踏み違え 折れ凍つポール 鬼子母神
僕はまったく知らなかったが、当時ウミさんは悩んでいたらしい。例の女医からはこの機会を逃したら一生独身で過ごすことになると言われてたらしい。彼女には頼るべき親がいないので、僕の母親に今後のことを相談しに行ったのだ。
「タケルさんには、本当に懇意にしていただいております。ですが、本当にわたしなんかでいいんでしょうか?一人息子さんですし、もっと普通の方のほうが幸せになれるんじゃないかと。」
「あーら。そんなこと考えてたの。いいのいいの。30も超えたってのに、いつまでもふらふらして。こっちこそ。あんなのに付き合ってもらって感謝してるわ。」
相変わらず母はがさつだ。
「実は、私には両親がいません。母が死んで家を出てから、父は消息すらわかりません。」
彼女が高校への登校中に母親と駅に向かっている時だった。一台の乗用車が歩道に後ろから突っ込んできた。小学生の登校の列が前を塞いでいので逃げることもできない。すぐ後ろにいた母親が彼女を庇うように体を彼女と車の間に置いた。車は車避けのポールをなぎ倒し横転。彼女と母親、それと数名の小学生を壁へと押しつけて止まった。彼女は幸いにも破損したフロントガラスと壁の間に挟まり大怪我をしたが一命は取りとめた。
「これがそのときの傷です。」
彼女は前髪を上げて額の横傷を見せた。
車が氷でスリップして、動転した運転手がブレーキとアクセルを踏み間違ったことが原因だった。母を亡くしたのが元で、祖父のところに隠れるように家出をした。事故を起こした相手は、老人のため認知機能が低下しているということで執行猶予になったそうだ。当時は衝撃の強さを物語るように何本ものオレンジのポールが折れ曲がっていたそうだ。今では綺麗に整備されたが、彼女は命日には毎年その場所に行き供養している。
「事故を起こした相手よりも、自分を助けるために母が死んだ思うと心苦しいんです。」
「何で?子供を助けるために命を張れるなんて、親として最高の死に方じゃない。あなたが、お母さんのしたことを認めてあげなかったら、何のために死んだかわからないってお母さん悲しむわよ。お母さんが命がけで守ったんですから、堂々としてればいいんです。絶対そう思ってるわよ。同じ母親としてわかるわ。苦労したのね。あの苦労知らずのバカ息子にはもったいないわ。」
母は涙ぐむ彼女に、
「いい、安い女だと思われたら終わりよ。男は単純だからね。じらせば、どこまでも追ってくる。もし、あんなんとでも結婚してくれるのなら、自分から言ってはだめよ。必ず男のほうから結婚したいって言わせるの。そしたら生かすも殺すも自由。玉を掴んだも同じだから。」




