第三話「一期一振」
多くの作品の中からお選びいただきありがとうございます。
この作品はフィクションです。実在する個人名、団体名、企業名、商品名、刀剣とは関わりございません。
また、都市伝説界隈で聞く秘密結社とも関わりのない事、刀剣擬人化のコンテンツとも関わりない事をご理解の上お楽しみください。
コツン。
水心の頭を出席簿が小突く。
「吉光、宿題を忘れるのは今月何度目だ?」
「ごめんなさ~い。」
「はあ。昼休みまでに提出するように!」
水心はいちごに宿題を写させてもらっていたが、結局、授業開始までには間に合わなかった。 今、水心は休み時間返上で宿題を片付けている。途中まではいちごに宿題を写させてもらっていたが、いちごの分はすでに教師に提出されたので今はもうない。自力で解いていくしかないのだ。
「はあ、ついてないなぁ・・・。」
「はいはい、愚痴ってないで手を動かす!わたしも手伝ってあげるから。」
いちごはそう言うと水心のおでこを軽く突く。
「最近どうしたの?こんなにしょっちゅう宿題忘れなかったよね?」
一生懸命ペンを走らせる水心の顔を覗き込むように尋ねかける。
「う~ん、最近、稽古が厳しくてね・・・。帰ったらすぐ寝ちゃって宿題忘れちゃうんだよね・・・。」
「え~、練習のし過ぎじゃないの?で、今は何をやってるんだっけ?あの今朝から増えた長い袋は何なのよ?」
「・・・はぁ。今はフルートだよ。んで、今日から剣道の稽古も始めるからって竹刀持たされたの。」
「・・・水心。あなた、何になるつもりなのよ?」
いちごは呆れた顔で水心を眺める。
「何になるんだろうね?わたし、何になりたいんだろう?」
浮かない顔をする水心にいちごはデコピンをする。
「しっかりしろぉ。水心の人生でしょ?って、あんた、ここの答え間違ってるわよ!」
「えっ?どこ?どこ?」
「ほら、ここ。2y=4xのあと!y=4xになってるわよ!」
「あ、ほんとだ。」
「もう、水心はうっかり屋さんなんだから。」
「えへへへぇ。」
「ほめてないって。嬉しそうにすんなって。キモイ(笑)」
「あ、また『キモイ』って言った!ひどーい!」
「じゃあ、真面目に宿題済ませなさいって。」
「は~~~い。」
消しゴムを走らせて間違いを書き直す水心をいちごは頬杖をついて見守る。
(フルートは出会ったころから持っていたなぁ。今日からは剣道の稽古かぁ。その前は何だったっけ?陸上?長距離?水泳もやってたって言ってたっけ?両親は他界したけど、家が厳しくていろいろ習い事させられているんだっけ?)
いちごは水心との過去の会話からそんなことを思いながら宿題を進める水心の横顔を眺めていた。
「また、ニヤニヤして。水心って何でもないことでも嬉しそうだよね。キモイ(笑)」
「あ~、また『キモイ』って言ったぁ。ひっど~い!」
「褒め言葉だよ♡」
「ぜったい違うだろ!とりゃ!!!」
水心は先ほどできた消しくずを爪で弾いて、いちごに飛ばす。しかし、消しくず。机の上を少し飛んだだけである。
「やったなぁ。」
と爪で弾き返すいちご。
「とりゃっ。」
と再び水心。
「このやろっ。」
といちご。そんなやり取りを数回繰り返していた。
ポン。ポン。
と二人の頭を出席簿がノックする。
「吉光、粟田口。授業が始まるぞ。」
「はーい。」
と二人。水心の宿題は余計なことばかりして結局この休み時間内では終わらなかった。
キンコンカンコーン キンコンカンコーン
終礼の鐘がなる。
「いっしょに帰ろ~。」
「うん。」
いちごから声をかけて帰る二人。何の変哲もない街角を歩く。
「ねえ、水心のお稽古事の先生って全部従兄のお兄さんだったっけ?」
