第十話「千子村正」
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この作品はフィクションです。実在する個人名、団体名、企業名、商品名、刀剣とは関わりございません。
また、都市伝説界隈で聞く秘密結社とも関わりのない事、刀剣擬人化のコンテンツとも関わりない事をご理解の上お楽しみください。
第八話、第九話と感情ジェットコースター回が続きましたが、今回はしんみりと北谷の語りがメインのお話となります。
廃工場内を炎が燃え盛る。しかし、それに反して周りが視認できないほど辺りは暗い。
胸から血を流す吉行を抱きかかえ、その胸に顔を埋め泣き崩れる藤四郎。
「なんで。なんで・・・、お兄様はいつも大切なことをちゃんと言わないんですか・・・。」
そっと藤四郎の頭に懐かしい手が触れる。それに気付き頭を上げる。
「良くできましたね。」
「お兄様が『鳥飼来国次』だったのですか・・・。」
「私は人狼ゲームは得意と言ったでしょう?」
そう言って吉行は藤四郎に微笑みかける。藤四郎の頭を撫でていた手が崩れるように滑り落ちる。そして、力なく吉行は首を後方に折る。それと同時に藤四郎の腕に吉行の重さがグッと加わる。
「お兄ちゃん?・・・お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃんっ!!!」
藤四郎は再び吉行の胸に顔を埋め泣き崩れる。
その背後に忍び寄る影。北谷は鬼切安綱を握り、藤四郎の背後に立つ。その刀をすっと掲げ上げると無言で藤四郎の首をめがけて振り下ろす。
「はっ!また、わたし生きてる!?」
そう叫び、目を覚ます藤四郎を見て北谷は思わず吹き出してしまう。
「ははっ。目を覚まして最初に言うセリフがそれかよ。『また』ってのが笑えるな(笑)」
状況が読めない藤四郎は辺りを見回す。
どうやら車に乗せられているらしい。しかも、高速道路を走行しているらしく、車窓の外の外灯がもの凄いスピードで視界を横切る。
藤四郎は助手席に座らされて、ご丁寧にブランケットまで掛けてある。そのブランケットを捲るとジャンパースカートや自身の手には血が染みついている。
(さっきのは夢か・・・。でも、わたしが吉行様を殺したのは現実・・・。この血が何よりもの証拠・・・。)
続いて自身の体を触って異常を確認する。どこにも怪我はない。水心子正秀は手近には無さそうだが、腰に巻いた帯の中に薬研藤四郎はそのまま残されている。
(北谷はわたしの身体を調べなかった?いや、わたしを気絶させるなりして車の助手席に乗せるために抱きかかえた時にでも、制服の下から輪郭が柄だけでも浮き上がるだろうから調べなかったにせよ気付くはず。敢えて持たせてくれているの?)
藤四郎は状況に混乱しながらも、少しずつ状況を整理しながら冷静さを取り戻す。
(わたしが、もし袖ぐりからこれを抜いて、北谷の運転を止めさせればどうなる?いや、北谷がハンドルを切った瞬間二人して今度こそあの世行きか・・・。)
「北谷、どうなっているの?」
どうやら吉行と北谷の作戦通り保護されたらしいと認識すると、藤四郎は無駄な抵抗は諦めて更なる状況判断のために北谷に問いかける。
北谷も無駄に騒ぐ様子のない藤四郎を確認するとポツポツと語りだす。
―—— 廃工場内 ―——
「北谷、お願い。わたしを殺して・・・。」
そう言って、涙であふれる顔を北谷に向ける。
「・・・。」
北谷は藤四郎の願いを叶えようと鬼切安綱を構える。
(はっ!そういう事か。だから、麻酔吹き矢を俺に投げて寄越したのか・・・。陸奥守吉行・・・、一体どこまで先を読んでいるんだよ・・・。)
自らの命も計画に織り込み済みと気付くと、北谷は吉行の底知れない考えの深さと冷徹さに背筋に冷たいものを感じる。
