第一話「薬研藤四郎」
多くの作品の中からお選びいただきありがとうございます。
この作品はフィクションです。実在する個人名、団体名、企業名、商品名、刀剣とは関わりございません。
また、都市伝説界隈で聞く秘密結社とも関わりのない事、刀剣擬人化のコンテンツとも関わりない事をご理解の上お楽しみください。
遠くではビル火災がネオン街の光にも負けず闇夜を照らしている。普段から騒々しいこの街も消防車やパトカーのサイレンも加わるといつもの喧騒とは、また違う騒がしさで街を包む。
そんな街の喧騒とは対照的に人気のないとある雑居ビルの屋上。闇に隠れる3人の影があった。
「まずはこれを・・・。」
と差し出されたのは烏の仮面。
「申し訳ございません。」
そう言うと男はその仮面を受け取り、顔を覆う。
「その業物からするに君は五虎退吉光殿だろうか?」
「はい。そちらは薬研藤四郎様とお見受けいたします。あなた様は?」
その言葉に応えるように男は腰に差された刀を鞘から少し抜き、刃文を見せる。
「陸奥守吉行様でしたか・・・。」
吉行は刀を納めると質問を続ける。
「それで、あいつは北谷菜切で間違いなかったか?」
「はい。刺身包丁のようなあの刀、間違いありません。」
「それで、北谷が我々を狙う理由は何か分かったか?」
「・・・分かりません。私も任務中に急に襲われたので・・・。」
三人は暗雲にも似た沈黙に包まれる。
「ただ・・・。」
「ただ?」
重い口を開いた五虎退に二人が続く。
「私が抜刀した際にあいつは『なんだ、君も外れかぁ』と言っていたので、八咫烏の短刀達を狙っていると言う我々の予想はおおよそ間違いないと思われます・・・。」
三人の間にはさらに重い空気が圧し掛かる。中でも吉行は一番渋い表情を浮かべている。
「薬研、君の得物も見られたと思うか?」
「・・・抜刀したので、おそらくは・・・。」
危機は退けたはずなのに緊張を孕んだ沈黙が三人を真冬の吹雪のように鋭く切りつける。
最初に口を開いて緊張した空気を壊したのは吉行だった。
「まあ、何はともあれ、あの北谷菜切を退けたのだ。そこはやはり五虎退吉光の名によるものか。」
「・・・滅相もない。五虎退の名を拝領しながら一度は背を向けてしまいました・・・。」
「しかし、我々が助っ人に入る直前、五虎退殿の瞳は八咫烏の目をしていた。」
そう言うと仮面で隠れて口元しか見えないが、吉行の口元は優しく微笑みかけていた。
「・・・。」
場を取り繕うとする吉行に対して薬研は浮かない表情を崩さない。
「薬研、どうかしたか?」
「あいつ・・・、北谷は噂通り仮面を着けていませんでした。」
「ああ、今まで北谷と対峙して生き残った者はいない。顔がバレても必ず始末する。お礼参りも返り討ちにする。北谷の自信の現れだろう。」
「・・・チッ!なめやがって!」
「・・・まあ、薬研。まずは落ち着きなさい。」
「・・・はい。」
未だに苛立ちを抑えられない薬研だが吉行に言われては仕方ないと言った様子で無理やり感情を押し殺す。
「薬研、君の腕でも北谷は難しいか?」
「同等・・・。いえ、おそらくあの余裕はまだ実力を隠していると思った方が良いかもしれません。」
「・・・底の知れない男だな。」
吉行は先ほどの状況を思い出していた。薬研の拘束を振り切り、さらに死角から狙った自分の弾丸もまるで見えていたかのように避けたのを・・・。
「今後は脇差以下の刃長の銘を持つものは得物を変えた方が良いかも知れないな。」
「っ!吉行様!それはっ!!!」
「薬研、君の気持ちは理解できるがみんなの安全のためだ。まずは七星剣様に進言してからだ。」
「・・・。」
腑に落ちないと言った様子の薬研に対して吉行は冷静さを忘れない。吉行はまるで子供をあやすように薬研の頭に手を置くと、
「まあ、任せておけ。まずは本部に戻るぞ。」
薬研に明るく笑顔を送る。薬研は視線を落とし、人知れず爪痕が残るほど拳を握り締める。
——— 八咫烏本部 ———
「よく戻った。」
七星剣。八咫烏の首長。簾の向こうに姿を隠しその姿を見た者は味方でもいないと言われている。その声も男性とも女性とも分からない。とりわけ感情に至ってはその片鱗も見せない。裏社会のリーダーとして正しき得体の知れなさを持ち合わせている。
