親子揃って
パパにもアリンコの姿が見えているのは確実になった。固まったまま、アリンコを凝視してるからだ。
ここでアリンコとしゃべるわけにはいかない。
とっさに下を向いて、口をへの字に曲げた。
「久しぶりだのぅ。」
こっちの気持ちなんかお構いなしで、アリンコが話しかけてくる。
もー!久しぶりも何も、さっきまでしゃべってたじゃん!角砂糖あげたでしょ!
そんなことより、いま話しかけないでよ!こっちはアリンコがなに言っても、反応しないようにしなくちゃなんないんだからさ!
パパは、ママと比べるとスピリチュアル的なこと信じてくれる・・かもしれないけど、信じてくれなかったら、ボクはアリと話せる変な息子認定されちゃうじゃん。
だいたい、話しかけてる暇があったら自分の心配しなよ。追い出されるか、下手したら退治されちゃうかもよ。
頭ん中がぐちゃぐちゃになって、いろんなことをぐるぐる考えていると、
「元気そうだな、孝之。」
アリンコが呼んだのはパパの名前だった。
え?
びっくりして思わず顔をあげると、目の前のパパは目を大きく見開いている。
え、なに?
「御前!!」
パパは真っ直ぐアリンコを見て名前(?)を呼んだ。
ええ?
「うわぁ!何十年ぶりだろう!」
「ふふん。そうさな、30年ほどになろうか。」
「さっき声が聞こえた気がしたんだよ!」
「気がしたわけではない。聞こえていたのだ。」
自然に口がポカンと開いた。
1人と1匹は、何やら・・・知り合い???
「え!?ええ!?どーゆーこと!?」
ボクの質問を無視して、2人は再会を喜んでるっぽい。
「なんであの後、いなくなっちゃったんだよ?」
「ねえ!」
「ふふん。まあこうして再び会えたのだ。良いではないか。」
「ねえ!ねえってば!」
「それにしても、変わんないね。」
「お主はすっかりジジイだな。」
「ねえ、ちょっとってば!」
「ひどいなぁ。まだジジイなんて言われる歳じゃないと思うんだけど。」
「いやはや、若くはあるまい。」
なになになになに?わけわかんないんですけどーー?
「ストップ!ストーーーップ!」
すっかり無視されたボクは、業を煮やして大きい声を出した。だって全然聞いてくれないんだもん。
「なに!?なんなの!?パパはアリンコの声が聞こえんの?っていうか、アリンコのこと知ってんの?」
「ああ、ごめんごめん。無視してたわけじゃないんだ。」
「バッチリ無視してたじゃん!」
ぷーっと不貞腐れてみせようかと思ったけど、子どもっぽいからやめた。そんなことより、パパとアリンコの関係を早く知りたい。
「パパが中学生の頃、ずっと一緒に過ごしてたんだよ。」
「え!アリンコと!?」
「アリンコ?」
「そうなのだ。失礼なことに、此奴は我をアリンコなどというふざけた名前で呼ぶのだぞ。お前はどう思う?」
「プッ!アハハハハ!」
パパは大口を開けて笑い出した。
「アリンコかぁ。りくは面白い呼び名を考えたな。」
パパは笑いすぎて涙を拭っている。そんなに面白いかなぁ?
「なんで?アリはアリンコじゃん。パパは?パパはなんで呼んでたの?」
ボクの質問に、パパはふふふと笑った。
「『御前』だよ。」
「ごぜん?午前午後の午前?」
「『御中』とか『御礼』で使う『御』に『前後』の『前』って書いて、『御前』って言うんだ。」
漢字はわかったけど、なんかピンとこない。
「ふ〜ん。なんでそんな名前にしたの?」
「ちょうどあの頃、源氏物語を読んでてね。そこには、頼朝の前で、義経を思う舞を披露した静御前とか、源義仲と共に闘った巴、山吹、葵っていう3人の御前とか、筋の通った強い女性達がいたんだよ。それで、『アリ御前』、つまり『御前』って呼ぶようになったわけさ。なんたって、御前は女王アリだからね。」
「へぇ〜、なるほど。」
源氏物語は読んだことないから、その何とか御前達のことはわかんないけど、ちゃんとした由来があることに感心してると、アリンコが「ホッホッホ」と笑って
「孝之は虫だったからのぅ。」
と言った。
「虫?なに言ってんの!パパは正真正銘、人間だよ!決まってんじゃん。」
おかしなことを言うアリンコに、思わずムキになって言い返すと、なぜか今度はパパがアハハと笑った。
「りく、虫は虫でも『本の虫』ってことだよ。」
「え!そーなの?」
「そうさ。お前は孝之と違って本など読まんから、『御前』という言葉なぞ思いつきもせんであろうよ。」
誰かとアリンコの話しができるようになるなんて、思いもしなかったから、言いたいことや聞きたいことが、次から次へと湧いてくる。
だけど不思議なことに、真っ先に質問したのは、ボクと同じように『虫になったのか』ってことだった。
「ねえ!やっぱりパパも虫にされたの?」
「「されたの?」とは何だ。失礼ではないか。」
アリンコはボクの言い方が気に入らないらしい。
「だって、本当のことじゃん。」
パパは「まあまあ」とボク達をなだめると、
「ああ。パパも虫になったよ。」
と言った。
「え!?どんな虫になったの!?」
ボクと同じ虫かなぁ?
