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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第一章 異能普遍社会

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国家指定危険能力者・星ヶ咲針我

          十


 喧騒極まる東京。その心臓部から遠く離れ、緑豊かな辺境の地。ぽつんと佇む豪奢な洋館。その本館に隣接して建造された、広大な面積を誇る個人的な実験棟、すなわちラボ。静謐な空間の中には、能力に関する極秘の文献や難解な論文の束が、雪崩を起こさんばかりに堆く乱雑に積まれている。所狭しと並べられた最新鋭にして奇怪な実験器具の数々が、冷たい金属の光沢を放ち、部屋全体に混沌とした空気を醸し出していた。

 苑奈(そのだ)アゲハは、幾度とない薬品の飛沫や徹夜の果てに使い古され、すっかり柔らかく変色した白衣をだらしなく羽織り、部屋の中央に鎮座する高級本革ソファに、骨抜きにされたかのようにだらりとした姿で寝そべっている。

 無造作に伸びたウェーブがかった薄荷色の髪を微かに揺らし、その小さな顔には不釣り合いなほど大きめの丸メガネをかけている。だが、その分厚いレンズの奥には、森羅万象の真理を射抜くような、底知れぬ知的さと狂気にも似た好奇心がはっきりと現れた瞳が光っていた。

 この隔絶された空間こそが、天才科学者たる苑奈の個人的な聖域、絶対的なラボ空間。

 彼女の眼前に鎮座するのは、古の皇帝も愛したとされる幻の銘木、金絲楠木で作られた、黄金の光沢を帯びた最高級の執務机。だが、その荘厳な卓上を支配しているのは、無骨極まりない二リットル容量の巨大なハブ酒の瓶。瓶の底には、見るもおぞましい巨大なハブがとぐろを巻き、琥珀色を超えて濃い黄金色に濁った、怪しげな液体の中に座している。その脇には申し訳程度にチェイサー代わりのレモン水。そして手に握られたグラスには、氷すら入れずストレートのまま注がれたハブ酒が揺らめいている。アルコール度数は四十五パーセントを誇る、凶悪な泡盛ベースの薬草リキュール。

 彼女はそれをひょいと無造作につまみ上げ、躊躇うことなく一息に一口飲んだ。強烈な薬草の風味と原液のままの暴力的な味が、一気に口内を満たし、鼻腔の奥深くから脳髄へと直接突き抜けるようなアルコールの熱が駆け巡る。

「いやー、たまらんね。真昼間から煽るハブ酒は」

 苑奈は至福の吐息と共にそう呟き、ソファに深く沈み込みながら呑気に言った。

「いい身分ですねー、アゲハ博士。私がこんなに汗水垂らして一生懸命お片付けしてるって言うのに」

 背後から、呆れ果てたような、それでいてどこか愛嬌のある女性の声が飛んできた。苑奈が気怠げに振り返ると、そこには一人の若い女性が、白衣の裾を翻しながら忙しなく動き回り、ごちゃごちゃになったビーカーやフラスコ、散乱した紙の書類等を分類し、手際よく整理していた。

「何を言うんだね、針我(しんが)くん。君が今もこうして平穏無事に、そして平和に暮らせているのは、他でもないこの私のおかげだというのに。それに、その辺の下手な企業より、いや、それよりもっと桁違いの好条件で、私の名誉ある助手にしてあげてるんだがね」

 苑奈は、すっかり酔いが回り、ほんのりと赤く染まった顔で振り返りつつ、恩着せがましく女性に向かって言った。

「それは、本当に心の底から感謝してますけどっ」

 女性は抗議するように頬をぷくっと膨らませつつも、彼女の絶対的な発言には返す言葉もないのか、それ以上文句は言わず、再び黙々と片付けの作業を再開した。

 針我と呼ばれた彼女の名は、星ヶ咲針我(ほしがさきしんが)

 御年二十一歳、東京にキャンパスを構える超難関の高偏差値大学、聖神(せいしん)大学に通う、現役の女子大生。彼女は過去、「国家指定危険能力者」として、国の厳重な監視リストにその名を連ねていたという特異な経歴を持つ。


 この国における、能力自由行使特措法すなわち能力自由行使法という法律。それに基づくのであれば、リストアップ後、特に問題がなければすぐ解放され、自由となる。

 だが、星ヶ咲の場合は、そう簡単にすぐさま自由の身とはなれなかったという複雑な事情を抱えていた。

 原因は、星ヶ咲針我が生まれながらにして保有する能力の性質。

〝感情で天候を変える能力〟。

 その名の示す通り、彼女自身の喜怒哀楽の感情の起伏に直接呼応し、周囲の天候を劇的に変えてしまう能力。喜べば雲一つない快晴となり、悲しめばどんよりとした雨が降り注ぎ、怒れば荒れ狂う雷雲が形成される。天候に関する属性ならばありとあらゆる現象を発生させられる、世界的に見ても極めて稀有な、三つ以上の属性を内包する、希少な多重属性の能力。