―—— チャキッ
北谷は鬼切安綱を握り直す。項垂れて吉行の胸に顔を埋める藤四郎は、髪の崩れ落ちたところから白肌の細い首が露わになる。そこにその刀を振り下ろす。
鬼切安綱の峰が藤四郎の首に振り落とされると、藤四郎は気を失い吉行に覆い被さるように倒れ込む。
そして、吉行に投げて寄越され、返すタイミングを逃していた麻酔吹き矢を懐から取り出すと、
「これで死ぬことはねえよな、吉行。俺は麻酔師じゃねえから、これがどんだけ眠らせるのか、致死量なのか知んねえぞ。これで、作戦失敗したらお前の所為だかんな。」
と有り得ないと分かっていても、吉行に対して悪態をつく。これまでなら、吉行が爽やかに微笑み返して尤もらしい答えを返していたが、それも今はない。
(お前と話してっとイライラさせられっぱなしだったが、こうして返事がねえのは何か・・・、寂しいな。)
ふと、感傷に浸ると北谷は自分の頬を叩きそれから脱する。
決意を固めると、手に握った麻酔吹き矢を藤四郎の首元に差す。そして、羽根の付いた矢筈、麻酔注射の押し子の頭を押し込み麻酔薬を藤四郎に注入する。
「さて、やることが多すぎる・・・。」
と言って、薄緑達の方を向く。
そちらに近づくと、薄緑を拘束していた紐を解く。そうして鬼切安綱と蜘蛛切を薄緑の傍らに置く。
「運が良ければ、生き残れるだろうよ。」
そう言うと、再び藤四郎の元に戻る。吉行から藤四郎を離すと一度仰向けに寝かせる。
次に北谷は吉行に近づいて、
「お前、そんだけ頭回んだったら自分のケツくらい自分で拭く方法もあったんじゃねえか?手間かけさせんなよ。」
と北谷は吉行に悪態をつく。
一瞬、吉行が笑ったように感じた。
(・・・気のせいか。)
北谷は気を取り戻すと、吉行をちゃんと寝かせ胸の前で手を組ませる。
「さて、次は・・・。」
北谷は水心子正秀を拾い上げると鞘に納めて、再度、藤四郎の元に近づく。そして、水心子正秀を藤四郎に抱きかかえさせるように持たせると、そのまま藤四郎を抱きかかえる。
「チッ、目のやり場に困るな・・・。」
藤四郎を抱きかかえると、切り裂かれたことでジャンパースカートの裾は下に大きく枝垂れ落ちる。
北谷は、自分の車まで藤四郎を運ぼうとするが、大きくスリットの入ってしまったような形になったジャンパースカートの引き裂かれた裾の間から、どうしても視界の隅に覗く藤四郎の白い肌の太ももが視界に入り、年相応にドギマギしてしまい、見てはいけないと思いつつも何度も視線がそちらに向いてしまう。
やがて、自分の車まで藤四郎を運ぶと藤四郎を助手席に座らせる。抱きかかえさせていた水心子正秀を藤四郎から奪うと車のトランクに向かう。
トランクを開けると吉行が言っていた通り報酬と思われる現金輸送用のマネーバッグが入っていた。
(本当に入ってる。しっかし、やっぱり二億はすげえなぁ。段ボールくらいの大きさがある。)
そう思いながら、水心子正秀をトランクの奥に納めるとそのバッグに手をかける。馬蹄錠が掛けられていたが、トランク内のマットを捲るとあっさりと鍵が見つかる。スペアタイヤとジャッキが置かれているスペースに死角になるように置かれていた。
その鍵を手に取り、開錠するとバッグの中身を確認する。帯をされている札束をパラパラと捲る作業をいくつかの札束で試す。
(全て番号不揃いだ。本当に洗ってある。これだけの金額をあいつはどうやって洗っているんだ?)
北谷は素直に疑問に思う。
次に北谷が手にしたのはマネーバッグの中、札束の上に置かれた長方形の桐箱であった。
(これは、何だ?)
そう思いながら、徐にその桐箱を開ける。そこには、青い珊瑚を跳ねるように囲う魚の意匠の彫られた高価そうな簪が納められていた。
(これも何か仕込まれているのか?)
