25話
週明けの月曜日。
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一限の大講義は、まだ眠そうな空気に包まれていた。
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花音は教室の入り口で、少しだけ足を止める。
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金曜日のことを、まだ引きずっていた。
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(普通にしよ)
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そう思いながら教室を見渡す。
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すると前の方で、オギーが何人かと話しているのが見えた。
男子も女子も混ざって、いつもの感じで笑っている。
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その光景に、花音の胸が少しだけざわつく。
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(……やっぱり変わんないじゃん)
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そう思った瞬間。
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オギーがふっと顔を上げる。
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「あ、ハギー」
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自然に手を上げて、自分の隣を軽く叩く。
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「ここ空いてる」
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花音は少しだけ迷ってから、その隣に座る。
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オギーは特に何も言わない。
普通に、
「今日プリントあるらしいよ」
なんて話し始める。
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でも。
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講義中も、
プリントを回す時も、
小声でツッコむ時も、
昨日までより少しだけ、“こっちを見てる”気がした。
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二限が終わると、教室が一気にざわつき始める。
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「昼どうする?」
「学食混んでそう」
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花音がノートを閉じていると、横からオギーが言う。
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「ハギー、昼食べる?」
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「……うん」
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二人で教室を出る。
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途中、オギーは知り合いに何度も話しかけられる。
そのたび普通に笑って、立ち止まって、また花音の隣に戻ってくる。
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やっぱり、誰にでも自然だ。
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学食は混んでいたので、二人はパンを買って外のベンチに座る。
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少し冷たい風。
でも日差しはあたたかい。
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しばらく普通に授業の話をしていたあと。
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オギーが急に言う。
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「金曜のあとさ」
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花音の心臓が少しだけ跳ねる。
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オギーは少し苦笑しながら、パンの袋をいじる。
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「友達に、ちょっと相談した」
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「え?」
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「そしたら、“お前、見かけるといつも女の子といるじゃん”って言われた」
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花音は思わず黙る。
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オギーは困ったみたいに笑う。
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「“そりゃハギちゃん不安になるよ”って」
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その言い方が、妙にリアルで。
花音は少しだけ視線を落とす。
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オギーは続ける。
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「オレ、自分じゃ普通だと思ってたんだけど」
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「……わかってる」
花音は小さく言う。
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「オギー、わざとじゃないし」
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オギーは少し黙ってから、
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「でも、ハギーがそう感じるなら、ちゃんと考える」
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静かに、そう言った。
花音はしばらく何も言えなかった。
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ベンチの前を、学生たちが行き交っていく。
遠くから笑い声も聞こえる。
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いつもの昼休み。
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なのに今だけ、少し空気が違った。
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オギーはパンの袋を畳みながら、
「……なんか、ごめん」
と小さく言う。
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花音はすぐに首を振る。
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「だから、オギーは悪くないって」
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「でも結果的に、ハギーしんどくさせてたんでしょ」
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その返しが真っ直ぐすぎて、花音は少し困る。
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オギーは少し考えるみたいに空を見て、
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「オレ、結構普通にしてたつもりだったんだけどな」
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「うん」
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「でも友達にも、“お前距離近い”って言われた」
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少し苦笑する。
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「そんなつもりなかったんだけど」
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花音は小さく笑う。
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「……あると思う」
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「マジ?」
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「うん」
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オギーは少しショックそうな顔をする。
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その反応が少しおかしくて、花音は思わずまた笑ってしまう。
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オギーはそんな花音を見て、少し安心したみたいに息を吐く。
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それから、少し真面目な顔になる。
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「でも」
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花音は顔を上げる。
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オギーはまっすぐ花音を見ていた。
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「オレ、ハギーのことはちゃんと特別に好きだよ」
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あまりにも真っ直ぐで。
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花音の心臓が、大きく跳ねる。
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オギーは少し照れたみたいに笑う。
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「これはちゃんと伝えとこうと思って」
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花音はすぐに返事ができない。
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嬉しい。
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でも。
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その“特別”を、まだうまく信じきれない自分もいる。
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オギーはそんな花音を急かさない。
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ただ少し困ったみたいに笑って、
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「……まあ、分かりづらかったのは反省してる」
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と、静かに言った。
オギーがそう言って少し笑う。
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花音は思わず、
「うん……」
と小さく返す。
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オギーは「認めるんだ」と少し笑った。
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「だって、実際そうだし」
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花音がそう言うと、オギーは困ったみたいに頭をかく。
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「なんかさ」
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「オレ、自分では普通だったんだよね」
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「みんなと話すのも」
「仲良くするのも」
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花音は黙って聞いている。
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オギーは少しだけ真面目な顔になって、
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「でも、ハギーが嫌だったなら、ちゃんと考える」
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その言葉は、前よりずっと重かった。
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花音は少し視線を落とす。
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こんなふうに、自分のために考えてくれる人なんだ。
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そのことが、嬉しい。
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でも同時に、まだ少し怖い。
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オギーはそんな花音を見ながら、ふっと笑う。
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「まあ、急に別人にはならないと思うけど」
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「うん」
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「頑張る」
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その言い方が少しおかしくて、花音は小さく笑ってしまう。
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オギーもつられて笑う。
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昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
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「やば、次移動だ」
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二人は立ち上がる。
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ベンチから校舎へ戻る道。
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オギーは自然に花音の隣を歩きながら、
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「とりあえず」
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「今週の生化学、小テストあるから」
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「また“踏まれたリンゴ”やる?」
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花音は吹き出す。
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「もう忘れないって」
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「いや、定期的に踏まないと」
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「リンゴかわいそう」
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そんなくだらない会話をしながら歩く。
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でも花音は少しだけ思う。
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前と同じ会話なのに。
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今はちゃんと、“自分に向けて来てくれてる”気がした。




