マル
8月になってもラファエルは見つかっていない。
雄哉は、既に殺されるという実感がなくなっているどころか、
その事自体を忘れつつあった。
人間とは怖い物で、その環境におかれると順応してしまうのだ。
暗殺に来ない、殺されないという環境が長くなった雄哉は、
既に自分の置かれた環境に麻痺をしていたのだ。
「今度、皆で海に行かない?」
そんな呑気なことを提案する。
しかし、またウリエルたちもその感覚は麻痺しつつあった。
「いいわね」
「どこがいいんちゃ?」
「江の島とかを希望しますぅ」
もはや、暗殺者を探したり、守ったりしているという雰囲気の欠片すらない。
「よし、江の島にしよう」
「いいねぇ」
しかし、雄哉にはひとつの不安があった。
「でも、この3人の面倒は見切れないよな。
よし、部活の人も誘おう」
部活の面子とは現地で集合するということになった。
雄哉が面子を確認出発しようとすると、刈谷が尋ねてきた。
「あれっ、これで、全員?
恩田君は?」
「風邪ひいてこれないそうです。」
「バカは風邪ひかないって、あれは嘘なの?」
「あいつは、先月、天才でしたし」
「夏風邪はバカがひくって言うしね」
「冬の風邪に気付いたのでしょうね」
「どういうこと?」
「夏風邪はバカがひくの意味ですよ。
冬ひいた風邪を夏に気付くほどバカだということですよ」
「そういう意味なの?」
「バカだから風邪ひかないという誤解もある、とネットに書いてありましたよ」
「何、調べたの?」
「はい、来る途中に。
いい話のネタになるな、と思って」
「でも、冬の風邪を今頃気付いたのなら、納得ね」
「そうですね」
「海っちゃ」
彼らは海に到着し、早速、準備を始める。
「ガブリ、エル、水着に着替えてから海に入って」
雄哉は、この3人を親戚の子供と紹介していた。
さすがに、コードネームで呼ぶのはまずいので、3人それぞれに
名前をつけた。
ウリエルは「リエ」、ミカエルは「ミカ」、ガブリエルは「エル」だ。
それぞれ、コードネームの一部をとったものだが、「リエ」は
二人がかぶっていたので、じゃんけんの結果、ウリエルが
使う事になった。
「えるちゃんなんて、珍しいわね?」
「そうでもないですよ。
『私、気になります』なんて言っていたキャラクターも『える』でしたよ」
「雄哉君、現実と非現実を一緒にしないで」
「まぁ、そもそもが非現実的ですから」
「何か言った?」
「いえ、何でもないですよ」
雄哉が海に誘ったのは、彼自身が泳いだり、遊んだりするためではなく、
海をのんびり眺めたかったからである。
景色を眺めるのも好きだが、そこにいる人たちの様子を観察するのも好きだった。
黒崎はまじめに1人で泳いでいる。
浜河は同時に3人の相手をしている。
そんの情景を見ながら、雄哉は雰囲気を楽しむのであった。
「雄哉君、いいの?」
「何がですか?」
「泳がなくて」
「僕が泳ぐように見えます?」
「カナヅチ?」
「そうかもしれません。小学生以来泳いでいないですから」
「どうして、海なんかに?」
「なんだか最近、家にばかり閉じこもっていて疲れてしまって」
「雄哉君、そんな繊細だったけ?」
「それ、偏見じゃないですか。
色々あって、それがどうでもいいやと思えるようになったら、
海に行きたくなったのですよ。
どうして海なのかは、僕自身もわかりませんがね」
「いまいちよく分からないけど、まぁ、とにかく来たいって
気持ちがあったことは分かったわよ」
「おーい、ゆう、泳ごうぜ」
黒崎から声がかかる。
「たまには、人に合わせなさいよ」
「えぇっ」
雄哉は刈谷に背中を押される。
「ゆーう」
刈谷が再び後押しする。
夏の日差しがまぶしい中、雄哉たちの夏は過ぎていくのだった。




