碑の仏花 日ごとに消ゆる 茜空
盆が過ぎると慰霊碑を訪れる人も減ってきた。小さな碑を埋め尽くすようにあった献花も日を追うごとに少なくなっていく。一区切りついたのかもしれないし、単に涼しくなってきたからなのかもしれない。
ウミさんは横浜の片付けが済むと自宅へ戻った。僕はそれがどこかのか知らない。そして彼女が何の仕事をしているのかさえも。二回しか会ったことがないんだ。なんでもかんでも話してくれるわけじゃない。それにネットではどんな嘘も自由に書ける。
そんな折、彼女からどうしても見てほしいものがあるといって、わざわざ僕の仮設を訪ねてきた。
「家だと近所の年寄りの目があるので、他の所にしましょう。」
僕はそう何度も言ったが、
「どこでも同じです。」
と、まったく譲らない。色々なトラウマがあるんだろうな。
「ごめんなさい。他人には見られたくないものなので。」
そういって、スーツの内ポケットから出してきたのは、茶色のぼろぼろになった手帳だった。手渡されたそれは彼女の胸の温かさがまだ残っている。
中には、細かい字でぎっしりと文字が書いてある。いかにも元時計職人らしい緻密さ。
「これは、祖父がいつも持っていた手帳です。」
初めのほうには時計の構造らしい絵と文字がある。彼女は僕の横に座えりなおし、僕の手の上の手帳のページをめくった。
「津波で全てを流されてしまった。自分と猫、2つの命だけが残った。」
津波の後に書かれたものだ。
「死ぬ前にあの奇特な若者にまた会いたいと思うと希望が沸く。」
別のページには、
「自分がいなくなった後の孫たちのことだけが気がかりだ。特にウミは一人ぼっちになりはしないだろうか。」
そして最後のページに移った。
「もし、最期の願いというものが叶えられるなら、孫娘のウミがあの若者に会えますように。」
「この手記を見ていただきたくて。」
「でも、どうして僕なんでしょ。仕事柄もっと色々な人を知っていそうなものですが。」
僕とおじいさんはあの時の一回しか面識がない。
「だからこそでしょう。何を感じ取っていたのかはわかりませんが、戦時中に何度も命を救われた話を良くしていました。かれらは常に無欲だったそうです。自分が死ぬかもしれないのに。きっとそれと重なったのでしょう。」




