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七十五話 探り合いと本性


アルレルトと食事をした翌日、あいにくの曇り空の中

《双杖》イデアの姿は学区のある場所にあった。


「ねぇ、貴方たち、正門から入ってきた人に杖を向けるなんて失礼じゃないの?」


イデアは周囲を囲む二十人を超える魔術師たちに呑気にそんなことをのたまった。


「《双杖》がシルヴィア様の《魔術学院》に来て歓迎されるとお思いで?」

「歓迎されるとは思ってないけど大勢の集団で囲むなんて酷いじゃない、私は貴方たちの敵じゃないのよ?」

「そのような詭弁が通じると思わないことですね」


この集団の代表と思われる魔術師のにべもない言葉にイデアは溜息を吐いた。


「はぁ、詭弁なわけないじゃない、だって貴方たちでは私の敵にはなり得ないもの」

「っ!、《双杖》とはいえこの数を相手にそれは傲慢が過ぎるというものですよ」

「傲慢じゃないわ、それともフルグラス派の頂点がそんなに弱い存在だと本気で思ってるの?」


男の魔術師はイデアの言葉に二の句が告げなくなってしまった。


「…本当にイデアじゃないですか、招いてもないのに来ないで下さいよ」

「あら、招かれないと来ちゃいけないの?、随分と心が狭いのね、シルヴィア」


長杖に乗って現れた銀髪の魔術師シルヴィアの嫌悪感たっぷりの言葉にイデアは挑発気味に返した。


「いえいえ、心が狭いのではなく私は非常識な女が嫌いですから」

「奇遇ね、私も誰かさんみたいに上から見下ろす女が嫌いだわ」


シルヴィアとイデアが見えない火花を散らすと、同時に魔術を放った。


「"雷槍(ランス)"」「"雷剣(ソード)"」


雷の槍と剣が真正面から衝突し、互いに相殺されると空中で電撃が飛び散った。


本来魔術同士が衝突すると、より出力が大きい魔術に呑み込まれるのだがイデアの魔術と相殺する魔術を放ったシルヴィアは彼女と同等の力を持っているのが、周囲の魔術師には分かった。


しかし何よりも驚嘆すべきことはこの程度の魔術の応酬は二人にとって挨拶と同義であるということである。


「腕は錆びてないようですね」

「そっちこそ腑抜けてないわね」

「ふふ、いいでしょう。私の私室に招いて差し上げましょう。旧友のよしみでね」


シルヴィアはそう言ってから周囲の魔術師に散るように命じ、二人はシルヴィアの私室に移動した。


「シル……お客さん……?」

「はい」


部屋の中にいたのはマントを羽織った女性の剣士で、シルヴィアは目線で自己紹介しろと要求してきた。


「私の名前はイデアよ、貴女は?」

「私は……エルネスティア……長いからエルって呼んで……シルは呼んでくれないけど……」


エルネスティアはそう言ってシルヴィアに寂しそうな目を向けた。


「エルネスティア様を気軽に愛称で呼びたいのはやまやまですが私にも立場がありますから」

「私は……気にしないのに……」

「私が気にするんですよ」


ポットで温めていた紅茶を魔術でカップへ注いだシルヴィアはそのまま自分とエルネスティア、イデアに配った。


「どこかの高慢ちきとは違って気が利くわね」

「私は王族ですよ?、あのような思慮の欠けらもない男と一緒にしないで欲しいですね」


そう嘆息したシルヴィアとイデアはソファーで向かい合う形で座り、エルネスティアは当然のようにシルヴィアの隣に座った。


「シルの紅茶は……いつも美味しい……」

「エルさんの言う通りね、紅茶の目利きだけがシルヴィアの唯一の取り柄だものね」

「そんなことないよ……?、シルの良い所……いっぱいあるよ……?」


「エルネスティア様、イデアの皮肉にいちいち付き合わなくていいです」

「皮肉……?」


純新無垢な《剣神》はよく分からず小首を傾げた。


「エルさんは普通の剣士には見えないけどシルヴィアの護衛なの?」

「うん……シルを守ってる……それが約束だから……」

「エルネスティア様、余計なことを教えないでください。一応彼女とは敵対関係なので」

「え……?、シルの友達じゃないの……?」

「違います」


イデアが友達などシルヴィアとしては断固として拒否したいことだった。


数秒ほど沈黙が場を包み、部屋の主であるシルヴィアが口火を切った。


「いつかは戻ってくるだろうと思っていましたが……二年ですか、随分と早かったですね、最低でも十年はレーベンに足を踏み入れないと思っていましたよ」

「あの高慢ちき野郎のせいよ、本来ならこんなクソッタレな街に戻ってくる気なんてなかったわ」


優雅に紅茶を飲む所作はイデア、シルヴィア共に完璧で隣に座るエルネスティアは高貴な雰囲気に慣れずむず痒くなってしまった。


「言葉が汚いですよ、まがいなりにも《双杖》であるのならもう少し品を持った方が良いのでは?」

「お生憎様、品なんてものは冒険者には必要ないのよ」


冒険者という言葉にシルヴィアは面白そうに反応を返した。


「聞きましたよ、今は仲間を集めている最中だとか?」

「ええ、聞いて驚きなさい。もう二人も仲間がいるのよ!」

「ーーー」


イデアは自慢げに純白のローブに包まれた豊かな胸を張り、シルヴィアは最後に会った時よりも成長していることにすぐに気付いた。


(負けた。私よりも僅かに大きい、二年で私も成長したはずですがその上をいかれた)


