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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第一章 異能普遍社会

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家系ラーメン八卦屋-後編-

 そうこうして前哨戦を楽しんでいると、厨房の方から威勢の良い声が響いた。

「大変お待たせしましたーっ! 全MAXラーメン麺固め味濃いめ油多め、さらに追加でチャーシュートッピングと、うずらトッピングですっ!」

 先程の元気な店員が、両手に巨大な漆黒の丼を掲げて、ようやく本命のラーメンを運んできた。丼の表面を完全に埋め尽くす程の、暴力的なサイズを誇る巨大なチャーシュー。湯気を立てる丼が、重い音を立ててそれぞれの前に置かれる。

 筮麽の眼前に広がる景色。

 全MAXラーメンの称号に相応しく、器の縁を扇のように彩る五枚の漆黒の海苔、色鮮やかな緑のほうれん草、中央に鎮座せし見事な飴色の味玉。

 圧巻なのは、スープの海を完全に覆い隠すように敷き詰められた巨大チャーシューの肉壁。元のMAX仕様の三枚に、追加トッピング分の四枚がプラスされ、計七枚もの分厚い肉塊が重なり合っている。

 さらにその隙間を埋めるように、白と茶のコントラストが美しい大量のうずらの卵がゴロゴロと転がっていた。

 なるほど、これは確かに前評判通りの凄まじい光景だ。筮麽の行動は神速だ。丼が置かれたコンマ数秒後には、即座に左手の箸で分厚いチャーシューの端をつまみ上げ、そのまま豪快にひと思いに口の中へと放り込む。じっくりと煮込まれ、ホロホロに崩れるほど柔らかな肉質。噛むほどに溢れ出す、分厚く、暴力的な豚の旨味と特製ダレの香ばしさが脳を直撃する。

「ご注文の品は、以上でお揃いですか?」

「はいっ! 完璧ですっ!」

「五番テーブルお揃いですーっ! ごゆっくりどうぞっ!」

 伽羅部が元気よく対応し、店員が去っていく。

「うん、凄い。まじで肉厚で美味しいねー、これ」

 筮麽は虚空を見つめたまま、しみじみとぽつりと言った。

「だから最初から言ったでしょ。ここの手作りチャーシュー、まじで妥協がなくて凄いんだから」

 伽羅部も我がことのように誇らしげにうんうんと頷き、自身のラーメンの麺を勢いよく啜り始めた。筮麽もそれに続く。レンゲを持ち、表面に厚い鶏油の層が浮かぶスープを一口。強烈な醤油のキレと豚骨のドッシリとしたコクが、寸分の狂いもなく調和している。次にレンゲで大量のうずらを無造作によそい、濃厚なスープと一緒に口の奥深くへ運ぶ。

 濃いめ、油多めで指定した攻撃的なスープと、弾力のある白身を噛み破った瞬間に溢れるうずらの卵の爆発的な旨味。そしていよいよ本命の麺へと移行する。箸でどんぶりの底から、家系特有の短めに切り出された中太ストレート麺を大量に持ち上げる。息を吸い込み、一気に啜り上げた。上質な小麦の芳醇な味わいが、スープの風味と共に口の中いっぱいに広がる。固めでオーダーした麺は、ワシワシとした噛みごたえも抜群だ。あまりの旨味の暴力に、常に無表情を貫く筮麽の頬が自然と緩む。

 向かいの伽羅部も、余計な私語は一切発さず、ただ無言で獣のようにガツガツと食べ進めていた。

 ここで筮麽は、独自の美食の錬金術を開始する。巨大なチャーシューを一枚広げ、その上にスープを吸わせた海苔、うずらの卵、ほうれん草をミルフィーユのように重ね合わせる。さらにその頂上へ。半分に割った味玉を乗せ、箸で中から出てきたトロトロの半熟の黄身を具材全体へと絡め合わせる。そして最後に、スープをたっぷりと纏った麺を一掴み乗せ、具材の塊で包み込むようにして一緒に食べた。全ての具材の食感と味覚、そして炭水化物を一度の咀嚼でいただく、彼女が最も好む極めて豪快な食べ方。これがたまらなく美味い。途中で脇に控えるうずらを箸休めにつまみつつ、この至高の儀式を繰り返し、驚異的な速度で食べ進めた。

