第五話「七星剣」
多くの作品の中からお選びいただきありがとうございます。
この作品はフィクションです。実在する個人名、団体名、企業名、商品名、刀剣とは関わりございません。
また、都市伝説界隈で聞く秘密結社とも関わりのない事、刀剣擬人化のコンテンツとも関わりない事をご理解の上お楽しみください。
今回はストーリーが進み、シリアスなシーンが多いですが、胸が熱くなるシーンもあるのでお楽しみください。
―—— 八咫烏本部 七星剣の間 ―——
「要人警護の結果報告です。本日、午後5時・・・。」
「例の国の内政干渉、スパイの動向ですが・・・。」
「本日の任務で信濃藤四郎が負傷致しました。今後の任務は・・・。」
「代議員暗殺の情報統制ですが、自殺という事で・・・。」
「経理状況を報告します。現在、スポンサーと個別依頼料とで・・・。」
「新規の暗殺依頼が1件、警護依頼が5件、調査依頼が15件・・・。」
十人が十人、同時に報告を始める。
全員の報告が終わると、並んでいる順に右から七星剣がそれぞれの報告に対して、
「警護、ご苦労であった。別途報告書を後ほど提出するように。」
「信濃に関しては、休暇を与え回復に努めるよう伝えよ。要員の補填に関しては別途検討の上、後日伝える。」
「新規案件に関しては、いつも通り緊急性、重要性に応じて優先順位をつけて報告書にまとめて提出するように。」
と次々に受領、確認、対策・アドバイス、労いの言葉などを適切に返す。
最後に今まで黙っていた薄緑が口を開く。
「書簡を預かっております。」
と言うと、恭しく簾に近づき、
「失礼します。」
と言って簾を捲り、七星剣の前に再び跪くと書簡を手渡す。七星剣はそれを開くと一読する。
読み終わると、珍しく顎に手を遣り思案する。
その様子は他の報告者たちからも、簾越しでも薄っすらと見えるシルエットから分かる。
普段なら即座に対応する様子と比べてその異様さにその場にいた皆に緊張が走る。
「今すぐ二本差し以上を全員集めよ。」
「はっ!」
十一人の報告者が同時に返事をすると足早に部屋を出て招集命令に従う。
十分程で十数人の二本差しの構成員達が集まり始める。普段、横の繋がりなどほとんどない構成員達は異常な事態に動揺を隠せない。
普段顔も合わせたこともない、言葉を交わしたこともない相手に「なんだなんだ」と騒めき出し、それが次第に大きくなる。
「任務中の者が戻り、全員揃うまでは各々ゆっくりしてくれていい。」
七星剣はそう言うが、そんな空気ではない。寧ろ、七星剣が口を開いたことで次第に大きくなっていたどよめきはぴたりと静まり還った。
そこへ新たな二本差しの構成員が3人、扉を開けて入ってきた。陸奥守吉行、水心子正秀、同田貫正國の三人だった。
「吉行様、自分なんかまで来てよかったのでしょうか。」
「招集命令は、『二本差し以上の上位構成員全員』ですからね。仮初とは言え、今は二本差しなのですから貴方たちも当然招集対象でしょう。」
「すでにお通夜状態ですけど・・・。吉行様、何があったのでしょうか。」
「・・・自分が言うのも何なんですが、水心子さんはもう少し空気を読んで発言した方がよろしいかと(汗)」
「全くの同意です・・・。」
そう言う吉行の表情も声色も、普段なら水心子に呆れてみせるのだが、その一つも変えない。同田貫はそれを見て、吉行でも予測できない事態が起きているのだと直感した。
やっと空気を感じたのか、水心子も落ち着かない様子であたりをキョロキョロと眺める。
「水心子さん、どうしたんですか?もう少し大人しくしないと目立ってますよ。」
と小声で同田貫は尋ねる。
「いや、ちょっと憚り(トイレ)に、行きたいかなぁって・・・。」
と水心子も小声で返す。もちろん、恥ずかしさから余計に小声になる。
しかし、静まり返った室内では、その会話は全員に聞こえていた。
「駄目ですよ。水心子さんなら本当に(招集から)憚りそうですもん。少しの間くらい我慢して下さい。」
明らかに絶望した雰囲気を放つ水心子の姿を見て、ただ声がする方を気にして見ていた他の構成員達からクスクスと笑い声が漏れてきた。
