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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第一章 異能普遍社会

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シメトリカル不器用な愛

 相変わらずぎゃいぎゃい喚いている河海を窘めている黒角。その時。

「あっ、いたいた。おーい、斬呼」

 背後から、不意に気の抜けた男の声。ラウンジ・エリアの静寂を切り裂いた。

「ぎょっ!?」

 河海。

 その聞き慣れた声帯の震え。

 肩。

 ビクッと大きく跳ね上がる。

 先程まで彼女の手に握られ、仮想敵を想定して威圧的に振り回されていた禍々しい鋼鉄の棍棒は、持ち主の極度の狼狽を反映するようにシュンッと間抜けな音を立てて、虚空へと雲散霧消していく。完全に動作を停止し、石像のように固まる河海。

 あっ、と小さく呼気をもらし、暴れん坊の静止を止めた黒角。同時に、声の発生源へと緩やかに首を巡らせる普並木。

 そこには、見慣れた緑色の短髪を揺らす一人の男子学生が立っている。無我見友成。どこか呆れるような表情で、河海を見ていた。

 河海はギギギと錆びついた機械のように首を回し、彼の方を振り向く。先程、黒角に無我見との関係をからかわれた直後という最悪のタイミングのせいで、彼の顔を視界に収めた瞬間にカアアッと沸騰したように頬を朱に染め上げる。

「なっ、なっ、何であんたがここに……」

 声帯がうまく機能せず、奇妙な裏声を漏らす河海。

「何でって。今日も午後から講義があるからだけど……あっ、黒角と普並木も。よっ」

 震える声で威嚇とも悲鳴ともつかない声を上げる河海を、無我見は柳に風とばかりに軽くいなし、傍の二人へも気さくに片手を上げて挨拶を向ける。

「やほー、無我見」

「え? あ、うん」

 二人も、突然の来訪者に対して軽く返事の言葉を返す。

「それにしても、俺も遠目から見てたぞ。外の広場での能力戦。斬呼、それに残り二人も、あの亜鳴蛇の触手に手も足も出ずにコテンパンにされてたじゃないか」

 無我見の言葉に、場に気まずい沈黙が降り下りる。どうやら彼も、あの無慈悲な公開処刑の現場を囲んでいた好奇の目を持つ群衆の一員として、事の一部始終を目撃していたらしい。

「あー……やっぱり見られてたのかぁ。こりゃ、随分と見苦しい所をお見せしました」

 黒角は気まずそうに、眉を下げて軽く頬を掻く。冷静沈着な彼女とて、敗北の無様な姿を顔見知りに目撃されていたという事実には、相応の羞恥心を刺激されるらしい。

「まぁ、うん……で、でも私の能力、少しだけ褒めて貰えたから、その……ちょっと嬉しかったかな」

 普並木は俯き加減で、頬を赤らめながらモジモジと呟く。彼女の視界に映る無我見は、忌まわしき才能の階級社会におけるエリート階層たる二重属性の持ち主であり、あまつさえ目の前の河海とリア充予備軍の空気を醸し出しているという、やや不愉快な存在。故に少し微妙な面持ちを隠せないものの、学内最強から自らの研鑽の証である電気を評価されたという事実への喜びの方が、今の彼女の精神状態を辛うじて安定させている。

 だが、河海は違う。

「と、友成っ! 何言ってるの! あれはあくまで戦略的撤退を伴う引き分けであって、決してコテンパンにされた訳じゃ───」

「はいはい。第一、相手は欠伸しながら片手の指三本だけでお前たちの渾身の攻撃を全部いなしてたじゃん? あれを客観的に見たら、どう好意的に解釈してもぼろ負けでしょ、普通に考えて」

