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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第一章 異能普遍社会

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極秘資料・対亜鳴蛇筮麽完全対策マニュアル

「ええと……今回の戦闘を通して、身を以て明確に分かったことは……まず、私が超絶頑張って本気を出せば……いや、余裕で凌げる位のスピードってこと……」

 未だ敗北の余韻を引きずりながらも、河海はブツブツと呪文のように一人ごちていた。彼女の目の前には、自身の所有するホロフォン。投影されたホログラフィック・キーボード───アニメキャラが映された───が浮かび上がっている。彼女はその短い指先を器用に動かし、空中の光の鍵盤をフリック入力しながら、先程までの凄惨たる蹂躙劇の記憶を自身の都合の良いように改竄しつつ、新規のメモ帳ファイルへと猛烈な勢いで文字を打ち込んでいる。

「触手の太さは自由自在と……私みたいな人ひとりを余裕で持ち上げて、三人とも宙吊りにする圧倒的パワーと……鳥餅みたいな、あのまとわりつく不快な粘着性でしょ。……あと、何か特筆すべき異常性はあった?」

 ピタッと入力する手を止め、河海は隣に座る黒角へと勢いよく振り向いた。

 初戦の圧倒的な敗北からというもの、彼女はこうして学内最強の玉座に君臨する亜鳴蛇筮麽の能力の片鱗を目の当たりにする度に、その特性や弱点を密かに、そして彼女なりの極めて偏った視点から分析し、打倒亜鳴蛇のための(無謀な)データ収集をライフワークとしていた。

 黒角は、その真剣そのものの横顔を見つめながら、内心で「まだそんな無駄な努力をやっていたのか」と深い溜息を落とした。しかも、そのホログラム画面に躍る文字の羅列は、明らかに河海の矮小な自尊心を守るために都合良く歪曲された内容が散見される。先程の筮麽の触手の動きは、初戦で一瞬にして三人を肉薄させた時よりも遥かにスピードが遅く、欠伸をしながらの明らかな手加減であったというのに、河海の都合の良い脳内処理装置では、「自身の動体視力と身体能力が向上したから対処可能になった」という、おめでたい解釈に変換されているらしい。

 呆れと諦観の入り交じったため息混じりに、黒角は口を開く。

「あーっと、まずあたしが実際に直接触れてみて分かったことだけど、あの紫色の触手のメタリックな光沢を放ってる部分、尋常じゃなくめちゃくちゃに硬いよ。あたしの、このダイヤモンド並の硬度な宝石化の手と、下手したら同等かそれ以上かも」

「うっ、確かに……。渾身の力を込めた棍棒で思いっきり弾き飛ばそうとしたのに、全くの無傷で弾き返されたわ……」

 河海は悔しそうに顔を顰めながらも、新たな項目として〝めちゃくちゃ硬い(黒角の宝石レベル?)〟と入力し、渋々ながら情報を書き加えた。

「それと、硬いだけじゃなくて、先っちょの部分がゲル状に柔らかくなってたから、部分的な硬度変化も自由自在っぽいね。……てか、あたしたちが切創とかの深刻な怪我をしないように、クッションみたいにしてめちゃくちゃ配慮されてない、あれ?」

「そ、そういう情けみたいなのは言わなくていいからっ!」

 図星を突かれた河海が、顔を真っ赤にしてキャンキャンと吠えた。手加減され、あまつさえ怪我をしないように赤子のように扱われていたなどという屈辱的な事実は、彼女のちっぽけなプライドが絶対に認めることを許さないらしい。

「はいはい、ごめんごめん。で、次はあの奇怪な触手の枝分かれ機能ね。触手を両手でしっかり掴んで動きを封じたと思った次の瞬間、表面の細胞が分離するように分裂して、あっという間にあたしの両腕を何重にも絡め取られたわ。で、その拘束する力も桁違いに凄い。あたしの握力をもってしても、一ミリも引き剥がせなかったし」

 そう淡々と事実を述べながら。飲み終えたばかりの微糖コーヒーのスチール缶。そして、スッと能力を発動させ、その手を美しい輝きを放つ硬質な宝石へと変化させる。そのままギリッ、と無造作に力を込めると、頑丈なはずのスチール缶は凄まじい金属音を立てて容易くひしゃげ、一瞬にしてゴルフボール程度の極小サイズにまで無残に圧縮されてしまった。

