衝撃のわらわら
「な、な、なんで!?なんであんなに飛んでんの?学校行く前はいなかったよね?」
朝は絶対、絶っ対いなかった。なのになんでいんの?
「窓?ねえ、窓が開いてたってこと?」
思わず立膝になると、膝から2匹が転がり落ちた。
「あ、ごめん!」
慌てて謝ると、とっくに体勢を立て直しているキュッピが、外から入ってきたわけじゃないと教えてくれた。
「りくが学校行ってる間に羽化したっピよ。」
「え!?羽化!?」
「そぉよ〜。この臭いは、飛んでないだけでまだまだいるわよ〜。オロロン。」
転げ落ちた拍子に引っ込めてた目玉の片方を、ニョ〜っと出しながらオロンが言った。
「えぇぇぇぇ!?」
慌てて台所に行くと、飛んでるのは3匹だけになっている。
「あ、あれ?なんか減ってる?」
「どこかに止まってるだけだっピ。」
「えぇ!?」
キョロキョロと周りを見回しても、止まっているシバンムシは全然わからない。
そりゃそうだ。キュッピより小さいんだから、見つけるのは至難の業だ。
ウロウロしている間に、飛んでる虫は1匹になっている。
「しまった!またどっか行っちゃった!」
「当たり前だっピ。りくが来たから逃げたんだっピ。」
「うわー、どーしよ」
焦るだけで気持ちが空回りしている。
とりあえず、いま飛んでいる1匹だけでも捕獲しないと、と思ってはいるものの、周りに同化してしまって時々視界から消えてしまう。
わかんないけど、焦ってなければ捕まえられたかもしれない。
「あ!いた!」
ビニール袋を広げ、虫取り網のようにして捕まえた。
「よし!1匹目、捕獲!」
ふぃ〜、コバエより簡単だったな。
そう思いながら、ビニール袋の中にいるゴマ粒くらいの小さな虫を見つめた。
超絶小さくて、茶色くて、丸っこくて、ツルンとしている。コガネムシとかカブトムシのメスみたいなフォルムだ。
「へぇ、これがシバンムシかぁ。なんか可愛いな。」
ニヤニヤしていると、目の前を再びプゥーンと飛んでいく虫がいて、ハッとした。
「わ、わ、わ、」
握っていたビニール袋の口を慌てて開けると、再び虫取り網の要領で捕まえようとした。
「何だよ、今度は逃げられちゃった。」
そう独りごちた時、
「バカめ。まったくお前はバカよのぅ。」
いつの間にか肩先にアリンコがいた。
「バカとは何だよ。」
「バカだからバカと言ったまで。袋の中を見るが良い。」
何だコイツ。
口を尖らせながら、手に持ったビニール袋を見た。
「あーーー!いない!さっき捕まえたヤツも、どっか行っちゃった!」
どこからどう見ても、袋の中はもぬけの殻だ。
「あーあ。せっかく捕まえたのになぁ。」
しょんぼり項垂れていると、アリンコが
「さてさて、息を殺しておれば、また飛び始めるやもしれんぞ。」
と言って慰めてくれた。(たぶんね。)
「ねぇアリンコ。コイツって、やっぱ放っといたらダメなの?」
「何故?」
「だって、なんか可愛いじゃん。どっちみち捕まえたら外に逃すつもりだったけどさ、逃げられちゃったし。」
「お前が構わぬのであれば、そのままでも良いのではないか?」
「本当?なら・・」
「人間にとっては害虫だが。」
「へ?」
アリンコはそれだけ言うと、砂糖を寄越せとせがんできた。だけど、ボクの頭の中は『害虫』でいっぱいだ。
「朝方、お母上が角砂糖なる物を飲み物に入れておるのを見たぞ。我にも寄越せ。」
「・・・・・・・・」
「おい、聞いておるのか?角砂糖だ。」
「・・・・・害虫?」
「我の話しを聞かぬか!」
「イタタタタ!」
アリンコが耳たぶに噛み付いた。
「痛いなーっ!もう何すんだよ!」
「お前が話しを聞かぬからであろう!」
振り払おうとした手をスルリとかわしたアリンコに、今度は前脚でバコバコ頬っぺを叩かれた。
「イタイタイタイタ!ご、ごめんってぇ!」
「ふんっ!わかれば良いのだ。さっさと角砂糖を用意せぬか。」
「ちぇっ。」
あ〜あ。悪くもないのに謝っちゃったよ。