 無我見の容赦ない事実陳列が、河海のちっぽけな自尊心を抉る。

「それは違うって! 亜鳴蛇のやつだって、表向きは余裕そうに取り繕ってたけど、私の怒涛の連撃の前に内心ヒヤヒヤだったに違いないんだからっ」

「傍から見れば、お前の方が完全に息が上がって圧倒されてたように見えるんだが」

「むきーっ! だからそうじゃないのっ!」

 両手を激しく振り回し、まるで駄々をこねる子供の様にぎゃいぎゃいと喧しく騒ぎ立てる河海。そんな彼女の猛抗議を、無我見は適当な相槌を打ちながら軽くあしらっている。激しい口調とは裏腹に、河海の表情は心なしか先程までの険しさが和らぎ、瞳の奥には隠しきれない安堵と親愛の色が滲んでいる。その阿吽の呼吸と特有の空気感は、周囲から見ればまるで世話焼きの彼氏と手のかかる彼女───すなわち、バカップルそのものの生態系を形成している。

「……ねぇ、鏡乎」

「うおっ、またいつの間に」

 背後。首筋。吹きかけられた冷たい吐息。

 突然の囁きに、黒角は肩を震わせて驚愕する。

 すすす、と。ホラー映画の怨霊の如き無音の足取りで、いつの間にか黒角の背後へと回り込んでいた普並木。彼女は、手首のスナップを利かせて空の缶コーヒーを弄りながら、身長差により上から黒角の耳元へと口を寄せる。

「やっぱりこの二人、どう見てもお似合いだと思うんだけど……」

 恨めしそうに呟く。彼女の虚ろな視線の先には、眼前で繰り広げられる、友達以上恋人未満という一番美味しい時期を謳歌する男女の無自覚な甘い空間が広がっている。

「いやでも、お前のあの棍棒、前見た時よりもなんか進化してたよな? ただの木製じゃなくて、黒光りする鋼鉄の棍棒になってたし。迫力あったぞ」

 無我見は感心したように、顎を撫でながら先程の戦闘を回顧する。

「ま、まぁねっ! 友成がのんきに昼寝なんかしてる間に、私は裏で血の滲むような特訓をしてたんだからっ!」

 得意げに胸を張り、鼻息を荒くする河海。

「見た見た。あんな重そうな武器振り回して、凄い身のこなしだったぜ? 相手の触手とチャンバラみたいに斬り結んでてさ。今日の斬呼、ちょっとかっこよかったぞ」

 無我見の何気ない、しかし破壊力抜群の賞賛の言葉。

「~~~~っ!」

 ぼふん、と。

 河海の頭頂部。

 文字通り目に見えない蒸気が噴出する。

 顔面は限界まで朱に染まる。

 耳の先まで真っ赤に茹で上がっている。

「う、うるさいっ! 余計なお世話っ! あんたなんかに褒められても、全っ然嬉しくないんだからっ!」

 絵に描いたような、古典的かつお手本通りのツンデレ反応を全力で見せつける。赤裸々な羞恥心に耐えきれず、あわあわと情けなく両手を空中で振り回す姿は、普段キャンパス内で周囲に撒き散らしている「触るもの皆傷つける狂犬」の不良っぷりは完全に消え失せ、ただの恋するような、初心な乙女へと成り下がる。

「……あー、ダメだ。鏡乎、私ら部外者は速やかに撤退しよ。これ以上こんな甘ったるい空間を見せられたら、私の精神の均衡が崩れて狂っちゃいそう。リア充共が、爆発しろいっ」

 二人が無自覚に垂れ流す致死量のロマンス・フェロモンに満ちた空気に完全に気圧され、普並木は吐き捨てるように毒づく。彼女の貧弱なメンタルでは、これ以上この極彩色の青春空間に滞在することは命に関わる。