「全部じゃないけど、大体はお兄ちゃんだね~。」
「結構、厳しいんでしょ?」
「めっちゃ厳しい!もうマジ鬼!!!」
「おにいちゃんだけに?」
「何それ。面白くないから(笑)」
「しっかり笑ってるのは誰よ~(笑)」
「えへへへぇ(笑)」
箸が転がっても笑う年ごろとは言うが本当に二人はよく笑う。しかし、いちごは水心の様子がいつもと違うことに違和感を覚えた。不意に遠くや物陰に目線を送る。顔までは向けないが、まるで探し物をしているかの様に上の空になる瞬間がある。
「ねえ、上の空だよ?」
「えっ?」
「やっぱり、恋か~。」
「いや、違うって!」
「ねぇねぇ!誰?やっぱり従兄のお兄さん?カッコいいんでしょ!?」
「マジでないって!!!」
「顔を赤くしてかわいい!」
「もうっ!ホントに違うってば~~~!」
水心は本当に頬を染めていたが、吉行に恋をしているわけではない。
憧れ、信頼、尊敬。年上の男性として惹かれる気持ちもあるが、幼いころから共に過ごした家族のような存在でもあった。
水心は、
「前にも話したとは思うけど・・・。」
と前置きをしつつ、いちごに吉行のことを説明した。
両親が小さい時に亡くなり、水心の親が引き取ったこと。水心の両親も亡くなった今、本家の当主代理として、また、後見人として今一緒に暮らしていること。
水心を当主として相応しい人間に育てることを恩返しと思って自分を鍛えてくれていることを語った。
「そう言えば、前にも聞いたかも?」
といちごは少し影が差す話をお道化て空気を軽くしようとする。
「・・・。」
ふと、水心を見るとまた上の空と言った感じで暗い顔をして遠くを見ている。
「ま~た、そんな顔して!一人百面相を1日に何回すれば気が済むの?キモイって!」
いちごは朝とは違って少し語気を強める。ほんの少し本気で水心を注意する。
「また、キモイって・・・。えへへへぇ。」
さっきまでとは違っていちごの悪ふざけにも悪態にも乗ってこない。いちごは焦りにも似た不安を覚える。
「はぁ。水心の人生、背負うものが多いのは分かるし、わたしが代わりに背負うこともできないけど、今背負っているその荷物の半分くらいは持ってあげるよ。」
といちごは声をかけると竹刀の入っている袋に手をかける。
「あ、ちょっと・・・。」
水心が抵抗する間もなく竹刀の入った袋がいちごに奪われる。
ゴツっ。
と重いものが地面を叩く音と共に手元近くでは、
チャキっ。
と軽い金属音が鳴る。竹刀の入っているはずの袋を掴んだいちごは想像していた重さとの違いにそれを落としかけて慌てて掴みなおそうとしたがそれは地面を突いた。
「水心?・・・これ竹刀じゃないよね?」
「・・・ごめん。」
「これは何・・・?」
「・・・実は今日からの稽古って居合道なんだ。真剣って聞いたら驚かせちゃうと思って嘘ついてた。」
「はぁ。」
とため息をつくいちご。そして、しっかりと視線に水心をとらえる。
「ごめん。でも、安全なようにしっかり包んでるから!」
「そうじゃなくて!なんで嘘をつくの?あんた、他にも隠し事あるよね?」
「・・・。」
返す言葉もなく黙る水心。いちごの心の中には不安、心配、怒り、いろんな感情が入り交じり本人でも整理ができない。
「・・・水心?少し話そっか?」
そう言うと、いちごは手に取った居合刀の入った袋を肩から斜に掛けて水心の先を歩きだす。
「ちょっと、危ないよ~。」
「なに?さっき安全っていったのも嘘なの!?」
「そうじゃなくて!」
「じゃあいいじゃない!わたしは水心の親友よ!さっきも言ったけどあんたの人生の背負ってるものを代わりに背負うことはできないけど、これくらい背負わせなさい!」
