第七話「鳥飼来国次」
多くの作品の中からお選びいただきありがとうございます。
この作品はフィクションです。実在する個人名、団体名、企業名、商品名、刀剣とは関わりございません。
また、都市伝説界隈で聞く秘密結社とも関わりのない事、刀剣擬人化のコンテンツとも関わりない事をご理解の上お楽しみください。
物語も佳境に入ってきます。これまでのテンポのいいギャグパートも減ってきますが、お楽しみいただければ幸いです。
―—— 因幡白兎 丙子椒林剣の間 ―——
「丙子椒林剣様、申し上げます。」
治金丸は深々と頭を下げ、報告がある旨を伝える。
「申してみよ。」
治金丸は丙子のご機嫌を伺うあまり、顔を上げられず伏したまま報告を続ける。
「髭切が裏切者でした。薬研に近づく北谷から薬研を庇い、刀を向けました。」
「はぁ。」
いつもの感情と思考を整える呼吸と違う明らかな嘆息を耳にし、治金丸は意表を突かれ顔を上げる。
「詳しく申してみよ。」
「はっ。」
丙子の指示に従い、治金丸は自身が見たことを語った。
薬研藤四郎と思われる中学生の少女を仲間のはずの八咫烏の者たちが、様々な思惑で監視していたこと。北谷菜切が刀を自分に投げて寄越し、それを受け止めようとした隙をついてその少女に接触を図ったこと。北谷が上手いこと死角に隠れて会話をしていたので、唇を読むこともできず会話の内容は定かではないこと。薬研藤四郎と思われる少女が防犯ブザーを鳴らすと、髭切が現れ、北谷に刀を向けたこと。髭切が刀を抜いたことで自身も駆けつけ、応戦したこと。監視していた八咫烏の面々が次々と向かってきているのを察して撤退したこと。
髭切の裏切りで丙子の機嫌が悪くなることを思慮して、事実だけを淡々と語った。
『シッ』
案の定、大きく機嫌を損ねたようで丙子の癖でもある感情と思考を整える呼吸の中でも、一番深く思考を張り巡らせるとき、大きく揺らいだ感情を整える時に出す、口を開かず、大量の酸素を一気に取り込むときに出る鋭く鈍い、まるで刀のような呼吸音だ。
「全くの誤解だ。」
「え?」
思わぬ返事に治金丸は、惚けた声が漏れ出る。
「誤解だ。髭切は裏切ってはおらぬ。」
「・・・どういう事でしょうか?」
理解が追い付かず、治金丸は丙子に問いかける。
「十一年前、八咫烏との大きな争いがあったのは知っておるな?」
「自身は幼少のため、聞き及ぶ範囲ではございますが存じております。」
「あれはお互いの任務の些細な誤解が原因であった。それまでも八咫烏とは何度か似たようなことで衝突する事はあったが、その時の任務は双方、大物が関わっていた為に組織同士の闘争にまで至ったのだ。結果、双方に多くの損失を生んだ。以降、同じ悲劇を繰り返さぬよう、今回の北谷の行動のような双方に関わる問題が発生した際は、橋渡し役を使ってお互いの情報や言い分を伝えておるのだ。」
治金丸は息を飲む。
「・・・それが髭切なのですか?」
「そうだ。奴の任務の都合上、今の状況はどちら側でも動き辛い。且つ、北谷が誤解を招くような行動を取ったために止めに入ったのであろう。」
「・・・それを知るものは?」
「当たり前だが、ごく一部だ。分かっておるだろうが、この事は他言無用だ。」
「心得ております。」
安心したのも束の間、治金丸に別の不安が頭を擡げる。
「自分の方の誤解は解けましたが、八咫烏の方はどうなるでしょうか?自分が『裏切者』と称した事で、混乱と争いを引き起こさないでしょうか?」
丙子は面食らったかのように、一瞬動きを止めると大きな声で笑う。
「あはははっ。治金丸、お前は本当に心根が優しいのぉ。自身が安心した次の瞬間相手の心配か?」
「いえ・・・。混乱が大きくなれば、また因幡白兎との闘争にもなりかねないかと・・・。」
「案ずるな。奴らは今、組織全員での人狼ゲームと言うレクリエーション大会中だ。こちらに牙を向ける余裕はなかろうよ。」
丙子は、珍しく感情を露わにした事を自省し、『こほん』と咳払いをする。
「それに人狼ゲームを始めさせたのは七星剣だ。何があっても責任はあちら側にある。こちらから何もしなければ、なんて事はない。」
思いもよらぬことが次々と明かされ、治金丸の頭では処理しきれず言葉を失う。
「千代金丸はおるか?」