「……だねぇ。あたしたちの入る隙間なんて一ミリもないし、後はおふたりだけの甘い時間にしてあげようか」

 黒角は呆れたように肩をすくめ、普並木の提案に即座に同意を示す。

「じゃあ、完全に部外者のあたしたちはこれで失礼するよ。じゃあね~、河海。無我見も、そいつの面倒、しっかり頼んだよ。暴走しないように手綱握っといてよね」

 机の上に転がっていた、自身の能力でボール状に丸められたコーヒーの空き缶をひょいっと拾い上げ、見つめ合う二人へ向けて退室の宣言を放つ。

「え? あー、わかった。二人とも、無茶な特訓はするなよー。俺もこいつに、いい加減キャンパス内で暴れるなってしっかりと言い聞かせとくから」

 無我見は空気を読むことなく、呑気に手を振り返す。

「なっ、ちょっと! 何勝手なこと言ってんの、黒角っ! 私を置いてかないでよっ!」

 河海は慌ててソファーから身を乗り出し、裏切り者の親友へ向けて悲痛な叫びを上げる。だが、普並木も黒角の背中を追うように立ち上がり、無慈悲な追撃を放つ。

「ちょ、ちょっと私たちは、これから凄く重要な講義があるからっ! 邪魔しちゃ悪いし、じゃあねっ!」

「いや、午後の講義までまだ時間あるでしょ───」

 必死の制止の言葉も虚しく、黒角と普並木は振り返ることもなく、足早にラウンジの出口へと向かって走り去ってしまった。残されたのは、人工的な冷気に満たされた空間で二人きりとなった、顔を真っ赤にする金髪の女と、不思議そうに首を傾げる緑髪の男のみ。


 二人が嵐のように立ち去った後の人工冷却空間には、奇妙な静寂が降り積もっていく。取り残された形となった河海と無我見の間に、先程までの喧騒が嘘のような空白の時間が流れた。

「斬呼、午後の講義は?」

 無我見が、いつもと変わらぬ気の抜けた、しかしどこか心地よい低音で静寂を破る。

「ま、まだだけど……」

「ならほら、座ろうぜ。俺も講義まだだし」

「う、うん」

 自然な誘導に従い、河海は素直に、先程まで普並木が占領していた革張りのソファーへと腰を下ろす。無我見もまた、その隣へとごく自然な動作で座り、二人は並んで腰掛ける形となった。

「あいつら……何で急にいなくなる訳さっ。これから対亜鳴蛇の緻密な作戦会議をする所だったのに……」

 口を開けば不平不満がこぼれる河海。しかし、無我見と完全に二人きりになったことで、彼女の表情からは先程までの過剰なまでの攻撃性や、虚勢を張った不良特有の刺々しさが嘘のように抜け落ち、ひどく柔らかに弛緩している。きょろきょろと周囲の空間を油断なく見渡し、巨大なラウンジ内に自分たち以外の学生や関係者が誰一人として存在しないことを慎重に確認する。すると、普段彼女が周囲を威嚇するために纏っている分厚い鎧のような態度は完全に消え失せ、横に座る彼へとほんの少しだけ、無意識のうちに身体の距離を寄せた。

 なんだかんだと言って、黒角や普並木という同性の親友たちとは全く異なるベクトルで、河海が真の意味で己の素を曝け出せる唯一の相手が無我見だ。本人は死んでも絶対に認めようとはしないが、彼女がこの青年に深く懐いているのは、周囲の誰もが認める明白な事実。休日にわざわざ予定を合わせて二人きりで市街地へと遊びに出かけるなども頻繁に行っており、河海も会話の節々で無意識に彼へと身体をそっと預けたり、肩を寄せたりする癖が染み付いている。傍からその光景を客観視すれば、それは完全にただの友人の距離感を逸脱しており、長年連れ添った気の置けないカップルそのものの生態系なのだが。

「斬呼さぁ、例の時庵だっけ? の件はもう過去の終わったこととしてさ。亜鳴蛇に勝つのは多分つーか、客観的指標から見ても絶対無理だろ。本人は知らんだろうが、学内最強の玉座に君臨してるんだぞ、あいつは」

