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空蛇口 口漱ぎたる 竈雪
着の身着のままで逃げてきた人々は、夜が明けるにつれ緊張が和らぐと同時に喉の渇きを覚え始めた。
「水が出ない。」
あれだけの洪水だ。断水もするだろう。とりあえずガスはプロパンが使えるが、困るのは水だ。飲料にシャワーにトイレの水洗。寺には食料の備蓄もない。
避難所にいければ何とかなるだろうが、街を埋め尽くす崖崩れと瓦礫の中をそこまで到達するのは至難だ。寺では雪を集め竈で湯を沸かしていた。お茶は利尿作用があるので、白湯で我慢する。焚き火で濡れた体を乾かす人もいた。元気な若者が、寺のタオルで見知らぬ人の汚れた体を拭いている。
携帯もつながらない。きっと田舎の家族も心配しているだろう。知識のない僕がこの場にいても役に立ちそうにない。僕は近くの避難所を目指すことにした。
「毛布ありがとう。」
一緒に逃げた老人が毛布を返しに来た。僕は受け取らずにおこうと思ったが、彼の手には別の毛布も握られている。きっとお寺でもらったのだろう。
「僕はひとまず近くの避難所に行きます。お元気で。」
そう言い残して、寺を後にした。




