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第二十七話 決着

久能は外套を脱ぎ去り、錫杖を放り捨てた。

体格は俺とほぼ同じ。

身長約185センチ、服の上からでもわかる筋肉質な体。

体重はおよそ95キロといったところか。

久能がバキバキと指の骨の音を鳴らし、サウスポーの低い構えを取る。


「なんだ、魔術は使わないのか?」


「俺はCQC……近接戦闘術では部隊のトップだった」


「へえ、素手喧嘩ステゴロに自信ありって訳か」


「俺を殺さない、徹底的に武でわからせると言ったな」


「ああ」


「俺も今、その気持ちだ……桐島蓮、お前をわからせる」


久能が踏み込んだ。

速い。

人間の速度ではない。

元自衛官の鍛え抜かれた体に、神から与えられた力が乗っているのか。


低い姿勢からジャブ、ストレート、フック、アッパーのコンビネーション。

俺は肩を顎に寄せ、盾にして耐える。


久能が急に背を向ける。

右回転肘打ちが俺の側頭部を掠めた。


火花が散るような衝撃。


刹那。


ゼロ距離。

久能の左足が俺の背後に大きく踏み込んでいた。

同時に久能の左手は、俺の右脇腹をかすめ胸の上に差し込まれる。


「ふん!」


久能の気合一閃。

久能が体を捻ると、梃子の原理が俺の上半身を大きく仰反らせる。

そしてがら空きになった鳩尾に、垂直に打ち込まれる肘打ち。


「ぐぶっ!」


俺は地面に倒れ込み、胃液を吐き出す。

息ができない。


守護者の力は衝撃を緩和しているはず。

でなければ今の攻撃で内臓が破裂して即死していただろう。

だがこの威力、久能の力は俺と同等……いや、同等以上かもしれない。


俺は転がりながら距離を取り、立ち上がり、息吹で呼吸を整えた。


「どうした、俺をわからせるんじゃなかったのか?」


久能が再び踏み込んできた。

右手の甲で視界を覆い隠すような顔面への打撃。

そこから俺の奥襟を取ろうとして伸ばされた左腕。


俺はその左腕を肩でいなし、上から抱え込み、脇固めへと移行しようとする。

久能は完全に関節を固められる前に跳躍、前転して脇固めから逃れる。


訓練された動きだった。


「……やるな」


「お前こそ」


距離が開いた。


二人は再び睨み合い、同時に踏み込んだ。


———


上空では、報道ヘリが飛んでいた。

カメラが、二人の戦いを映し続けていた。


テレビの生中継。

スマートフォンの画面。

世界中に映像が流れていた。

SNSに書き込みが溢れた。


『殺人犯と殺人犯がガチバトルしてるwwww』

『桐島蓮じゃないか、コンビニ殺人の』

『もう一人は久能宗一郎、妻子殺しの自衛官』

『下手なMMAより見応えあるなこれ』

『でも桐島、さっき女の子を守るために刃を素手で受け止めてたぞ』

『偽善だよ、また女にいいとこ見せたかっただけ、下半身野郎』

『でもお前、女にええカッコするためにあんなこと出来るか?』

『いやそれは……出来ないけどさ』

『てか普通に怪物から人を守ってるんだが』

『桐島応援していいのか?これ』

『わからないけど俺は応援する、だってあいつしかいないじゃん今』


———


久能の低空タックル。

俺は咄嗟に腰と両足を後ろに伸ばして阻止する。

そしてそのまま久能の首をフロントチョークで締め上げる。


「ぐ……!」


これは完全に決まったかと思ったが、久能は泡を噴きながら俺を力だけで跳ね上げた。


二人は倒れ込み、起き上がり、再び同時に踏み込む。


互いが互いの服を掴み、同じ事を考えていた。

頭突きと頭突きが激突する。


轟音。


俺も久能も、よろめいた。


久能の額からボタボタと血が流れ落ちた。

俺の額も割れて、流血が目に入る。


久能が呟いた。


「こういうのは久しぶりだな……血が沸き立つ」


久能が低く構えた。

俺も構えた。


———


SNSの書き込みが、少しずつ変わっていた。


『桐島、負けそう?』

『互角ぐらいに見える』

『頑張れよ、前科とか関係ない』

『人殺し同士、さっさと対消滅しろ』

『さっきの女の子、無事に逃げたみたいだぞ』

『桐島が守ったんだ』

『桐島は俺が許した(^O^☆♪)」

『久能宗一郎も妻子を殺された復讐だって言ってた』

『じゃあ久能の妻子殺しは濡れ衣だったってこと?』

『だからって日本を滅茶苦茶にしていい訳がない』

『そりゃそうだけどさ……』

『結論:俺たちネット民は安全地帯から適当言うだけの糞』

『桐島、勝ってくれ』


———


久能の変幻自在の連撃が続いた。

こちらも負けじと返す。

上下左右、拳、手刀、蹴り、肘、膝、あらゆる角度で。


だが俺は押されていた。

力の差ではない。

技術の差でもない。


久能が口を開いた。


「お前はこう考えてるだろう、何故こんなにこいつは強いのか、と」


「……俺には守るものがもうない、だから強い」


ああ。

俺もかつて同じような事を言った。

城壁の上でアリアと交わした会話を思い出す。


(……強さとはそういうものなのだろうか)


久能は言いながら打ち続けた。


「守るものがあれば、隙が生まれる」


「……問答無用じゃなかったのかよ、おしゃべり大魔王」


俺は虚勢を張り踏ん張ったが、じりじりと押されていく。


(……そうだなアリア、強さってそういうものじゃない)