 無我見。至極当然の一般常識を説くように、静かに諭す。

「こ、今回はたまたま私の体調やコンディションの調子が悪かっただけだからっ。次は絶対に亜鳴蛇のやつを完膚なきまでに叩きのめして、ぎゃふんと言わせてやるんだからっ」

「それはお前の自由だけど。いい加減、停学になるような暴力沙汰はやめろよ。怪我でもしたらどうすんだ」

「それは……もうしないよ。さっきもあの二人にこってり絞られたし……」

 河海はしゅんと肩を落とし、手持ち無沙汰を誤魔化すように、テーブルの上に残された空のコーヒー缶を手で弄ぶ。カラン、と乾いた金属音が虚しく響く。

「そっか、ならいいんだけどさ。俺もお前が本物の犯罪者になるのは見たくないし」

 無我見は心底安心したように、深く息を吐き出す。彼としても、大切な友人が無謀な復讐心から暴力的な問題行動を起こし、取り返しのつかない破滅への道を歩むのは、常に気が気ではなかったのだ。

「まぁ、単純な暴力以外の合法的なアプローチ方法はこれからじっくり考えるとして。友成、あんたにも次からはこの壮大な計画に協力してもらうからね。あんた、私の周りじゃあんまいない二重属性なんだし、戦力としては申し分ないはずっ」

 じっ、と。河海は期待に満ちた、熱を帯びた瞳で無我見の横顔を真っ直ぐに見つめた。

「ん? あー、俺の能力か。うーん、二重属性とは言っても、現代の平和な日常で役に立つとは到底言えないから、正直なところ微妙極まりない代物だけど……」

 無我見は右手を胸の高さまで持ち上げ、手の平を上に向けて翳す。すると、彼の掌の皮膚組織が瞬時に木質化を始め、微細な細胞分裂の音と共に、手の平からニョキニョキと一本の木が生え始める。数秒の内に形成されたそれは、鋭い葉を密生させた、小型ではあるが立派な針葉樹の形態を保っていた。

 軽く念じる。

 小型樹木の根元。バキ、と軽い音を立てて切り離す。

 そして。彼が木に意識を向けた瞬間、ボッ、と。

 切り離された針葉樹の先端部から、突如として赤々とした炎が燃え上がった。バチバチと爆ぜる音を立てながら、空気中の酸素を貪り燃え盛るそれは、まさしく原始的な光源。

「俺の燃える木を生やす能力さ、見ての通りこれだけだぜ? 体組織を変換して長めの小型樹木を錬成して、その先端から火を灯せるってだけ。特に現代社会における利便性があるかと言われたら、絶望的に無いんだよなぁ。火だって無駄にでかいから、ここじゃ平気だけど屋内じゃ火災報知器が鳴るし普通に危ないしさ」

 すっ、と火のついた松明めいた樹木を前方へと突き出し、揺らめく炎の輪郭を見つめながら無我見は自嘲気味に言った。

「めっちゃ強いじゃん、友成のそれ! 木と炎だよ!? ファンタジーの魔法使いみたい! 私なんて、ただひたすらに硬い棍棒出すだけだしっ!」

 シュン、と。河海は対抗するように、空間の歪みから自身の愛兵装である鋼鉄の棍棒を再び顕現させる。それを無我見の燃える樹木と同じように前へと突き出し、二つの能力の産物を見せ比べるように並べた。

「いやいや、質量も殺傷能力も、どう客観的に見ても斬呼のその凶悪な棍棒のが圧倒的に強そうだけど……」

 無我見友成が有する、燃える木を生やす能力。己の肉体の一部を触媒として小型の針葉樹を生成し、その葉の部分に引火させるというだけの能力。

 つまり、分かりやすく言えば無限に松明を生成するだけの能力。

 樹木のサイズも約五十センチほどに固定されており、燃え盛る火の火力や温度も一切の調整が効かない。当然のことながら、日常生活においてこんな危険物をみだりに使用する訳にはいかず、暗闇を照らす目的であれば、現代技術の結晶であるホロフォンのライト機能などで完全に事足りる。薪を焚べて暖を取る原始時代でもあるまいし、文明社会における実用性は限りなく地を這う能力だ。