 だが、この恐るべき握力をもってしても、筮麽の触手は全くビクともしなかった。

 冷静に分析結果を口にすればするほど、筮麽の持つ触手能力に付与された属性の数が、常軌を逸したペースでとてつもなく増殖していく。そのあまりにも理不尽なチートぶりには、もはや戦慄を通り越して呆れ果てるしかなかった。河海も、ホログラムの空中に文字を打ち込みながら、どんどんと縦に長く伸びていく「亜鳴蛇筮麽の異常属性一覧」を眺め、徐々にその顔色から血の気が引き、やや青ざめていっている。

「で。極めつけは驚異的な電気耐性。私の指から放った渾身のスタンガン、直撃したのに全く効いてなかったしっ」

「うわっ!? いつの間に復活したのさ」

 突如、横からずいっ、と。黒角の視界の端から、いつの間にか魂の帰還を果たしていた普並木が、気配もなく顔を寄せてきた。彼女の手にもまた、黒角が買ってきた缶コーヒーがしっかりと握りしめられている。

「亜鳴蛇本人が、自分の触手は完全に絶縁体だとか、そんなこと言ってたんだけど……。本当に反則でしょ、あいつのあのデタラメな能力」

 自身の最大の武器である電撃が全くの無意味であったという絶望的な事実を反芻し、普並木はまたしてもズーンと暗いオーラを放ち、凹みそうになる。

「まぁまぁ。そこは冷静に考えてみなよ。もしあいつの触手が普通に電気を通す導電性の性質を持ってたら、あの時、触手にガッチリと捕まって絡め取られてたあたしも、あんたの放った電流を一緒に食らって感電してたわけだし。被害が出なかったんだから、結果オーライじゃない?」

「あ、それは確かに。鏡乎まで私の電気で痺れさせちゃったら全く笑えないし、結果的に電気が通らなくて良かったのかも」

 黒角は、再び自己嫌悪の沼に沈みかけた普並木を窘めるべく、論理的な帰結を用いて「結果的に電気無効で良かったのだ」というポジティブな旨を伝えた。その言葉に、普並木は単純に納得したのか、ホッと胸を撫で下ろしている。

「ええと、とりあえず判明した情報はこんくらい? じゃあ、今あるデータを総括してまとめたから! 二人とも、画面に注目っ!」

 パンッ、と。河海は気合を入れるように両手を強く叩き、ホログラムモニターの画面を空中でさらに大きく拡大し、三人の目の前にデカデカと表示させた。

 そこに羅列された、血の滲むような分析の結晶である内容はこうだ。

 【極秘資料:対・亜鳴蛇筮麽の完全攻略対策マニュアル】

 ・身長めっちゃ高い(見上げるレベル)

 ・身体から触手が生える、自称多重属性

 ・色は毒々しい紫色で、メタリックな光沢のある見た目

 ・生やすだけじゃなく、体の一部も変形できるっぽい

 ・太さは自由自在(極太から紐みたいのまで)

 ・色の変色も可能 (カメレオンかよ)

 ・先っちょは槍みたいに鋭く尖ってる

 ・ゴムみたいに無限に伸び縮み自在

 ・何本も生やせる上に、途中で枝分かれ可能 (キモい)

 ・スピードは速いけど、鍛えた私なら余裕で対応できるくらい

 ・めちゃくちゃ硬い(黒角の宝石レベル?)

 ・硬くなったり粘土みたいにやわらかくなったり

 ・とりもちみたいにベタベタしててきしょい

 ・黒角より圧倒的に強いパワー(力比べは厳禁)

 ・電気は全く効かない(絶縁体バリア)

 以上が、河海の知能指数が如実に表れた、めちゃくちゃバカっぽい語彙力で構成された箇条書きのリスト。

「………」

 そのあまりにも長すぎる「強み」の羅列を前に、三人は暫し沈黙し、彫像のように固まった。

 先程の戦闘中、筮麽本人は自身の能力を「五つくらいの属性」と適当に誤魔化して宣っていたが、絶対にそんな生易しい数ではない。ざっと数え上げただけでも二桁に迫る異常な性質の数々。これはもはや、この国はおろか、世界的な能力研究機関のデータベースと照らし合わせても、明らかな規格外のオーバーフローを起こしている領域の属性数。

