第11話「綺麗」
終業後、健人は1人小高い丘を自転車で登り、教会の横の公園のベンチに腰掛けた。
健人の中で今日は真っ直ぐに家に帰れるほど頭の整理がついていなかった。
人の愛の形は様々だ。常に1人の人を思い続ける一途な愛もあれば日々の繰り返しに形作られた上辺の愛もある。
健人はゆっくりと空を見つめた。
「あ……成瀬さん……?」
振り返るとつぐみが自転車を押しながら立っていた。
「立岡さん、お疲れ様です。今日はもしかしたらここで会えそうな気がしてました。」
健人の言葉につぐみは恥ずかしそうに笑った。
つぐみは自転車を停め、健人の横に腰掛けた。
「あ……これ食べますか?せっかくもらったし……」
健人は悦子からもらった和菓子を取り出した。
つぐみはニコッと笑い、それを受け取り包紙を剥がした。
「……甘い……」
つぐみは和菓子を1口食べて呟いた。
「ホントだ。甘い……」
健人は同じように呟いた。
「悦子さんは甘い物食べれないって言ってましたね……
50年間どんな気持ちで過ごしてたんでしょう……今日言ってたあれは本音なんですかね……?」
健人はつぐみの顔を見て静かに聞いた。
「……本人もまだ分からないのかもしれませんね。悲しみが襲って来る時ってお通夜や葬式の時じゃなくって、しばらく経って日常の一場面で居ないことを実感した時が多い気がします。」
つぐみは苦しそうに笑いながら言った。
「そうかもしれません……僕は何故か大切な人が亡くなったとき、その場では泣けないんですよ。お通夜や葬式も淡々としてて冷たい人間だなって思われちゃう。でも家に帰ってご飯を食べ始めた時に涙が溢れ出したりします。」
健人はうつむき加減で言った。
「悦子さんが密かに悲しみを抱いてるとしても、抱いてないとしても人が人を思う気持ちは自由ですもんね。この仕事をしてそれに気づきました。それまでは人が亡くなったとき、誰もが悲しむものだってそれが常識だって思ってました。現実は……そんなに綺麗じゃないですね。」
つぐみの言葉に健人は静かに頷いた。
「こんなに和菓子あったら、うちの子喜んで食べちゃいますよ。」
健人は和菓子の箱を開け閉めしながら言った。
「うちの旦那も甘党なんで、すぐ無くなると思います。」
2人は笑い合ったが、しばらくして少し真顔になりお互いを見つめ、目を逸らした。
「あ……なんか飲みますか?」
健人は立ち上がり自販機に駆け寄り、小銭を入れた。
「どうぞ、好きな物押していいですよ。」
健人はニコッと笑った。
「いいんですか?すみません……」
つぐみは立ち上がり、ミルクティーのボタンを押した。
「私……コーヒー飲めないんですよ。友達から人生半分損してるって言われちゃいました。」
つぐみは笑いながら言った。
カーン……カーン……
教会の鐘の音が鳴り響く。
カーン……カーン……
「あそこの鐘、有名なのって知ってます?」
つぐみは健人の顔を見て言った。
「そうなんですか?知らなかったです。」
健人は和菓子の包み紙を丸めながら答えた。
「あそこ一般の人も入れて、自由に鐘が鳴らせるらしいんですよ。鐘を鳴らした2人は運命で結ばれる……みたいな……」
つぐみはニコッと笑いながら言った。
「鳴らして……みます?」
つぐみが静かに呟く。
健人は鼓動が大きく鳴るのを感じた。
「冗談ですよ!」
つぐみは笑いながら立ち上がり、自転車の鍵を開けた。
遠くなるつぐみの背中を健人はしばらく見つめていた。