 木と火を同時に操るという、一見すれば華々しい二重属性の冠を戴いてはいるものの、だからと言ってそれが直結して生活の利便性や戦闘力に結びつくとは限らないという、能力社会の残酷な現実を体現している。

「あの亜鳴蛇のバケモノみたいな触手みたく、身体から自在に出し入れできればまだ使い道もあるんだろうけどなぁ。俺のこの能力さ、そういう細かい所の融通が全く効かなくて、一度生やしたらこうして物理的に肉体から切り離さないと機能しないって知ってるだろ?」

 ゆらゆらと、眼前の松明を揺らしてみせる。

「オマケにこれ、お前のその棍棒みたいに用が済んだら虚空へ消去できる訳じゃないから、使用後はただの燃えカスとして純粋に邪魔なゴミになるんだよ。火を付けずに部屋に飾ろうにも、生命維持機能が欠落してるから大体一時間程度で完全に枯死するし、観葉植物としてのエコな運用すら出来ない欠陥能力」

 そうボヤきながら、無我見は念じた。炎の供給源を遮断された様に、松明の火はフッと消えた。残されたのは、葉が燃え、丸裸となった無惨な木の枝。

「まぁ精々、サークルのキャンプファイヤーとかでライターを忘れた時に簡単に火を付けられる着火剤代わりくらいしか役に立たないかな。あとは冬山の雪山賛歌で遭難した時の、緊急用の松明代わりに……と言っても、俺の人生でそんな極限のシチュエーション、ほぼ起こり得ないと思うけど」

 しみじみと己の能力の限界を語る無我見。河海の武器召喚のように虚空から構築した訳ではなく、自身の肉体細胞を変換して生み出した純粋な物理的実体であるため、能力を解除しても自然消滅することは決して無い。故にこの後、彼はこの中途半端に焦げた木の枝を、ラウンジ外の指定された可燃ゴミの集積所まで自らの足で歩いて捨てに行かなければならないという、地味なペナルティを背負っていた。

「い、いやっ。でも、突然背後から火を付ければ、いくらあの亜鳴蛇だって熱さでびっくりして隙を見せるはず……」

 河海は自身の棍棒をシュンと空間へと還元し、真剣な面持ちで反論した。

 既に彼女の都合の良い脳内構造では、〝反・亜鳴蛇筮麽派閥〟に無我見の戦力も勝手に組み込まれており、黒角、普並木を含めた四人の連携で、玉座に座る筮麽に凄惨な報復───もとい、極めて個人的で一方的な逆恨みを果たそうという壮大な青写真が描かれていた。

「だから俺をその物騒な計画に巻き込むなって。そもそも論として、お前が一方的に好きになった男に勝手に突撃して勝手に玉砕して、そいつを振った亜鳴蛇を逆恨みしてるだけだろ? それに、そんなくだらない復讐に時間を使うより、どうせまた次のイケメンの男をころっと好きになって、突撃告白して即振られるっていういつもの悲しいルーティンに戻るんだろうし」

「即振られるは完全に余計な一言だっ!」

 軽妙な口調で彼女の過去の恋愛遍歴といつもの行動パターンを正確に予測し、チクリと刺し返す無我見。その的確な指摘に、河海はぷんすかと両手を振り上げて抗議の意を示す。だが、それでも河海は心の底から本気で激怒している訳ではなく、抗議の動作に合わせて、またしても彼の方へともたれかかるように少し身を寄せた。

