42話不戦湯への帰還
ダンジョン外、不戦湯の前。
「おぃ小娘!ナツはどうした?この俺が温泉に入りたいと申しているのに既に三日だぞ!」
背中の大きな羽が怒りに羽ばたく。グリフォンのレオクシスは不戦湯の前にて地団駄を踏んでいた。
「だから王様の命でダンジョン攻略に行ったと何度も伝えたじゃろう。温泉を出せるのはナツだけ。持ち時間も24時間じゃ。わらわにはどうすることもできん」
留守番をしていたリンファは箒で不戦湯前を掃除しながらため息を零す。
「ダンジョン等数時間もあれば攻略できる!ナツめ、我から供物を受け取っておきながらこの仕打ち……許さぬぞ……」
「数時間で攻略できるのはお主だけじゃ。まぁ、遅くとも後二、三日あれば戻ってくるじゃろう」
「待てぬわ!今から我がダンジョンに向かい引きずり出してきてやろうぞ!」
「おぉ、それは助かるのぅ。店主に死なれたら困るからなぁ」
軽く言いながらもリンファは箒を固く握りしめる。
「ソラやキラがついておる……簡単には死にはせんと思うが、ダンジョンじゃからのぅ。五体満足で帰ってくればいいが……」
「む……ふん、人間は脆いからな。我としても温泉を入れてくれるという義務を放棄されると困る」
リンファは不安げに眉を寄せ、森の方を見つめる。と、囁くような声と数人の人影が。
「レオクシス。どうやらお迎えは要らぬみたいじゃぞ」
人影はどんどん大きく多くなり、その先頭にて両手を振る影。リンファが待ちわびた、店主の姿だった。
◇◇◇
「おーぃ!リンファ〜!!」
不戦湯の前に立つ、リンファに手を振る。数日間離れていただけなのに、久しぶりな感覚がした。
リンファは、私、ナツの姿を認識するやいなや、箒を投げ捨て走ってきた。
そして無事を喜ぶべく、抱擁。
「わはっ、リンファただいま!」
「……早かったのぅナツ。随分と汚れて、また無茶をしたな?お主は戦闘員でもないのに毎度変な意地を見せるからのぅ。ん?あぁしかし、顔は少し頼もしくなったじゃろうか」
「へへ〜リンファもお留守番ありがとう。私いない間に変なこと無かった?」
「あぁ。平和なもんじゃった。それで、お主らはこれから王様に報告か?」
「うん、そうなんだけど、通り道に不戦湯あるって伝えたらさ――」
「女神様の大切なお住いに立ち寄るのは当然のことです!」
「おぉ……これが女神様の隠れ家。ありがたいことだ……ここにくれば女神の泉にと浸かれるということか」
「とまぁ、こんな感じで」
「相変わらずお主の温泉は"ひきつけ"てくるのぅ……」
「うん。今回も温泉のお陰で一悶着あったけど、温泉のお陰で助かったといいますか……そうそう、シャルナが助けてくれて――」
「おぃ、もう良いか」
再会を喜ぶ私とリンファの間に顔を出したのはレオクシスだ。
「あ、レオクシスさん」
「お主なぁ、見たらわかるじゃろう。疲労困憊じゃ。今日は休ませてやれ。温泉再開は来週じゃ」
「来週だと?!我にもう三日も待てと言うか?!ならん!これ以上は待てんぞ!!」
「ここは店じゃ!お主のような客をクソ客と言うらしいでのぉ。これがカスハラというやつかのぅ」
リンファに変なこと教えるんじゃなかったなぁ……
「な、なんだそのクソ客というのは……馬鹿にされているのは分かるぞ!!不愉快な響きだ!」
「リンファ、温泉くらいいいよ。待っててくれたわけだし……」
「駄目じゃ。ここで特別扱いをすれば、これからも融通をきかせてこようとするじゃろう。こういうのは最初の線引きが重要じゃ」
「う……ごもっともで」
と、その時空がキラリと光り、不戦湯の前に何者かが降り立つ。放たれる禍々しい気配に、 冒険者達の顔が凍りついた。
「ほぅ……ここがナツの経営するという不戦湯ですか……」
透き通るような毛並み。九本の尻尾。美しくも殺気を放つクリスタルの瞳。
「フォックスさん?!何故ここに……」
「世界を一周してきたら汗をかきました。あの"温泉"に入れなさい。入れなければ全員殺す」
怖いよ?!脅しじゃん!!
「な、ナツ……この化け物は一体……」
「え、えーとダンジョンのボスの……クリスタルフォックスさん。不戦湯の、お、お得意様みたいな……」
「ナツの温泉が気に入ったらしいぜ……ま、俺たちそれで命拾いしたけどさ〜」
ラーウェルがヘロヘロと私の肩に乗っかる。
「お、お主は本当に……わらわを驚かすのが好きじゃのう」
ザッと隣で勢いよくレオクシスがからだを伏せる。
「こ、これはこれは、フォックス様」
「……グリフォン。再会は300年振りくらいでしょうか。君も温泉に入りに来たのですね。」
「は、はい。お恥ずかしながら人間のもてなしを受けておりまして……」
あのレオクシスさんがペコペコ頭下げてる……神獣って凄いんだな……
「この娘の温泉は面白いですからね。さぁナツ。私に温泉を振る舞いなさい」
冒険者達が畏れるレオクシスすら頭を下げる神獣までも温泉に群がるようになってしまった。
スローライフならぬジェットコースターライフ……
「えーと、じゃあ、お金を払っていただけますか?一応商売なもので……」
その場が一気に凍りつき、後々リンファとラーウェルに説教を受ける羽目になった。




