表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/10

第四章 答えはまだない

翌日の会議では、最終 S 字の映像が壁いっぱいに映し出されていた。


僕は昨年の決勝だけでなく、予選、練習走行、他チームの車載映像まで可能な範囲で集め、同じ地点の動きを比較していた。


映像の条件は揃っていない。


速度もタイヤも車体も違う。


それでも、多くの車が最終 S 字へ入る直前、同じようにわずかに跳ねていた。


サスペンション担当が画面の前へ立ち、スロー再生を確認する。


「路面の起伏は間違いなくある。ただし、それだけで問題になるとは限らない。車が浮いたとしても、真っすぐ着地すれば大きな影響はない」


ドライバーが椅子の背にもたれたまま、腕を組んだ。


「でも、あそこは真っすぐ走れない。着地するころには、もう次の左へ向けて切り返している」


「つまり、接地する瞬間にステアリング角が残っている」


「そうです。それでフロントが急に戻ると、壁へ向かって押し出される」


タイヤ担当が過去の温度データを画面へ加えた。


「昨年は十周目以降、左フロントの温度が上がっています。単純な摩耗だと思っていましたが、毎周同じ地点で負荷が集中していたなら説明できます」


「タイヤが原因ではなく、車体の動きによってタイヤが悪化していた可能性がある?」


「逆もありえます。タイヤが弱って、跳ねたあとの動きが大きくなったのかもしれません」


一つの現象に、二つの解釈が生まれる。


どちらも否定できず、どちらかを選ぶには証拠が足りなかった。


僕は資料をめくりながら、会議の流れを追っていた。


「もし車体の動きが原因なら、サスペンションを硬くするべきでしょうか」


僕の質問に、サスペンション担当はすぐ答えなかった。


「硬くすれば跳ねなくなるとは限らない。路面の変化を吸収できず、逆に接地を失うこともある」


「では、柔らかくする?」


マークが尋ねると、彼は首を振った。


「それも単純ではない。柔らかくすれば荷重移動が遅れ、次の切り返しに間に合わなくなるかもしれない」


ドライバーが苦笑した。


「結局、どちらも危ないということですね」


「そういうことだ。だから試す」


エンキはそれまで黙っていたが、ホワイトボードへ三つの言葉を書いた。


路面


車体


タイヤ


「今のところ、どれか一つに原因を決めることはできない。ならば、何を測れば区別できる?」


データ担当が答えた。


「サスペンションストロークとダンパー速度、それからステアリング角を同じ時間軸で比較します」


タイヤ担当が続ける。


「温度と空気圧も周回ごとに記録します。現象がタイヤの状態で変化するか確認できます」


ドライバーはコース図を見ながら言った。


「進入速度を変えた周回も欲しいです。同じラインで速度だけを変えれば、車体側の影響が見えやすくなる」


エンキは全員の意見を白板へ整理し、最後に僕を見た。


「君は?」


「車載映像を固定カメラと同期させたいです。ドライバーの操作と外から見た車体の動きを同時に確認できます」


「必要だね」


彼はその提案も書き加えた。


会議の終わりには、誰か一人の案ではなく、全員の意見を組み合わせたテスト計画が完成していた。


サスペンション設定は昨年の基準値から始める。


タイヤも標準の空気圧を使用する。


最初の数周は速度を抑え、その後、段階的にペースを上げる。


一度に複数の設定を変えず、まず現象を再現することだけに集中する。


「明日の目的は速く走ることではない」


エンキが資料を閉じながら言った。


「何が起きているかを見ることだ。自分の仮説を証明しようとするな。間違っている証拠も同じように探してほしい」


マークが少し笑った。


「エンジニアにとっては、難しい注文ですね」


「だからチームでやる。一人なら、自分の考えに都合のいいものしか見えなくなる」


会議室を出るころには、港の空が夕焼けに変わっていた。


ガラスに映った光が、テーブルの半分を明るく照らしている。けれど白板に描かれた最終 S 字は、まだ影の中に残っていた。


答えはまだない。


仮説は、走って初めて意味を持つ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