赤き車灯の波 黒津波に 消ゆ
丘の上にある公園へと登ると、そこにはすでに数十人の人が集まっていた。崖下の海沿いの国道には身動きの取れなくなった車の赤いテールランプの光が延々と続いていた。避難路には、まだ懐中電灯の列が続く。
空は暗く、海は静かだった。
「本当に津波なんか来るのか?」
若者とおぼしき声が聞こえた。
「じさまが子供のころに話しとった。海を甘く見るでねえ。海は笑顔の時は何でも与えてくれる。じゃが、ひとたび機嫌を損ねれば、なんもかんも奪って行っちまう。わしらは海の顔色を伺いながら暮らすしかないんじゃ。」
静かだった冷たい空気が、やがてざわつき始めた。海沿いの防風林が徐々に揺れは始める。
「ゴー」
という、地響きのような海鳴りが遠くのほうから聞こえる。
「くわばらくわばら。」
老婆がその場に座り込みながら念仏を唱える。
やがて小さな波がいくつかやってきた。それは何度も岸壁に当たり砕け散った。
突如、煌々と黄色い光を放っていた海の上の月が消えた。
「来たぞ!皆、何かにつかまれ!」
消防団の人の声だろうか。僕も急いで近くの柵にしがみついた。狭い場所だ。やがて固定されたものが見つからなくなったのか、僕にしがみつく人もいた。人々は数珠繋ぎになる。誰かが流されたら終わりなのだが、誰もその手を振りほどくものはいなかった。
やがて背後に月光を纏った漆黒の壁が見えた。巨大な黒い波が向かってくる。それは一瞬の出来事だったが、僕には時がゆっくりと進み、何時間にも感じられた。
黒い塊は棋士に近づくにつれ徐々に高くなり、軽々と国道に乗り上げた。列をなしていた赤い明かりを一瞬で飲み込んだ。それでも飽き足らないのか、そいつは僕たちのいる崖の斜面に襲い掛かった。何度となくやってくる黒い腕が丘の斜面を削り取る。
一連の攻撃が一息ついたとき、僕は崖下を覗いた。つい先ほどまであったテールランプの波はそこにはもうなかった、