「・・・水心子、行ってきなさい。様子を見るに、任務に出てる者が戻るまで待っている様子ですので、もう少し時間がかかるかもしれません。」
「あ、はい。吉行様申し訳ございません。失礼致します。」
とお辞儀をすると、水心子は身を小さくして部屋を抜け出した。
「吉行様、大丈夫でしょうか。」
「ははっ。心配はいりませんよ。そのくらいは弁えていますよ。それに、ここは一旦席を外させてあげないと、恥ずかしい思いをさせたばかりですからね。」
同田貫に視線を合わせると吉行は口元しか見えないが、嬉しそうな笑顔を同田貫に見せる。
「北谷襲撃の後、二人を北谷から保護するために3人で任務を遂行するようになりましたが、僅か数回の任務で随分と仲良くなりましたね。」
「はぁ、歳が近くて任務以外でも話しやすいのはあるのですが、あいつのペースに乗せられるとついですね・・・。」
と少し恥ずかしそうに同田貫は答える。
「ふふっ。先代薬研からあの子の後見人を任された身からすると、同田貫殿の存在は私にとっても嬉しいものですよ。」
「自分も・・・。自分は一人っ子なので、妹・・・いや、弟が出来たみたいで、自分もなんだか嬉しいんです。」
「ははっ。弟ですか。同感ですね(笑)」
あまり声に出して笑うことのない吉行を見て、同田貫も少し安心して釣られて笑う。ただ、周りに不謹慎に思われぬよう一瞬ではあった。
しばらくすると戻ってきた水心子は、こっそりと吉行と同田貫の間に入り込む。
更に数十分した頃、広くはないこの七星剣の部屋は二本差し以上の構成員達でいっぱいになり、おおよそ全員が集まったと見えた。
「海外任務の者以外は全員揃ったか?」
簾の奥から静かに七星剣の声が響いた。それを合図にしたかのように、部屋の至る所で自由に場所をとっていた全員が一瞬できれいな隊列を作る。大きく移動する者もいれば、さほど移動せず、元々定位置を確保していたかのようにも見える者もいた。吉行はすっと先頭の上座の方に向かい、同田貫と水心子は最後列に移動する。
最後尾だと思っていた同田貫の右には数名の脇差が緊張した面持ちで整列していた。
(海外任務中の二本差しの代理か伝令役だろうか?本来なら自分よりも上席なはずなのに申し訳ない。)
と同田貫は感じていた。
「楽にしなさい。」
七星剣がそう言うと全員が跪き、顔だけを七星剣の方に向ける。素早く整然と、一糸乱れぬその皆の動作は圧巻だった。
「密告があった。」
場の空気が整うのを待って七星剣の最初に口にした言葉で、場の空気がドッと重くなるのを感じた。誰かが声をあげて騒ぎ出したわけでもないのに、騒然とした雰囲気が蔓延した。
「近頃、短刀の銘を持つ者ばかりが相次いで襲撃されていた件について、実行者は因幡白兎の北谷菜切と判明した。この件については、先日の陸奥守吉行の報告が全員に行き渡っているものと存じておる。」
はじめ、『なんだ、その事なら』と言った雰囲気で一瞬だけ空気が軽くなったように感じたが、それがただの現状の確認と分かり再び緊張感が舞い戻ってきた。
「新たな情報では、これは因幡白兎の命によるものではなく、北谷が個人よりこの依頼を引き受けたという情報だ。」
七星剣は言葉を選ぶように一呼吸置くと続ける。
「この一連の騒動に関し、八咫烏と因幡白兎の間に確執を生じさせ、共倒れを画策する第三者の存在が示唆される。」
隊列の中に言葉を発するものは誰もいなかったのにも関わらず、どよめきが起きたのを感じた。急な緊張感の高まりに全員の心拍数だけで場の空気を震わせたとでも言わせるかのような空気の異質な変化を感じた。
「目的は未だ不明。ただ・・・。」
全員の息をのむのを感じる。
「依頼者が北谷に狙わせた標的は『薬研藤四郎』だ。」
全員が硬直する。一瞬で皆が思考を巡らせる。ただの情報かく乱や確執からの対立を促すなら特定の短刀一人を狙うのは不可解だ。それ以上の目的があるのかと考察する。
ドサッ
「しっかりしろ!妙な行動は余計な誤解を産む!!!」
名指しされたことに思考が追い付かなくなり、膝から崩れ落ちた水心子を同田貫は咄嗟に支え立ち上がらせる。
自分で言って自分の言葉の重さを理解すると、同田貫は慌てて隊列に戻る。
物音に振り返った全員が、改めて自分達の一挙手一投足全てが疑いの要因となることをその言葉で再確認した。
