9話
新の部屋に着く頃には、みんな荷物でいっぱいになっていた。
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「思ったより広い」
「大学生男子の部屋ってもっと終わってると思ってた」
「失礼じゃない?」
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そんなことを言いながら、
買ってきた食材がテーブルに並べられていく。
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「で、誰料理できるの」
誰かが聞く。
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「最低限なら」
新が答える。
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「野菜切るだけなら」
花音が言うと、
「じゃあハギーお願い」
とすぐ返ってくる。
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結局、
* 新
* 花音
* 莉緒
* エンちゃん
の四人がキッチン側へ回ることになる。
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とはいえ、一人暮らし用の狭いキッチン。
包丁もまな板も一つしかない。
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「せま」
莉緒が笑う。
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新は慣れた様子で袋を開けながら、
「とりあえず切る係と、洗う係で」
と言う。
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「オギー手際いいね」
花音が思わず言うと、
「一人暮らしですから」
と新が普通に返す。
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その横で、エンちゃんがもやしの袋を開けながら言う。
「男子の一人暮らしってもっと料理しないと思ってた」
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「いや、しないと死ぬ」
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「それはそう」
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狭いキッチンの中で、
自然と距離が近くなる。
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花音が白菜を切っている横で、
新が鍋つゆを開けている。
腕が軽く触れそうになって、
「あ、ごめん」
と新が少し体を引く。
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「ううん」
花音もそのまま包丁を動かす。
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リビングの方では、
他の子が勝手にテレビをつけて騒いでいる。
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その騒がしさを聞きながら、
花音は少しだけ思う。
(なんか、こういうのいいな)
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「後ろ通るー」
「せまいせまい」
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そんなことを言いながら、
なんとか役割分担していく。
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もやしを洗っていたエンちゃんが、
ふと思い出したように顔を上げる。
「そうだ、キムチ鍋って味噌ちょっと入れると美味しいんだった」
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「え、そうなの?」
莉緒が反応する。
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「コク出るよ」
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新が冷蔵庫を開ける。
「味噌……あったかな」
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ごそごそ探したあと、
「あ、ある」
と小さいタッパーを取り出した。
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「自炊してる感ある」
莉緒が笑う。
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「最低限ね」
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エンちゃんは嬉しそうに頷く。
「絶対こっちのが美味しい」
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その間にも、
花音は黙々と白菜を切っている。
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新が横目でちらっと見る。
「ハギー包丁うまいね」
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「普通だよ」
「いや、なんか慣れてる」
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花音は少しだけ笑う。
「家でたまにやってるだけだよ」
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狭いキッチンの中で、
みんなの距離が近い。
でも不思議と、
それを窮屈には感じなかった。
「ていうかオギー、ちゃんと鍋あるんだ」
莉緒が感心したように言う。
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新は鍋を出しながら、
「実家出る時に母親が持たせてきた」
と普通に答える。
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「“野菜食べろ”って」
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「親っぽい」
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「実際鍋楽なんだよね」
「ちょっと待って、チーズまだ入れない方がよくない?」
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「え、なんで?」
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「煮えすぎる」
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「鍋むず」
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狭いキッチンの中で、
みんな好き勝手に喋っている。
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「オギー器取って」
「はいはい」
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「エンちゃん、その味噌どれくらい入れるの?」
「そのくらいでいいと思う」
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「うわ、なんか急に美味しそうな匂いしてきた」
莉緒が鍋を覗き込む。
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ぐつぐつと赤いスープが煮えている。
白菜、きのこ、豆腐、豚肉、ウインナー。
さっきスーパーでわちゃわちゃ選んだ具材が、
ようやく鍋らしくなってきた。
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「絶対うまいやつじゃん」
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「でも暑い」
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「言い出したの誰だっけ」
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「たぶん俺ら全員」
新が笑う。
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その瞬間、
「あっ、吹く!」
花音が慌てて火を弱める。
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「ハギーナイス!」
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「危なかった……」
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みんなで鍋を囲みながら、
テーブルへ運ぶ。
少し狭い部屋。
騒がしい声。
冷房の効いた空気。
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「完成ー!」
誰かが言った瞬間、
自然と拍手が起きた。
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花音も思わず笑う。
こんなふうに大人数でご飯を食べるのは、
なんだか久しぶりな気がした。




