第6話「理想」
プレハブ内にはキーボードの音が響いていた。
2小節終わった後にエレキギター、ベース、ドラムの音が加わる。
一旦全ての音が止まった後に鈴音が歌い出した。
悠馬はギターを鳴らしながらも弦に集中していなかった。
美しい。
そう思った。
鈴音がマイクに向かう姿も、動く唇もその声も……全て美しく思えた。
「ああっ!ごめんなさい!間違えました!!」
悠馬は慌てて叫んだ。
「ちょっとー、筑紫くん!見惚れすぎじゃない?ファンすぎるよ!」
詩織は高らかに笑った。
「由紀子先輩、すみません。キーボードの応援で来てもらって……」
鈴音が声をかけた先には眼鏡をかけた女性が立っていた。
「ううん……私も仕事ばっかりだと気が重くなるから気晴らしにちょうどいいよ。」
由紀子は優しく微笑んだ。
「キーボード頑張って新入生探すんで……それまでお手伝いお願いします!」
詩織はドラムスティックを置きながら言った。
「鈴ちゃん、歌ちゃんとできてるよ。自信持っていい。」
由紀子は鈴音を気遣うように言った。
「そうですか……?何か出だしのフレーズが淡々と定音が続くじゃないですか?ここで感情を込めるのが難しいんです……櫻田先輩ならもっと伝わる歌い方ができると思うんです……」
鈴音は下を向きながら言った。
悠馬は俯く鈴音の姿をじっと見つめていた。
「緑涼祭ではこれをやるの?」
由紀子はメガネのフレームを触りながら聞いた。
「緑涼祭……ですか?」
悠馬はギターのピックを弦に差しながら聞いた。
「うん、毎年夏に開催されてるこの大学の学園祭。その中で軽音大会があるの。軽音学部もうちらも混じって各々演奏して1番を決める。ずっと昔からの伝統的な大会で昔5年間くらい中止になったことはあったみたいだけど、それ以外は必ずやってるの。」
詩織は悠馬の顔を見て言った。
「この曲で……出たいですけど……今は無理ですね……」
鈴音は由紀子を見ながら不安気に言った。
練習終了後、4人は楽器の手入れをしてプレハブを出た。
「お疲れ!また明日もよろしくね!」
詩織は自転車に乗って校舎の向こうに消えていった。
「あ……筑紫くん、そう言えば自転車まだ持って無いよね?不便じゃない?」
鈴音は自分の自転車の鍵を持ちながら言った。
「あ……そうなの?だったら私の自転車あげようか?私卒業してから使ってないから……」
由紀子がカバンを肩に掛けながら言った。
「えっ、いいんですか?ありがとうございます!」
悠馬は礼を言い、由紀子と自転車置き場に歩き出した。
駐輪場についた由紀子は悠馬に自転車の鍵を渡した。
目の前には青い自転車が停まっている。
「鈴ちゃんのこと気になってるんでしょ?」
由紀子は眼鏡のレンズを拭きながら言った。
「いや……僕なんて……別に……」
悠馬は動揺を隠しきれず言った。
「そんなに戸惑わなくてもいいのに。」
由紀子は吹き出すように笑った。
「鈴音さんって何であんなに櫻田先輩に固執するんですかね?」
悠馬は自転車のサドルを調整しながら聞いた。
「まぁ……あの子はホントに陽に憧れてたからね。陽の練習音声を何度も何度も繰り返し聞いたりしてた。まあ一種のファンよね。陽を頭に思い描いてるから、求めてる理想が高いんだろうね。」
由紀子は空を見上げて思い返すように言った。
「櫻田先輩は今何してるんですか?」
悠馬は自転車のハンドルを握って聞いた。
「今、アメリカに居る。就活して有名企業の内定もらってたんだけど、蹴って……やりたいことやるんだって。カッコいいよね。そういうとこに憧れるんだろうな。昔から天才だった。私は何度も何度も練習してやっと成り立つんだけど、陽は一回聞いたらすぐできちゃうの。すごいよね……」
由紀子はしみじみと言った。




