捕獲?完了
「うわーーーっ!」
引き出しにいた大量のシバンムシに衝撃を受けたボクは、とっさに引き出しを閉じた。
「どどどど、どーしよー!アリンコ!アリンコどーしたらいい!?」
「まったく、うっるさいのぅ。」
プゥーン
「あっ!飛んだ!」
引き出しに閉じ込めているにも関わらず、1匹が目の前を通過して行った。
「う、うわー!」
バチンッ
思わず両手で虫を叩き潰してしまった。
「・・つ、潰しちゃ・・た・・」
蚊以外の虫を、素手でバチンッとしたのは初めてだ。
手で退治するなんて汚いとか気持ち悪いとか思ってたから、自分がしたことに自分でびっくりした。
やっちゃった・・
あんなに可愛いくて弱々しい虫だったのに・・
そりゃあ大量発生はしてるけどさ。
後悔と罪悪感と、ほんの少しの興奮がごちゃ混ぜになって心臓がバクバクしてくる。
どうなってるのか見るのが怖かったけど、勇気を出して閉じた両手をそっと開いてみた。
プゥーン
「え?」
手元から、退治したはずのシバンムシが飛び立った。
「あれ?」
もう一度見た手の平には、シバンムシなんていない。
てっきり手の中でペチャンコになってると思ってたから、拍子抜けした。
「ホッホ、仕留め損ねたのぅ。同じ構造であれば、小さいほど頑丈なのだから、当然と言えば当然だな。」
「同じ構造?」
「そうさ。お前が似ていると言っていたカブトムシのメスとシバンムシを比べると、シバンムシの方が丈夫なのだ。手の平如きで潰れるわけはなかろう。小ささゆえ、肉の窪みや皺に入り込むこともできるしな。そういうことさ。」
そっか。ホッとしたような、残念だったような。
「あ!ちょ、ちょっと待って!この引き出しの中身はどうしたらいい?」
「知るか。好きにせい。」
そう言って、アリンコは再びゴリゴリシャクシャクと砂糖を齧り始めた。
ダメだ、アリンコは当てにならない。
そりゃそうだよな。害虫っていっても、人間にとってのことなんだもん。でも、でもでも!
「うわぁ、どーしよー・・どーしよー・・」
頭の中で、どうしようばかりがグルグル回っている。
もー!いったいぜんたい、何に集ってるんだよー!
とりあえず見なかったことにする?
いや、これ以上増えたらヤバい。
ママが帰ってくるまで放置する?
いや、もしここから逃げ出したヤツらが別の場所に飛んでって、そこでまたこんな風に増殖したらどうする?
だいたい、知ってしまった以上、怖くてママが帰ってくるまでジッと待ってられる自信がない。
こうなったら、ボクが頑張って片付けるしかない。
「ウゥゥ・・やだよぅ・・」
ビニール袋を用意すると、目をギュッと瞑った。
頑張れボク!ココロを鬼にするんだ!
ごめんな、シバンムシ!
ゴクリと唾を飲み込むと、意を決して引き出しをそっと開けた。
「ウゥゥ・・」
ゆっくり、ゆっくり、少しずつ引き出しを開けていく。
「ひえぇ!やっぱシバンムシがわんさかいるよぅ。」
思わず情けない声で呟いた。
プゥーン
「ひぇっ」
プゥーン
「ひぇーっ」
プゥーン
「ひぇーーっ」
右へ左へと何匹も逃げたけど、どうにもしようがない。
見ると、引き出しの中のシバンムシ達は、誰かにもらった烏龍茶の袋に集っていた。気持ち悪くてまともに数えられないけど、袋の上に、ぱっと見で30匹はいるみたいだ。
単体だと、ずんぐりむっくりしてて可愛いんだけどなあ。
烏龍茶の袋には穴が開いていて、袋の中にもシバンムシがいる。ここが発生源なのは間違いない。
とりあえず深呼吸して、ココロを落ち着かせた。
「よ、よし。」
改めて見てみると、思ってたより数は少ない。さっきは慌ててて、茶葉までシバンムシに見えてたみたいだ。とはいえ、それでもわんさかいることには変わりない。だけど、不思議なことに「思ってたより少ない」っていうだけでココロに余裕ができた気がする。
「い、いくぞ・・」
ビニール袋に手を入れ、なぜか息を止めてゆっくり烏龍茶の袋ごと掴んだ。
「ひぇっ!」
一瞬、虫達がザワワっと波打った気がして落としそうになったけど、なんとか持ちこたえた。
「あ、危なかった〜。」
心臓をバクバクさせながらビニールをそっとひっくり返す。
「やっ・・たぁ・・」
とりあえず袋の中に収めることに成功した。
何匹かは飛び立っていったものの、いまはそんなことどうでもいい。とにかくホッとして、体中から力が抜けて、床にぺたりと座り込んだ。
「おお〜、ずいぶんいたねぇ。」