 発現した当初は、今の規格外の力と比べればだが───ごくごく些細で可愛らしい力に過ぎなかった。幼少期は、影響を及ぼす範囲こそ数メートルと広めであったものの、彼女の頭上にぽっかりと、その時の感情に合わせた小さな雲が形成される程度。当初は本当に珍しい多重属性の持ち主として、家族も大いに喜び、彼女を誇りに思っていた。だが、この能力には致命的とも言える最大の問題が潜んでいた。それは、この能力が彼女の意志とは無関係に作動する、完全なる自動発動という点にあった。彼女自身の制御や意志により、能力のオンオフを切り替えることが絶対に不可能。

 幸いなことに、星ヶ咲生来の明るく元気な性格により、幼稚園時代には常に笑顔を絶やさなかったため、彼女の周囲はいつもポカポカとした小春日和となり、歩く晴れ女として扱われ、クラスの人気者になっただけで事なきを得ていた。

 しかし、成長と共に深刻な問題が静かに首をもたげ始める。このオール・ギフテッドの異能普遍社会において、能力の強弱は八割方が生まれ持った才能によって決定づけられる。生まれつき強力な素質を持つ能力を有していれば、肉体の成長や精神の発達に比例し、どんどんとその力も際限なく増大していく。

 小学、中学へと進学する頃には、彼女の頭上数十メートル上空に巨大な雲が形成されるようになり、高校生になる頃には、高度数百メートルの空にまでその影響が及んだ。天候を支配する雲の範囲もどんどんと広がり続け、ついには半径数百メートルという広範囲にまで拡大した。一人の少女の感情の揺れ動きが、ひとつの街の天候を左右する。当然、この異常事態は連日メディアを騒がせる大ニュースとなり、国もこの歩く異常気象を放っておけるはずがない。すぐさま、彼女は国家指定危険能力者としてリストアップされ、厳重注意の対象となった。通常であれば、担当者から厳重な注意を受け、一定のルールを課された上で自由を保証されるはず。だが、星ヶ咲の能力は無意識下の自動発動であり、本人すら制御不可能な暴れ馬。

 国はなんとかして彼女の能力を人為的に制御させようと、多額の税金を投入して専用の施設へ隔離し、専門家を交えた特殊な訓練を長期間行ったものの、一向に能力が彼女の意志で自在に制御される気配はなかった。

 そして、彼女が無事に高校を卒業した後。十八歳という大人への階段を登り始めた頃、ついに彼女の能力が完全に成熟しきったのか、影響範囲はついに現実の天候そのものを書き換えるほどの次元へと到達してしまった。その範囲は、ひとつの区画一帯をすっぽりと覆い尽くすほど広大なもの。だからといって、明確な犯罪を犯したわけでもない一国民に対し、国が不当に身体的自由を制限し、幽閉する訳にはいかない。彼女は希望していた大学へ通うことを許されたが、それでも常に周囲に配置された国の役人に四六時中監視されるという、息の詰まるような生活に、少しずつ、しかし確実に溜まったストレスが、やがて抑えきれない限界へと近づいていた。

 もしも、この巨大なストレスが何かの拍子に爆発した場合。一体どうなるか、誰にも予測がつかない。怒り狂い、落雷を伴う豪雨が街を破壊するのか、極度の不安と絶望から万物を溶かす酸性雨が降り注ぐのか、それとも深い悲しみの果てに、絶対零度の吹雪が吹き荒れ、都市機能が麻痺するのか。政府から派遣されたカウンセラーや、家族からの必死の励ましを日々受けていたものの、彼女の精神はそろそろ限界域に達しており、国もいよいよ無視できない最悪の事態に差し掛かった頃。日本政府のある大物大臣が、藁にもすがる思いで天才科学者、苑奈アゲハに直接声をかけた。

 彼女は、日本が世界に誇る最高学府、帝都幻創神統大学ていとげんそうしんとうだいがくを、歴史上類を見ない圧倒的な成績で首席卒業。その後は特定の組織に属さず、個人の研究職として独立。能力に関する画期的な研究や革新的な論文を次々と発表し、当時まだ二十代前半という若さにして、無数の博士号を総なめにしたとされる、世紀の大天才。能力に関する代表的第一人者としてその名を轟かせる彼女は、自分が個人的に興味を持った事象にしか一切の関心を寄せないという、極端なエゴイストでもあった。しかし、幸いなことに苑奈は、既にこの歩く異常気象たる星ヶ咲針我の存在に目をかけていた。彼女は政府の要請が来る前から、個人的な好奇心から星ヶ咲針我という特異点について深く調べていたようだ。なので、大臣からの依頼の話は驚くほどトントン拍子に進んだ。

