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少女藤四郎  作者: 筆上一啓


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第十一話「丙子椒林剣」

 多くの作品の中からお選びいただきありがとうございます。

 この作品はフィクションです。実在する個人名、団体名、企業名、商品名、刀剣とは関わりございません。

 また、都市伝説界隈で聞く秘密結社とも関わりのない事、刀剣擬人化のコンテンツとも関わりない事をご理解の上お楽しみください。

 時間は第十話よりまた遡って、廃工場に火がつけられた直後になります。丙子椒林剣の表と裏の顔をお楽しみ下さい。

「吉行(よしゆき)!大丈夫か!」

 燃え盛る廃工場の中で七星剣(しちせいけん)は吉行に何度も呼びかけを続けながら、脈や呼吸を確かめる。

(脈も呼吸も弱まっているが、まだ、可能性はある。)

「吉行、辛いだろうが我慢してくれ。」

 そう言うと七星剣は炎に焼かれ赤くなっている機械を支える支柱の一つを腰から抜いた七星剣で切り出す。

 それを袖を使って握ると赤く焼け爛(ただ)れた鉄パイプを吉行の怪我口に押し当てる。鉄パイプの入り込めない狭い箇所には、懐から取り出した止血用の軟膏(なんこう)を塗りつける。吉行の身体は条件反射で鉄パイプや七星剣の指が触れるたびに反応を見せるが意識までは戻る様子はない。

「手荒だが一応の止血は終わった。吉行!私だ!分かるか!?」

 七星剣が必死に呼びかけるが吉行の反応は見られない。

 ふと、背後に気配を感じる。

「後はこちらで処置をする。悪いようにはしない。だから、こちらで引き取らせてはもらえぬか。」

 七星剣がその声に振り返ると因幡白兎(いなばのしろうさぎ)の衣装、その上に上質な裃(かみしも)を穿(は)いた女性の姿、丙子椒林剣(へいししょうりんけん)の姿がそこにはあった。

「・・・丙子椒林剣。」

「久しいな、七星剣。お主が現場に顔を出すとは珍しいこともあったものだ。」

「事が事だけにな・・・。」

「・・・跡継ぎ候補がそんなに惜しいか。」

「そうではない。事の真偽を確かめねばならぬだろう。」

「まあ、それはこちらも同じ。こちらも北谷菜切(ちゃたんなきり)を生きて捕らえ、そちらに寄越すと約束しよう。さあ、陸奥守吉行(むつのかみよしゆき)をこちらに渡してくれ。」

 互いの顔は仮面に隠れているが、その奥の表情はお互いに難しいものを浮かべていた。

「・・・分かった。」

 そう言うと七星剣は立ち上がり、吉行の元から離れる。それを見計らったかのように二人の因幡白兎が現れ、槍と上着で即席の担架(タンカ)を作ると吉行を運び出す。

「さて、これで状況を聞き出す相手がいなくなったがどうするつもりだ。」

 七星剣は丙子を問い詰める様子もなく、まるで雑談でもするように語りかける。

「それは、あそこで狸寝入りでもしている奴に聞いてみるが良かろう。」

 丙子はそう答えると、つかつかと薄緑(うすみどり)の方に歩み寄る。

「おい、起きろ!髭切(ひげきり)。起きねばお主の銘を今後『薄緑の狸』にするぞ。」

 そう言って丙子は薄緑を足で数回小突く。

 薄緑は頭も上げるのも億劫(おっくう)そうで、一度頭を上げたがその後は項垂(うなだ)れたまま、

「・・・そんな西日本のカップうどんより味が薄そうな銘を付けられるのは心外ですね。別に狸寝入りしているわけではありませんよ。幾(いく)ら毒物などの耐性を身に着けていてもこれ程の強い麻酔を喰らえば意識を保つのがやっとですよ。」

 とやや呂律(ろれつ)の回らぬ様子で薄緑は答える。

「口が聞ければ充分だ。ここで何があった。吉行と北谷の目的は何か分かったのか申せ。」

 丙子のその命令に、薄緑は呂律の回らぬその口でたどたどしくも、ここで起きた事と吉行と北谷の会話からその目的を予測して伝える。

「つまり、陸奥守吉行と北谷菜切の両名は組織や社会の在り方に疑問を抱き、そこから薬研藤四郎(やげんとうしろう)を自由にしてやろうと画策していた。それが敵わぬなら私たちを敵にまわしてでもそれを叶えるつもりだったと言う事か・・・。」