「……客観的に見て、普通に無理でしょこれ。勝てるとかそういう次元じゃないじゃん。やっぱ、復讐とかやめない?」

 黒角は、画面から目を逸らし、心底疲れたようなため息混じりに言う。

「……て、てかさ、改めて文字で見ると、名前からしてもうめちゃくちゃ強そうじゃない? なに、亜鳴蛇って。亜空で鳴く蛇? 字面だけ見たら、神話に出てくる魔王みたいなんだけど……あ、でもなんか厨二病っぽくて、ちょっとかっこいいかも……?」

 普並木は、リストの最上段に書かれた荘厳な漢字の並びに畏怖の念を抱きつつも、先程直接能力を褒められたことによる謎の好感度上昇の影響で、若干の羨望も交えた奇妙な感想を漏らす。

「それな。筮麽って下の名前の響きもヤバいって。亜鳴蛇筮麽って、初見で名簿の字面だけ見たら、絶対に関わっちゃいけないやばいやつ感しかないよ。本人はあんな、いつも眠そうで気怠げな気の抜けた感じなんだけどさ」

 黒角もまた、そのイカつい字面と本人のギャップに苦笑しつつ同意する。

 だが、そんな諦めムードを漂わせる二人に対し、発起人である河海は激しくお怒りだ。

「だあ~~~っ! なんで戦う前からそんなお通夜みたいな負けムードになってんのさっ! これだけ詳細な敵の情報を集められたんだし、弱点を突く対策もちゃんと考えるよっ。で、次は友成のやつにも無理やり協力してもらうんだからっ。あいつ、ああ見えて生意気にも二重属性のちょいレア能力持ちだしっ。そうして四人がかりで連携すれば、絶対に勝てるっ」

 河海は怒りに任せて手元のコーヒーをグビッと乱暴に飲み干すと、空になった缶をドンッ、と不満げな音を立ててテーブルに叩き置く。

 だが、その無謀な作戦提案に対し、取り巻きの二人は極めて微妙な顔を見合わせる。

「だから、無茶言うのはやめなって。無我見はあんたの個人的な因縁に全く関係ないでしょ。無関係な人を巻き込むな」

 黒角は、真っ当な倫理観に基づく冷静な言葉で河海の暴走を咎める。

「あ、確かに無我見って、二重属性だっけ……うぅ、それに比べて私は、才能の限界が見えてる弱小の単一属性……」

 他者の才能を思い出し、またしても深い負のオーラを放ちながらズーンと暗黒面に落ちて凹み始める普並木。彼女は現実逃避するように、コーヒーをちびちびと舐めるように飲んでいる。

「つーかさ、今更根本的な問題に立ち返るんだけど。いくら相手が規格外の化け物の亜鳴蛇だからって、あんたのその硬度マシマシの鋼鉄の棍棒で、本気で頭蓋骨とか殴ったら物理的にやばいでしょ。基本的に一般人が特別な許可なく能力で他者に危害を加えるのって、異能行使犯罪っていう重罪として、厳しい条例とか法律で明確に禁止されてるでしょ? 流石に、相手が無敵の亜鳴蛇だったとしても、そんな凶器命中したらタダじゃすまないだろうし。停学どころか、警察沙汰とか殺人未遂とか、マジで全く笑えないよ」

 黒角は、この能力社会における絶対的なルールを提示し、極めてごもっともな正論を突きつけた。

「うぐっ……」

 その絶対的な法的拘束力と社会的制裁の可能性を突きつけられ、河海は言葉を詰まらせて口ごもる。

 明らかに殺傷能力の高い凶悪な棍棒で直接的な打撃攻撃を加える。もしそれが監視カメラにでも記録されれば、すぐさま大学側で問題となり退学、下手したら傷害事件として法的な裁きを受けることになる。これまでは、亜鳴蛇の圧倒的な防御力と手加減、そして周囲も「またあのバカが挑んでるよ」と呆れ半分で見逃してくれていたおかげで、ギリギリ笑い事の能力戦───という名のプロレスとして成立してはいる。しかし、今回の河海の、殺意すら感じさせる思い切った棍棒の素振りや交戦を見て、保護者たる黒角としても、流石にこれ以上の危険行為は看過できない一線を越えつつあった。

「そうだよっ。私の、パチッと痛いだけの可愛い電気で痺れさせようとするとか、そういうレベルならまだしも、鉄にアップグレードされて殺傷能力が跳ね上がった棍棒で直接殴打するのとは、罪の重さの訳が違うんだからっ」

