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夢のかけら  作者: 高原 涼子
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 驚くほどに早く、現実は変わって行く。

 終業式を翌日に控えた放課後に、想定外の出来事が起きることになるとは思いもしなかった。

 講堂の設営を終わらせた後は特にやることもなくて帰ろうとなった時に、

「恒ちゃんはこの日程は予定入ってる?」

 突然悠先輩に八月の初めの一週間の予定を聞かれた。恒ちゃんって呼ばれるのは、くすぐったいし、まだ慣れないけれど、基本この人は懐に入れた人に対しては誰に対しても似たような呼び方をするので、親しみを感じてもらっていると思えばありがたい。しかも見た目が美少女なので、そんな言葉遣いも似合ってるんだよね。それはさておき、今年は夏期講習に通う予定もないので、生徒会室の用事で学校に出てくる以外には、お盆に田舎へ行くくらいしか予定のないことを伝えると、良かったと嬉しそうに微笑まれる。

「毎年長期休暇に僕の家が持っている別荘に友人を招待しているんだ。恒ちゃんさえ嫌じゃなければ、今年から招待したいのだけれど、どうかな?」

 もちろん、ご両親の了承を得た上でだけれどと、気配りも忘れないところがすごい。

「今日帰って聞いてみます」

 多分ダメとは言われないだろうけど、親の許可なく行きますとは言えない。なにより和己先輩も行くのだから、行きたいに決まってるよね。学年が違うから、学校行事は全部別行動になるし、こんな機会は滅多にない。気持ちが浮き立つのを感じた。




 珍しく全員同じタイミングで帰る準備が整った。戸締りをして、下足箱へ向かって歩き出した時

「恒、ちょっといいか?」

 ちいさく声をかけられた。

 和己先輩を見上げると、そっと手招きをされる。ほんの少しだけ顔色が悪くも見えるから、俺は気づいていなかったけれど、体調を崩していたのかもしれない。どうしたんだろうと歩く集団から離れた俺は、ちらりと振り返った悠先輩が、和己先輩に向かって頷き手を振ったことには気づかなかった。

 そして何故か、また俺は先輩と生徒会室の中に戻っている。普段の机ではなく、応接用のソファーに向かい合って座った。

 何か言いたそうなのに言えない、そんな雰囲気の先輩を急かすことは思いつかなかった。ただちょっとだけ、重く感じる空気を変えたくて俺は立ち上がって先輩と俺のカップに麦茶をいれた。

「……ありがとう」

 目の前のカップに驚いた様子の先輩は、それでもお礼を言ってからそれを手に取る。氷のぶつかる音が静かな部屋の中に響いた。

 何も言わなくてもいい空気感がとても好きで、それを共有しているこの時間がゆっくり流れて行くのがいい。ただ、どうしてここへ戻ってきたのか教えてもらってないので、少しだけ居心地が悪い。

 なのに、悩んでる様子の先輩もかっこいいなあとか思ってしまう俺は、好きをこじらせてるのかな……。

「恒」

 先輩がようやく口を開く。

 優しい瞳が俺を見つめている。最初の時から変わらない和己先輩の瞳だ。

「俺は恒のことが好きだよ」

 突然。本当に突然の言葉が、とても静かに届いた。びっくりしすぎて固まってしまった俺に、先輩が苦笑いする。

「入試の時に一目惚れして、入学式の時会えたからなんとか親しくなりたくて職権乱用して会長付に指名したんだ」

 言葉を切って先輩が麦茶を飲む。

「……見た目だけで好きになったから、生徒会の仕事を通して付き合えば、恒の性格も分かってくるだろうし、そしたら合わないこともあって普通の先輩後輩でいられるかと思ってたけど、無理だった。

 恒のことを知れば、もっと好きになった」

 どうしてこの人は淋しげに笑うんだろう。

 何か言わなければと思うのに、言葉が出てこない。好きな人に好きって言ってもらえて、こんなに嬉しいことはないのに、どうして俺も好きってすぐに言えないんだろう。

「さっき悠ちゃんが言ってた旅行の件は俺の気持ちも知った上で答えを出してほしいんだ。俺がいるから行きたくないなら、キャンセルするから」

 どこまでも優しい声。

 だけど今にも消えてしまいそうな弱い声。

 俺が驚いて固まっているのを、拒絶と取られたくなくて焦る。

「……っ」

 咽喉の奥に声がはりついてかすれる。

 口をパクパクさせると、察してくれた先輩が氷の溶けきっていない麦茶を手渡してくれた。一気に飲みほして深呼吸した。

「俺、も。……俺は、最近自覚したんだけど」

 好きって伝えることがこんなに勇気がいることだなんて知らなかった。

 辛抱強く俺の言葉を待ってくれる先輩に今伝えないときっと後悔する。

「俺も和己先輩のことが、好きです」

 消えそうなほどちいさな声になった。

 でも言葉は届いてくれた。

「……恒は俺の恋人になってくれる?」

 優しい声が揺らぐ。

 コップを持ったままの手に触れられると、そこだけジワリと熱を持った。

 頷くと、張りつめていた空気が柔らかくなった。




 ーーただの先輩後輩が、この瞬間、恋人になった。

まずはここで一区切り。

甘めの展開にできたかと思います。

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