22話
オギーの部屋に着く頃には、外はすっかり暗くなっていた。
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スーパーの袋をみんなで適当に持ち込んで、部屋の空気が一気に賑やかになる。
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「鍋どこー?」
「箸足りる?」
「誰か豆腐冷蔵庫入れて」
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オギーは慣れた感じでキッチンに立ちながら、
「適当に座ってていいよ」
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でも結局、みんな何かしら動き始める。
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エンちゃんたちは机を寄せて、
莉緒は飲み物を冷蔵庫に入れている。
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その中で、花音は自然にキッチンへ向かう。
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「何切ればいい?」
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オギーが振り向く。
「あー、白菜お願いしていい?」
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「うん」
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花音はまな板の前に立って、白菜を切り始める。
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ザク、ザク、と包丁の音。
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後ろではみんなの笑い声が聞こえる。
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オギーは横で鍋つゆを作りながら、
「味噌どれくらい入れる?」
と聞く。
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「わかんない」
花音は即答する。
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「だよね」
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少し笑い合う。
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その空気が、なんだか落ち着く。
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オギーの部屋なのに、
キッチンに立っているのが自然になっている感じ。
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でもリビングを見ると、そこにはまた自然に人が集まっている。
女の子も男の子も関係なく、
みんな普通にオギーの部屋でくつろいでいる。
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花音は白菜を切りながら、ほんの少しだけ思う。
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(私だけ、って感じじゃないんだよな)
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そう考えた瞬間。
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「ハギー、ありがと」
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横からオギーがさらっと言う。
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花音は少しだけ目を瞬かせて、
「……うん」
と返した。
鍋が煮えてくるころには、部屋の空気はすっかりゆるくなっていた。
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「これ普通にうまくない?」
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エンちゃんが言う。
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「味噌入れたの正解だった」
「豆乳鍋ってもっと薄いと思ってた」
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机の上では、みんな好き勝手につついている。
肉を追加する人、ひたすら豆腐を食べる人、もやしばかり取る人。
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花音も小皿を持ちながら、
「白菜おいしい」
と呟く。
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オギーが笑う。
「ハギーが切ったからじゃない?」
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「絶対関係ないでしょ」
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周りが少し笑う。
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その流れのまま、誰かが急に言う。
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「ていうかさ、あの語呂めっちゃ使えたよね」
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「あー」
一気に数人が反応する。
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「クエン酸、急げと少し怖くなり、踏まれたリンゴを置き去りに、だっけ?」
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「リンゴかわいそうすぎる」
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「でもマジで思い出せた」
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オギーは鍋をよそいながら、
「語呂って雑なくらいが覚える」
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莉緒が笑う。
「踏まれたリンゴ、一生忘れないもん」
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「オキサロ酢酸までちゃんと戻るの偉いよね」
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「そこ評価ポイントなんだ」
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また笑いが起きる。
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花音も笑いながら、その空気を眺める。
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こういう時間が、最近増えた。
みんなで集まって、
くだらない話して、
鍋食べて、
笑って。
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オギーはその中心にいる。
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でも、中心にいるのに、
誰か一人だけを見ている感じはしない。
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そのことが、時々少しだけ苦しくなる。
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なのに。
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今みたいに笑っている時間は、ちゃんと楽しかった。
鍋のあと。
みんな満腹で、机の上には空いた皿と飲みかけのペットボトルが並んでいる。
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「やば、眠くなってきた」
誰かがソファに沈み込む。
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「食べすぎなんだって」
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オギーは笑いながら、空いた鍋をキッチンへ運ぶ。
すると自然に、何人かも立ち上がる。
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「手伝うー」
「皿こっち持ってく」
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また部屋が少しだけわちゃわちゃし始める。
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花音も小皿を重ねながら立ち上がる。
その時。
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「ハギー」
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オギーがキッチンの方から呼ぶ。
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「悪い、そこのコップ取って」
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「あ、うん」
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シンク横に置かれたコップを渡す。
ただそれだけ。
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でも距離が少し近くて、
花音はほんの少しだけ視線の置き場に困る。
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オギーは特に気にした様子もなく、
「ありがと」
と普通に受け取る。
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その横では、別の子が笑いながら、
「オギー洗い物慣れてるよね」
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「一人暮らしですから」
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「絶対適当に生きてそうなのに」
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「失礼」
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また笑いが起きる。
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花音は少しだけ離れた位置から、その空気を見る。
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誰と話していても自然で、
誰かを特別扱いしている感じはない。
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なのに。
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さっき名前を呼ばれただけで、
少し嬉しかった自分がいる。
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それに気づいて、
花音は小さく息を吐く。
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(だめだな、もう)
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前みたいに、
“みんなの中の一人”として見るだけではいられなくなっている。
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リビングではまた誰かが騒いでいる。
「しめ食べたのにアイス入るの意味わかんない」
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「それは別腹だから」
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エンちゃんが冷凍庫を開けて、
「あ、まだある」と笑う。
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その空気につられて、花音もまた少し笑った。
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楽しい。
ちゃんと楽しい。
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でもその楽しさの中に、
前より少しだけ、名前のつかない感情が混ざり始めていた。