北谷は幾重にも仕込みを重ねる吉行の性格からこれも何かあると思い、簪を取り出した後、バークッションも取り外し桐箱の底を確認する。
そこには少し古びた一枚の和紙が折りたたまれて納められていた。
(吉行からのメッセージでは無さそうだな。)
そう思いながらも興味本位でその折り畳まれた和紙を開く。
『水魚之交』
男性らしい太い抑揚だが繊細さも感じる達筆でそう書いてあった。そして、その文字の横には女性らしい繊細な細い抑揚で書かれた、
『魚心あれば、水心』
と言う文が寄り添うように書かれていた。
(あちゃ~、これは見てはいけない物だったみたいだな。)
北谷は他人の日記を見た時のような場都合の悪さを感じると、クッションと簪を戻し、そっと桐箱の蓋を閉じる。
改めて、本来のもう一つの目的でもあったブランケットをトランクから取り出すと、藤四郎の元に戻り、シートベルトを締めて、その上からブランケットを藤四郎に被せる。
(こうして寝顔を見てると、やっぱり子供だよな。・・・しかし、あの時の目は本当に根っからの暗殺者の目だった。こいつもこいつでどんだけの物を抱えてんだよ。吉行が逃がしてあげたくなる気持ちも分からなくもねえな・・・。)
あどけない藤四郎の寝顔にそんな事を思った。
「大人しく寝といてくれよ・・・。」
聞こえているはずも無いのに、そう語りかけると北谷は厳しい表情に戻し再びトランクへと向かう。
トランクからガソリンの入った携行缶を取り出すと再び廃工場へと戻る。
そして、北谷は廃工場に辿り着くと建物内部の壁際に沿ってガソリンを撒き、火をつける。
火が着くとあっという間にガソリンを撒いた範囲に炎が広がる。機械を埃から守っていたカバーや紐に次々に引火していき、その勢いを増す。
北谷は何も言わず、静かに廃工場を後にした。
―—― ヴォ”ロ”ロ”ロ”ン”ッ”
北谷が車のキーを回すと低く野太いエンジン音が車内に鳴り響く。走り出すとその車はそのエンジン音と容姿からは想像できないほど足回りは滑らかで、滑るように走り、多少の段差で突き上げるようなサスペンションの硬さもない。まるで、ネコ科の猛獣が駆けるかのように静かに走る。
やがて、高速に乗ると北谷は改めて思う。
(ブランケットを掛けていて正解だったな。速度を守っていても血塗れの少女を助手席に乗せているのをオービスが記録したら面倒臭い事になってた・・・。)
偶然が功を奏したが、それに気付くと自身が冷静さをどこか欠いていた事に気付き自らに舌打ちをする。
6時間ほど高速を走らせているうちに、すっかり日が沈み深夜を迎えていた。東京を出てノンストップで走り続け、特に渋滞に巻き込まれることもなかったため早くも中部圏を抜けて関西圏に入ろうとしていた。
横で眠り続ける藤四郎が何時間も起きないことに多少の不安を覚えたころだった。藤四郎の体がビクッっと跳ねるように動くと、
「はっ!また、わたし生きてる!?」
と素っ頓狂な声で藤四郎が叫ぶ。
その素っ頓狂な声と『また』と言う言葉が北谷のツボに入り、思わず笑いが噴き出す。
北谷は、藤四郎が目を覚ますまでの出来事を思い出しながら語る。しかし、藤四郎には淡々と事実だけを、そして、簪の事は今は控えて伝えた。
「・・・って感じだ。」
「薄緑さんとへし切さんは大丈夫なの?」
「さぁな。麻酔がどのくらい効いているかにもよるが、後は運次第ってところだろ。」
心配そうな顔をする藤四郎の表情を見て、北谷は少し場都合の悪そうな顔をする。
「吉行様の事・・・、ありがとね。」
「うん?」
「ちゃんと弔ってくれたんだよね。だから、ありがと。」
ちょっと照れ臭そうにお礼を言う藤四郎に、北谷は少し言葉に詰まる。
(吉行も運が良ければ生きているかもしれない。触れた時にまだ体温はあった。裂傷も内臓には達している様子ではなかったし、蜘蛛切たちがすぐに目を覚まして介抱すれば助かるかもしれない。・・・この事は伝えるべきか?いや、吉行の気持ちを考えたらここは黙っておくべきか。)
「他に聞きたいことはあるか?」
そう問われると藤四郎はブランケットの裾を強く握り、北谷から顔を逸らして、
「吉行様とあんたの本当の目的は何?わたしを攫う理由は何?」
北谷は伝えるべきか、どう伝えるか悩む。
(どうする?吉行からは母親の想いであることだけを伝えるように言われている。吉行も同じ気持ちだったからこそ自分の命まで掛けた。そこまで伝えるべきか?)