 その解決方法の模索。能力というものは、人間の根本たる遺伝子構造に深く刻み込まれている。なので、外科手術や投薬によって能力そのものを綺麗に消し去ることは絶対にできない。過去、海外の非人道的な研究機関において、死刑囚をモルモットとし、違法に行われた能力消失実験が存在した。その残酷な結果は、脳神経の破壊や細胞の崩壊を引き起こし、被験者は一人残らず全て死亡という悲惨な結末を迎えている。他者の能力を消去する能力などという、この世界において、神に等しい力を持った能力者が都合よく現れでもしない限り、能力の完全な消失は不可能。

 なので苑奈は、アプローチの方向を変え、彼女の感情を司る脳波の乱れに目を向けた。能力発動時、星ヶ咲の脳波は異常な波形を描き、大きく揺れ動く。それを物理的かつ精神的に抑制する特殊なヘッドギア型の装置、思念波動鎮静式霊環しねんはどうちんせいしきれいかんを独自に開発した。天候操作のエネルギーを相殺する特殊なマイナスイオン、静乱天響(せいらんてんきょう)イオンを発生させるそれを常時浴びせ、脳波の波形を人為的に変異させ、結果として無意識下の能力を本人の意識下へと引き上げ、コントロールさせる、といった前代未聞の手法。

 星ヶ咲自身も、当初は長年の失敗の連続から半ば諦め気味だったが、苑奈の指導のもと装置を使用し始めると、少しずつ明確な効果が現れ始めた。ひと月ほど経過した頃、ほんの数分という短い間だが、自身の意志で能力を完全にオフに出来た。長年苦しめられてきた彼女の心に、希望の光が見えた瞬間。

 その後も、彼女自身の血の滲むような精神制御の努力と、マイナスイオンによる脳波治療を根気よく続けること二年。見事、彼女が二十歳の成人を迎える頃には、完璧に能力のオンオフ、そして天候を変化させる範囲の自由選択など、強大な能力を完全に自らの制御下に置けるようになった。

 政府は、この喜ばしいニュースを大々的に報道。もちろん、彼女のプライバシーに配慮し、個人名などは一切出さずに「重大な能力災害の未然防止と治療に成功」という形で発表した。一国民の、しかも彼女個人の対応と治療にかかった莫大な研究費や設備投資の額は、かなりの額となった。しかし、彼女個人には社会に対する悪意や、邪な心など微塵もない、善良で無実な小市民。なので、その規格外な額を彼女や家族に請求するような野暮な真似は一切行われなかった。一見すると大きな赤字に見えるが、この一人の国民を見捨てず、徹底した親和と保護の姿勢を貫いた国の対応に、世論は大きく動いた。国に対する国民の信頼性を飛躍的に高めるという、金銭には代えがたい最高の結果になった。

 よって、さらに日本政府は国民からの強固な支持と信頼を得ることが出来、経済効果や支持率の面において、結果的に大幅な黒字化へと転換する大成功を収めた。

 もう、これ以上彼女個人の生活へ国が干渉する必要は全くない。能力の暴走という危険性は完全に消失し、長年彼女を苦しめていた国からの監視の目もなくなり、晴れて星ヶ咲針我は完全なる自由の身となった。


 現在、彼女は念願だった普通の大学生活を謳歌して大学に通いつつ、恩人である苑奈アゲハに直接誘われ、この辺境のラボでバイトとして助手をしている。

 それも、ただの片付けや雑用がメインであるにもかかわらず、時給で五千円という、学生バイトとしては破格の高額すぎる待遇で雇われている。苑奈としても、この強力かつ希少な多重属性を間近で観察し、己の知的好奇心を満たしつつ研究を続けたいという思惑がある。星ヶ咲も、自身の人生を救ってくれた大恩人たる苑奈からの誘いを、断る理由などどこにもなかった。

「ふふーん、アゲハ博士が私に首ったけなのは分かってますよ。こんな優秀で可愛い助手、他にいませんからねっ!」

 星ヶ咲は両手に抱えた大量の書類を棚に押し込みながら、明るく元気な声で笑い、苑奈に向けて愛嬌たっぷりのウインクを飛ばした。

「はっはっは、言うようになったじゃないか。だがその自己評価の高さは嫌いじゃないよ。若者たるもの、常に自信に満ち溢れているべきだからね。さて、今度はこのある能力の影響を受けた汚染深海魚の解剖を手伝ってもらおう。こいつの内部には、未知の細胞が形成されているらしい。つついてみたら、どう反応するか見ものだ」

 苑奈は空になったグラスを机に置き、不敵な笑みを浮かべながら、ホルマリン漬けにされた不気味な生物の瓶を指差した。

「ええーっ、またそういうグロテスクなやつですか! もう、時給一万円に値上げしてもらいますからねっ!」

 文句を言いながらも、彼女の顔には充実した笑顔が浮かんでいる。我が道を行く天才科学者と、元危険能力者の明るい女子大生。奇妙な縁で結ばれた二人の、騒がしくも平穏な日常が、この隔絶されたラボの中で静かに流れていた。

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