十九話 報酬と中央市場
小鬼の砦攻略戦から一夜明けて、アルレルトはギルドに呼び出された。
「来たか、八体のハイゴブリンと統率者を討伐した下級の冒険者」
ギルド長が仕事をする執務室に入室した瞬間、からかいを含んだギルド長の皮肉が出迎えた。
「おはようございます、ダリルギルド長」
「おい、俺の皮肉を流すんじゃねぇよ」
皮肉をサラッと流して挨拶をしたアルレルトにダリルは立ち上がってツッコんだ。
「俺はギルド長の皮肉を聞きに来た訳ではないので」
「ああ、そうかよ。下級のくせに可愛げがねぇな」
ボソリと言ったギルド長の戯言には最早何も言わず、本題に入るよう促した。
「ひとまず小鬼砦での活躍、見事だったな。お前自身の活躍もそうだが攻略作戦も見事だったと他の冒険者から聞いてる」
「お褒めに預かり光栄です」
うやうやしく頭を下げるアルレルトの様子に背中にむず痒いものが走るのを我慢しつつ、ギルド長は机の引き出しから皮袋を取り出した。
重厚な音を立てて机に置かれた皮袋の中身が今回の依頼の報酬であるとアルレルトは一瞬で見抜いた。
「お前だけ功績が群を抜いてたんでな。少し色をつけてある受け取れ」
「ーーー!」
無言で皮袋を受け取ったアルレルトは予想外の重さに驚いた。
「リード金貨百枚分の重みはどうだ?」
「重いですが今回の報酬額としては満足です」
思わぬ大金を入手したアルレルトは管理をどうするのか、考えているとそれを察したギルド長が助け舟を出した。
「そんな重てぇものを持ち運んでられねぇからな、普通は市場の銀行で手形と交換するんだ」
「手形、ですか?」
「ああ、王国銀行が発行してるもんだ。大口の買い物で使うのが一般的だな」
ギルド長曰く市場の銀行で何時でも現金に交換できる代物で、大金の管理が難しい冒険者はよく利用しているそうだ。
「なるほど、この後行ってみます」
「おう、そうしとけ。次は階級の話だ」
「ーー」
むしろそちらの方が本題なのでアルレルトの視線が真剣味を帯びた。
「先に言うと下級から中級に昇級だ」
「!!、ありがとうございます」
アルレルトはギルド長の言葉を聞いた瞬間、自然と笑みが零れたのを自認したがそれほどまでに嬉しかった。
「キュウ!」
「ふふ、ありがとうございますアーネ」
右肩に乗る小動物の祝福の鳴き声にも感謝の言葉を返さずにはいられなかった。
「喜んでるところ悪いが上級の話をしてもいいか?」
「はい」
笑顔をすぐに消して真剣な表情に戻ったアルレルトに驚きつつもダリルは別の引き出しから何枚かの羊皮紙を取り出した。
「上級になるには明確な功績がいる、俺個人としては今回の件で十分だと思うが上の連中が納得しなくてよ。これは言わば上級に昇級する為の依頼だな、無論受ける気があるならだけどな」
ダリルが見せてきたのは王国の様々な都市での依頼だった。
アルレルトとて中級で立ち止まる気はなく、さらに上へ向かう為に依頼を見ていると聞き覚えのある街の名前を見つけた。
「迷宮都市バーバラ…」
「お!、お前も気になるか?、まぁ、冒険者なら一度は迷宮攻略を夢見るものだ」
ギルド長の言葉は耳に入らず、アルレルトの脳裏に美しい魔術師の顔が浮かんできた。
その瞬間、考えるより先にアルレルトは返事をしていた。
「俺はこの依頼を受けます」
「お、おう。階層主の討伐が条件だからパーティーは組めよ?」
アルレルトの雰囲気に気圧されつつもダリルは忠告を残した。
「ご心配なく、この世で一番信頼できる仲間が待ってますから」
「そうか」
アルレルトの答えに満足したのか、ダリルは笑みを浮かべて嘆息するのだった。
◆◆◆◆
受付で中級のドッグタグを受け取ったアルレルトはその足で中央市場に向かった。
中央市場はグラールの中心部に存在する巨大市場で冒険に必要な道具から住民の生活必需品まで幅広く様々なものが取引される場所。
アルレルト自身は私用な買い物で外周に立ち寄ったことはあったが、中まで入ったことは無かった。
「ここまで人で溢れているとは…」
イデアに連れられてグラールに入った時に見た大通りでも大勢の人々が行き交う光景を見たが、目の前の光景はあの時よりも雑多であった。
客を呼ぶ声が飛び回り、人々の動きに規則性がなかった。
「キュ!」
「っと、すみません。つい圧倒されてました」
肩を叩いて進むように促してきたアーネに軽く謝ってアルレルトは市場を進んだ。
「あれをやってみますか」