 次に、テーブルの端に備え付けの生ニンニクのガラス容器を手に取った。備え付けの小さな付属のスプーンで、一杯、二杯と、躊躇うことなくぽいぽいと大量のすりおろしニンニクを濃厚なスープの海へと浸していく。食後のニンニクの強烈な口臭など、微塵も気にしない。

 目の前にある至高の一杯の旨味を極限まで促進させることの方が、エチケットよりも遥かに優先される絶対事項なのだ。それに、臭いに関しては彼女の持つ無数の保有能力の中から適当なものを引っ張り出せば完全にカバーできるので、物理的にも社会的にも何の問題もない。

「おっ、生ニンニクっ! 筮麽、アタシにもその容器ちょうだいっ」

「んー、はい」

 伽羅部が、身を乗り出して要求するので、彼女へ透明のガラス容器を渡した。目の前の地雷系女子もまた、乙女の恥じらいなどかなぐり捨て、専用スプーンでどんどんと大量のニンニクを自らの丼へと入れ込んだ。

 どうやら彼女もまた、後の臭いより今この瞬間の旨味を最優先する同類の生き物らしい。

 そして。

 ここで。

 二人の大食漢の思考が完全に一致した。

 以心伝心。

 両者共に、皿の端に一つずつ計算して残しておいた最後の唐揚げを、おもむろに箸で掴み、ラーメンの器の濃厚なスープの中へと静かに沈め、ぶち込んだ。

 その瞬間。

 二人。

 その目がバチリと合う。

「へぇ、アンタもその背徳的な食べ方やるんだ」

 伽羅部が、『お前、やるな』と言わんばかりの、同志を見つけたような熱い眼差しを筮麽へと向けた。

「君こそ。なかなか分かってるじゃん」

 筮麽も、虚空から視線を戻し、ふっ、と不敵に少し笑った。お互い、唐揚げの衣に豚骨醤油のスープを限界まで染み込ませ、ドロドロになったそれを麺と共に貪り食う。揚げ物の暴力的な油に、スープの濃厚な鶏油まで加わり、さらに鶏肉と豚骨のマッチング。

 普通の一般人が見たら確実に胃もたれ不可避、寿命が縮むような極悪な組み合わせ。しかし二人は満面の笑みでそれを平らげ、あっという間に丼の底から全ての麺を食べ終えてしまった。だが、彼女たちの饗宴はまだ終わらない。

 お互い、もはや言葉はいらない。二人は阿吽の呼吸で立ち上がり、足速に店内の中央へと向かう。もちろん、最後の仕上げであるライスを確保するためだ。山盛りに、限界までよそった翠星煌米のライス。席に戻るや否や、筮麽はそれを迷うことなく、残ったスープの海たる丼の中へと一気にぶち込んだ。

 この至高の瞬間の為に、大事なチャーシュー二枚と、うずらの卵軍団、海苔をあえて残していたのだ。全てを混ぜ合わせ、完成した究極の家系(おじや)。さらにそこへ、卓上のラー油をドバドバと無慈悲に入れて大胆に味変を行う。刺激的な香りが鼻腔をくすぐる。

 レンゲを手に取り、チャーシュー、うずらの卵と共に、血の池地獄のように染まった家系飯を一気にかき込んだ。さらには、スープを吸わせた海苔に米を巻き、共に食べる。

 向かいの伽羅部もまた、この世の春を謳歌するような幸せそうな顔をし、どんどんとレンゲを口へと運んでいる。筮麽も一切の雑念を捨てて一心不乱に家系飯を食べ進め、最後の一滴のスープも含め、強靭な胃袋へと流し込んだ。底に刻まれた店主の感謝の言葉があらわとなり、丼は完全に空となった。