 普並木もまた、黒角の正論に便乗して河海を諌める側に回る。

「ぐぬぬ……ま、まぁ、確かにそれは客観的に見たらそうかもね。もちろん、私も鬼じゃないんだから、本気で急所に当てるつもりなんて毛頭ないけどさっ。ちょっと、顔面とか避けて、軽くボコして土下座させるつもりだっただけだし……」

 両手の人差し指をつんつんと合わせながら、視線を泳がせて苦しい言い訳をする河海。

 だが、彼女も口が悪く態度のデカい不良ぶった学生とはいえ、根底からの倫理観が欠如している半グレのような本物のチンピラとは明確に訳が違う。能力を用いた傷害事件や、ましてや殺人など、想像しただけでも恐ろしいことであり、もってのほかだという常識は持ち合わせている。

「うん、わかった。ちょ、ちょっと単純な暴力や実力行使じゃ、あとほんの少しだけ敵わないかもしれないから……。それなら、物理法則に縛られない、全く別の方向から勝負かけることにするからっ!」

「ちょっと?」

「圧倒的じゃなくて?」

「う、うるさいっ! 細かい言葉の綾に突っ込まないのっ! とにかく、これからも打倒亜鳴蛇の計画には協力してもらうからねっ、黒角、普並木っ! 暴力がダメなら、別のルールで徹底的に打ち負かしてやる! とりあえず、基礎体力は必要だから、今日は大学の講義が終わったらまた例のジムに行くよっ!」

 痛いところを突いて茶化す二人から逃れるように、河海はばっ、と勢いよくソファーから立ち上がった。そして、虚空から自身の能力で愛用の鋼鉄の棍棒を召喚し、天井に向けて高らかに宣言した。

 ひとまず、これ以上の直接的な暴力沙汰や流血事件には発展しなさそうであるという事実を確認し、黒角と普並木は内心で深く安堵のため息を吐いた。

 しかし。普並木はふと、自身の内に巣食う暗い現実を思い返していた。

 先日、ジムに備え付けられた最新鋭の異能出力測定(アビリティ・スキャン)による能力検査にて、冷酷なAIから宣告された、「あなたの能力は、これ以上の劇的な伸び代は見込めず、既に先天的な能力限界値(アビリティ・キャップ)にほぼ到達しきっている」という残酷な事実。

 元は指先から冬場の微弱な静電気が出る程度の、何の役にも立たない貧弱な能力を、暴漢を撃退できる高出力スタンガンレベルにまで火力を引き上げたのは、ひとえに彼女の長年にわたる血の滲むような努力と執念の賜物だ。だが、「努力の限界」を数値化して突きつけられるという事実は、多感な彼女の心に重く堪えるものがあった。河海と黒角は能力を本格的に鍛え初めたばかりとはいえ、目の前の友人二人がグングンと能力のポテンシャルを向上させていく様を間近で見せつけられると、自身の停滞がさらに浮き彫りになり、精神的にきついものがある。

 しかし。

 先程、あの雲の上の存在である学内最強の亜鳴蛇筮麽に、直接能力の美しさを褒められた。そして何より、能力では到底足元にも及ばないが、筮麽の隣で常に偉そうにしている(普並木目線)あの柄長という小柄な女には、プロポーションとスタイルの良さという女性としての生物的な魅力において圧倒的にボロ勝ちしており、その点に関しては柄長から明確な嫉妬の眼差しを向けられているという優越感。

 その二つの強烈な精神的支柱のお陰で、彼女は能力コンプレックスで心を病むことはなく、先程までの陰鬱とした気分はすっかりと晴れ渡っていた。

「ふふふ……待ってろよ亜鳴蛇っ! 今度こそ、どんな手を使ってでもギャフンと言わせてやるんだからっ! 私の恐ろしさを思い知らせてやる!」

「こらこら、室内で物騒な棍棒振り回すなよ。危ないってば」

 頭の中でどんなトンチキな作戦を思い描いているのか、たたた、と無邪気に駆けてきゃいきゃいとはしゃぎ回る河海を、ため息をつきながら追いかけ、保護者のように宥め収める黒角。

 そんな平和で騒がしい親友たちの光景をソファーから穏やかな目で見つめながら、半分ほど残っていた微糖コーヒーを最後の一滴まで、ゆっくりと飲み干した。

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