 顎(あご)に手を遣(や)り、今聞いた情報を整理するように呟(つぶや)く七星剣。

「で、七星剣。お主は二人をどう処分するつもりだ。後、薬研(やげん)はこのまま自由にさせてやるのか。」

 丙子は聞いている内容の割には興味無さげに問い掛ける。

「随分と呆れている様子だな。」

「当たり前であろう。ここまで両組織を引っ掻(か)き回しておいて、その理由が組織の人間らしからぬ子供染みた私情なのだからな。拍子抜けもするというものだ。」

 そう答える丙子に七星剣は苦笑いを浮かべ、適当な返すべき言葉を探るが、丙子は続けて、

「まあ、それは兎(と)も角(かく)、まずは火の手が完全に回って脱出が困難になる前に、この二人を連れて外にでることにしまいか。」

 と提案し、七星剣もそれに同意する。

「確かに。では、私は薄緑を支える。へし切を頼んでいいか。」

「はぁ。お主にはフェミニズムというものはないのか。」

「これでも気を遣ったつもりだが。同性の方が気も遣わぬし、体重も軽いだろう。」

「全く、これだからおじさんは頭が固い。いいか、七星剣。へし切はお主の部下であろう。それに完全に意識のないへし切を支えるより、幾分(いくぶん)意識のある髭切を支える方が楽に決まっているであろう。」

 丙子の顔は仮面には隠れているが、明らかに呆れ顔で言っているのが伝わる。

「・・・すまなかった。では、そうしよう。」

 七星剣はそう答えるとへし切をおぶり、丙子は薄緑に肩を貸す。四人が炎を逃れ廃工場を出たところで、丙子がニヤニヤと口元を歪ませながら七星剣に問いかける。

「なあ、ななおじ。」

「なんだ、急に馴れ馴れしく。」

 七星剣の表情も仮面に隠れて口元しか見えないが、やや不満そうに口元を歪ませている。

 それならば腹を割って話そうとでも言うのか、丙子は仮面を外して見せる。

「どうだ?女子(おなご)に触れるのは随分(ずいぶん)とご無沙汰(ぶさた)だったのでは。その娘は立派なものを携えているようだし、その背中で堪能しているのであろう?」

 丙子は子供のような無邪気な顔でニヤニヤとしながら、空いてる手で胸の前で手前に向けて半円を描(えが)き、へし切の豊満な胸を表現して七星剣を揶揄(からか)う。

「・・・そうだな。お前の母親に無理やりお前のお締め(オムツ)を替えさせられて以来だな。」

「なっ!?」

 揶揄ったつもりが思わぬ反撃にあい、丙子は羞恥心(しゅうちしん)と怒りで顔を赤くする。

「ははっ。大人を揶揄うもんではない。」

 七星剣はまるで子供を諭(さと)すかのように冷静に答えると、七星剣も仮面を外し笑顔を丙子に向ける。

「卑怯者!我を辱めるでない!」

 尚(なお)も顔を赤くして辱めを受けるが、直ぐに返しの一手を思い浮かぶとまたニヤニヤとして七星剣に言い放つ。

「赤子の我を女子(おなご)に数えるとは、ななおじも随分と枯れておるようだ(笑)」

「いち・・・。」

「おいっ!気軽にその名で呼ぶな!」

 明らかに慌てる丙子。七星剣は咳払いを一つして、

「では、お前は女性として扱われたくはないと言うとこか。」

 またも感情を露(あら)わにする丙子。

「何もそうは言っておらぬ。赤子の我までもを女子(おなご)に数えるからだ。」

「年頃だな。女性として見られたかったり、そうでなかったり難しい年頃だな。」

 と然(さ)も知ったかのように語る七星剣に子供っぽく頬を膨らませて遺憾(いかん)の意を伝える丙子。

 暫(しばら)く沈黙を保ち、歩みを進める内に人気(ひとけ)のない場所に着き、そこにへし切と薄緑を落ち着かせる。ひと段落したところで、再び丙子から七星剣に話しかける。

「なあ、ななおじよ。お主は妻を娶(めと)らぬつもりか?」

「なんだ。年相応に恋バナでもしたいのか。そう言うのは若い者同士でやるものだろう。」

 普段の丙子椒林剣としてでの顔ではなく、まるで気心の知れた者に見せるかのように穏やかな表情で語りかける丙子。七星剣は逆に面倒臭そうな表情で答える。

「いや、お主が早く妻を娶らねば誰それが政略結婚でお主を我をくっ付けようと考えぬとも限らぬ。我とて幾ら古い付き合いで気心が知れていようとも、ななおじとの婚姻だけは御免(ごめん)被(こうむ)りたい。」