「はっ!ここに。」
丙子は扉の向こうに千代金丸が待機しているのを察していたかのように、扉の向こうに向かって大きな声で呼びかける。
それに即座に反応して、千代金丸は中に入り、跪く。
「こちら側に怪しい行いをしておった者はおったか?」
「今のところ確認できておりません。」
千代金丸は頭を下げたまま報告する。
「そうか。」
そう言うと丙子は立ち上がる。
「ここからは私も動く。ここには大和大納言を代理で置く。何かあれば奴に報告せよ。」
「「はっ。」」
二人の息の合った返事を聞き届けると、丙子は踵を返し奥の間へと消えていった。
―—— 街外れの廃工場 ―——
バチンッ
薄緑がブレーカーを上げると薄暗かった廃工場の中に灯りが燈った。灯りに照らし出される三人。
高身長に細縁の細長い眼鏡。特大のアジャスターケースを背負い、インテリ風な雰囲気と相まってその見た目は大手ゼネコンのサラリーマンといった風貌の薄緑。
縹色のジャンパースカートの制服に居合刀袋を担いだ、見た目には剣道部の女子中学生にしか見えない薬研藤四郎。
現代風ドレスのようなミニスカートのポップなメイド服が、体のラインのメリハリを強調させている。背の高さも相まってスタイルの良さが際立つ。まるで、見た目はメイドコンセプトのアイドルのようなへし切長谷部。
三者三様の姿が無人の廃工場には似ても似つかず、浮いた存在だ。
「あの~、へし切さんはなんで一般社会でメイド服なんです?」
藤四郎は疑問に思ったことを素直に質問した。
「私、奉仕が好きだからボランティア活動もしてるんですけど、日銭はメイドカフェで稼いでいるの。」
「八咫烏の二本差しなんですから、任務の報酬だけで生活できるので・・・。」
「わ~~~!!!薄緑さん!それ以上は言わないのが紳士の嗜みですよーーー!!!」
(つまり、メイドは趣味と実益を兼ねてるのかぁ。)
薄緑の邪推に間髪入れず止めに入る。そのやり取りを見て藤四郎も邪推をしてしまう。
「ってか、聞いて下さいよ!七星剣様、酷いと思わないですか?茶坊主をへし切った刀を拝領下さるなんて!茶坊主ですよ。給仕ですよ?現代ならメイドですよ!?私の趣味を知っててわざとですよね!?」
(趣味って自分で言うんだ・・・。)
(趣味って言っちゃった。)
へし切は、自身の愚痴に思わず漏れた嗜好が吐露されたのに気付いていない。薄緑と藤四郎はツッコミを入れたらややこしい事になると察し、心の中で言いたい事を留める。
「七星剣様の前世は信長様ですか?センスがおかしいと思いませんか?」
「わたしもっ!本名が水に心で水心で、水心子正秀を拝領してるんで、思うところありますっ!」
(身内とは言え、本名晒すんだ。七星剣様の招集の時も堂々と自分が薬研藤四郎と晒すし、この子もこの子だな。)
薄緑は二人に呆れて溜息を漏らす。
「薄緑さんは、どうして薄緑なんですか?七星剣様の変な趣味ですか?そうですよね?そうだと言ってください!!!」
まるで仲間を求めるかのように必死の様子のへし切に対して、今の言葉で本来の目的を思い出す薄緑。
「ああ、私の正体をお二人に伝えるのをすっかり忘れていました。そろそろ、本題に入りますね。」
本来の目的を忘れてはしゃいでいた二人もその事を思い出し、空気が変わるのも感じて『ゴクリ』と息をのむ。
「私の本当の銘は『蜘蛛切』です。」
薄緑の言葉は二人の予想を超えていた。『薄緑』でも『髭切』でも無い新たな名前に二人は警戒を高め、いつでも自身の得物を構えられるように備える。
「警戒しなくて大丈夫ですよ。私は内通者『鳥飼来国次』でも、二重スパイでもありません。帝直下の者で、八咫烏と因幡白兎、双方の橋渡し役を任務としています。」
二人は警戒を解いて、薄緑の言葉の続きに耳を傾ける。
「十一年前の抗争はご存じですか?」
「私は組織に入る前なので、少し聞いたくらいです。」
「吉行様のご両親が亡くなった争いですよね。孤児になった吉行様をお母様が引き取ったと聞いています。私は当時3歳だったので、詳しくは知りませんが双方に大きな被害が出たとは聞いています。」
二人の反応を確かめ、空気が落ち着くのを待つと薄緑は続ける。
