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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第一章 異能普遍社会

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家系ラーメン八卦屋-中編-

 すっ、と音もなく、筮麽は席からその長身を立ち上がらせた。

「ん? どしたのさ」

 向かいに座る伽羅部が、怪訝な表情で小首を傾げる。

「先にライス取ってくる。私は唐揚げと餃子頼んだからね。白米の準備は急務」

 平坦な声で告げる。

「あ、なるほど。じゃあアタシも行こっと」

 大食いの猛者たる伽羅部も、その合理的な判断に即座に賛同し、軽やかに立ち上がった。提供までのわずかな待ち時間すら無駄にせず、胃袋へ炭水化物を放り込む算段を整えておくのは、真の美食家にして大食漢の鉄則。

 二人は連れ立って、店内中央の巨大な業務用保温釜へと向かった。鈍く光る金属製の蓋に手をかけ、一気に開け放つ。

 ぶわっ、と眼前に圧倒的な熱量の白煙、すなわち豊潤な米の蒸気が立ち上り、視界を白く染め上げる。その奥に広がっていたのは、寸分の隙もなく敷き詰められた純白の真珠のごとき米の山。

 使用されているのは、現代の異能農業技術の粋を集めて品種改良された新ブランド米、翠星煌米(すいせいこうまい)

 旧時代の米に比べて一粒一粒が極めて大粒で、数倍の甘味と莫大な熱量を内包する超高密度炭水化物として知られる。特筆すべきはその圧倒的な保水力と、濃厚な油に負けない強靭な弾力性。

「うわー、美味そう。アタシ、これだけで何杯でも食べられるわ」

「私も。釜ごと全部食べちゃいたいくらい」

 二人は本能の赴くままに称賛の言葉を漏らしつつ、備え付けの巨大なしゃもじを手に取り、備え付けの茶碗へとひょいひょいと豪快に米をよそっていく。筮麽は、流れるような手首のスナップを利かせ、限界まで米を押し固めていく。やがて完成したのは、二人揃っての常軌を逸した見事な日本昔話のごとき山盛りのご飯。

 席に戻るや否や、筮麽は箸も使わず、そのまま直接山盛りのライスに齧り付くように一口食べた。炊き立ての温かい翠星煌米の芳醇な甘みと、もっちりとした極上の粘り気が、無防備な口腔内に爆発的に広がる。

「ちょっと、もう一回行ってくるっ」

 伽羅部は着席するなり、素早く割り箸を割って、その山盛りの白米を文字通り一瞬で胃の腑へと消し去ってしまった。空の茶碗を片手に再び席を離れた。

 彼女が山盛りの二杯目を意気揚々と抱えて席に戻ってきた、まさにその絶好の均衡の時。

「失礼しますっ! 炒飯と唐揚げ、餃子お待たせしましたっ!」

 溌剌としたアルバイトの女子高生店員により、二人の前に注文の品々が次々と並べられていく。狐色に揚がった大ぶりの唐揚げ、筮麽の頼んだ羽付きの餃子、そして黄金色に輝く炒飯、付属のスープ。唐揚げの皿の端には、罪深き純白のマヨネーズがこんもりと添えられている。

 唐揚げ、餃子共に、一つ一つが赤子の拳ほどもある巨大なサイズで、それぞれ五個ずつ。

 伽羅部の眼前には、並盛でありながら他店の大盛を凌駕する質量の炒飯が鎮座している。

 炒飯の脇には、長ネギが散らされた琥珀色の付属のスープから湯気が立っていた。

 お互いに、待ってましたとばかりに瞳の奥底に猛烈な飢餓の光を輝かせる。

「この後ラーメンもお持ちしますので、もう少しだけお待ちくださいっ!」

 元気よく頭を下げ、店員が疾風のように去っていく。

「いっただっきまーすっ!」

 伽羅部は高らかに開戦の狼煙を上げると、素早く割り箸を使い、巨大な唐揚げを丸々ひとつ、躊躇うことなく大口開け、放り込んだ。

「ん~~~っ!」

 咀嚼するたびに溢れ出す肉汁の暴力に、彼女は頬をだらしなく緩ませ、至上の幸福を体現するような笑みを浮かべる。休む間もなく右手にレンゲを持ち替え、熱々の炒飯の山へと容赦なく突撃し、ガツガツと猛然と食べ始めた。

