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水引きし街 終戦のごと 凍てる
丘の上から全員移動が終わって間もなく、けたたましいサイレンが鳴った。それは大津波が来る合図だ。
「この寺は大丈夫じゃろうか。」
「犬の首輪、つないだままじゃ。」
避難してきた人の声が絶え間なく聞こえる。言葉を発していないと見えない恐怖に押しつぶされてしまう。
やがて、遠くから小さな波がやってきた。それは、陸に近づくにつれ巨大なブルドーザーのように海水を押し上げて迫ってきた。ゴーという地響きは第一波のときとは比べ物にならない。それはまるで、地獄の釜の蓋が開き、無数の亡者どもが湧き出すかのごとくであった。
巨大な波が、岸を超え、崖にぶつかり白波を立て、さっきまでいた丘を軽々と飲み込む。
「危なかった。」
誰もがそう思ったに違いない。
その後、夜が明けるまでに津波は幾度かやってきた。その度に、瓦礫や車が縦横無尽に流される。
やがて、横暴の限りを尽くした水は夜明け共に引き始めた。昨夜まで街だった所には、いくつもの水溜りと高い建物だけが残り、瓦礫で埋め尽くされた道路に信号も消え、動くものは何も見えなかった。
「あの日と同じじゃ。何も無くなってしまった。」
僕と一緒に逃げてきた老人がポツリと言った。




