11話
鍋のあと、片付けがひと段落したリビングは少し静かになっていた。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、冷房の音だけが小さく響いている。
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「鍋、楽しかったね」
エンちゃんがソファに座りながら言う。
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「またやりたい」
莉緒がすぐに乗る。
「今度はさ、花火とかどう?」
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「いいじゃん」
「夏っぽい」
「絶対映えるやつ」
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そんな流れで一気に盛り上がりかけたところで、
花音がふと現実的なことを言う。
「でもそろそろ前期試験じゃない?」
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一瞬だけ、空気が止まる。
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「……あ」
莉緒が天井を見上げる。
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「現実きた」
新が笑いながら言う。
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「いやでも、あるよね普通に」
花音は少し困ったように笑う。
「楽しい予定作ると、だいたいその前に試験来るやつ」
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「大学ってそういう仕様なの?」
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「たぶん」
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それでも誰も完全にはやめようとはしない。
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「花火は試験終わったらでいいじゃん」
誰かが言う。
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「それそれ」
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新が軽く頷く。
「じゃあ“終わったらやるリスト”に入れとくか」
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「いいね、それ」
莉緒が笑う。
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花音も小さくうなずいた。
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さっきまでの鍋の余韻と、
これからの少しの現実と。
そのどちらも混ざったまま、
時間だけがゆっくり流れていた。
鍋の帰り。
みんなでだらだら駅まで歩きながら、
誰かが受験の話になる。
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「浪人ほんと無理だったわー」
男子の一人が笑いながら言う。
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「朝から予備校とか、人間の生活じゃない」
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「お前結構楽しそうだったじゃん」
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「友達は増えた」
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周りが笑う。
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その流れで、エンちゃんがふとオギーを見る。
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「オギーは? 浪人つらかった?」
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花音は少しだけ顔を上げる。
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今まで、“オギーが一浪”って事実は知っていた。
でも、本人の口から聞いたことはなかった。
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オギーは少し考えるみたいに笑う。
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「んー」
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「まあ、親にはめちゃくちゃ申し訳なかった」
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その言い方が妙に現実的で、
花音は少しだけ黙る。
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オギーは続ける。
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「あと、地元の友達みんな大学生になってくじゃん」
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「普通に置いてかれる感じあった」
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珍しく、少しだけ静かな声。
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でも次の瞬間には、
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「だから今大学めっちゃ楽しい」
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そう笑う。
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「友達いるし、一人暮らし自由だし」
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「鍋できるし」
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「結局鍋」
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周りがまた笑う。
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花音はその横顔を見ながら、少しだけ思う。
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(……知らなかったな)
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オギーはいつも自然で、
人に囲まれていて、
最初から大学に馴染んでる人みたいだった。
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でもちゃんと、
置いていかれた時間もあったんだ。




