第15話「逃避」
空を見上げている健人の目から涙が流れる。
その涙は靴にポタポタと落ち、健人は俯き目を瞑った。
「成瀬さん……」
急な呼びかけに健人は慌てて目を開けた。
涙で滲んだ視界の中につぐみが立っていた。
「やっぱり……林さんから話聞いて……ここにいるかもしれないと思って。」
つぐみは心配そうな目で健人を見つめている。
健人はつぐみに背を向けて立ち上がり目を合わせず歩き出した。
「ちょっと……ちょっと待って!」
つぐみは健人を追いかけ、背後から腕を掴んだ。
「話して。辛いんでしょ?聞きたい。」
つぐみの声が近くなる。
「嫌だ……」
健人は静かに呟いた。
「いつも人の辛い話を聞いてばかりのあなたにこれ以上辛い思いをさせるのが嫌だ……」
健人の声が震えている。
「それに……弱い部分を見られるの嫌だ……あなたの前では強く……かっこよくいたい……」
健人は涙を必死に堪えながら、つぐみに背を向けたまま言った。
つぐみは掴んでいた健人の手を強く握った。
「かっこいい……って思ってたの?私はあなたのかっこいいところが好きなんじゃありません。」
つぐみは少し微笑みながら言った。
つぐみの言葉を聞き、健人の靴が再び濡れ始めた。
「もう……10年近く前になるのかな。一哉って友達が居てね……」
健人とつぐみは2人でベンチに腰掛けていた。
「高校で一緒だったんだ。ちょっと変わったやつだったんだけど、1人でクラスの隅にいた俺に声かけてくれてね。そこからはずっと一緒だった。」
つぐみは健人の顔をじっと見つめている。
「だけど、大学では別々になって。卒業のときにまた会おうって約束してたんだけど、お互い大学生活に夢中になってなかなか会って無かったんだ。一哉は部活動に取り組んでたし、俺はカウンセラーになりたいって必死に勉強してたし……俺は母さんが鬱病だったから、人の辛さを和らげたり、直接助けになったりできる仕事につきたかった。」
健人は1つ1つ噛み締めるように話した。
「それで……突然……一哉が死んだ。自殺だった。」
健人は声を詰まらせながら言った。
「訳が分からなくて……それと同時に何で……何で何も話をしてくれなかったんだろ?って……最後に会ったのはたまたま駅のホームで会っただけで。その時も何も話が出来なかった。」
つぐみは健人の背中に手を当て話を聞いている。
「それで俺はカウンセラーの道も諦めた。逃げたんた。人の心と向き合うのが怖かった。友人1人助けられなくて何がカウンセラーだ。そう思った。」
健人の口調が強くなる。
「大学を卒業して一般企業に勤めて、家庭を持った。人の苦しさと向き合う仕事から逃げた。その後も何度も何度も色んなことから逃げた。逃げる人生で、それでいいって思ってた。」
つぐみは真剣な表情で健人を見つめている。
「でも……自分の心の隅にまだモヤモヤがあったんだろうね。気が付いたらいつの間にかこの部署に居てこの仕事をしていた。カウンセラーにはなれなかったけど、逃げ続けてたらいつの間にか直接人の助けになる仕事に就いてたんだ。形は少し違うけどね……」
健人は苦笑いをしながらつぐみを見つめた。
「それからは覚悟を決めて仕事に集中した。不思議と仕事は上手くいって順調だった。ただ……心の片隅にずっと一哉が居た。誰かまた自分の周りで自殺するんじゃないか……って。怖かった。」
つぐみは健人の手を覆うように握っている。
「何で……何でこういうときに自分の能力が出せないんだろ……未来を予想する力が俺にはあるのに……死は予測できない……」
健人は目を強く瞑った。
つぐみは下を向いている健人の顔を覗き込むように見た。
健人に手を握る以上の安心を与えたい。
つぐみはそう思った。
少しのためらいの間の後、つぐみは健人を強く抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫だよ……」
つぐみの言葉の背後で教会の鐘が静かに鳴っていた。