「ひっ!?」
突然の声に、ビクッと勢いよく飛び上がった。
恐る恐る振り向くと、誰かが後ろからボクの手元を覗き込んでいる。
見慣れた、そしてずっと見たかった顔だ。
「パ、パパ!?」
「ごめん、ごめん。びっくりさせちゃったか。」
そう言って、パパはにっこり笑った。
「何度か声はかけたんだけどね。」
「え、なんでなんで!?なんでいんの!?」
そう。
パパは新幹線の距離で単身赴任中なのだ。
「明日こっちで会議があって、パパが代理で出ることになったんだ。本当は明日の朝一番の新幹線で来る予定だったんだけど、どうせなら2人に会いたいと思ってね。で、休暇を取って今日のうちに来たんだよ。」
「そんなら、連絡くれたら良かったのに!」
そんなボクの問いかけに答えず、パパはボクの持っているビニール袋を指差した。
「それよりほら、袋の口を閉じないと。せっかく捕まえたのに逃げられるぞ。」
「あっ!」
思いがけない再会に、またしてもシバンムシ入りビニール袋の口を閉じ忘れていた。
「いっけね。」
パパに言われて、慌ててクルッと袋の口を結んだけど、危うく逃げられるところだった。危ない、危ない。
パパは、そんなボクの慌てる様子でさえ、ニコニコと楽しそうに見ている。
「本当に急に決まったんだ。来るはずだった人が具合悪くなってね。」
「ママは?ママは知ってんの?」
「ママにはメールしといた。そしたら「ご飯よろしく」だってさ」
本当にパパだ!さっきまで絶望だったのに、今は嬉しくてしょうがない。
シバンムシのことも忘れてしゃべりだそうとしたその時、
「おい、これをもう一つくれ。」
「!!」
砂糖を催促するアリンコの声が聞こえてきて、ギックーンと心臓が止まりそうになった。
そうだ!アリンコがいたんだった!
「あれ?いまなんか言ったか?」
「えっ!?パパ聞こえるの?」
「何のことだい?何かあるの?」
「ううん、なんでもない。」
ママにも聞こえなかったし、やっぱりパパにも聞こえないんだろうな。
アリンコは幽霊だ。本人ならぬ本虫は「精神体だ」とか「神通力」とか言ってるけどね。
ママにはアリンコの姿が見えてたから、パパに見えてもおかしくない。もし見えたとしても、パパにとっては『家の中にいるただの大きいアリ』だから、退治しようとしたり、外に追い出そうとするぐらいだろう。(アリンコには悪いけどね。)そしてボクは、アリにエサをあげてたことを怒られるんだ。といっても、パパはそんなに厳しくないから、たいして怒られないのはわかってる。
それより、ボクがアリ相手にしゃべってると思われるほうが困る。きっとパパは、ボクが変になったと思っちゃうよ。
「なんだよ、りく。どうした?」
「あ。ううん、なんでもない。」
ごめんアリンコ!無視するけど許して!
「おーい、もう一つ寄越せと言っておろう。」
「!!」
またしてもアリンコの声が聞こえた。
「ん?」
ボクの様子が怪しいからなのか、パパが首を傾げている。
アリンコ!頼むよ、空気読んで我慢して!パパがいるんだから、しゃべるなってば!お願いだよ!お願いします!神様仏様アリンコ様!!
必死になって祈っていたら、アリンコの声が聞こえなくなった。
良かった〜。パパにバレちゃうかと思った。
祈りが通じたのか、アリンコの気まぐれか。もしかしたら、アリンコも空気を読んでくれたのかもしれない。
ホッと胸を撫で下ろしていると、
「聞こえておらんのか。早う寄越せ。」
突然、肩の上でアリンコの声がした。
「わっ!バカ!出てくんなって!」
アリンコを隠そうと、思わず焦って握った瞬間、
「なんと!?何をするか無礼者!!」
ガブーーーーッ
「っっ痛っってぇーーー!!」
思いっきり、牙のように鋭い大顎を突き立てられた。
手の平側を盛大に噛まれて、あまりの痛さに握っていた手を開いて激しく振ったけど、アリンコは喰らいついて全然離れようとしない。
「痛いたいたいたいーっ!」
手の平のちょうど指の下にあるふっくりしたところに、大顎でガッチリと噛み付いている。
「離せってば!イタイイタイ!痛いってー!!」
「おい、何してるんだ!?大丈夫か!?ほら、見せてみろ!」
「イテ!いや、いいよッテ!大丈・・イテテテッ!」
痛みに我慢して必死に避けるボクの手を、パパは強引につかんで引き寄せた。
「わっ!ダメ!」
その瞬間ボクが見たのは、アリンコとご対面しているパパの顔だった。
チーーーーン 終わった・・・