シルヴィアが密かに悔しがっていると、イデアはシルヴィアがどこを見て何を考えているかすぐに気付いた。


「…私の勝ちね」

「っ!」


勝ち誇った顔も女のシルヴィアから見ても美しいのが彼女の怒りに拍車をかけるが、シルヴィアは王族の胆力を駆使してなんとか怒りを表情に出さず収めることに成功した。


「はぁ、その勝気な性格は相変わらずですね。イデア」

「褒めるなんて照れるじゃない」

「褒めてません、それはともかくそろそろ本題に入りませんか?、私もそれほど暇じゃないのですから」

「いいわよ、全く貴女との会話は前置きが長くて疲れるわね」


ふざけているようにも見えた二人の会話だったが、キチンと互いの目的を知る為の探りを入れ合い見えない攻防を繰り返していたが、イデアが尻尾を出さなかったのでシルヴィアは諦めて単刀直入に聞くことにしたのだ。


時間を考慮しただけで断じてイデアに負けたわけではないとシルヴィアは声を大にして言いたかった。


「どうしてグレスベルトの工作を見逃してるのよ、フルグラス派との抗争が貴女に利益があるとは思えないのだけど?」

「利益はありますよ、ここ最近は彼の陰湿なイタズラを受けずに済んでいますからね」

「建前にしてももう少し説得力のあるやつにしなさいよ」


イデアには建前だというのが見え見え過ぎて逆に呆れてしまった。


「そんなに呆れないでください、どのような建前でもどっちみち君には見抜かれてしまうのだからいいじゃないですか」

「…それで?」


シルヴィアの戯言にはとりあわずイデアは先を促した。


「君の質問に答える前に私の質問に答えてくれませんか?」

「…何よ?」

「君はこの抗争にどう決着をつけるつもりなのですか?」


シルヴィアの質問にイデアは中身を飲み干したカップを置いてから答えた。


「簡単よ、《使徒》を擁立し慣例通りに抗争を終わらせる」

「短気な君にしては現実的で常識的な解決策ですね」

「私は貴女の質問に答えたわ、次はそっちの番よ」


これ以上質問されたことについて話す気がないイデアは強制的に会話を打ち切って、答えを求めた。


「そうですね、先程の利益があるという言葉に嘘はありませんよ?、私はグレスベルトが自らのリソースをほかのことに捧げているという事実だけで充分ですからね」

「嘘ね、貴女は待ってるのよ、グレスベルトたちが自分たちに攻撃を仕掛けてくるのをね。そして我慢の限界が来つつある貴女は先鋒としてアルを使ったのよ」


イデアの鋭い指摘にシルヴィアは人を見下すような嫌らしい満面の笑みを浮かべた。


シルヴィアが美人であるが故にその笑顔は思わず後ずさりしてしまうような凄味を持っていた。


「シルヴィア、本性が出てきてるわよ?」

「別にいいではないですか、ここには私とエルネスティア様、そして君しかいない。それはともかく流石ですね、イデア」

「今は褒められても嬉しくないわ、《使徒》の座を狙ってるのは本当だけどその為に貴女はグレスベルト派を一掃しようと考えてるのね」

「その通りです、やはり君は素晴らしいですね。アル君のことを知ってるとは驚きましたが察するには君のお仲間ですね?」


シルヴィアに嘘や誤魔化しは効かないのでイデアは素直に頷いた。


「なるほど、まさか彼が君のお仲間とはさすがに私も予想がつきませんでしたよ。運良く手頃な捨て駒が手に入ったと思いましたのに残念です。まぁ、もっとも手遅れでしょうが」

「ーーー」

「殺気を込めて睨むなんてせっかくの美人が台無しですよ?」


イデアの本気の殺気にも怯まずシルヴィアは涼しい顔をして、軽口を返した。


これがシルヴィア・ヴォール・アルテイルだとイデアは断じる。


アルレルトは信じられないだろうと思って言わなかったが、理知的な雰囲気と佇まいで狡猾で容赦のない本性を隠しているのがシルヴィアという魔術師だ。


彼女の本性が見抜けなかった愚か者は総じて彼女の使い捨ての道具にされてしまうのだ。


「やっぱり貴女は変わらないわね、逆に助かったわ」

「ーー」


晴れやかなイデアの様子を訝しむシルヴィアは遅れて気付いた、イデア・ガーランドという女もまた自らに匹敵する魔術師であることを。


「シルヴィア、決闘(けっとう)しましょう」


そう言って不敵な笑みを浮かべたイデアは二本の杖を抜くのだった。

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