「七星剣様、ご報告申し上げます。」
吉行ですら緊張を浮かべて跪く。その後ろに薬研と五虎退が並び同じく跪く。
「面をあげよ。」
と七星剣が言うと吉行は顔をあげ報告を続ける。
薬研は横の五虎退を視線だけで伺う。五虎退も七星剣に報告をしたことが無い訳でもなかろうに、僅かに震え血の気が引いている。そんな様子を薬研は訝しんだ。
「五虎退吉光。」
「はいっ。」
吉行の報告が一通り終わると七星剣は五虎退に声をかける。落ち着いて返事をしようにも隠し切れなかったという様子での五虎退の返事に薬研は『なるほど』と必死に笑みをこらえるのであった。
「北谷菜切について報告せよ。分かる限りでよい。」
「はい。」
五虎退が北谷との遭遇から対峙したことを語る。敗北を悟り逃走を図ったあたりから五虎退の視線は段々と落ちていく。額に脂汗を浮かべ、報告が終わる頃にはまるで介錯を待つかのように頭を垂れていた。その様子を見ていた薬研は心の中でそっと笑っていた。
「はぁ。」
と七星剣。ビクッと反応する五虎退。
「五虎退。わしは何もお前の近況など聞いておらぬ。北谷について聞いたまでだ。」
「申し訳ございません・・・。」
冷静な七星剣に対して五虎退は畏怖の念と覚悟の念に支配され動揺しているように見える。
「まあ、よく戻ってきてくれた。お陰で北谷について幾らか知ることができた。ご苦労であった。」
「は?」
「どうした?」
「・・・いえ、有り難きお言葉。恐れ入ります。」
「五虎退?その銘を大切にするのだぞ。」
「はい。」
五虎退は頭を下げたままだが明らかに安堵した雰囲気を放つ。その姿を見て薬研はまた心の中でほくそ笑んでいる。
「それで陸奥守吉行。先ほどの提言についてなのだが・・・」
と七星剣と吉行は脇差以下の刃長の構成員の今後の対応について話し合う。それを横目に薬研が五虎退に目くばせを送る。それに気付いた五虎退に対して唇だけで「よかったね」とメッセージを送る。五虎退は読唇術でそれを読み取ると恥ずかしそうに顔を赤くする。二人は頭を下げたままで七星剣には気付かれていないつもりだが、七星剣は簾の向こうで二人の雰囲気を感じ取りながらも、何事もないかのように淡々と吉行との審議を続けていた。
報告を終え七星剣の間を出る三人。三人の面持ちはまさに三者三様だった。
「五虎退さん・・・じゃなかった。同田貫さん、私たち出世したみたいだね。」
と意気揚々と声を弾ませる薬研藤四郎。
「水心子さん、何言ってるんですか・・・。私は今にも胃に穴が開きそうですよ。」
「あはは、北谷に腹に穴を開けさせなかったのにストレスには負けて胃に穴が開くんだ(笑)」
陽気におどける薬研に対して浮かない表情の五虎退。ぽんっと薬研の頭に軽く手刀を当て、
「こら。」
と冷静に諫める吉行。
「はぁ、それに次のバディがこれを見たら萎縮しちゃいますよ。仮初めとは言え二本差しなんて・・・。」
五虎退は新しく拝領した同田貫正國の柄に触れるとその顔色を一層暗くした。
「いいじゃないですかぁ。二本差しですよ。二本差し!仮初めでもそうそうなれるもんじゃないから今を楽しみましょうよ~。」
同田貫の落ち込む様子など気にも留めない薬研は、同じく新たに拝領した水心子正秀の小柄の辺りを握りしめ浮かれた言葉をこぼす。ごつっと今度は先ほどより力のこもった手刀が吉行より薬研へと落とされる。
「同田貫殿、申し訳ない。こちらの相方が未熟なばかりに不快な思いをさせてしまった。・・・その、前任の相方殿にはお悔やみを申し上げる。」
吉行の沈痛な面持ちと五虎退の『次のバディ』という言葉を思い出し、ようやく薬研は事の重さに気づいた。
「あ、同田貫さん。私からもお悔やみ申し上げます・・・。」
慌てて頭を下げる薬研。そこへ間髪入れず、『ガツッ』っと手加減のない手刀が薬研に落とされる。薬研が『イタっ!』と言葉がこぼれる前に吉行のガラス片のような冷たく鋭い視線を感じ、薬研は恐怖をおぼえ言葉を呑み込む。
「水心子正秀、まずは謝罪が礼儀ではないか?」
はっとして姿勢を正し、改めて深々と頭を下げる薬研。
「同田貫さん、ごめんなさい。私浮かれててっ!」
何度も何度も頭を下げる薬研を五虎退は制して、
