寄りかかり 置いて逝くなと 夏の夢
「きっと、良くない病気なんだ。」
僕は、彼女の部屋の近くに引っ越すことに決めた。元々、横浜へは出張扱いなので1、2年しかいられない。だから車は持っていない。かといって、さすがに一緒に住むわけにもいかない。その日のうちに、同じ町内に古い貸部屋が見つかった。本当は一軒家がいいんだが横浜ではさすがに値段が高く、会社の補助だけではまかなえない。通勤もさほど不便ではないし、今の所よりは断然安いのでよしとしよう。
「本当は解約の数ヶ月前に言って欲しいんだけどね。」
しかたなく、三か月分の家賃を余分に払うことで大家と合意した。
荷物はほとんど無い。週末に僕は引っ越した。ここに長く住むわけじゃない。内装は自分で上からクロスを貼ればいい。やり方は現場の人たちが教えてくれる。
「今日は早いので夕飯を食べに来ませんか。」
彼女から三日に一回ほど誘いがある。外食は高いし、自分一人分を作るのも面倒だ。
「体調、大丈夫ですか?」
彼女も医者から何か言われたのだろうか。僕が尋ねるべきなのに、毎回尋ねられる。医者は伝染病と言ったしな。
「ウミさんこそ、大丈夫ですか。」
「時々、なんだかやる気がなくなって。倦怠感っていうんですか。何かの後遺症ですかね。」
病気のことは内緒だ。
「僕もあります。あります。昼休みとか。食欲がなくなるんです。」
「ちゃんと食べてください。」
「大丈夫ですよ。ウミさんのお陰でしっかり食べられてますから。」
ここにいると落ち着く。僕は知らずの内に、ずっと彼女のことを目で追っていた。最近、僕の前でも自宅では前髪を上げるようになった。相変わらず傷は目立つが、むしろ愛おしくさえあった。
「片付けぐらいはしますから、休んでてください。」
彼女は病気なんだ。その日は疲れていたのか、二人でテレビを見ているうちに、僕の横で彼女は椅子に座ったまま寝てしまった。しだいに顔が僕の肩のほうに近づく。まずい。立てない。彼女の手が僕の服をつかんでいた。
「置いて逝かないで。」
寝言だ。きっと死んだ母か祖父の夢でも見ているのだろう。僕は、
「大丈夫。置いて行かないよ。」
と言って、思わず彼女の額の傷にキスをした。