水心は、いちごが怒っているのか、心配してくれているのか、元気づけようとしてくれているのか、分からなくなった。
胸の奥がざわつく。
前日の吉行の言葉が、頭の中で何度も反響する。焦燥感と重圧で、嗚咽が喉元までせり上がってきた。
街中に夕焼け小焼けが流れる。
公園から飛び出す何人かの小学生とすれ違いにいちごと水心は公園に入る。地域に合わせた小さな公園で、先ほどの小学生が抜けた後にはほとんど人はいない。
公園の角の小さな砂場で遊んでいた幼稚園くらいの子供も母親に手を引かれ帰っていくところだ。
陽が傾き、夕日が公園内の木々や遊具、街までもをオレンジに染めていく。
先を歩くいちごが公園の中央を横切り、公園の端近くの何もないところまで来ると足を止めて振り返る。
一呼吸おいて、意を決するといちごは問いかける。
「ねえ、最近ほんと変だよ?忘れ物は多いし、ボーっとしてるし、わたしで良ければ話に乗るから何か悩んでるなら話してよ!」
「・・・ごめん。いちごでも言えないことなの。」
いちごは預かっていた居合刀の入った袋、肩から斜にかけた紐をグッと握る。
「じゃあ!せめて嘘を付かないで!わたしたち親友でしょ?嘘は悲しすぎるよ・・・。」
いちごは気が付いたら涙を流していた。
頬を熱いものが伝うのも気付かず、それに気付いたのは返事を拒むように俯いた水心を見て、自身も俯いたときに顔から雫がぽたぽたと流れ落ちるのを視界に確認したときだった。
「わたしは・・・。」
時間にすれば、1分にも満たない沈黙だった。
しかし、その空気は何十分もの長さを二人に感じさせた。
その沈黙を先に壊したのは水心だった。いちごもそれに反応するように顔をあげる。
しかし、水心の顔はうつむいたままだった。いちごはその姿に寂しさを覚えた。
「わたしは、いちごが思うほどいい子じゃない!いちごでも言えないこともある!隠してることもいっぱいある!わたしは!わたしは・・・、いちごに釣り合うような人間じゃないんだ。」
吐き捨てるかのように怒りに任せて言葉を吐いていたかと思うと、急に肩の力が抜けたかのような水心の姿をみて不安を覚える。
いちごが近づこうとすると、その顔には頬に涙が伝ったあとが見える。
「はぁ。」
とため息を漏らすといちごは近づいていたその歩みを早める。足元の砂がねじれてジャリッと音を立てるほどに力強く歩みを寄せると水心の両肩を掴む。
ゴツッ!!!
肩を掴まれた水心は思わず顔をあげる。まるでそれを狙っていたかのようにいちごの重い頭突きが水心のおでこを襲った。
「ばかぁ。」
その声は怒っていなかった。弱々しく、しかし優しさを含んでいた。そして、いちごの顔は、顔いっぱいに涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃなのに、満面の笑みで微笑んでいた。
「馬鹿だなぁ。わたしだって水心に言えていない事の一つや二つあるよ。わたしだっていいところばっかりじゃないよ?」
そこまで言うといちごは深呼吸をするように、ゆっくりと息を吸う。
「・・・いちご?」
いつもお道化てばかりのいちごの本当の顔、怒った顔や悲しんだ顔、心からのやさしさを見せた顔。
水心はそれを見て、いつものいちごなのかと言う不安と喜び、また、それを受け取っていいのか躊躇する。
そんな動揺している水心は、大きく息を吸ういちごを見て、次は何が来るかと身構える。
「水心?あんたが自分のことをどう思っているか知らないけど、わたしの知ってる水心は今、目の前にいる水心だよ。優しくて、真面目で、面白いところもあって、おっちょこちょいなところも時々キモイところも含めて、今目の前にいる水心がわたしが大好きな水心だよ?」
