十八話 砦攻略と踊る剣刃
日が傾き始めて、夜が訪れようとする小鬼の砦では寝静まるどころか、熱気が増していた。
「「「ギャア!、ギャア!、ギャア!」」」
不快で耳障りな鳴き声を上げ歓喜を全身で表す配下の小鬼たちを彼らの統率者である小鬼は満足気に見下ろしていた。
今まであげてきた戦果を思えばそれは当然で本来ならば脅威である人間は小鬼に手も足も出ず眼前で痛めつけられている。
「「「ーーーーー」」」
散々に痛めつけた冒険者を少し休ませたらまた嬲る、統率者は血塗れで横たわる冒険者たちは見てそう考えた。
小鬼にとって人間の苦痛の悲鳴が何よりのご馳走となる、それは統率者であろうが同じだ。
単独は弱いが数が集まれば巧くなり、その狡猾さと残虐さはその小躯に収まっているのが不思議なほど強い。
しかし魔獣とは本来そういう生き物、そういう意味では小鬼とは最も魔獣らしい魔獣ともいえる。
「ギィ?、ギギィ!!」
統率者が満足気にしている時、見張りの小鬼が砦の前に現れた冒険者の一団を見つけた。
すぐさま壁から降りて統率者の小鬼に報告した。
「ギィ」
統率者はすぐに始末するように指示した、ハイゴブリンを四体を含めた五十匹の小鬼たちが砦の門を開けて、外へと出る。
「「ギャア!、ギャア!」」
森の中に逃げる冒険者たちを小鬼はすぐに追い掛けた。
「成った」
どこからともなく聞こえた青年の声に小鬼たちが何か反応を示す前に森から飛んできた矢たちがほとんど同時に見張りの小鬼の額を貫いた。
そしてその時には既に青年は降り立っていた。
「一匹残らず討伐します」
突然現れた青年の全身から迸る戦意が一瞬で小鬼たちの間を駆け巡った。
「ギィア!」
震える体を無視して号令を飛ばした統率者に従って、無数の小鬼が一斉に飛びかかった。
「"神風流 薙風”」
青年の剣が振り切られるのと小鬼たちの首が飛ぶのはほとんど同時だった。
斬られた小鬼たちの血潮が舞う中、アルレルトは突撃し統率者に迫った。
「グオォォォ!!」
しかし統率者に刃が届く寸前に近衛のように控えていたハイゴブリンの金棒が振り下ろされた。
唸るような地響きと共に土煙が舞い、そのうちに様々な武器を持った六体のハイゴブリンが統率者を守るように前に立った。
「ここからが勝負ですね」
当然のように金棒の一撃を躱したアルレルトはポツリと呟き、黒鬼を中段に構えるのだった。
◆◆◆◆
砦の外に出た小鬼も砦の異常に気付いたが、動くことは出来なかった。
「斃る、お前らの役目はそれだけ」
突然現れて死の宣告を告げた白銀の剣士によって蹂躙されたのだ。
決して戦闘ではない、音もなく振るわれる剣を小鬼たちが避けられる筈もなく、ものの数分で全滅した。
残ったのは四体のハイゴブリンだけだ。
そしてレイシアと相対する彼らは開かれた門から冒険者たちが侵入したことに毛ほども気付けなかった。
「うぉ!、本当に一人で小鬼の大群と戦ってるぜ」
「見るのは後にしろ!、今は攫われた奴らを助けるのが先だろ!」
縦横無尽に動き回り、小鬼の大群と渡り合うアルレルトに感心していた冒険者を他の冒険者が小声で注意した。
アルレルトの作戦通り、高台から見張る小鬼が死んだことと統率者を含めた全ての小鬼はアルレルトにしか注力していなかったお陰で、瀕死の冒険者たちを助けようとする彼らに気付ける小鬼は一人もいなかった。
小鬼は確かに狡猾で残虐な魔獣だが、一つ弱点があった。
それは強者に弱いこと、どれだけ数を集めようとも鍛え上げられた力を持つ個には勝てないのだ。
その事実を本能で直感した統率者は逃げ出そうとして、攫った人間を回収しようとしている冒険者たちに気付いた。
「ギャアァァ!!」
ふざけるなと怒りのあまり、自身を守っていたハイゴブリンの一体を冒険者たちに差し向けた。
「"音斬流 斬響”」「!?」
音もなく冒険者たちに襲いかかったハイゴブリンの首が宙を舞った。
「作戦は成功、後はお前を討伐したら終わり」
外の小鬼を殲滅したレイシアが立っていた。
詰みの段階に持ち込まれた統率者が後ずさりすると、残ったハイゴブリンと統率者の上を飛び越えてレイシアの前に小鬼を殲滅したアルレルトが降り立った。
「レイシア、ここは俺にやらせて下さい」
「ん?、ここは二人で片ずける方が速い」