全員が体を前に戻すと、何も悟られまいと顔を伏せる。
「先に『密告』と言った時点で察しているとは思うが・・・、」
言葉の重みに緊張が走るが、皆、心拍数が上がったことを察せられるだけでも分が悪くなることを理解し、顔色ひとつ変えず七星剣の言葉の続きに耳を傾ける。
「八咫烏の中にも北谷や第三者との繋がりを持つ者がいる可能性がある。単独か複数かも不明だ。この件に関し対象者及びその詮索作戦名を『鳥飼来国次』と称し、既存の任務と合わせ全員で調査せよ。」
「はっ。」
全員の返事が気持ち悪く揃う。
「解散せよ。」
静かに七星剣が口にすると最後尾からゾロゾロと退室する。代理で来ていた脇差達は、背負いきれないと言わんばかりの足取りの重さで最初に退室する。それに続いて、一人また一人と二本差し達も退室する。立ち呆けている水心子に吉行が近づき、同田貫と二人で肩を支え退室を促すも、
「水心子、こちらに来なさい。」
「はい。」
いつになく優しさの滲んだ七星剣の声に、水心子は力なく返事をする。
それに動揺する同田貫だが、その背中を吉行が支え共に扉を抜ける。
全員が退室したのを確認すると、水心子は七星剣の元にゆっくりと近づく。簾を退けて七星剣を伺うと、そこには既に面を外した七星剣が立っていた。
「もっと、こちらに来なさい。」
水心子は無言で一歩近寄る。
それ以上歩みを寄せない水心子を確認すると、七星剣の方から水心子に近づき、そっと水心子の面を外す。
「ひどい顔だな・・・。私の所為だ。すまない。」
水心子の仮面の下の顔は、今にも泣きだしそうなくらい目を腫らし、きつく唇を結んでいた。その顔を見て七星剣は自責の念をいっそう強くし、言葉が漏れ出る。
「私を責めるか?」
「・・・致し方ないことかと。」
「・・・薬研にも水心にも申し訳が立たない。」
と言うと七星剣は水心子を抱き寄せた。
それと同時に堰を切ったように水心子は音もなく涙を流し始めた。
「・・・今なら、守るものが増えるほど弱くなると言った意味が分かります。」
それを聞くと七星剣は、よりいっそう強く水心を抱きしめた。
扉を抜けると、そこにはまだ多くの二本差し達が所在なげに立ちすくんでいた。
代理、伝令役の脇差や任務の途中だった者の幾らかは、各々の役目を果たすために早々にその場を去ったが、他の者は今後どう行動するのが最善かを思案するうちに、廊下でその足を自然と止めていたのだった。
同田貫も、廊下のその様子とこれからの自分のことを考えると自然と足を止めてしまう。
そんな彼を吉行は、優しく肩を叩き、
「私の代わりに、すまない。」
と頭を下げた。
「いえ、吉行様の立場も理解できますので。」
と慌てて吉行の頭を上げようとする。
吉行が頭を上げると、二人は無言で廊下を進みだす。全員が全員の様子を伺っているので自然と二人に視線が集中する。
「くっ、なんでこんな方法を。」
横を歩く吉行に、ギリギリ聞こえるくらいの小声で愚痴をこぼす同田貫に、吉行は無言でリップノイズだけを送る。最初はその意味を理解できなかった同田貫だが、すぐに冷静さを取り戻してそれが『唇で読まれている』と注意したのだと理解すると押し黙る。
「随分と非道い作戦じゃのう。じゃが、儂でもこれ以上の作戦は思い浮かばなんだ。」
不意に現れた声に二人は振り返る。そこには白髪の老浪士、水心子と同じくらいの背丈、面も付けず、八咫烏の衣装も纏っていない、怪しげな人物が立っていた。
「小烏丸様。」
吉行が老浪士の名を呼ぶ。廊下にいた全員の顔が一斉に小烏丸に向く。
「お前らも、言いたい事があるなら口にするが良い。皆が口にすれば、逆に誰も疑われぬよ。ほっほっほっ。」
小烏丸はそれだけ言うと、年齢を感じさせない足取りですたすたと廊下の奥へと消えていった。
全員が唖然とする中、同田貫が大きく息を吸う。
「オレは、人狼ゲームは大の苦手なんだーーー!」
突然の絶叫に廊下中がどよめく。
「はははっ。同田貫殿、愉快ですね。因みに私は人狼ゲーム得意ですよ(笑)」
珍しく感情を出して笑う吉行と同田貫の絶叫に、全員が呆気にとられていると、
ガラガラガラッ! ガシャンッ!