「また、『キモイ』って言ったぁ。」
水心の本当の気持ちは「ありがとう」なのに恥ずかしさが勝って精一杯の抵抗がこれだ。照れ隠しにしてもお道化るにも中途半端で我ながらそんな素直になれない自分を『キモイ』と嘲笑った。
「だって、キモイんだもん。でも、今の私もキモイかも?自分がどんな感情でどんな顔してるか分かんないくらい心も顔もぐちゃぐちゃだよ(笑)」
「あはっ。ホントだ。キモイ(笑)」
「言ったな~~~!」
いちごは水心の両頬をつねる。
「そっちこそ~~~!」
水心も負けずといちごの頬をつねる。
「あはははっ。」
「えへへへぇ。」
泥臭い二つの笑い声が公園内に響く。
存分に泣いたからか、それとも余程お互いに強く頬をつねっていたのか、二人の涙と笑い声が止んだころには二人とも顔は真っ赤に腫れ上がっていた。
「・・・いちご、ひっどい顔だね。キモイ(笑)」
「え~っ、水心ほどじゃないし~。」
「どっちもどっちかぁ~(笑)」
再び二つの笑い声が、小さな公園内に響く。
いちごはお互いがいつもの調子に戻ったのを確認すると、少し意地悪そうな含みのある笑顔を水心に向けて、
「水心!どうせそんな顔じゃ今日の稽古は無理でしょ!今日はサボってこれからカラオケで思いっきり歌お?」
「ええーっ!」
「じゃあ、聞くけど稽古できる気分?」
「・・・いや、そんな気分じゃないかも。」
「じゃあ、いこ!!!」
と力強く手を引くいちごを水心は一旦制止する。
「待って!せめてお兄ちゃんに1本連絡させて!じゃないと流石に後が怖すぎるって!」
それもそうかと納得すると水心が吉行に連絡するのを待ついちご。照れ隠しから、いつまでも間が持たないから咄嗟に誘ったカラオケ。
そんなもんだから水心が連絡をする間のいちごの心境は間が持たないムズムズした気持ちで支配されて早く連絡が終わるのを待っていた。
「・・・あ、お兄ちゃん?今日のお稽古だけど休んでいいかな?・・・うん、友達に遊びに誘われて・・・。え?うん。分かった・・・」
急に電話の雰囲気が変わったのを察していちごは水心の方を見ると目が合った。
「お兄ちゃんがいちごと話したいって・・・?」
「え?わたし怒られる!?」
「・・・分かんない。ねえ、早く変わってよ~!」
おろおろとする水心を見ていちごも怖気づく。恐る恐る水心のスマホを耳に当てる。
「はい。替わりました。」
「粟田口さんかな。水心の事よろしくお願いしますね。」
「えっ?あ、はい!よろしくお願いされました!」
狼狽える水心の様子から絶対に怒られると思っていたので予想外の言葉に変な返事をしてしまういちご。
電話が切れるとそのまま呆けてしまう。
「・・・いちご、どうしたの?」
「好きになっちゃったかも・・・。」
「えーーー!絶対にっ、おすすめしないっ!!!」
ご覧いただきありがとうございます。
作中通して、重くなりがちなのでしっかり学園パートで明るく、また泥臭い青春を描かせて頂きました。
個人的に消しカス飛ばして応酬するやり取りがくだらない日常っぽくて好きです。今回のクライマックスは自分で書きながら泣きそうになったくらい個人的には良く書けたように感じていますので、よろしければ是非ご感想をお聞かせください。
(注釈)
「一期一振」と言う登場人物が現れるかと思わせるようなタイトルですが、「一期一会」と親友の「いちご」にかけたタイトルになってました。今後もタイトル=ストーリーのメインキャラクターとは限らず、タイトルの刀剣の銘の由来や来歴、逸話に準えていたりしてますので、物語を読んだ後に刀剣について調べて頂き、何故このタイトルだったのかなど考察して楽しんでいただけると幸いです。