「まあ、もう遅い。麻酔もまだ残ってるだろ?目的地に着くのは明日の夕方だ。また、明日話してやるから今は寝てろよ。」
北谷は苦し紛れにそう返すが、藤四郎は明らかに不満そうに頬をプクッと膨らませて、
「寝れるわけないじゃん!!!あんたの性格は刀を交えたことで悪いやつじゃないってのは分かってるけど、敵か味方か分からない状態で寝れるわけないじゃんっ!!!」
と盛大に不満をぶちまけた。
北谷はその勢いにたじろぎながらも、
「わりぃ、わりぃ。そりゃそうだよな。朝になったらちゃんと訳を話す。だから、今は俺を信じてくれ。俺はお前の味方だ。吉行もお前まで裏切ったわけじゃねえ。だから、今は安心して休んでくれ。」
「もうっ!『お兄様がわたしまで裏切った訳じゃない』ってどういう意味よ!気になって余計に眠れないじゃない!!!」
北谷は思わず自身の口を塞いで『しまった』というリアクションを見せる。
「悪かった。許してくれ。お前も吉行の性格は分かってるとは思うが、自分の本心を明かすことがねえ。だから、俺の憶測だけで言っていいのか悩んでんだ。だから、悪いが朝まで考える時間をくれ。」
北谷がそこまで言って漸く藤四郎は納得した素振りを見せる。
「・・・はぁ。それ、めちゃくちゃ納得できる理由だ。ほんとお兄様って人のことは全部見透かしておいて、自分のことは本当に隠したがるんだからイライラしちゃう!!!」
「あははっ!それは同感だ。あいつのああいうところムカつくよな?」
「えへへ、分かる?良かった!仲間が出来た!」
そう言って二人は共通の敵を作ることで、急に親近感が湧く。藤四郎はそれによって北谷を信用することにした。
「分かった。その代わり、朝になったらあんたの憶測でいいからお兄様が何を考えて、どんな気持ちだったのか教えて。」
「ああ、約束する。」
その言葉を聞くと藤四郎は座席を後ろに倒し、ブランケットを深めに被ると左側、車窓側を向いて眠りに就こうとする。
「ねえ、北谷・・・?ちょっとだけエアコン弱くしてくれる?」
「ああ。」
そう返事をすると、北谷は車のセンタークラスターに手を伸ばし、エアコンのアナログダイヤルの温度と風量を『弱』の方へ回す。
再び、車内に静けさが戻る。
半時ほど北谷は車を走らせていると、藤四郎に静かに語りかける。
「もう寝たか?」
深くかぶったブランケットの下がモゾモゾと動くその様子から首を横に振ったものと確認する。
「少し、昔話をしてやる。千子村正って刀の話は知ってるか?」
その問いかけにブランケットは首を縦に振ったように波を打ち、
「少しだけなら・・・。」
と少し眠そうな声の藤四郎の返事が返ってくる。
「徳川家康の祖父清康と父広忠が敵に斬られた時の刀。嫡男の信康の介錯に用いられた時の刀。家康自身も怪我を負ったことで徳川を祟る妖刀と呼ばれた。」
特に問いかけた訳でも同意を求めた訳でも無いが、再びブランケットが縦に首を振ったように波が打つ。
「可笑しな話だと思わないか。村正はよく切れる業物として三河の地方では広く愛用されていたから、徳川の事件に使われている可能性なんて当たり前過ぎるんだ。なんなら、家康の怪我に至っては小刀で指を切っただけだ。そんなの誰にでもあるミスだよな。それを祟りと言い出したのは後世、歌舞伎の演目となった時にそれらを物語として面白くするために『妖刀村正』なんて呼んでからだ。」
今度はブランケットは沈黙を保つ。
「馬鹿げてるとは思わないか。『村正』はそこにあっただけ、ただ多くの武士に愛されたがために、後の将軍家の不幸に度々関わることになっただけだ。家康が槍や小刀で怪我をしたのだって本人の不注意でしかないし、刃物を扱う者であれば多かれ少なかれ起こすミスだ。これを祟りだ呪いだと言うの馬鹿々々しいと思わないか?」
しばらくの沈黙の後、ブランケットは小さく縦に波を立てる。
「北谷菜切についても変な話だ。・・・北谷菜切の逸話については聞いたことあるか?」
その問いにブランケットの膨らみは、寝返りを打つように北谷の方に体を向き直すと、力なく首を横に振るように波を立てる。