と勢いよく七星剣の部屋の扉が開け放たれる。
「わたしもっ、人狼ゲームは大っ嫌いだーーーっ!!!」
廊下にいた全員が何度も不意を突かれ、ついにこの絶叫で緊張の糸が切れて大爆笑が起こる。
藤四郎は、自ら仮面を取るとそれを投げ捨てる。本人も笑っていたようだった。満面の笑みである。そして、最初の絶叫の主、同田貫を視界に納めるとよりいっそう満面の笑顔を送る。
しかし、急に顔を緊張させ、鋭い眼差しを廊下の全員に向けると、腰に差された薬研藤四郎を抜き、正面に突き出す。
「わたしが『薬研藤四郎』だ!北谷だろうが、鳥飼来だろうが相手をしてやる。さあ、わたしは身分を明かした!後ろめたく無いやつは今ここで、その顔と業物を晒せ!」
思わず同田貫は笑いが零れた。そして、面を外すと、
「あははっ、相変わらず面白いやつ。じゃあ、オレから!自分は『同田貫正國』。折れず曲がらず!我が銘に恥じることはしない!」
それに吉行も続き、面を捨て、陸奥守吉行を抜くと片手大上段の構えを見せる。
「私の名は『陸奥守吉行』。その身に恥じぬ者は我に続けよ!」
その口上に感銘を受け、次々にそれに続く。
「我が名は『島津正宗』。島津の名に恥じぬ正々堂々、武の道をここに誓う!」
「我が名は『菊水刀』。忠誠の名の下に、天皇と国家と八咫烏に忠義を尽くす!」
「我が名は『へし切長谷部』。同じ織田の愛刀として、薬研藤四郎と供に歩むことをここに誓う!」
一人が口上を述べる度に笑いが起きる。各々が口上を思い浮かべては、それを誓いとして宣言する。
「薬研藤四郎、同田貫正國、陸奥守吉行、島津正宗、菊水刀、へし切長谷部・・・。」
七星剣は口上を述べた者を順々に口にして、それを記憶する。
(してやられた。こんな方法があるとはな・・・。しかし、お陰で大分容疑を絞れた。全くなんて娘だ・・・。)
七星剣は口上を述べる者を口ずさみつつ、頭を押さえながらもその手腕に感嘆する。
口上のたびに沸き起こる笑いの中で、不意に薬研藤四郎が振り返る。
そして、したり顔で七星剣に微笑むのであった。
七星剣は面喰って言葉を失うが、その姿は簾の向こうで誰も見知らぬものであった。
一方その頃。
一足先にその場を離れ、一人思案する場所を探していた薄緑は、来た道から笑い声が聞こえる事に疑問を持ち、来た道を戻る。
そこには異常な光景が広がっていた。各々が口上を述べ、それを聞きその他の者たちが腹の底から笑っているのだ。
「何が起こっているのだ。」
思わず声に漏れる。
しかし、皆の口上を聞いているうちに、その意図を理解した。
「そうか。そんな方法があったのか。それならそれで私にもやらねばならぬことがある。」
そう口にすると薄緑は静かにその場を立ち去ったのであった。
ご覧いただきありがとうございます。
感想やこのキャラが好きなどありましたら教えていただければ、今後の制作の励みにもなりますのでよろしくお願いします。
今回、口上のシーンで誰に何を言わせようか結構悩みました。久しぶりに色んな刀剣を調べて、逸話など見てましたが、それはそれで楽しい作業でした。




