18話
キャンパスはいつもよりずっと賑やかで、
屋台の呼び込みの声があちこちから聞こえてくる。
学祭。
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花音は莉緒と一緒に歩きながら、
「どこから回る?」
なんて話している。
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そのとき、少し先で聞き覚えのある声。
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「いらっしゃいませー!」
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よく見ると、オギーがいた。
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サークルの仲間たちと一緒に、たこせん屋の前に立っている。
エプロン姿で、普通に楽しそうに笑っている。
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その時、奥の方から女の子の声が飛ぶ。
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「ねえ、あらたー! ソース足りない!」
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オギーがすぐ振り返る。
「あ、ごめん、今持ってく」
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自然な返事。
慣れた空気。
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花音は、そのやり取りをぼんやり見る。
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(……あらた)
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獣医学部では誰もそう呼ばない。
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オギーじゃない名前で呼ばれているだけなのに、
なんだか少しだけ“知らない人”みたいだった。
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サークルの輪の中で笑っている姿は、
いつものオギーと同じなのに、
自分の知らない時間をちゃんと持っている。
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そのことを、花音は今さら少しだけ実感する。
莉緒が小声で、
「オギーあそこじゃん」
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花音は軽くうなずく。
「ほんとだ」
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近くに行くと、オギーがすぐ気づく。
「ハギー」
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いつも通りのトーン。
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「来てたんだ」
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花音が軽く返すと、
「ちょうどやってるとこ」
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横ではサークルの子たちが普通に話しかけてくる。
「え、友達?」
「たこせんいる?」
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オギーは特別扱いしないまま、
「食べてかない?」
って普通に言う。
学祭の人混みの中、たこせん屋の前。
花音が少し首をかしげて、
「たこせんって何?」
とつぶやく。
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その声に、オギーの隣にいた女の子がすぐ反応する。
「あ、たこ焼きをえびせんで挟んだやつだよ」
軽く笑いながら説明する。
「ソースとかマヨとかで普通においしいやつ」
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花音は「へえ」とうなずく。
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その横でオギーが、
「おいしいよ」
と、さらっと言う。
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押しつける感じじゃなくて、ただ事実みたいに。
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「食べる?」
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自然な流れでそう続けて、花音が少し迷うと、
サークルの子も「じゃあ買ってく?」と軽く背中を押す。
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結局、花音は一つ受け取る。
「ありがとう」
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オギーはいつも通り、
「おう」
とだけ返す。
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花音はたこせんを受け取って、少し離れたところで莉緒と食べる。
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「普通に忙しそうだね」
莉緒が言う。
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花音は曖昧に笑って、
「うん、楽しそう」
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その少し向こうで、オギーはまた別の人に笑っている。
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その姿はいつも通りで、
でもいつも通りすぎて、なんとも言えない。
たこせんを食べ終わったあと、
たこせん屋の前を離れて、花音と莉緒は少し人混みを歩く。
「どこ行く?」
「適当に回るしかなくない?」
そんな軽い会話をしながら、屋台の並ぶ通りを進んでいく。
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少し先で、莉緒がふと足を止める。
「ねえ」
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視線の先を見ると、
オギーがいた。
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さっきまでのエプロン姿ではなくて、今はサークルの仲間たちと歩いている。
男女混ざったグループで、楽しそうに話しながら学祭を回っている。
誰かの話に笑って、別の子に軽く返して、また次の話題に移る。
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花音はすぐに気づいてしまう。
(あ、回ってるんだ)
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莉緒が小声で、
「ほんと忙しそうだね、あの人」
と軽く言う。
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花音は曖昧にうなずく。
「うん」
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オギーはそのまま特にこちらに気づく様子もなく、グループの中で流れていく。
誰と話しているかも一瞬ずつ変わっていく。
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それを見ながら、花音は思う。
(ずっと、こうなんだよね)
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でも同時に、
(さっき話したのも、別に特別じゃないよね)
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そう頭では分かっているのに、胸のどこかだけが少しだけ引っかかる。
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莉緒は何も深くは言わず、
「まあ楽しそうでいいじゃん」
とだけ言う。
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花音も小さく笑って、
「そうだね」
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人の流れに紛れて、オギーの姿は少しずつ見えなくなる。
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残るのは、学祭のざわざわした音と、
なんとなく消えない小さな違和感だけ。