「そういう偉そうなこと言ってるあんたはどうなのさ? 彼女とかさ」

 自らの痛いところを突かれた誤魔化しに、河海は話を強引に逸らし、反撃の矛先を彼へと向ける。

「ん? 俺の恋愛事情? 高校の終わり頃が最後かな。この釣り大学に入ってからは、全くもって全然。浮いた話の一つもない平和な日常」

「ふーん、なるほどね。友成、顔は悪くないのに致命的にモテないもんねぇ」

 にひひと。意地悪な笑みを浮かべ、勝ち誇ったようにからかう河海。

「ばーか。俺がモテないんじゃなくて、お前みたいな学内でも有名な札付きの狂犬不良なんかと四六時中仲良くしてるから、俺までその取り巻きの不良仲間だと周囲から盛大に勘違いされてるんだよっ。俺が大学に入学してからのこの二年間、彼女の一人も全く出来ないのは、九割九分お前のその悪名のせい」

 無我見は頭の後ろで手を組み、わざとらしく大きなため息を大袈裟に吐いてみせる。

「なんだとぉ!? と、友成のくせにいっちょ前に生意気だ!」

 ばっ、と弾かれたようにソファーから立ち上がる。仁王立ちになり、座ったままの彼をビシッと指さした。

「決めたっ。絶対に、この二年のうちに誰もが羨むような超絶いい男を、私の魅力で捕まえてやるんだからっ!」

 目の前の友人に向けて、そう高らかに、そして根拠のない自信に満ちた勝利宣言を放つ河海。

「あーはいはい。心から応援するわ。頑張れよー、斬呼。お前、黙って大人しくしてれば結構かわいい部類に入るんだからさ」

「っ!?」

 彼の口から不意に飛び出した爆弾発言。

 その直球すぎる言葉の暴力に、河海はカッと顔面を極限まで赤く発光させ、ふらふらと数歩後ずさる。

 無我見としては、二年の付き合いからくる客観的な事実に基づき、本音を交えつつ軽くからかっただけのつもりだ。だが、彼女は彼の予期せぬ不意打ちの褒め言葉にぎょっと目を丸くし、胸の奥底で心臓がドクドクと警鐘を鳴らすように激しく脈打つ。

「なななっ、何突拍子もないこと言ってんのバカ友成っ!! あんた、いつもそうだけど、年頃の女の子に向かってそういう恥ずかしいこと、気安くペラペラ言うな!」

 茹でダコのように真っ赤になり、顔を両手で覆い隠しながら絶叫する。極度の混乱を落ち着かせるため、机の上に転がっていた空の缶コーヒーを無意識に掴み上げ、勢いよく口に流し込もうとするが、当然ながら既に中身は完全に空であり、乾いた空気が喉を通るだけ。

「そんな本気で怒るなって。俺の客観的評価として、正直に褒めただけだよ」

 苦笑混じりに、無我見は肩をすくめて返した。言い方や態度自体はいつもの憎まれ口やからかいの延長線上にあるものの、彼のその発言は一切の嘘偽りなく、彼女の容姿を純粋に褒めたに過ぎない。河海は彼と過ごした二年の付き合いの長さで、彼がそういう場面で嘘を吐かない性格だということが骨の髄まで分かっている。だからこそ、逃げ場がなく、タチが悪い。

 堪らず、河海はプイッと勢いよく顔を逸らした。

「ふ、ふんっ。今に見てろよっ。あんたより先に、絶対に最高に素敵な彼氏を作って見せるんだからっ」

「おう。無事に奇跡が起きて出来たら、一番に教えてくれよな」

 一切の悪意も執着もない、からりとした彼の発言。

 その声を聞きながら、また河海はソファーへと腰を下ろし、彼の隣の定位置に座り直すと、少しだけ肩を触れ合う距離へと寄せた。なんだかんだと悪態をつき合っていても、彼の隣という空間は、彼女にとって絶対的な安全圏であり、ひどく落ち着くのだ。彼とこうして他愛もない会話を交わしていると、先程まであれほど全身を燃やしていた亜鳴蛇への対抗心や復讐心すらも、忘却の彼方へと追いやってしまう魔法のような効力がある。