 それは向かいに座る伽羅部も全く同じ状況。

 一粒の米、一滴のスープすら残さない、完全なる完食だ。

「ふぅ……」

 筮麽は短く息を吐き、満足げなため息をついて、グラスの冷水を一気に飲んだ。

 強烈な脂ものと炭水化物を大量摂取した後の、冷たく澄んだ水は、この世の何よりも本当に美味い。

 同じく完璧に食べ終え、口元を拭っていた伽羅部。その時、

「完まくありがとうございまーすっ!」

「あっりがとうございまぁす!!」

 店員らの大きな声。二人の丼を見て、家系特有のコールだ。伽羅部は、慣れた手つきでホロフォンのアプリを開いた。横浜家系、完まくアプリだ。

「こちらにスタンプ押させていただきますねっ」

「はいっ」

 テーブル席に来た店員により、アプリにスタンプが押された。二人分、二つ。

 既に七杯食べていた彼女のアプリには、九つのスタンプ。あと一つで一杯無料となる。

 伽羅部はその画面を満足げに眺めつつ、

「美味しかったでしょ」

 勝利を確信したような自慢げな笑みを浮かべつつ言った。

「うん、すっごい美味しかったー。最高」

 筮麽も笑う。猛暑の中をわざわざ呼び出された時は心底面倒だったし、予定外の暴食で財布の中身は大いに散財してしまったが、結果的にこの店に来たのは大正解だ。本当に来てよかった、と心から思う。この暴力的な味付けと無限ライスは、間違いなくリピート確定。

 こんな素晴らしい名店に連れ出してくれた目の前の女に対し、内心で深い敬意を払う。

 だが、大食いとしてのプライドにおいて、ただ素直に負けを認めるわけにはいかない。筮麽は、意味深な笑みを浮かべて口を開く。

「でも、今回は引き分けかな」

「え?」

 突然の宣言に、伽羅部が間抜けな声を出す。

「私と全く同じ、高度な食べ合わせの工程をこなしたからね。君のその美食への執念、特別に認めてあげるよ」

 地雷女を見つめながら、どこから目線か分からない偉そうな態度で言い放つが。

 眼前の女は、冷めた目で切り返す。

「いやいや、アンタ、前回ケンタッキーでアタシに完膚なきまでに大敗北してたでしょうが。一体どの口が、そんな上から目線で語ってんのさ」

 痛いところを突かれる。

 神妙な面持ちで正論を突きつけられてしまう。

「あ、あれー? そうだっけかな。そんな昔のこと、忘れちゃったな」

 筮麽は明後日の方向を見つめ、あからさまにすっとぼけた。大食い者としての勝負において、過去に人生の敗北者(大袈裟な表現ではあるが)と化したことを都合よく棚に上げ、あくまで自身の格が上だと強引に豪語したのだが、あっさりと正論という名のハンマーで見事に粉砕されてしまった。

「え、えと。もう行ける? ほら、外暑いし。食後のタバコ、タバコ」

 気まずい空気を誤魔化すべく、筮麽は早口で話題を逸らした。

「筮麽……アンタねぇ……んまぁうん、満腹だし、行けるよ」

 呆れ果てた伽羅部がため息混じりに同意する。

「よし、行こう」

 スっと無駄のない動きで立ち上がり、長い脚で大股で店の出口へと歩き出す筮麽。

 伽羅部も慌てて荷物を持ち、その後ろ姿を追いかけながら、心底呆れていた。いつもであれば、自身のワガママと縦横無尽な振る舞いで、真面目な友人の西圓寺を振り回す側の人間であった彼女だが。今日という日は、すっかりこの亜鳴蛇筮麽という掴みどころのない怠惰な女の、独特でマイペースな空気に完全に飲まれてしまっていた。

(あの柄長って電気の子……いつもこんなのに付き合ってて、さぞかし大変だろうなぁ……)

 伽羅部は自分自身の傍若無人ぶりを完全に棚に上げ、筮麽の友人へと深い同情を寄せていた。

 店員とすれ違う。気付く。

「お客様おかえりでーすっ!」

 その声。ほとんど知らない相手に深い哀悼を捧げたが、

「ごちそうさまでしたーっ! めちゃくちゃ美味しかったですっ!」

「ごちそうさまー。美味しかったよ、また来るね」

 だが、お互い食に対する深い執念と志を共にする者同士であることに変わりはない。

 出口の扉を開ける前、筮麽と伽羅部は、極上の一杯を提供してくれた厨房へ向けて、心からの深い感謝の言葉を述べた。

「あっりがとうございまぁす!! またのお越しを心よりお待ちしておりますっ!!」

 活気に満ちた店主の、腹の底から響くような元気な叫び返答を背中に浴びながら。

 二人は満たされた胃袋を抱え、再び灼熱の太陽が照りつけるアスファルトの街へと、足を踏み出していった。

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