「八咫烏も因幡白兎も目的は同じ、この国を裏から支えること。二千年近いこの国の歴史の中で現帝の派閥であった八咫烏と宮家の派閥であった因幡白兎、皇位継承問題や任務上のすれ違いで今までも多少の対立はありましたが、皇位継承の戦争以外でああまで被害を出したことはそれまで無かったのです。また、余りにもその争いが大きすぎて表社会にもその存在が明るみになりそうにもなりました。それに心を痛めた当時の帝が、誤解による衝突を防ぐために双方の橋渡し役を置いたのです。それが薄緑であり髭切でもある私です。」
二人は言葉を失う。十一年前の抗争が社会に与えた影響、そしてこのような重要機密事項をいとも簡単に二人に話す薄緑に、何を問えばいいのか思考が追い付かない。
「話が大きすぎて信じろと言うのが無理です。そのような機密事項を話す時点で怪しすぎるじゃないですか。因幡白兎の方がどうなってるかは知りませんが、八咫烏の人間がこれを知ったら唯でさえ疑心暗鬼になっているのに余計に混乱するだけじゃないですか!」
沈黙を破ったのはへし切の怒号だった。
「最もです。この話は薬研にだけ知って頂ければ構いませんでした。へし切さんにも伝えたのは、偶然先ほどの場に居合わせて説明の必要が出た事と薬研一人では他の者達の薬研への疑いが強まるからです。一部の上層部は私の事は知っていますが、この事はここだけの話にして下さい。私に疑いが強まる分には上層部と私で何とかなります。」
薄緑は申し訳なさそうにへし切に答える。
「薬研からは聞きたいことはありませんか。」
薄緑は優しく藤四郎に問いかける。
「わたしは薄緑さんの話を信じますよ。嘘を言う理由が無いですから。この話が外に漏れても損しかしませんもん。」
藤四郎は水心の顔に戻って『えへへっ』と笑う。
「薬研ちゃんって、笑い方変わってるわね。」
「えーーーっ、親友にもしょっちゅう『笑い方キモイ』って言われるんですけど、そんなにわたしの笑い方変ですかぁ!?」
「まあ、変わってるけど可愛らしいとは思うわよ。赤ちゃんみたいで。」
取り繕うと言うよりは本心からと感じるへし切の言葉に、藤四郎はぷくっと頬を膨らませて怒って見せる。
それを見て薄緑も『くくくっ』と笑いを堪えきれず、声が漏れる。
「赤ちゃん・・・、いっつも子供っぽいって言われるけど、赤ちゃん・・・。」
明らかに落ち込む藤四郎に、へし切は慌ててフォローする。
「心から笑って顔がクシャってなる感じが赤ちゃんっぽいだけで、普段の薬研ちゃんはもの凄くかわいいよ~~~(汗)」
「ほんとですか~?」
「ほんと!ほんとっ!」
「えへへ~♡」
(ちょろい。薬研、ちょろすぎる)
と薄緑とへし切は同時に思った。
「へし切さんも美人ですよ。スタイルも良いし、羨ましいです。」
藤四郎の視線は自然とへし切のたわわに実るその胸に行く。
「触ってみる?」
と自身の胸を持ち上げながら、自慢の胸を揺らす。
「ちょっと、そう言うのは女性だけの時にして下さい。」
薄緑は顔を赤くしながら、慌てて目を逸らす。
「あ、男がいるのを忘れてた。薄緑さん、空気に馴染んでたから忘れてた(笑)」
「あっ、薄緑さん。もう少しそのまま目を逸らしたままで!触ってみたいから(笑)」
「いい加減にして下さい!話を元に戻しますよ。」
「え~っ!」
と言いつつ藤四郎のその手は既にへし切の胸を両手で下から支えていた。
「いやん。薬研ちゃんの触り方、えっち~♡」
「絶対、二人して私を揶揄っているでしょ!」
薄緑は一度注意のために視線を二人に戻したが、二人の様子を見て慌てて目を逸らし、更に背を向ける。
「あははっ。今の薄緑さんなら背中からへし切れますね。」
「えっへっへっへっへぇ。ほんとだ。薄緑さんが裏切者で、切るなら今しかない(笑)」
「物騒なことは言わないでくださいよ。特にへし切長谷部の切れ味は洒落にならないんですから。」
「お陰で薄緑さんが悪者じゃなさそうなのも分かったから、話を元に戻しましょ?」
へし切のその言葉で漸く砕けた雰囲気から元の緊張した空気に戻る。
最初に口を開いたのは薄緑。
「お二人は、『鳥飼来国次』に心当たりはありますか。」
「私は薬研ちゃんの護衛だけで手一杯でしたので分かりません。監視をしている者の中にも怪しい動きをしている者は居ないようでした。」
へし切は淡々と答える。