また1匹、目の前をシバンムシが通過していき、あんなに動きが遅いにも関わらず、あっという間に見失った。
「これよ、これ!」
小皿のせられた、コーヒー用の不恰好な茶色い角砂糖に、アリンコがむしゃぶりついている。
シャクシャク カリカリ カコン シャクシャク
「これさぁ、ママのとっておきの砂糖なんだよ。」
・・・無視
シャクシャク カリカリ カコン シャクシャク
「普通の角砂糖とは風味が違うんだって。栄養価はほとんど同じだけど、コクが出るんだって。カラメルみたいな風味があるらしいよ。」
シャクシャク カリカリ カコン シャクシャク
・・・無視か
「風味とか、ボクにはわかんないけどね。」
「そうであろうな。」
「え!ここは返事すんの!?」
「お前に味がわかるとは、到底思えぬでな。」
「何だよ偉そうに。」
プイと横を向いたボクに、アリンコが「コホン」と一つ先払いをした。
「まあその、なんだ、朝から、この砂糖とやらが欲しくてな。気もそぞろなお前に、つい腹が立ってしまったのだ。」
「なにそれ。まさかそれで謝ってるつもり?」
右の頬っぺたをプゥっと膨らませて見せた。
「怒ってごめん」ってちゃんと言えばいいのに。
「とにかく!他人の話しは真剣に聞かねば失礼なのだぞ。しかと覚えておくがよい。」
「なんだよ、それ。だってさ、あんなに小さくて弱そうなのに、害虫だっていうんだもん。何の害虫なのかきになるじゃん。ねえ、本当に害虫なの?間違いじゃない?」
「何を言うか!馬鹿にするでないわ!」
そう言って両前脚を振り上げたので、指を噛まれないように慌てて手を引っ込めた。
「だったら、ちゃんと教えてよ。」
「ふむ。」
普通のアリでは考えられないスピードで齧られた砂糖は、いつの間にか半分くらいのサイズになっている。アリンコは、器用にその上で立ち上がった。
「シバンムシは甲虫の仲間でな。体の表面、中でも背中側にある前羽は非常に硬くて、広げた時に飛行機でいう主翼の役割をするのだ。飛んでいる時には、流れる空気から色々な力を受けるわけだが、前羽はその空気の力のうち、上に引っ張る力を受けて浮かぶ。硬い前羽に反して、後ろ羽は薄い膜のようになっておってな。これを高速で羽ばたかせて前に進んでいるのだ。」
「前羽だけだと進まないし、後ろ羽だけだと浮かばないってこと?」
「そうだな。昆虫の身体に無駄はないのだ。」
「昆虫だけじゃないでしょ」
「シバンムシがなぜ害虫かというと、」
「あ、無視した。」
「コホン。シバンムシも多くの種に分かれていてな。ほとんどの種は樹木なんぞを食うているのだ。キノコシバンムシの餌はキノコだしな。しかし、家の中に入り込む種もいるのだ。人間は奴らを『貯穀害虫』と呼んでおって、食糧を食い荒らすとされておる。こっちは餌を食うているだけなのだが、理不尽よのぅ。」
「だから台所にいたのか。」
「シバンムシは何でも喰らうぞ。本や絵なんぞも喰らうし、畳も喰らう。」
「畳も!?」
「そうだ。畳を喰らって、小さな丸い穴をあける。」
「だから害虫なのか。」
「あ奴らは一気に増えるぞ。このまま台所へ行き、耳を澄ませてみよ。」
「え?なんで?」
「ほれ、早う行け。」
「音は立てるなよ。じっとしておれ。」
よくわからないまま、台所へ行って耳を澄ませた。
・・・・チ・・・・・カ・・・チ・・・・
ん?なんか音がする?・・・気のせいか?
・・・・チ・・・・・カ・・・チ・・・・
やっぱ何か聞こえてくる。
「アリンコー!なんか聞こえる。」
「音のする方を、とくと見よ」
再びジッとしていると、さっきの音が聞こえてきた。
こっちは音を立てないようにと、細心の注意を払いながら音源を探す。
・・・カチ・・・チ・カ・・カチ・・・・
ちょっとずつ音が大きくなってきた。
・・カチ・・カチ・・カチ・・カチ・・・
「ここだ!」
引き出しを開けると、
「うわあぁぁぁーーーっ!」
そこには大量のシバンムシが、わらわらと蠢いていた。