「承知しています、しかしここは俺にやらせて下さい」
黒鬼を鞘に納めたアルレルトは背中越しに白銀の剣士に再度頼み込んだ。
「ん、分かった」
何かやりたいのだと察したレイシアは素直に下がった。
「えぇ!?、あの男一人で大丈夫なんですか!?」
「分からない、でも答えはすぐに出る」
驚く冒険者に端的に返したレイシアは観戦の体勢に入った、それを見た他の冒険者もアルレルトの一挙手一投足に注目した。
「俺は《双杖》イデアの仲間、剣士アルレルト。行きます!」
覇気の篭った宣言が告げられた瞬間、アルレルトの姿が掻き消えたように見えた。
「"神風流 鳳凰剣”」
踏み込んで放たれた神速の抜刀術が一体のハイゴブリンの首をすれ違いざまに切り落とした。
「グオォォォ!!」
アルレルトは隣のハイゴブリンが振った金棒を身を捻って、避けた。
「グオォォォ!!」
着地の瞬間を狙って三体目のハイゴブリンの鎖付きの棘鉄球がアルレルトを襲った。
「危ねぇ!」
「大丈夫」
冒険者の心配を否定するレイシアの確信めいた言葉通り、不安定な着地の瞬間を狙われたアルレルトに焦りはなかった。
「"神風流 突風”」
前転しながら両逆手で握られた黒鬼から放たれた突きが、股の間を通って棘鉄球と衝突した。
金属が衝突する鈍い音を響かせながらも、前転の勢いそのままに一回転して地面に着地したアルレルトは黒鬼を順手に握り直して、ハイゴブリンに刃を向けた。
「す、すげぇ!」
「あの不利な体勢から凌いだ!?」
驚愕する冒険者たちの声を聞き流しながら、アルレルトはすぐに一体のハイゴブリンに狙いを定めると斬りかかった。
「"神風流 斬風”!」
「グオォォ!?」
金棒を持つ腕を切り落とし、返す刀で逆袈裟に斬り裂いた。
悲鳴を上げながら倒れるハイゴブリンを横目に再び鎖付き棘鉄球が襲ってきた。
「グオォォォ!!」
「"神風流 大風”!」
大上段斬りが棘鉄球と正面衝突し、地面を削りながら後ろに下がったが、拮抗に打ち勝ち棘鉄球を打ち落とした。
「グォ!?」
「勢いを殺せば怖いもの無し」
すぐさま棘鉄球を飛び越えて、右方向から楕円を描くように斬りかかったが、寸前で二体のハイゴブリンの金棒が振り下ろされた。
「!!、"神風流 辻風”!」
斬りかかる勢いを殺さず即座に技を変えたアルレルトの刃風が二体のハイゴブリンの両腕を斬り裂いた。
「「グオォォォ!!?」」
「ギャア!」
しかし統率者の参戦は想定しておらず、振り下ろされた棍棒を後ろに跳ぶことで躱した。
「この土壇場で参戦ですか、魔獣とはいえ肝が据わっていますね。しかし…」
アルレルトは地面を蹴って統率者の懐に飛び込んだ。
「参戦するのが致命的に遅いです、"神風流 斬風”」
反応すら出来ず袈裟に斬られて胴体が泣き別れた統率者は一瞬で絶命した。
「グオォォォ!!」
鎖を引っ張って戻ってきた棘鉄球が後方から迫り、前方には両腕を失ったとはいえ二体のハイゴブリンが居た。
即座に判断を下したアルレルトは跳躍、棘鉄球を素通りさせてハイゴブリンにぶつけさせると落下ざまに鎖を斬り、棘鉄球を使い物にならなくした。
「グォ…!?」
着地した瞬間前方のハイゴブリンの心臓を刺突で貫き、一太刀で絶命させて黒鬼を引き抜き目標を最後の一体に定めた。
「グオォォォ!!」
「さようならです」
投げつけられた鎖を黒鬼で弾き、懐に飛び込み最後の抵抗で打ちつけられた拳をハイゴブリンの背中に回り込むことで回避した。
「"神風流 突風”」
決着の剣技がハイゴブリンの心臓を寸分たがわず貫いた。
ハイゴブリンの瞳から生の光が失われて、黒鬼を引き抜くと仰向けに倒れた。
「終わりました」
「ん、おめでとう」
戦闘の終わりの静寂をレイシアの気の抜けた拍手と言葉が打ち破った。
「す、すげぇ、本当に一人で六体のハイゴブリンを討伐しやがった…」
「下級なんてとんでもない、あれは上級に匹敵するんじゃないか!?」
ザワザワと騒がしくなる冒険者たちの横目で眺めながら、血振りすると黒鬼を鞘に納めた。
太陽が完全に隠れたことで吹き始めた夜の風が前髪を撫でるのをアルレルトは感じた。
「夜が来る。野営地に戻りましょう」
「ん、依頼は完遂。皆野営地に戻る!」
レイシアの号令で全てが終わり、冒険者たちの小鬼との戦いは終結するのだった。