 筮麽もまた、気怠げな動作で左手に割り箸を持った。そして、こっそりと、保有する能力をひとつ密かに起動させる。

 割り箸を綺麗に割れる能力。

 パキっ、と、小気味良い澄んだ音が響き、木目の狂いやささくれなど一切の乱れなく、見事なまでに真ん中から均等に、黄金比の美しさで箸が割られた。これはつい最近、場末の安い定食屋で隣り合わせた、くたびれたサラリーマンから密かにコピーした、極めてささやかな能力。

 当のリーマンは同僚相手に「こんなハズレ能力、何の役にも立たない」と自嘲気味にボヤきながら酒を煽っていたものの、極度の面倒くさがりであり、ささくれが指に刺さる不快感を酷く嫌う筮麽的には、密かに上位にランクインするほど気に入っている能力で、こう言った外食の機会には欠かさず頻繁に使用しているのだ。

 完璧に分割された箸を操り、まずは唐揚げを一つ掴み上げる。そのまま大口を開けて一口。高温の油で揚げたてのパリッとした極上の衣の食感と、内包されていた暴力的なまでの熱い肉汁と鶏の旨味が、口いっぱいに洪水のように広がる。美味い。少しだけ頬を緩ませた。

「うんまっ! やばいこれ、美味しすぎて秒ですぐなくなっちゃいそう!」

 咀嚼しながら歓喜の声を上げ、炒飯を無限の胃袋へと流し込む伽羅部。彼女の皿は、開始一分でもう半分ほどが更地と化していた。

 筮麽も左手にレンゲを持ち、目の前の黄金の炒飯を一口掬い上げる。パラパラに炒められた翠星煌米の粒に半熟の卵が完璧にコーティングされ、焦がし醤油の香ばしい風味や、細かく刻まれた焼豚の肉の旨味、そしてラードの背徳的な脂のコクが、口内粘膜を容赦なく蹂躙する。

「ほんとだー。おいしー」

 熱量ゼロの気の抜けた声を発しながらも。無意識のうちに二口、三口とレンゲの速度を上げ、食べ進める。

 そのままレンゲの軌道を移動させ、傍らの容器になみなみと注がれた熱々の付属のスープへと手を伸ばす。一口飲んだだけで脳髄に直結する、濃厚な鶏ガラの味わい。これは熱々のうちに喉の奥へ流し込みたいという本能の赴くまま、彼女は容器を左手で持ち上げ、熱湯のごときスープを躊躇なく一気飲みした。

 本来の人間であれば、間違いなく口内の粘膜が焼け爛れ、大惨事となる温度帯の代物なのだが。しかし。

 この最強の怠惰女にはそんな常識は一切関係ない。彼女は口内の粘膜を保護する能力を常時展開しているが、それ以前の前提条件として、自己の能力によって身体強化を重ね続け、もはや物理法則を逸脱し異次元の領域へと高められた規格外の肉体を有している。

 既に鉄の融点すら優に超える、摂氏四千度以上の超高熱を直接浴びようとも、細胞一つ、火傷の痕ひとつ負うことはない、絶対無敵の強靭な身体の前には、出来立てのスープの熱さ程度では微風にも等しく、気にも留めない。

 次に狙いを定めるは、美しい焼き目がついた餃子。レンゲから箸へと持ち替える。

 まずは何もつけずにそのまま一口頬張った。絶妙な火加減でパリッと焼かれた分厚い皮の食感、そして噛んだ瞬間に溢れ出す、キャベツやニラなどの野菜が多めに配合された甘みのある中身。

 次に小皿を引き寄せ、備え付けの醤油ダレと酢を、長年の経験が導き出した黄金の絶妙な比率で素早く混ぜ合わせる。そこに二つ目の餃子をべっとりと容赦なく漬け込み、一口で口内へ放り込む。酸味と塩味が加わることでさらに豚肉の旨みが極限まで引き出され、箸を動かす手がもはや止まらない。

 二つ、三つ目の唐揚げには、傍らに添えられた背徳のマヨネーズをたっぷりと擦り付け、山盛りのご飯と共にかき込む。ジャンクな酸味と油分の相乗効果により、筮麽はあっという間に一杯目の山盛りライスを完全に平らげてしまった。