「北谷菜切にはこんな言い伝えがある。ある時、貧しい農家の母親が台所で野菜を切っていると、離れた所で遊んでいた赤子の首とまな板まで切れてしまった。役人が母親を子殺しの罪で捕まえようとすると母親は『この包丁の切れ味が良すぎて、離れていた赤子まで切れた』と証言した。それを検証しようと役人が離れた所にいた山羊に向かってその包丁を振ったフリをすると、山羊の首が斬り落とされた。」
静かに、身をすくめるようにブランケットの膨らみが少し小さくなる。
「この逸話は治金丸の逸話と混合されたと今では言われている。先に治金丸に似たような逸話が伝聞で伝わっていたのが記録から出てる。じゃあ、北谷菜切はどうして『子殺しの妖刀』として呼ばれるようになったと思う?」
更にブランケットの膨らみは小さくなり、横に首を振るように波立つブランケットの動きも小さい。
「治金丸には鬼虎退治や耳切り坊主の悪霊退治の英雄伝説があった。一方の北谷菜切には母子の悲劇の物語だけがあった。」
ブランケットの下で生唾を飲む音が微かに鳴る。
「鬼虎も耳切り坊主の黒金座主って言う僧侶も、当時の琉球王朝にとって政敵だったから討伐された。だから、プロパガンダとして英雄伝説が語り継がれた。一方の北谷菜切は当時のオカルト的な宗教観で母子の悲劇を霊的な仕業とした。結果、妖刀と呼ばれるに至った。」
尚も北谷は話を続ける。
「治金丸のプロパガンダも可笑しいが、北谷菜切の赤子殺しも可笑しいと思わないか?当時の台所は壁に向かって作業するだろ。このご時世でもなきゃアイランドキッチンのように包丁を振った先に赤子がいるなんてことありえねえだろ。」
ブランケットが少し下ろされ、藤四郎の目が現れる。その瞳は憂いを帯びている。
「何が言いたいの?」
北谷は冷静に語りつつも徐々に湧き上がる憤りに語気を強めていたが、その問いかけに冷静さを取り戻して続ける。
「・・・俺の考察はこうだ。貧しい農民の母親は貧しさと育児でノイローゼ気味だった。赤子の鳴き声に瞬間的に感情を抑えられなかったとか、そう言うよくある理由で赤子を自らの手で殺してしまった。その後、役人に子殺しの罪に問われることを恐れた母親は包丁が妖刀であるという事にして罪を逃れようと考えた。そして、まな板や床を斧か何かで切り裂いた。後は包丁をきれいに洗ってまな板の横に置き、主人が返ってくる時まで泣いていれば、当時は無実として咎められなかった。」
「悲しい話だね・・・。」
涙ぐむ藤四郎。
「刀が『妖刀』になるんじゃね。人が『妖刀』にしたんだ。千子村正も北谷菜切も。」
北谷のその声は涙こそ流してはいなかったが、悲しみに染まっていた。
「・・・あなたもただの包丁だといいたいの?」
藤四郎は恐る恐る尋ねる。
「いや、それは烏滸がましい。俺はすでに沢山の人を斬ってきた。ただの包丁なんかじゃない。この包丁でおいしい料理を作って、誰かを笑顔にするには血を吸い過ぎている。・・・だから、一度だけでもいいから、この刀で誰か一人でも笑顔に出来たらそれで満足だ。」
北谷は自らの手が今まさに血塗られているのを確認するかのように、手のひらを見つめ震えている。
「・・・わたしの本当の名前は吉光 水心。大吉の吉に光、水の心で吉光 水心。あなたの本当の名前を教えて。」
水心は優しく問いかける。
「・・・なぜ。」
突拍子もない問いかけに戸惑う北谷に水心は続ける。
「これから普通の包丁・・・。ううん、違う。人の笑顔を作る包丁を目指す人に呪われた包丁の名前なんかで呼べないでしょ?だから、あなたの本当の名前を教えて?」
北谷は急に目頭が熱くなるのを感じる。そして、嗚咽交じりに、
「俺の名は、尚 那智里。和尚の尚に那智の滝の那智、村里の里で尚 那智里だ。」
「流れる水が戻る場所・・・。いい名前だね。那智里って名前に人殺しなんて似合わないね。人を喜ばせる料理作ってる方が似合いそうだよ。」
北谷の頬を堰を切ったかのように、涙が止めどなく流れる。視界が滲み、運転が困難になり、北谷は思わず車を非常駐車帯に一時的に駐車をする。
「なれるかな・・・。俺なんかに・・・。」
水心は助手席で寝ていた体を起こすと、泣き崩れる那智里に寄り添い、頭をそっと撫でながら、
「なれるよ。那智里が本当は優しくていいやつだってことを私は知ってる・・・。」
