第四章 答えはまだない
翌日の会議では、最終 S 字の映像が壁いっぱいに映し出されていた。
僕は昨年の決勝だけでなく、予選、練習走行、他チームの車載映像まで可能な範囲で集め、同じ地点の動きを比較していた。
映像の条件は揃っていない。
速度もタイヤも車体も違う。
それでも、多くの車が最終 S 字へ入る直前、同じようにわずかに跳ねていた。
サスペンション担当が画面の前へ立ち、スロー再生を確認する。
「路面の起伏は間違いなくある。ただし、それだけで問題になるとは限らない。車が浮いたとしても、真っすぐ着地すれば大きな影響はない」
ドライバーが椅子の背にもたれたまま、腕を組んだ。
「でも、あそこは真っすぐ走れない。着地するころには、もう次の左へ向けて切り返している」
「つまり、接地する瞬間にステアリング角が残っている」
「そうです。それでフロントが急に戻ると、壁へ向かって押し出される」
タイヤ担当が過去の温度データを画面へ加えた。
「昨年は十周目以降、左フロントの温度が上がっています。単純な摩耗だと思っていましたが、毎周同じ地点で負荷が集中していたなら説明できます」
「タイヤが原因ではなく、車体の動きによってタイヤが悪化していた可能性がある?」
「逆もありえます。タイヤが弱って、跳ねたあとの動きが大きくなったのかもしれません」
一つの現象に、二つの解釈が生まれる。
どちらも否定できず、どちらかを選ぶには証拠が足りなかった。
僕は資料をめくりながら、会議の流れを追っていた。
「もし車体の動きが原因なら、サスペンションを硬くするべきでしょうか」
僕の質問に、サスペンション担当はすぐ答えなかった。
「硬くすれば跳ねなくなるとは限らない。路面の変化を吸収できず、逆に接地を失うこともある」
「では、柔らかくする?」
マークが尋ねると、彼は首を振った。
「それも単純ではない。柔らかくすれば荷重移動が遅れ、次の切り返しに間に合わなくなるかもしれない」
ドライバーが苦笑した。
「結局、どちらも危ないということですね」
「そういうことだ。だから試す」
エンキはそれまで黙っていたが、ホワイトボードへ三つの言葉を書いた。
路面
車体
タイヤ
「今のところ、どれか一つに原因を決めることはできない。ならば、何を測れば区別できる?」
データ担当が答えた。
「サスペンションストロークとダンパー速度、それからステアリング角を同じ時間軸で比較します」
タイヤ担当が続ける。
「温度と空気圧も周回ごとに記録します。現象がタイヤの状態で変化するか確認できます」
ドライバーはコース図を見ながら言った。
「進入速度を変えた周回も欲しいです。同じラインで速度だけを変えれば、車体側の影響が見えやすくなる」
エンキは全員の意見を白板へ整理し、最後に僕を見た。
「君は?」
「車載映像を固定カメラと同期させたいです。ドライバーの操作と外から見た車体の動きを同時に確認できます」
「必要だね」
彼はその提案も書き加えた。
会議の終わりには、誰か一人の案ではなく、全員の意見を組み合わせたテスト計画が完成していた。
サスペンション設定は昨年の基準値から始める。
タイヤも標準の空気圧を使用する。
最初の数周は速度を抑え、その後、段階的にペースを上げる。
一度に複数の設定を変えず、まず現象を再現することだけに集中する。
「明日の目的は速く走ることではない」
エンキが資料を閉じながら言った。
「何が起きているかを見ることだ。自分の仮説を証明しようとするな。間違っている証拠も同じように探してほしい」
マークが少し笑った。
「エンジニアにとっては、難しい注文ですね」
「だからチームでやる。一人なら、自分の考えに都合のいいものしか見えなくなる」
会議室を出るころには、港の空が夕焼けに変わっていた。
ガラスに映った光が、テーブルの半分を明るく照らしている。けれど白板に描かれた最終 S 字は、まだ影の中に残っていた。
答えはまだない。
仮説は、走って初めて意味を持つ。