そしたら、あんなだったね、こんなだったね、って話すことができる。ナメクジのベロはヤスリみたいだったね、とか。アブラムシの蜜は甘くて美味しいよね、とか。ハンミョウはアリを食べるからビビった、とか。虫になって初めて知ったことが、ものすごくいっぱいある。
ワクワクしながら、アリンコの方をチラと見た。
「我は答えんぞ。孝之に聞くがよかろう。」
パパはアゴに手を当てると、目線を上に向けて思い出すように
「そうだなぁ、カミキリムシとか、」
と指折り数えている。
「うお!カミキリムシ!」
「テントウムシとか、」
「ナナホシ!?」
「そうそう。赤字に黒い点が7個あるヤツな。」
「あとは!?」
「カブトムシとか、」
「え!?えーーーっ!?カブトムシ!?」
「そうだ。あとはミヤマクワガタだろう、オニヤンマ、タガメ、トノサマバッタ、それから・・。」
「・・・ちょっと待って。」
聞いているうちに腹が立ってきて、ボクはぐるりとアリンコを正面から見据えた。
「ねえ、全然違うじゃん。なんで?」
「何がだ?何か違っておるか?」
アリンコはしれっと答えた。これがまたムカつく。
「だからさ、パパはカブトムシとかクワガタとかになってんじゃん。なんでボクだけコバエだったりナメクジだったりするわけ?」
「え!?ナメクジとか蝿になったのか?」
「コバエね。蝿じゃないよ。コ、バ、エ!」
「そんなもの、どうでも良かろう。虫には変わらぬ。」
「全っ然違うよ!なんで差別するんだよ!ひどいじゃん!」
アリンコに詰め寄ると、
「差別ではないぞ。区別だ。」
などとのたもうた。
「ちょっ・・」
パンッ
思わず大きい声を出しそうになった時、パパが大きく手を叩いた。
「はい、おしまい!もうすぐママが帰ってくるから、話しはここでお預けだ。」
ボクとしては全く納得できなかったけど、ママが帰ってくる前にご飯の用意をしなくちゃいけない(パパがね。)ってことだ。
台所から追い出されるようにしてお風呂場へ向かう。プリプリしたままお風呂に入ると、オロンとキュッピが現れていつも通り湯船で遊び出した。
カランを捻ると真っ直ぐに水が流れ落ち、2匹はキャーキャー言いながらその水に流されて遊んでいる。
「プッ。コイツら、ほんとに能天気だな。」
2匹を見ていると、あんなにイライラしていた気持ちが嘘みたいに落ち着いてきて、怒っているのがバカバカしくなった。
「まあいいや。一軍の虫じゃなかったけど、おかげでお前たちに会えたんだもんな。」
いつのまにか気分も良くなり、気がつくと鼻歌を歌いながらシャンプーをしていた。
「お風呂出たよー。」
「おう。じゃあ、パパも入っちゃうな。」
お米研いでおくね!と言って台所に足を向け、さっきのシバンムシを思い出して苦い気持ちになった。
捕まえたシバンムシがどうなったかというと、とりあえずボクがお風呂に入ってる間に、パパがビニール袋ごと外に持っていって、殺虫スプレーしてくれていた。
だけど逃げ出したヤツらが何匹もいる。
あの可愛くもオゾオゾしいシバンムシを思うとブルーになった。
「シバンムシ・・・。」
「退治しといたから、大丈夫だよ。」
「本当に!?」
台所でキョロキョロしたけど、確かに、飛んでいるヤツは1匹もいない。
ボクが取り逃したはずのシバちゃん達は、パパがキッチン用虫スプレーを使って、ほとんど退治してくれていたのだ。さっすがパパ!!