と声を掛ける。そして、那智里の落涙が落ち着き始めるまで優しく頭を撫で続けた。
「わ、わたし、あんまり頭撫でられたことないから、これで落ち着くか分からないけど、お、落ち着いた?」
急に正気に戻って恥ずかしくなった水心はたどたどしく、裏返った声でそう伺いながら那智里の頭を撫でていた手を急に引っ込める。
「・・・ああ。俺は物心ついた時には両親なんていなくて組織で暗殺者として育てられてたから、頭を撫でられるなんて経験ないからくすぐったくてしょうがないけど、なんか落ち着いた。ありがとよ。」
「ふふぅん、強がっちゃって。素直に『俺』じゃなくて『僕』って言えばいいのに。」
と言って水心は悪戯っぽく微笑む。
「はぁ?なんで?」
不服そうに問い返す那智里。
「だって、さっき戦ってた時とかも何度か『俺』じゃなくて『僕』って言ってたよ。強がってる時は『俺』で、本当の自分は『僕』なんでしょ?だったら、今は『僕』でもいいんだよ?」
水心は悪戯っぽい笑みを優しさの微笑みに変えて問いかける。
「言ってねーよっ!」
と強がる那智里に水心はムッとした顔を見せると、助手席のシートの上に正座して腕を組む。
水心はそっぽを向く那智里がこちらを見ようともしない素振りを確かめると、唐突にルームライトを全開にする。
「那智里、こっちを見て!」
その声に那智里が水心の方を振り向くと、水心は勢いよくジャンパースカートの裾を捲り上げた。
「うわっ!何やってんだよ。お前!」
と驚く那智里に水心は続ける。
「よく見て!わたし、スカートの下は学校の体操服の短パンだよ。」
慌てて目を背けた那智里はゆっくりと視線を戻して、言われた通りスカートの中を確認する。そこには確かに体操服でよく見かける紺色の短パンが穿かれていた。
「だから、なんだよ。」
と那智里は意図が理解できず、ぶっきらぼうに問い返す。
「だーかーらー!わたしがあの時『女の子のスカートの中を覗いといて言うセリフがそれ?』って聞いた時あんたは『ガキのパンツには興味ない』って言ったでしょ?あんたはわたしがパンツじゃなくて短パンだったのを確認する余裕もなかったでしょ?それなのに強がるから本当にあんたの腕の一本くらい切り落とさないと負けを認めない奴だと思って『面倒臭いヤツ』って舌打ちしたの!女心を踏みにじられたから本気で怒って殺しにかかったんじゃなくて、本気で殺す気でやらなきゃ負けを認めないと思ったから本気で殺しにかかったのっ!だから、あんたは真剣勝負でも負けてるし、強がりもわたしには見透かされてるんだから負けを認めて正直になりなさいよっ!!!」
那智里は、たじろぎながらも場都合が悪そうに再びそっぽを向くと、
「う、うるせぇ!道のりは長いんだからもう出るぞっ!」
と言うとルームライトを消して再び車を走らせる。
水心はニヤニヤとしながらもブランケットを再び顔まで被る。しばらく目を瞑って眠りに就こうと努めたが、感情が昂ってなかなか寝付けない。
そっと、ブランケットから頭を出して那智里の方を見遣る。那智里の耳はしばらく経つのに今でも薄暗い車内でもはっきりと分かるくらい赤く染まっていた。水心はそれを見て、
(那智里、かわいい。)
そう思うと急に心が穏やかになるのを感じる。穏やかな気持ちになるのと同時に急に睡魔が襲ってきて、まるで雲の上で眠るような感覚に包まれる。そして、そのままその眠気に身を委ねた。
ご覧いただきありがとうございます。
感想やこのキャラが好きなどありましたら教えていただくと、今後の制作の励みにもなりますのでよろしくお願いします。
今回は別な意味での感情ジェットコースター回でした。前書きで嘘をついてごめんなさいwww
千子村正も北谷菜切も妖刀と呼ばれるが、それは刀自体は存在だけして何も悪くない。むしろ、伝えられる逸話の矛盾を突いて、妖刀と呼ばれる事への疑問を投げかける回でもありました。これは、自分が刀の逸話をいくつも聞いてきた中で、この二振りの妖刀と呼ばれる所以の矛盾点について思うところがあり、調べていく中で知りえたことを、一部憶測も踏まえて北谷の言葉と怒りとして書かせて頂きました。