俺の右上段回し蹴りが久能の左ストレートと相打ちになる。

互いによろける。

が、俺の方が早く立ち直る。


「があああああ!!!!」


俺は獣のような雄叫びと共に踏み込み。


音速を超えた拳を。


空手の秘奥義を。


久能宗一郎の正中線の上の、五点の急所へ。


『金的』『水月』『壇中』『廉泉』『人中』へ。


全身全霊の力を込めて打ち込んだ。


「【門番の鉄槌・五連穿孔】!!!!!」


遅れて、肉を貫く鈍い衝撃音と衝撃波があたりを包む。


「ぐあ……」


久能が思わず苦悶の声を漏らす。

だが、まだだ……まだ久能は立っている。

戦意を失っていない。


間髪入れず跳躍。空中で前方一回転からの……全体重をかけた右胴回し回転蹴り。

それは魔王・久能宗一郎の顔面を完全に捉えた。


吹き飛ぶ久能。

だが俺は久能の左手を掴み、ダウンを許さない。

さらに飛びつき、久能の左肩に足をかけ、全体重をかけ、全力で捻り倒し、肩と肘を完全に伸ばし切って極める。


みしみしみし、と音を立てる関節の音。


「お……」


「俺の……負けだ……」


口から血の泡を噴きながら、久能は言った。


俺は固めを解いた。


しばらくして、久能がふらつきながら立ち上がった。


乱れた息を整えながら、俺を見た。


「……殺せ」


「嫌だよ馬鹿野郎」


「お前を殺したら、お前の家族の『物語』がなくなっちまう」


久能は黙っていた。


俺は続けた。


「お前の息子は自衛官になって人助けがしたいって言ってたんだろ? 俺もだよ。出来る事なら……殺すのではなく助ける生き方をしたい、全然上手く行ってないけどな」


「…………」


「それによ、人生は短い。どうせみんないつか死ぬ。多分お前も俺も。なら慌てて今死ぬ必要もないだろ」


久能は寂しげに呟いた。


「そうだな……だが綺麗事だ」


俺は頷いた。


「なら綺麗事を続けるぜ……多分、由紀さんも宗紀くんも、お前にこんな事をしてほしくはなかったはずだ」


久能は目を閉ざした。

長い間、黙っていた。

風が吹いた。


「……俺は」


久能は静かに言った。


「多くの人を殺めた」


「ああ、そうだな」


「その罪は消えない」


「ああ」


「俺に……生きて償う資格があると思うか」


俺はしばらく黙っていた。


「わからない」


俺は答えた。


「でも死ねば償えるとも思わない」


久能は俺を見た。

その目に宿っていたものは。

怒りではなかった。

絶望でもなかった。

疲れ、だった。

長い、長い疲れ。


「……そうか」


久能は空を見上げた。

二つの世界が重なった空。

亀裂が、まだそこにあった。


「桐島蓮」


「なんだ」


しばらくして、静かに言った。


「……由紀と宗紀に、もう一度会いたかった」


「ああ」


「それだけだった、最初から」


「ああ」


久能は空から視線を下ろした。


「……龍脈の暴走を止める、この世界は本来交わってはならないものだ」


「だが……俺一人で元に戻すことは出来ない、皇女の力が必要だ」


久能はフィレーネを見た。

フィレーネはアズリエルの元を離れ、迷わず久能に駆け寄った。


「わかりました」


久能は少し目を細めた。


「……お前は、俺が怖くないのか」


「正直に言うと怖いです!」


フィレーネは答えた。


「でも、何もしない方が、もっと怖いから」


久能はしばらくフィレーネを見ていた。


俺は言った


「頼むぜフィレーネ、久能を手伝ってやってくれ」


久能はフィレーネの手を取った。


「行くぞ、アルディア城の地下深く、龍脈の心臓部へ」


そう言うと久能は何かを詠唱し、フィレーネと共に姿を消した。


———


SNSの画面が、また流れた。


『桐島が勝った?』

『久能が投降した?』

『何が起きてるんだ』

『何かしようとしてるな』

『あの城、光ってるぞ』

『龍脈がどうのって言ってたけど、何?』

『意味わからんけど、なんか終わりそうな気がする』

『桐島GJ ♪O(≧∇≦)O♪』

『久能もなんか可哀想な奴だったな』

『妻子殺されて誰も信じてくれなかったんだろ』

『それは辛い』

『でもこんなことをして許される訳がない』

『それはそう、でも』


———


龍脈の心臓部。


久能とフィレーネが、碑石の前に立った。

フィレーネが掌の傷から血を滴らせた。

久能が、その血に自らの力を重ねた。


光が、膨張した。


「……由紀」


久能は静かに言った。


「宗紀」


光が、さらに広がった。


「待っていてくれ」


「……もう少しだけ、待っていてくれ」


久能の体が、光に包まれた。

フィレーネが久能を見上げた。


「久能様」


久能は答えなかった。

ただ、微かに笑った。


光が、爆発した。

空の亀裂が、塞がっていく。

亀裂からこちらを眺める視線は、興味を失ったように消えた。


二つの世界が、ゆっくりと、分かれていく。


久能の体は、消えかけていた。


「久能様……!」


「……いいんだ」


久能は静かに言った。

地面に膝をついた。


「……息子は、大人になったら……困っている人を助けたいと言った」


「はい」


「……俺も、最後くらいは」


久能の目が、閉じた。


フィレーネはわんわんと泣いた。


光の中で、久能宗一郎は静かに消えた。


———


空の亀裂が、消えた。

二つの世界が、分かれた。


アルディアの夜空が、戻っていた。


風が吹いた。


二つの月が、静かに輝いていた。


俺は空を見上げて、静かに呟いた。


「久能宗一郎……お前は、最後に守ったんだよな」

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