「あはは、構いませんよ。この道に進んだ時から自分もあいつも覚悟はできていましたから・・・。」
どこかぎこちない笑顔で薬研を気遣う五虎退だが、その無理をしている様子がかえって申し訳なさを誘う。
「重ねて面目ない。後で水心子にはきつく言っておくので赦してほしい。」
「ごめんなさいぃ。」
薬研がすでに何に謝っているかも理解できなくなって泣きかぶっている様子を察して吉行は薬研をまるで汚物を見るかのような侮蔑のまなざしを刺す。
「まあまあ、吉行様ももうそこらへんで勘弁してあげてください・・・。」
「・・・同田貫殿、寛大なお心遣い畏れ入る。私からも礼を言おう。」
「さあ、水心子!行くぞ!」
と言うと吉行は薬研を連れて去っていく。その後ろを付いていく薬研の後姿は、まるでずぶ濡れの子犬が母親をやっとのことで追いかけるかの如く、よたよたと弱弱しい足取りで付いていくのであった。
五虎退はその後姿を見て、
「おもしろいやつ・・・。」
と呟くと自分がいつの間にか笑っているのに気付き、心が軽くなっているのを感じた。
「あはっ、おもしろいやつ・・・。」
五虎退はもう一度呟いた。
翌日、平凡な住宅街の朝を中学生の制服を着て歩く薬研の姿があった。昨夜のことを思い出しては難しい顔をしたり、悔しがったり、イラついたり、喜んだり、落ち込んだりと一人百面相をしていた。
「水心~~~!!!」
と叫びながら薬研に飛びつく同じくらいの歳の少女。
「いちご~~~!」
薬研は急に笑顔を取り戻し、その少女に呼びかける。
「水心~、あんたさっきからニヤニヤしたり暗い顔になったり、気持ち悪いよ?」
「えっ!?わたしそんな顔してた!?って!気持ち悪いってなんだっ!!!」
「え~、だって実際にキモいし~~~(笑)」
「失礼だろ~!おいっ!」
いちごは薬研にいつもの笑顔が戻ったのを確認するとその腕を振りほどき、薬研の背中から降りる。
「それで、なにかあったの?私でよければ相談に乗るよ?」
「う~~~ん、何でもないっ!ちょっと考え事してただけ。」
「なになに~?一人百面相しちゃって。これはついに水心にも恋の季節がやってきたか~~~?」
ニヤニヤとした顔で揶揄ってくるいちごにいつもの調子を取り戻した薬研は心が一瞬でも軽くなったのを感じる。いちごに肘でつつかれるたびに起き上がり人形のように一定のリズムで体を起こす。いちごもだんだんとそれが面白くなって終いには特に何も質問をぶつけることもなく肘や肩で薬研を押しては戻ってくる薬研を再び押し続けていた。
「こら~~~っ!吉光~~~!粟田口~~~!お前ら、遅刻だぞ~~~!!!」
と遠くから二人に対して叫ぶ声がする。声のほうを見るとジャージ姿のガタイの良い男性が竹刀を振り回しながらこちらに向かって叫んでいる。
「やばっ、体育の山田だ!あの先生に捕まるとうるさいんだよなぁ。」
と薬研。
「走り抜けちゃお!」
といちごは意地悪な笑顔を浮かべると、
「あ、はーい!今行きまーーーす!!!」
と元気よく先生に手を振ると走り出す。慌ててそのあとを追って走り出す薬研。
「ちょっといちご~~~!」
と声をかけるも
「あはは~。」
と笑って走り続けるいちご。
「おい!吉光!粟田口!」
と校門の前を走り抜けようとする二人を呼び止める山田教諭。
「おはよーございまーーーす。」
と元気よく挨拶をしながら走り抜けるいちご。
「おはよーございますっ!」
と少し申し訳なさそうに少しだけ頭を下げて走り抜ける薬研。
「おまえら~~~!」
と叫ぶが、追っては来ない。
「あははっ。」
とやり切ったとばかりに笑ういちごに、
「あっ!」
と急に足を止めて口を押えて叫ぶ薬研。
「どうしたの?」
「宿題忘れた!いちご!写させて~~~!!!」
「え~~~~(笑)」
キンコンカンコーン
予鈴が鳴る。
ご覧いただきありがとうございます。序章以降は全話まとめて掲載する予定でしたが、第1話を早く公開したくてウズウズが止まらなくなったので公開しましたwww
今後の公開が定期的なものになるわけでもなく、全体公開になっても修正が無いところは部分的にでも公開できたらなと思います。今後のお話も楽しみにお待ちいただければ幸いです。




