16話
後期が始まった。
講義棟の空気は、前期と同じはずなのに少しだけ違って見える。
夏休み明けのだるさと、これから始まる必修の重さが混ざっている感じ。
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大講義室。
獣医学部全クラスがいるため、いつもより多い人数が一気に座っていて、空気がざわついている。
花音は少し遅れて入って、空いている席を探す。
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(どこでもいいか…)
そう思って歩いていると、
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「あ」
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前の方から軽く手が上がる。
オギーだ。
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隣の席が空いている。
花音は少しだけ迷ってから、そこに座る。
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「久しぶり」
オギーがいつも通りのトーンで言う。
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花音も小さく返す。
「うん」
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講義が始まる。
教授の声がスピーカー越しに響いて、ノートを取る音が広がる。
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ふつうの授業。
ふつうの後期。
なのに、なぜか少しだけ気になる。
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横を見ると、オギーは普通にノートを取っている。
誰にでもそうするような、落ち着いた姿。
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(変わらないな)
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そう思った瞬間、少しだけ胸の奥が引っかかる。
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講義後。
教室の外は一気に人が流れ出していく。
花音も立ち上がろうとすると、横から声がする。
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「ハギー」
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振り向くとオギーがいる。
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「実習の過去レポもらったんだけどいる?」
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それを聞いて、近くの子たちも自然に寄ってくる。
「え、私もほしい」
「もう出たの?」
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オギーは特別扱いじゃなく、普通にみんなに送っている。
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花音もそれを見ながら、
「ありがとう」
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オギーは軽く、
「おう」
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それだけ。
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その日の午後は大講義室の必修。
また別のクラスと混ざって、席はばらばら。
花音が座ると、少し遅れてオギーが入ってくる。
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周りには知らない人も多い。
オギーは特に迷うこともなく、空いている席に座る。
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たまたま、少し近い。
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授業が始まると、また静かになる。
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花音はノートを取りながら、ふと横を見る。
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オギーは普通に授業を聞いている。
誰か特別を意識している様子はない。
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(ほんとに、誰にでもこうなんだな)
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そう思うと同時に、
なぜか少しだけ息が詰まる。
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でも授業は進んでいく。
日常は、止まらない。
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後期の生活は、
何事もなかったみたいに始まっていく。
講義も、
実習も、
みんなで笑う時間も。
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でも花音の中だけ、
前みたいに“ただ楽しい”ではいられなくなっていた。
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オギーを見るたびに、
“みんなと同じ”と
“自分だけかもしれない”の間で、
気持ちが揺れてしまう。
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距離は変わっていないはずなのに、
前よりずっと、測れなくなっていた。




