデカいと、実生活でかなり不便だと思うけど。百八十五の私でさえ、真っ直ぐ立って歩いてると、古い建物の鴨居とか場所によっては頭ぶつかって痛い目見るし。服のサイズも探すの苦労するんだから」

 筮麽が現実的な苦労を語るが、

「そこまでのバカげた高さはいらんわっ。せめて、あと十センチ、いや七センチでもいいから欲しいんだよ……」

 柄長はソファーのクッションを指でツンツンと苛立たしげに突きながら答える。

 以前、柄長は自身の深刻なコンプレックスを解消するため、あらゆる能力を自在に操る筮麽に、細胞を活性化させる肉体操作能力の類で、自身の身長を強制的に伸ばして貰うことを真剣に提案したことがあった。

 だが、自身の身体ならともかく、他人の複雑な生体機構や骨格を外からの異能で無理やり弄ると、激しい拒絶反応やアナフィラキシーショックが起きかねず、最悪の場合命に関わるほど危険だからという真っ当な理由であっさりと却下されたのだ。

 そもそも、もう二十歳を迎えて成長期が完全に止まっているのに、ある日突然身長が伸びるのは医学的にも不自然すぎる。それも柄長は「一気に十三センチ伸ばして、理想の百六十五センチにしてくれ」と無茶苦茶な提案をしたので、当然の如く筮麽に、『流石にそれは周囲から見ておかしいでしょ。仮に私の能力で上手く操作できたとしても、翌日から絶対不審がられるって』と、至極冷静に論破されてしまった。

 その時、身長が無理ならば、せめて他人の脂肪を抽出して自身に移植できる脂肪吸着能力系の異能で、せめてこの平坦な胸だけでも豊かに……とも一瞬頭をよぎったが、いくら気心の知れた筮麽相手とはいえ、同じ女としてそんな羞恥の極みと、さらに自身の尊厳をへし折るような屈辱的提案は到底口に出すことは出来ず。彼女が純粋に自分の身の安全を案じてくれているのも分かり、泣く泣く仕方なく引き下がった、という悲しい過去の出来事がある。

 ぐぬぬ、と過去の苦汁を再びかみ潰しつつ、柄長は気を取り直して口を開く。この部屋に来てから、ずっと一番気になっていた重大な核心を突く質問だ。

「えーと、あの、煮麼筮さん。もしよろしければ、良かったらで全然いいんですが、一つだけ訊いてもよろしいでしょうか」

「んー? なになにー? お姉さんが答えられることなら、恋の悩みでも人生相談でもなんでも答えてあげるよー」

 煮麼筮は料理の手を止めず、陽気な声で返す。柄長は一呼吸おき、意を決して尋ねた。

「その……煮麼筮さんの能力って、一体どんな能力なんですか?」

「………」

 その瞬間。

 煮麼筮は、その質問を聞いた途端にフライパンを振る手を止め、一瞬だけピタリと石像のように完全に固まった。それはほんの僅かな間の空白だったが、鋭い観察眼を持つ柄長はその不自然な違和感を絶対に見逃さない。

 そして、煮麼筮はしばし何かを真剣に考えるような、あるいは言葉を選ぶような素振りを見せた後、

「あー、はいはい、なるほど私の能力ね。うんうん、いいよいいよ、減るもんじゃないし全然教えてあげる」

「おっ」

 ぱっと元の陽気な表情に戻り、快く教えてくれると言うので、柄長も期待に胸を膨らませて声が弾んだ。横に座る筮麽の方をちらり、とみる。あのあらゆる常識を破壊し、目に映る全ての能力をコピーして自らの手足のように行使する、文字通り世界最強の異能を持つ怪物の実の姉だ。

 血統という観点から考えれば、この長身の姉もまた、天を裂き地を割るような、一体どんな化け物地味た破壊能力を隠し持っているのかと、柄長は無意識に身構えて居た。

「私の能力はね、指からちっさい火が出る能力だねー」

「……は?」

 今度は、あまりの衝撃に柄長が完全に固まってしまった。全身の力が抜け、拍子抜けという言葉すら生ぬるい。え、嘘だろ? 失礼極まりない思考だが、そんなその辺で見るような、ありふれたしょぼい能力なのか?

「こんな感じだよ。こうして、人差し指と中指をピタッと揃えて念じると、ほら、火が出るの。まぁ、コンビニで売ってる百円ライターくらいの火力しかない、可愛い能力だけどね」

 煮麼筮がのそのそと長い足でこちらに歩いてきて、柄長の眼前の安全な距離で、二本の指を揃えて見せた。ぼっ、と小さな摩擦音がなり、指先に蝋燭の炎のようなちっぽけな火が着いた。

「ま、まじすか……それだけ、ですか?」

 思わず、落胆とも驚愕ともつかない間の抜けた声が出てしまう。

「まじまじ、これだけ。でもね、これでも日常生活では結構便利なんだよ。私、たまに仕事の合間にタバコ吸うんだけどさ、外で風が強い日に火を付ける時とか、あと、わざわざライター持ち歩かなくて済むしね」

 煮麼筮はふっと息を吹きかけて指先の火を消し、豪快に笑ってみせる。

「ええと、わ、わざわざ見せていただいてありがとうございますっ。もう大丈夫です」

 予想の斜め下を行く現実に、柄長の声が裏返り上擦ってしまった。自分から興味津々で訊いといてこの冷ややかな反応、客観的に見て完全に失礼なやつだ。

「うん? どうしたの変な顔して。じゃあ、炒飯の続きパパッと作っちゃうね。もうすぐできるから、そこでおとなしく待っててー。可愛い妹の友達のために、お姉さん、腕によりかけて特盛で作っちゃうからっ!」

 柄長の失礼な態度など一切気にする素振りも見せず、煮麼筮はまた太陽のように笑い、再びキッチンへと戻ってフライパンを軽快に振り始めた。

「な、なんか……あんたの姉、見た目のインパクトの割に、能力が意外というか…めちゃくちゃ普通すぎる一般的な能力で、逆にびっくりしたよ。もっとこう、街一つ消し飛ばすようなヤバい能力かと思ってた」

 柄長は、鼻歌交じりに楽しそうにフライパンを振っている長身の彼女の背中を眺めつつ、隣に座る筮麽に向かって小声で素直な感想をこぼすが。

「え? ごめん。今、なんか言った? なんの話ししてたのさ?」

 はっ、と我に返り、こちらに気付いた筮麽は、ゆっくりと顔を向けた。どうやら、柄長と姉のやり取りの間、ずっとぼけーっと宙を見つめていたらしく、今の会話の内容を何一つ聞いていなかったらしい。

「………あんたってやつは、本当に相変わらずだな」

 世界最強の異能を持ちながら、肝心なところで常に気が抜けているこの友人の怠惰っぷりに、柄長は深い溜息をつき、乾いた苦笑を浮かべて心底呆れ果てた。

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