32
始業式の翌日、早速体育祭の実行委員会が開かれる。
初回は日程の確認とか、今後のスケジュールとかを伝えるだけだから楽だよね。……同時進行でいろんなことがなければ、だけど。
体育祭と文化祭の間に遠足もありますけど。その後音楽鑑賞会もあって、二学期って実は月に一度は何らかの行事があるんだよね。それと合わせて卒業アルバムのことだったり、修学旅行のことだったり、数え上げるとキリがない。
会長と副会長はその全てに関わることになるから、目が回るような忙しさだ。その補佐に回る俺と一年生の副会長でもある弘夢も割と一日中バタバタしてる気がする。
「……来年の立候補辞めたいかも」
朝のホームルーム前にうっかりと弘夢の本音を聞いてしまった俺は、とりあえず苦笑いするに留めておく。
「この仕事量なのに、昨年の和己兄って会長付も指名せずによくやってたと思うよ。先輩たちがフォローしてたとはいえ、わからないことなんかたくさんあったはずなのに」
疲れが溜まってきてるんだろうなと思う。
「和己もだけど、高槻さんもどっちかっていうと処理能力がバケモノだから、あそこと比べない方がいいと思うんですけど」
それになんだかんだで弘夢の処理能力は高い。周囲の期待以上に頑張ってしまうから、ちょっとだけ参っているのは客観的に見ればわかることだ。夏休みも返上して、ほぼ毎日学校に来ていたから、疲れてるのはよくわかる。
俊と二人でグチを聞きながら、おれはコッソリとスマホを操作して、和己に昼休みは弘夢のフォローをするので生徒会室には行かないとメッセージを送る。すぐに了承の返事が届いて、疲れが酷いようなら放課後も休ませてほしいと続けざまに受信した。
ちなみにうちの学校は授業中でなければメッセージのやり取りは許可されている。これも生徒主導で学校を運営しているから、実現していることだと思う。勿論、ルール違反が目立つようになると学校側から物言いがついて持ち込みすら禁止になる可能性もあるから、みんなルールは守っているんだ。
最近は昼休みも返上していて、接する機会も増えているのに弘夢の疲れに気づけなかった。
俊が弘夢の頭をヨシヨシと撫でている。眼鏡の奥の瞳も優しくて、机にうつ伏せていた弘夢も少しだけ頭をあげる。お互いに好きなことをわかってるんだから、つきあえばいいのにといつも思うんだけど、二人にとってはこの距離感がいいらしい。
「恒は、ストレス感じたりしないの?」
突然水を向けられて焦る。
「え、そんなのあるに決まってる」
だってほぼ休みなく頑張ってるのに、終わりが見えないなんて、ストレス以外の何者でもないよね。
「どうやってストレス発散してるの?」
続けざまに聞かれたけど、多分俺のストレス発散方法は呆れられるからできれば言いたくなかったりする。
「呆れられるから教えない」
俺が拒否したことで二人の興味を余計に引いてしまった。何度かやりとりを繰り返した後、ため息をついて絶対に笑わないことを約束させる。……呆れるなって言えないし。
「俺と和己の帰りって、最後になることが多いだろ?だから帰るときに頑張ってるって褒めてもらって、時々ギュってしてもらってますけど」
実際のところは週末にちゅーどころかそれ以上のこともしてますけど。
「……」
沈黙が重い。
俯いた二人の肩が小刻みに揺れて、耐えきれなくなって笑いだす。
「……だから話したくなかったんだよ」
「ご……ごめん」
目に涙を浮かべて俊が謝ってくる。弘夢はといえば笑いすぎて息も絶えだえだ。
「別の意味でストレス抜けだだろ」
弘夢に向かって問いかけると頷きはするものの、思い出し笑いまでして、会話にならない。
「惚気られてストレス発散とか、普通はあり得ないと思うんだけどな」
俊も散々笑っておいてその言い草だ。思わず睨みつけてみるけど、効果はない。
そうこうしている間に、担任も教室に入って来て、午前中の授業が始まってしまった。
休み時間、顔を見る度に思い出し笑いとか酷くないですか?
まあ、昼休みにはそれもおさまってきたけど。
「実際のところ、本当にそれでストレス溜めずにいられてるの?」
弘夢の疑問は至極まっとうなものだと思う。
「俺は単純に和己の側にいられるだけで嬉しいと思ってしまうから、ちょっとした会話とかでもストレス発散になってる可能性はある」
堂々と言い切ってしまえばそれが事実のようにも思えるから不思議だ。
「そう言われてみれば少しだけ思い当たる事もあるんだよなぁ」
俊が突然何かを思い出したように口を開く。
なにが言いたいのかわからなくて首をかしげると、くすくす笑いながら言葉を続けてきた。
「夏休みに恒が悠ちゃんに連れ去られたことがあっただろ?」
ありました。
それと連動して甘酸っぱい出来事も思い出す。一瞬無言になった俺をチラリと見た俊が続けて言う。
「あの時の和己兄の仕事効率の悪いこと。俺、和己兄が同じことを何回も聞き返すところなんて初めて見た」
「……むしろそれを見てみたいんですけど」
恋愛に関してはちょっと鈍かったり、先走ったりする人だけれど、その辺りは完全に残念な人なんだけど、普段の生活で効率の悪いところなんか見た記憶がない。記憶力については夏休みに実証済みだし、人の話もよく聞いていて、聞き返すところなんて見た事もない。
「結局、高槻兄に叱られて、あの日はみんな早く切り上げたんだよね。……次の日からは恒がいたからなんの問題もなかった」
そういえばそんな事もあったねと弘夢が続けてくる。
「そのこと自体はストレスとはちょっと違うけど、恒たちはお互いに補完してるって事なのかも」
俺の存在が、和己の中で大きなものになっているのなら、それはそれで嬉しい。二人のおかげで、また俺の知らない和己の一面を知ることができたような気がする。
◇◇◇
放課後の帰り道。
「なんで弘夢と俊って付き合ってないの?」
和己に聞いてわかるものでもないだろうけど、本人たちに直球で聞くのもためらわれて、口にする。
「恒でもわかるくらい、お互いに好きなのに?」
からかうように問い返されて頷いた後に言い返す。
「俺、自分のことにはちょっと鈍かったかもしれないけど、周りのことは見えてるつもりだけど」
そもそも和己だって人のこと言えないと思う。
「案外あれで、気づかれないように付き合ってるのかもしれないなとは思わない?」
「それは無理があると思う」
俺なんかは気づかなかったとしても、高すぎるハードルがあるからね。
「これだけ接しておいて、悠さんに気づかれないってどんなステルス機能持ってるんだよ」
「弘夢も俊もなかなかツワモノだからなぁ。実際のところ、悠ちゃんも微妙らしいよ」
和己が苦笑する。
それなんか、すごい。
「俺がわかりやすすぎるのかな」
好きだと思った時も、キスした時も、なんかすぐ見抜かれてる気がする。
「恒は顔に出やすいから」
頭に手を置かれて撫でられる。
「でも、そこが恒のいいところだから、気にしなくていいよ」
伸びをした和己が楽しそうに笑う。
「……恒と何でもない話をしながら駅まで歩くのって、ストレス発散できるから助かるなぁ」
奇しくもストレス発散方法が、俺たち二人は似ていることを知ることになった。
普段とはちょっと違ったテイストで。
少しだけムーンのお話の中の出来事も入っていますが、読んでなくても話はわかるようになっていたと思います。