アルレルトはふと以前イデアと一緒に通りを歩いた時に行なった鍛練を思い出した。
歩きながら雑多な視線を締め出し、邪な視線だけに集中する。
イデア曰くスリは人が多ければ多いほど増えるのでお金を持って人混みに入る時は財布を小分けにした方が良いと言っていた。
これを教えてくれた時のイデアの顔は随分と渋かったので恐らく過去にスられたことがあるのだろう。
無論イデアのことだから怒りに怒って実力行使で取り戻したのだろうが、
くだらないことを考えつつもスリと思われる視線を感じると、道を変えて近付かれないように気を付けて市場を歩いた。
「ーーー!」「!?」
王国銀行が目の前に迫ったところでアルレルトの耳に微かな助けの声が聞こえた気がした。
素早く視線を巡らせて、路地で向かい合う二人を見つけた。
石畳に尻をつく黒ローブの人に大柄な男が掴みかかろうとしていた。
「…!」
一瞬逡巡したアルレルトは傍観を告げる理性をねじ伏せて、感情のままに行動した。
人々の間を縫うように駆けたアルレルトの回し蹴りが、大柄な男の横っ腹にめり込んだ。
「ぐはぁ!?」
派手に吹っ飛んだ男は何度も石畳の上を転がった。
「事情は存じ上げませんがひとまずご無事ですか?」
「えっ?、あ、はい!」
突然の事態に戸惑っていた黒ローブの人の返事を聞いて、アルレルトは目の前の人が綺麗な金髪の女の子だということに気付いた。
「んだァてめぇは!、邪魔をするんじゃねえ!?」
起き上がった男が小さなナイフを取り出して、腰だめに突っ込んできた。
傍の女の子が悲鳴を上げるが、あくまで冷静なアルレルトはナイフの軌道を即座に見切って引き付けて躱すと、すれ違いざまに首元に手刀を打ち込んだ。
男を一撃で昏倒させたアルレルトは男が持っていたナイフを回収すると改めて少女に向き直った。
「す、凄いです!、まるで王都の騎士様のようでした!」
「それは光栄ですが俺は冒険者ですよ」
冒険者のドッグタグを見せると黒ローブの少女を目をまん丸に見開いた。
「冒険者に見えないです」
「そうかもしれませんね。さぁ、お立ち下さい」
微笑みながらアルレルトが手を差し出すと少女は手を取って立ち上がった。
「助けてくれてありがとうございます、私メリンと申します」
スカートを広げるようにローブの裾を摘んだ金髪の少女、メリンは丁寧に名乗った。
(仕草が整っている?、良家の生まれか?)
「アルレルトと申します、ご無事なようで何よりです」
「キュウ!」
疑問を刹那に抱くも片膝をついてメリンと視線を合わせた。
「わぁ、可愛い動物さん!、それにアルレルトの瞳、綺麗です!」
「この子はアーネ、俺の大切な家族です」
嬉しそうな鳴き声を上げるアーネを撫でながら、瞳を褒められたことに少し驚いた。
あまり珍しいという自覚はなかったが、実際に街に来てからも同じ瞳の色を持った人には会ったことがないので珍しいのかもしれない。
「お嬢様!、ご無事ですか!?」
アーネに興味津々なメリンを眺めていると、メイド服姿の女性が駆け寄ってくるのが見えた。
「あっ!、セレネー!」
メイド服姿の女性に元に駆け寄ったメリンはその腰に抱きついた。
「ご無事何よりです、それと貴方様とそちらに倒れている男は?」
「俺はアルレルト、冒険者です。こちらの男が何方かは俺も知りません」
「セレネー、アルレルトが助けてくれたの!」
黒ローブに包まれた全身を使って助けられたことを伝えるメリンに頬を緩めたメイド服姿の女性は改めてこちらに視線を合わせた。
「お嬢様をお救い頂き感謝致します、アルレルト殿」
「お顔をお上げください、俺は成り行きで助けただけですから」
深く頭を下げて感謝するメイド服の女性、セレネーの様子からもメリンが良家の娘である可能性は高まったが、その事はおくびにも出さずに話を進めた。
「お礼をお渡ししたいのですが…」
「いえ、お断り致します。礼は小さな女の子が無事だという事実で十分でございます」
微笑みを消して本心からそう告げるとやはりセレネーさんは驚いたような顔をしていた。
「本当に冒険者なのですか?」
「えぇ、そうですよ」
ドッグタグを見せないと信じてくれないのは少々反応に困ってしまう。
「キュウ、キュ!」
「あっ、用事があるのでした!、すみませんがこれで失礼させていただきます」
一瞬沈黙がおりた時に肩を叩かれたアルレルトは本来の目的を思い出して、二人に頭を下げると中央市場に戻っていくのだった。