 すっ、と流れるように立ち上がり、一切の無駄のない早歩きで保温釜へと向かい、素早く二杯目のライスを確保する。席に戻るや否や、今度は唐揚げの表面にラー油を回し掛け、さらにその上から醤油をドバっと直接振りかけるという暴挙に出る。自身で調合した餃子のタレにもたっぷりとラー油を流し込み、ここに味覚の頂点に君臨する最強の布陣が完成した。健康管理を至上とする栄養士や健康オタクが見たら、その場で卒倒するか胃もたれを起こしそうな凶悪極まりない組み合わせだが、強靭な内臓と、燃費の悪い体を持つ筮麽にはそんな些細な健康被害など全く関係がない。

 そのまま、ラー油と醤油でどす黒く染まった唐揚げとマヨネーズを錬成し、最強のおかずとして白煙を上げるライスと合わせて貪り食う。たまらない。同じく、辛味を増した餃子も交互におかずとして消費し、瞬く間に二杯目のライスもまた空の茶碗へと姿を変える。筮麽の食欲はさらに加速し、四つ目の唐揚げを炒飯の頂上へと乗せ、なんと脂まみれの炒飯と一緒くたにして一気にかき込んだ。炭水化物と脂、そしてさらなる脂が脳の報酬系を完全に支配する、そんな至高にして至福の時間を虚ろな瞳で味わっていた、まさにその時。

 ふと、顔に刺さるような強烈な視線を感じた。

 伽羅部だ。無限の胃袋を持つ彼女は、自身の巨大な炒飯の山をとうの昔に平らげ終え、残りの唐揚げと共にライスを突っつきつつ、食後の余韻のようにスープを啜っていたのだが。その飢えた獣のような熱い視線は、皿にポツンと取り残された、筮麽の最後の餃子へと真っ直ぐに向けられている。

「……筮麽」

「なに?」

 彼女が何を言わんとしているのか、その切迫した表情を見れば容易に察せられる。

「その餃子、アタシにもひとつだけくれない? アンタだけそんなに色んな味楽しんでるの、ずるいっ」

「えー……」

 テーブルに両肘をつき、両掌で頬を包み込むようにして、上目遣いのジト目で懇願の言葉を呟く伽羅部。

 筮麽は内心でむーっとした。

 冗談じゃない。

 以前、ケンタッキーの大食い勝負において、己のプライドをへし折り、屈辱的な完全敗北を味わわされたこの憎き地雷系女子に、何故自分の大切な至宝である最後の餃子を無償で譲渡せねばならないのか。

 断固拒否すべき案件。

 だが。

「……んー、いいよ。ひとつだけね」

「やった! ありがとっ、筮麽っ! アンタ、根は結構いいやつなんじゃない?」

 つい先程、店へ向かう道中で燃やしていた筮麽への対抗心や嫉妬は一体どこへやら。

 伽羅部はあっさりと施しをくれた筮麽への評価をころっと百八十度変え、嬉々として割り箸を伸ばすと、餃子をひとつひょい、と摘み上げ、自身の空になった炒飯の容器へと大事そうに乗せた。そして、それを最高のおかずとして、残りのライスを幸せそうに食べ始めた。

 本来の筮麽であれば、敗北を喫した因縁の相手に対して、己の食べ物を分け与えるなどという慈善事業は絶対にしない主義なのだが。

 しかし、今日こうしてこの素晴らしい名店に(やや強引であったとはいえ)連れ出してくれた恩義があること。さらに、道中で共通の嗜好品であるタバコの話題で大いに盛り上がったこと。

 そして何より、自身のカモフラージュである多重属性の触手能力を手放しで称賛してくれたことにより、筮麽の中での伽羅部に対する好感度パラメーターは現在急上昇中。

 よって、たまにはこのチョロい地雷女へ慈悲の施しをしてやっても良いという、謎の上から目線の精神が芽生えていた。

「最後の餃子か……」

 皿から消え去った餃子の幻影を見つめ、少しだけ切なげに呟くと、筮麽は箸先に残ったネギを舐めとるように口に含んだ。

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