五十六話 イデアの魔術講座と悪漢
パーティー名を《ゼフィロス》と決めた二日後、アルレルトたちの姿は辺境都市グラールへ向かう乗り合い馬車の中にあった。
「イデア、杖の手入れですか?」
「ええ、そうよ。魔術師にとっては命と同じくらい大切なものだからね」
イデアは布で黒と白の杖を磨きながら、答えてくれたがそれを聞いてアルレルトの中で疑問が浮かんだ。
「気になったのですが魔術を使うのに何故杖が必要なのですか?、杖を介さずに使えた方が便利だと思うのですが」
「うーん、アルの疑問に答える前に魔術の行使の仕組みについて説明した方がいいわね」
イデアは手入れの布を片付けると、黒色の杖を腰のホルダーに戻し白色の杖を手に持った。
「魔術とは対価を支払い世界に介入する力よ、これは前に少し説明したわよね?」
アルレルトが頷くとイデアは白杖の先に小さな火を灯した。
「今私は魔力を支払ってこの火を灯してるわ、これは頭の中で杖の先で灯る火を想像していることでできることよ」
「想像ですか?」
「そうよ、詳細に火を想像することが出来れば…」
火が大きくなって火力を増したかと思ったら、形が変わり翼を畳んだ火の鳥がイデアの杖の先に現れた。
「すごいです!、火の鳥になりました!」
「ええ、でもこれだけ正確に形を変えられるのは杖のお陰なのよ」
「どういうことですか?」
「試しに杖無しで魔術を使うとね」
白杖をホルダーに戻したイデアが人差し指を上に向けると、凄まじい勢いで炎が上り直ぐに消えた。
「こんな風にまったく加減ができないの、優秀な魔術師ほど魔力保有量が多いんだけど魔力が多いと杖無しでは魔力制御が追いつかないのよ、これはひとえに人間が持つ魔力制御器官の限界ね」
「つまり杖は魔力を制御する力があるということですか」
「そうよ、その魔術師に合わせた専用の杖が必要になるわ。もし杖無しで魔術を使うなら私の場合は周囲を巻き込んで爆発する危険性があるわ」
「爆発!?」
「と言っても安心してちょうだい、杖無しで魔人を倒したような魔術を使おうとしたらの話だから」
付け足された話を聞いてアルレルトは胸をなで下ろした。
「アルも魔術使ってみる?」
「えっ?、そんな簡単に使えるんですか?」
「魔力を体外に放出できるようになったら使えると思うわよ、あれだけの動きができるなら魔力もそれなりに持ってると思うしね。手を出して」
アルレルトは利き手とは逆の左手を差し出した。
「今から私の魔力を流すわ、まずは私の魔力を感じて取ってみて」
アルレルトが頷くと、イデアは握手した手を介して魔力を流した。
(これは…左手から温かい何かが流し込まれている。これが魔力ですか)
じんわりと流れてきたイデアの魔力をアルレルトは知覚することが出来た。
「私の魔力が感じ取れたら同じ感覚のものが自分の中にあることに気付けるはずよ」
イデアに言われて目を瞑って自分の中を探ったアルレルトはイデアの言う通りじんわりとした熱を持つものが二つあることに気付けた。
「ありました」
「次は感じ取った魔力を操作して私に流して、意識すれば絶対に出来るからゆっくり丁寧にね」
「はい」
アルレルトは二つの魔力の内、一つはとても小さかったのでもう一つの一回り大きい方を意識すると熱がそれを起点に全身に巡っていることに気付いた。
(熱の配分を変えて、左手に集中させてイデアに流す)
全身に巡っている魔力を操作することでアルレルトは左手に集めることに成功した。
「いいわ、魔力を操作して体外に送ることが出来てるわよ。魔力放出って呼ぶんだけどこれが自由自在に出来れば魔術師の道が…」
「なるほど、これが魔力。こんな力があったとは知りませんでした」
イデアは言葉の途中で絶句してしまった、何故ならアルレルトが自由自在に全身から魔力放出しては止めたりと制御していたからだ。
「ア、アル、まさかもう魔力放出を覚えたの?」
「はい、一度意識してしまえば後は簡単でした。イデア?、なんだか変な顔になっていますよ」
「いえ、少し驚いただけよ」
イデアはそう言ったが内心ではびっくりするほど驚いていた。
並の魔術師は魔力放出を覚えるのに一週間は掛かると言われ、魔術師の世界では天才を越える異才と呼ばれるイデアでも一時間の時間を要した。
イデアの魔力保有量が莫大という事実を除いても、アルレルトの魔術師としての才能はとてつもないと評するほかなかった。
「それで魔術は自分の杖がないと使えないのでしたよね」
「そんなに落ち込んだ顔をしなくても私の杖を貸してあげるから、一回使ってみるといいわ」
「ありがとうございます、イデア!」
満面の笑みになったアルレルトはイデアから白杖を受け取り、イデアは念の為自分とアルレルトを囲む小さな結界を張った。
「何を想像すればいいのでしょうか?」