「いや、気持ちは分かるがもう少し言葉を選んでくれ。その気はなくてもそれなりに傷付きはする。」

 と七星剣も急に気心が知れた仲のように砕けた口調で返す。

「そこのへし切長谷部(はせべ)はどうだ。器量も充分ではないか。」

「ははっ。酷(こく)な事を言う。私はその子には嫌われている。」

「ふふっ。何かしでかしたか。」

「まあな。太刀筋が良いので二本差しに召し上げる際に、へし切長谷部を与えればその切れ味を存分に活かせるであろうと思って与えたのだが・・・、本人はメイドカフェと言うところで給仕の仕事もしていたものだから『縁起が悪い』とか『嫌味だ』とか周りには不満を漏らしているらしい。すっかり嫌われているよ。」

「あははっ。それはやらかしたものだ。しかし、『嫌よ嫌よも好きのうち』と言うではないか。全く興味がなければそうは言わぬものだろう。」

 そう言って丙子はへし切を見遣(みや)る。そして、へし切がほんの僅(わず)かに動きを見せたのを確認する。

(おぶられておる時も途中で目を覚まして、顔をニヤけさせておったのに。この女子(おなご)の方が狸寝入りは上手と見た。)

 丙子は七星剣に視線を戻す。

「気になる女子(おなご)もおらぬのか。」

 そう言って、丙子は再び視界の隅にへし切を見遣る。良く見れば、先ほどよりほんの少し首の角度が変わっている。

(しっかり耳を立てておるではないか。)

 そう思うと丙子は心の中でほくそ笑んだ。

「まだ、忘れられぬのか?」

「そうではない。他に守るものが多すぎるのだ。」

 その答えに丙子は残念がるも、へし切を思うと胸を撫で下ろすのであった。

「難儀だな。まあ、我も人のことは言えぬが・・・。」

 暫(しば)しの沈黙の後、今度は七星剣から丙子に話しかける。

「表社会では、周りはその手の話でいっぱいだろう。い・・・、お前には意中の相手はいないのか。」

 まるで、親か親戚の伯父的な目線である。

「表社会か・・・。我にとっては裏の顔だな。」

 丙子は少し寂しそうな表情を浮かべる。

「で、どうなのだ。」

「おい!親でもないのに詮索をするな。」

「腹を割って忌憚(きたん)なく話したいものだと思っていたのだが、残念だ。それで、先に私から過去の話でよければ話そう。」

 今度は逆に七星剣の方が、気心の知れた者に見せるかのように穏やかな表情で語りかける。

 そして、七星剣が加州清光(かしゅうきよみつ)の銘で呼ばれていた時代。帝の招集(しょうしゅう)で顔を合わす中で、七星剣と同世代として共に切磋琢磨した仲である先代の薬研藤四郎こと菊一文字(きくいちもんじ)則宗(のりむね)、丙子椒林剣の母親でもあり、先代丙子椒林剣の娘、櫂切吉光(かいきりよしみつ)と後に父親になる長曾祢虎徹(ながそねこてつ)との若かりし時の青く甘酸っぱい思い出話を語る。

「あははっ!父上も甲斐性がない。入り婿の事も含めて母上の尻に敷かれていたのが目に浮かぶ。」

「存外そうでも無かったようだぞ。お前の母親は良妻賢母で夫を立てるのが上手かったようだ。虎徹は武骨で不器用な奴だったが、愛情表現はそれなりにしてくれてたと聞いている。あの争いで二人が亡くなることが無ければ、虎徹が次の丙子椒林剣で間違いが無かったはずだ。お前ほど知略に長けてはいなかったがそこは包丁藤四郎となった櫂切、お前の母親が支えていれば、組織も上手く回っていただろう。」

 明るく楽しそうに笑う丙子が父親を詰(なじ)るように語ると、七星剣は笑いながらも虎徹を庇うように話を付け加える。

「ななおじよ、ありがとな。我には両親の記憶はほとんど無い。生きている時の二人の話を聞くことで、どんな親だったのか知ることが出来た。」

 感謝を述べながらもその顔は浮かない様子の丙子。

「ななおじ、お主まで死ぬことは許さぬぞ。我より一秒でも長く生きよ。我を一人にするなよ。」

 七星剣は一瞬困ったような顔をするが、すぐに笑顔に戻し、

「なんだ、それは。お前の旦那になったつもりはないぞ。そう言うのは未来の伴侶に言ってやれ。・・・それに、お前とは親子ほどの歳の差があるのだ。寿命には逆らえぬ。天寿を全(まっと)うすることが出来れば、間違いなく先に亡くなるのは私だ。無理を言うな。」