 そして、ふと。河海は恐ろしい想像をしてしまった。

 もし、彼に別に想いを寄せる特定の恋人が出来てしまったら。きっと、今までのようにこうして二人きりで他愛のない時間を過ごすことも、休日にくだらない理由で呼び出して遊ぶことも出来なくなるだろう。彼女という存在を最優先する彼を想像すると、胸の奥底がギリッと力強く締め付けられるように痛んだ。

 断じて、彼に対して特別な恋愛感情がある訳ではない───はず。ただの腐れ縁であり、便利な男友達だ。そう自身に言い聞かせるものの、とにかく、この心地よくて温かい、代わりの効かない特別な関係性が崩れ去ってしまう未来は、今の彼女にとってどうしようもなく嫌悪すべき事象だった。

「ねぇ、友成」

 河海は、視線を床に落としたまま、横に座る無我見へ向けてひどく小さな声で呼びかけた。

「ん? なんだよ、急に神妙な声出して」

 彼の顔を見る。

 その真っ直ぐな瞳。そこには微塵の下心もない。邪な感情もない。

 ただ純粋に自分を対等な友人として、一人の人間として大切に見てくれている透明な光がある。それを見つめ返すと、また顔の温度が急激に熱くなってしまう。

 いけない。これ以上見つめていたら、変な感情を抱いてしまう。

「………なんでもないっ」

 河海はぷい、と子供のように再び顔を逸らした。

「……あんたは、彼女なんて作んない方がいいよ。絶対」

 そして、己の我儘を押し付けるように、ぽつりと言葉を零した。

「え? なんでだよ、突然」

 彼は不思議そうに眉をひそめ、声に疑問符を乗せる。

「何でもっ! あんたは、いつまでも私のくだらない愚痴を聞くための専用役なんだから! あんたに彼女なんていう甘っちょろい存在、絶対に相応しくないっ!」

「はぁ!? んだそれ、いくらなんでも理不尽すぎて酷くないか!?」

「ふんだっ。で、私は友成なんて置いてけぼりにして、誰よりも先に最高に幸せになってやるんだからっ! 覚悟しとけっ」

 ツンと顎を反らし、得意げにふんぞり返ってみせる。

 だが、彼は呆れるでもなく、ただ優しく、笑みを浮かべる。

「そっか。じゃあ、頑張っていい男捕まえろよな。また何か落ち込むようなことがあったら、何時でも話くらいは聞いてやるからさ」

 その穏やかな声色。そこには一切のからかいの響きもなく、ただ純度百パーセントの優しさと包容力だけが満ちていた。

「う、うん……っ」

 彼のあまりにも真摯な態度に、またしても精一杯張り詰めていた強気な仮面がボロボロと剥がれ落ちてしまう。自身の内側に芽生えつつある正体不明の熱を振り払うように、ブンブンと激しく首を振った。

 考えるのはやめよう。彼の隣という特等席に、ぽっと出の見知らぬ女が居座り、彼がその女に向けて今の優しい笑顔を向ける光景なんて、想像しただけで吐き気がする。そして、こんな男に限って、そんなロマンスが突然訪れるわけが無いのだ。

 しばしの間、二人の間に言葉は落ちず、沈黙がラウンジを支配する。だが、その静寂は決して気まずいものではなく、互いの存在を確かめ合うような、穏やかで柔らかな空白の時間。

 この近すぎず遠すぎない、絶妙な距離感。それこそが、河海にとっては本当に心地よく、そして何よりも安心できる絶対領域。

 恐らく、彼女が自身の胸の内に秘められた本心───不器用で純粋な恋心───を明確に自覚し、その想いに名前をつけるのは、もう少しだけ先のことになりそうだ。


 巨大なガラス張りの窓。

 午後の強い日差し。

 ラウンジの床へとなだれ込んでいる。

 黄金色に輝くその光の帯。

 ソファーに並んで座る不器用な二人だけを、まるで鼓舞するように暖かく照らし出していた。

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