「良かった〜!パパありがとう!」
それでも残党がいるかもしれないからと、ヤツらを捕まえるためのトラップまで、流しと台所の隅に置いてある。食べ終わった後のゼリーのカップに入った、食器用中性洗剤を2滴くらい入れた麺つゆだ。
麺つゆを使うなんて、ショウジョウバエの時と一緒だな。
ほーほーと感心しながら、無洗米をちょこっとすすいで炊飯器にセットした。
アリンコは2個目の角砂糖をもらってご満悦だ。今度は味わいながら、チョロリチョロリとゆっくり食べている。
「さて、急いでご飯を作ろう。」
後ろでパパの声がした。
もうお風呂から出たらしい。『カラスの行水』ならぬ、『パパの行水』だ。
「今日はローストポークだぞ。」
「よっしゃーーっ!」
思わずガッツポーズした。パパのローストポークはボクの大好物なんだ。
ふと、いつまでこっちにいるのか気になった。明日もいるんだったら、アクアパッツァが食べたい。
「ねえ、いつ向こうに帰るの?」
「明日の会議が終わったら、こっちに寄らずにそのまま帰るよ。資料を持ち帰らないといけないからね。」
「じゃあ1泊だけってことかぁ。」
なーんだ。そっか。アクアパッツァはお預けだな。
ちょっとがっかりしたけど、今日しかいないんだったら、ボクでも簡単に作れるおかずを教わっておこうと思い立った。
「ねえ、何か簡単なおかずを教えてよ。料理するの嫌いじゃないしさ。」
そう言うと、パパは「おっ!」と嬉しそうに目をキラキラさせた。
「じゃあ、りくには新じゃがの和風チーズポテトと、塩麹きゅうりを作ってもらうか。」
「うん!」
「先にローストポークの準備だけしちゃうな。」
まずは、手間はかからないけど時間だけかかる、ローストポークから。生肉を扱うから、こっちはパパが作る。
どんなふうに作るんだろうとボクとしては興味津々だ。さぞや手が込んでるに違いない。
冷蔵庫から出して常温に戻しておいた豚肉の全面に、チューブのおろしニンニクを適当に塗りたくり、これまた全面に万能スパイスアキシマンを振る。
次に、パパがいる時にしか使わない鋳物ほうろう鍋に、ざく切りにしたキャベツを少し入れて、真ん中に豚肉を入れる。残りのキャベツと、皮を剥かずに乱切りにした人参と厚切り玉ねぎ(ボクが切った!)を入れ、全体にオリーブオイルを振り入れて蓋をしたら終わり。
「よし!あとは予熱なし180℃のオーブンで40分焼いて、そのまま鍋が冷めるまで放置してすれば完成だ。」
「えっ?これで終わり?」
「そうだよ。簡単だろ?」
「こんだけで、あんなに柔らかくなるの?」
「もちろんコツはあるよ。肉は常温に戻してから焼くとか、弱火でゆっくりじっくり火を通すとかね。ただし、豚肉はウイルスや寄生虫の心配があるから、ちゃんと火が通ってないとダメだ。今日の肉の大きさなら40分だけど、もっと大きい肉だと1時間にすることもある。玉ねぎを入れることでも柔らかくなるけど、水分がたくさん出るから、今日は玉ねぎを少なくしてる。あんまり水分があると、茹で豚になるからね。」
「豚肉って、ウイルスとか寄生虫がいるんだ!知らなかった・・。」
オロンに教えてもらって調べた寄生虫の画像や、カマゾーのお尻から出てきたハリガネムシを思い出した。寄生虫は、本当に怖い。
「そうだね。鶏肉だって、カンピロバクターとかサルモネラみたいな細菌がいるから、生肉がついた場所や物は洗剤で洗うとか、熱湯消毒しなくちゃいけない。でも逆に、それさえ守れば安全だってことだよ。だから、必要以上に怖がらなくていい。」
「肉にちゃんと火を通したり、生肉が触れた物を洗剤で洗ったりできるかわかんなかったから、ボクは肉料理したらダメって言われての?」
パパは大きく頷くと、
「どれもすごく怖いからね。でももう大丈夫そうだ。次にこっちに帰ってきた時には、一緒に肉料理を作ってみよう。それまでは、作らずに我慢しててくれよ。」
「わかった!じゃあ作りたい物を考えとくよ。」
「ははっ、そうだな。」
2人で笑い合っていると、
「ただいまー!ケーキ買ってきたよー!」
ご機嫌なママの明るい声が聞こえてきた。
晩ご飯は、パパ特製のローストポーク野菜添え(名前はカッコイイでしょ!)、ボクの作った新じゃがの和風チーズポテトと、塩麹きゅうり。和風チーズポテトは、洗ってからラップにくるんでレンチンした新じゃがを、熱いうちにラップのまま適当に潰して器にあけたら、少しのバターとたっぷりのチーズを入れてざっくり混ぜる。チーズが溶けたら、これまたたっぷりの鰹節をかけて、だし醤油か麺つゆをかけてできあがり。
塩麹きゅうりは、適当に切って潰したきゅうりを塩麹で混ぜるだけ。冷蔵庫に30分以上入れておいて、味を馴染ませながらキンキンに冷やす。
和風チーズポテトの方は、我が家では新じゃがの時期にしか作らない。皮が柔らかいから剥かなくていいしね。
「ん〜!このローストポーク柔らかぁ〜い!りくが作ってくれたポテトも、すっごく美味しいわよ!」
ママは終始上機嫌だったし、もちろんボクもだ。
家族揃ってご飯が食べられるって、すごく幸せなことなんだな。