「わたしも同じです。むしろ監視の目はわたしを『鳥飼来国次』そのものとして見ているようで、監視している者には怪しいものはいないように感じます。」
「うむ。私の見解も概ね一緒です。」
薄緑は顎に手を遣ると、自身の見てきたものと二人の意見を合わせて答える。
「つまり、今動いている者は寧ろ疑わしい所はないと言う事ですね。じゃあ、因幡白兎の方はどうなんですか?薄緑さん?」
へし切の質問に薄緑は少し困った様子を見せる。
「他組織の事なので、怪しい者がいてもその名をここで明かすことは出来ませんが、あちらでも内通者や裏切者の存在を疑って捜査はしています。これは私の私見ですが、今のところ怪しい動きを見せている者はいません。」
それを聞いて二人は押し黙る。
「・・・やはり、もう少しわたしが囮として動かないとでしょうか。」
「・・・危険ですが貴方と北谷をもう少し泳がせて、情報を集めるしかないかもしれませんね。」
「大丈夫よ、薬研ちゃん!あなたは私が守ってあげる。北谷だって刀ごとへし切ってやるんだから!」
藤四郎の暗くなった表情を見過ごさず、へし切は声をかけ、頭を撫でる。
「あと、考えられる事は・・・。」
薄緑は、言葉を選ぶように再び顎に手を遣ると、
「遠方任務の者の中でしょうか。それなら動きが緩慢なのも理解できます。」
とへし切。
「いや、可能性は零ではありませんが、かなり可能性は低いでしょう。転覆を狙っているのであれば情報の遅れは命取りです。」
薄緑は、へし切の考えに冷静に返す。
「或いは・・・。」
と言いかけて、言うか言うまいか悩み口を噤ぐ。しかし、薄緑は二人の期待の眼差しに負けて口を開く。
「そもそも、『鳥飼来国次』などいないのかもしれません。」
「そう言えば・・・。」
と思い出したように藤四郎が口を開く。
「さっきも『保護が目的』って言ってたし、必死に話し合いを求めてた。それに、最後まで刀を抜かなかった・・・。」
「ふむ、そう言えばそうでしたね。」
「ですがっ!保護する目的までは分かっていない以上『鳥飼来国次』が存在しないと断定するのは早計ですっ!!!」
「それもそうですね。」
薄緑はそれぞれの意見や情報を冷静に受け止める。しかし、思考を一巡させても答えは出ない。
「・・・北谷に直接聞かない限り分かりそうにもありませんね。」
薄緑がそうまとめると二人も黙る。
「・・・ただ、薬研にはもう一人気を付けて欲しい人物がいます。」
「誰です?」
「・・・陸奥守吉行様です。」
「「吉行様!?!?」」
薄緑は口にするかを一瞬悩んだが、必要を感じ薬研に伝える。
当然のように藤四郎もへし切も驚く。
「何故、吉行様に注意しないといけないんですか?」
藤四郎は恐ろしい事実を聞くのではないかと、恐る恐る薄緑に尋ねる。
「思い過ごしであればいいのですが・・・、薬研達が初めて北谷に遭遇した夜、一人で本部から抜ける吉行様とすれ違いました。私は任務で七星剣様に報告がありましたので後を追ってはいませんが、最近の出来事で怪しい行動を取っていた構成員がいない以上、どれだけ近しい存在でも少しでも怪しい行動を取っていれば、用心するに越したことはないかと。」
薄緑の言葉は藤四郎に十二分に配慮しているが、現状疑わしき人物が一人しかいないことを示していた。
「吉行様が・・・、何故。」
愕然とする藤四郎。
「薬研ちゃん、大丈夫よ!決まったわけじゃないんだからっ!ちょっと、気を付けて様子見るだけですよね?薄緑さん!?」
「そうですね。吉行様の疑惑を晴らすためにも少し用心して頂ければ幸いです。」
薄緑も取り繕う。
「・・・いえ。北谷に遭遇するまで吉行様が単独で行動することが何度かありました。言われてみれば怪しい行動に心当たりがあります。」
藤四郎の言葉に二人は言葉を失う。
「随分と楽しそうな話してんな。俺も混ぜてよ?」
「「「北谷!?」」」
三人の顔が硬直する。
ご覧いただきありがとうございます。
感想やこのキャラが好きなどありましたら教えていただければ、今後の制作の励みにもなりますのでよろしくお願いします。
次回は本格的な活劇を描く予定です。実に10年以上ぶりに殺陣の活劇を文章にするので自分自身ワクワクしています。読者の皆様も楽しみにしてお待ち頂ければ幸いです。