「火、水、風、土の四大元素魔術が一般的な魔術だから風を想像してみれば?」
イデアは提案しながらも警戒していた、魔術師が一番最初に使う魔術が一番危ないのだ。
全く加減ができず周囲を破壊することは珍しくない、かく言うイデア自身も賢者フルルの庭を焼き尽くした過去がある。
「風……俺たちを守護する風」
警戒するイデアを他所に白杖を握るアルレルトの周囲に小さな風が渦巻いた。
一陣の風はアルレルトの周囲と膝の上で眠るアーネの周りを何周かすると今度はイデアの周りを回り、馬車の中にいたネロやカラへ流れると幌を揺らして馬車の外へ消えていった。
生憎と小さな風だったのでアーネたちは特に気付かなかった。
「どうでしょうか、森で感じた風を想像してみたのですが」
「素晴らしい風魔術よ、アルレルトは魔術を攻撃じゃなくて自分の補助に使った方がいいかもしれないわね」
アルレルトから杖を受け取ったイデアのアドバイスにアルレルトは首を傾げた。
「何故ですか?」
「アルの戦い方に合わないからよ、攻撃魔術を使うには杖が必須だけどアルは剣士で両手で剣を握るから杖を持つ余裕はないじゃない」
「確かにそうですがそれではイデアの話と矛盾してませんか?」
「してないわよ、補助魔術は主に自分に使うものだから鍛練さえ積めば杖がなくても使えるわ」
「それは…さらに強くなれそうですね」
一瞬だけ獰猛な笑みを浮かべたアルレルトにイデアはゾクリとしたもののすぐにいつもの優しげな雰囲気を持つアルレルトに戻ったことでその感覚は即座に霧散した。
「魔術のことならもっと話せるけど聞く?」
「はい、是非」
イデアの魔術語りを聞くアルレルトは相槌を挟みながら、時折鋭い質問をしてイデアをさらに饒舌になったことで長引き、結局グラールに到着するまでイデアの魔術語りは続くのだった。
◆◆◆◆
グラールの街に無事に入ることが出来た《ゼフィロス》の面々は《妖精の宿り木亭》を目指して歩いていた。
『イデアの話、初心者には分かりやすかったし魔術師の僕にとっても興味深かったけど長い。僕は話の途中で起きてた』
「起きていたことには気付いてましたけどイデアの話に聞き入っていたので…ごめんなさい、アーネ」
『アル様は悪くない、悪いのはイデア』
アルレルトに構って貰えなかったアーネの不満の槍が犯人であるイデアへ飛んだ。
「うぐっ、別にアルは嫌がってなかったから良いのよ!」
「私はどうでもいいけど、狭い馬車内で二人の世界を作るのはやめて欲しいね」
「ふ、二人の世界なんか作ってないわよ!?、真面目な話をしてたんだから!」
「はいはい」と投げやりに返したネロは後始末をしないのでイデアがひたすらにうるさかった。
「ふ、ふふ、姉さん、楽しそう」
「グルルゥ」
「うわぁ!?、ヴ、ヴィヴィアンちゃんも元気だね!」
カラは唸ったヴィヴィアンに涙目になりながらも精一杯笑顔を作って捲し立てた。
それだけワイワイとやっているとただでさえ美人のイデアと亜竜のヴィヴィアンがいるせいで注目を集めるのにさらに注目が集まってしまったが、ほとんどは奇異と羨望の視線だったのでアルレルトは気にしないことにした。
そんなことをしているうちに《妖精の宿り木亭》に到着した。
「建物を貫いて木が生えてる…」
「俺も最初見た時は驚きましたよ」
ネロの反応に少し前の自分を見たようでアルレルトは笑いながら、イデアの後に続いて店内に入った。
「おいおい、金が払えないってどういうことなんだ!?、俺たちを舐めてるのか!?」
店内に入ると突然男の怒鳴り声が聞こえてきた。
宿屋内を見回すと、どうやら修繕は終わったようで内装は綺麗だったがシネアが数人の男に詰め寄られていた。
「シネア!、こんにちわ、元気かしら?」
「イデア!?、それにアルレルトさんも!?」
シネアはイデアの声を聞いて、驚いた声を上げアルレルトの姿を見つけてさらに驚いた。
「あ゛!?、なんだてめぇらは?、このガキの知り合いか?」
「そうよ、貴方たちこそ何者なの?」
「俺たちは借金の取り立てに来たんだよ!、そのくせに払えねぇとか言いやがってガキが…!」
「止めなさい」
シネアに対して手を振りあげた男をイデアは強い意志を持って静止した。
「止めるならてめぇが払ってくれるのか?、ちなみに身体で支払うのも可能だぜ?、女は簡単に稼げるから楽…」
「その腐った口を閉じなさい」
「イデア、俺が行きます」
今のイデアでは加減できないだろうと判断したアルレルトはイデアが頷いたのを確認して、話していた男の首に手刀を叩き込み一撃で気絶させた。
「「「へっ?」」」
「とりあえず全員眠ってください」
アルレルトが悪漢たちを全員気絶させるのに五秒もかからなかったことを追記しておく。
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