「ふふっ。感傷的になったようだ。忘れよ。」

 そう言うと丙子はいつもの凛とした表情に戻る。

「なんだ、もう終わりか。首長としては立派にやっているが、女として成長している話は聞かせてくれないのか?」

「嫌だね。冥途の土産にでもする腹積もりであろう?先程も言ったようにお主が死ぬことは許さぬ。だから、語らぬぞ。」

「すぐには死なぬよ。約束する。だから、私を親だと思って、友人や意中の異性の話を聞かせてくれ。」

 親代わりをしたいと言っているように聞こえるが、その七星剣の表情は丙子の本音を言える場所はここにあるから遠慮することはないと語っているようだった。その顔を見て丙子は全身を何かが突き抜けていったような感覚を感じ、涙が溢れそうになる。

「ななおじ、わたし大好きですごく大切な親友がいるの。変わった子で危なっかしくて、でもまじめで一生懸命で、笑いあって喧嘩して、仲直りして。その子といれば毎日が楽しくてしょうがないの!あと、今少し気になってる人がいるの。その子のお兄さんなんだけど、一度電話で声を聴いただけなんだけど、その子のことを凄く大切にしてるのが伝わるの。優しくて人の一歩先を読んで察してくれる人なの。」

 丙子はもう一つの仮面が外れて、年相応の少女の顔で目をキラキラさせながら明るく屈託なく語りだした。それを聞いて七星剣も穏やかな顔になる。

「良かったな。あいつらにもその話を聞かせてやりたいよ。」

「だめだよ。百年は許さない!!!」

「はははっ。努々(ゆめゆめ)そうあるように心掛けよう。」

 そう言って七星剣は丙子の頭を撫でる。

「ば、ばかっ!子ども扱いするな!!!」

 そう言って丙子はその手を払い落とすと、七星剣に背を向けてしまう。

(調子に乗りすぎたかな。)

 と七星剣は反省すると誤魔化すように頭を掻く。




 すぅ、ーーー はぁ。 ーーーー シッ!




 丙子が大きく深呼吸をすると、最後にあの特有の鋭い呼吸を整える音が聞こえる。それと同時に周りの空気も変わり、再び緊張感に包まれる。

「七星剣、話を戻そう。陸奥守吉行、北谷菜切、薬研藤四郎の処遇はそれぞれどうするつもりだ。」

 七星剣は顎に手を遣る。

(まるで、別人だ。あの鋭い呼吸音がなければ、解離性同一性障害を疑うレベルだ。それ程に因幡白兎の首長としての重みを感じているという事か。)

「ふむ。陸奥守吉行と北谷菜切については本人たちから話を聞いた上で処遇を決めよう。薄緑から聞いた話だけで処遇を決めるのは早計過ぎる。ただ、処遇に関しては厳重に処す。双方に被害を出したのだ。最悪、斬首もあり得る。」

 丙子は背中を見せながら答える。

「気持ち悪い。首など要らぬわ。そう言う古い考えが頭が固いと言うのだ。」

「では、どうするつもりだ。」

「知らぬ。お主で考えよ。」

(全く、責任逃ればかりは上手いものだ。)

 こうなった丙子の対応には七星剣も手を焼く。

「薬研については、どうするつもりだ。」

「本人の意思次第だな。組織に戻る気なら受け入れる。吉行たちの意思を受け入れて組織を離れるなら火事と共に焼失。遺体を見つけることは出来なかったこととする。」

「ふふっ。本能寺の変の史実をなぞるのか。反逆の意思がなければ、それも面白かろう。」

 背中でしか語らないが、丙子のその背中はその判断に満足しているようだ。

「あのう・・・。」

 急に声のした方を、七星剣と丙子は振り向く。そこには、気(け)だるそうにも頭をあげる薄緑の姿があった。

「陸奥守吉行と北谷菜切の処遇についてですが、私に考えがあります。私と帝にその身を預からせて頂けないでしょうか。あ、もちろん両組織での調査が充分に終わってからで構いません。」

 幾分麻酔が切れて来たのか、先ほどよりははっきりとした口調だが、まだまだ呂律が回らぬ様子で薄緑が意外な提案を二人に申し立てる。

「髭切よ。何を考えておる。」

 冷たく言い放つ丙子に薄緑は答える。

「あはっ。野暮なお節介(せっかい)ですよ。」

 そう言って、薄緑は二人に笑って見せるのであった。


 ご覧いただきありがとうございます。

 感想やこのキャラが好きなどありましたら教えていただくと、今後の制作の励みにもなりますのでよろしくお願いします。

 丙子椒林剣の本当の姿を見せられる数少ない相手を前に、それを出す丙子椒林剣は如何だったでしょうか。幼くして両親を亡くし、首長を継がされて、その責務を全うするために着けた仮面の重さを感じて頂けたなら幸いです。

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