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第二十八話 薪に焚べる者

内閣官房長官が記者会見を開いたのは、事態発生から七十二時間後だった。


「今般の事象につきまして、政府として現時点での見解を申し上げます」


官房長官は原稿を読みながら、しかし声が微かに震えていた。


「東京都千代田区を中心とした一帯において発生した、いわゆる『異界侵攻』と呼称される事象は、午前三時十七分をもって完全に収束したことを確認いたしました」


「被害状況については現在精査中でありますが、死者行方不明者合わせて数百名に上ることが確認されております。また建造物の損壊、道路の損傷など、インフラへの被害も甚大であります」


「なお、事態の収束に際しては、自衛隊をはじめとする関係機関の尽力に加え、異界から現れた『守護者』と称される人物および、中世の騎士団のような甲冑に身を包んだ大集団による協力があったことを、政府として確認しております」


記者から質問が飛んだ。


「守護者とは何者ですか、甲冑の大集団とは?」


「竜のような生物が現れたという情報もありますが」


「現時点では詳細を申し上げられる段階にございません」


「異界との接触について、政府はどう対応するつもりですか」


「今後、有識者委員会を設置し、検討してまいります」


「怪物を率いていた人物、久能宗一郎については」


官房長官は少し間を置いた。


「久能宗一郎氏については、事態収束の過程において消息不明となっており、現在確認中であります」


会見場が、ざわめいた。


———


各メディアの報道は、混乱していた。

NHKは「未確認の異界存在による東京都心部への侵攻と収束」として淡々と報じた。


民放各局は映像を繰り返し流した。


千代田区に突然出現した城。

黒い甲冑から肉をはみ出させた怪物の大群。

逃げ惑う群衆。

自衛隊の砲撃が効かない場面。

そして竜が業火を吐く映像。

守護者と呼ばれた男が、刃を素手で受け止める場面。

二人の男の格闘。

城が光り、空の亀裂が塞がっていく瞬間。


ワイドショーのコメンテーターは口々に言った。


「これは一体何だったんでしょうか」


「政府の説明では到底納得できません」


「守護者と呼ばれた男性、桐島蓮という人物については、過去に過剰防衛で服役していたという報道もありまして」


「ただ今回の映像を見る限り、多くの市民を守ったことは事実ではないでしょうか」


SNSは、もっと率直だった。


『今回、音声や映像がかなり鮮明だったな』

『桐島蓮、オールドメディアが前科強調してるけど、今回は普通に英雄d( ^ω^ )b』

『過剰防衛って言うけどさ、あの事件も幼馴染守ろうとしたんだろ? 検察や裁判所の判断おかしいんじゃねえの?』

『久能宗一郎、妻子殺されてたって本当だったんだな』

『真犯人まだ捕まってないんだろ? 警察仕事しろよマジで。今回の事件の原因それだし』

『人間を皆殺しにすれば犯人も……って言ってたな、それは完全にマジキチ、妻子の件は同情するけどやったことは許されない』

『てかどうやって怪物連れてきたんだあいつ』

『久能のやったことを擁護する訳じゃないけど気持ちはちょっとわかる』

『てか久能って自殺したんじゃなかったん?なんで生きてたん?』

『桐島も交通事故で死んでたらしいがなんで生きてたんだ?』

『桐島や久能は今どこにいるんだ』

『異世界に帰ったのかな、ゲーム・オブ・スローンズみたいな連中もみんないなくなってた』

『近くに行ってみたけど城も消えてたわ』


———


日向さくらは、テレビの前に座っていた。


娘は眠っていた。


画面には、あの男の映像が繰り返し流れていた。

自分のために身を挺してくれた場面。

刃を素手で受け止める場面。

群衆を守りながら怪物と戦う場面。

謎の男との肉弾戦の場面。


「蓮くん……」


さくらの頬を涙がつたった。


娘が目を覚ました。


「ママ、どうしてないてるの? どこかいたい?」


「ううん、どこもいたくないよ、だいじょうぶ」


娘を抱きしめながらそう言ったが、涙は止まらなかった。


「ママ、なかないで」


さくらは泣くのをやめようとした。


でも、どうしても涙は止まらなかった。


———


アルディア城の大広間は、人の熱気に満ちていた。

長机が並び、騎士団員たちが肩を寄せ合って座っている。

鎧はボロボロだ。

包帯を巻いた者もいる。

それでも、誰もが声を上げて笑っていた。


厨房では、アリアが仕切っていた。


「火が強すぎる、もう少し弱めろ!」


「骨付き肉はもっとじっくり焼け、急ぐな!」


料理人たちがてきぱきと動く中、アリアは鍋をかき混ぜながら指示を出し続けた。


大鍋には、野菜と豆と骨付き豚肉を煮込んだシチューが揺れている。

香草と赤ワインの香りが、厨房中に立ち込めていた。

鉄串には羊の腿肉が刺さり、かまどの火の上でじっくりと回されていた。

表面が焦げてパリッと音を立てるたびに、肉汁がしたたり落ちて炎が揺れる。


パンは丸ごと焼かれ、外はカリッと、中はふんわりと蒸気を含んでいた。

スープには白インゲン豆と鶏肉が入り、一口飲むだけで体の芯まで温まるような味だった。

テーブルには果実酒の瓶が並び、騎士団員たちが杯を傾けていた。


城の外では、古竜が大きな樽を前に座っていた。

樽の中身は酒だった。

誰が用意したのか、樽は古竜の前足ほどもある大きさだった。


「もう一杯いかがですか!」


フィレーネが古竜に向かって杯を掲げた。

フィレーネの頬はすでに赤かった。

古竜は低く唸って、樽に鼻先を突っ込んだ。


「あははは、強いですね!」


フィレーネが笑った。

古竜も、どこか楽しそうに目を細めた。

騎士団員の一人が囁いた。


「……皇女殿下が竜と飲み比べをしておられる」


———


地下牢。


アズリエルは木の椅子に座っていた。

粗末な机の上に、料理が置いてあった。


骨付き肉のシチュー。

焼きたてのパン。

果実酒の瓶。


おそらくフィレーネが持ってきたのだろう。


アズリエルはシチューの椀を手に取った。


一口飲んだ。

温かかった。


脳裏に、フィレーネの声が蘇った。


「アズリエル卿」


龍脈の心臓部から戻った後、フィレーネは真っ直ぐにアズリエルの目を見て言った。


「アルディアの再建に、力を貸していただけませんか」

アズリエルはしばらく黙っていた。


「私に何ができるとも思えんが」


「そんな事はありません、あなたはこの国を守ってくれました」


アズリエルはフィレーネを見た。


あの日、牢獄で初めて差し入れを持ってきた小娘。

毛布を押し込んでいった小娘。

焼き菓子を持ってきた小娘。


「……前向きに、検討しよう」


ぼそりとそう言った。


「楽しみにしています」


フィレーネは満面の笑みを浮かべた。


その事を思い浮かべながら、アズリエルはシチューをもう一口飲んだ。


———


祝勝会の喧騒の中で、蓮は黙々と食べていた。


骨付き羊の腿肉。

表面はパリッと香ばしく、中からじわりと赤みがかった肉汁が滲んだ。

噛むたびに、香草の香りが口に広がる。

シチューをパンに浸して食べた。

豆の甘みと豚の旨味が、じんわりと舌に広がる。


「うめえ」


気づいたら、声に出ていた。


蓮はここに来てから味覚を失っていた。

アズリエルの屍霊騎士団を退けた時の祝勝会。

あの夜は「半分くらい戻ってきた」という感覚だった。


今夜は、もっと。


「腕によりをかけた」


隣にアリアが座っていた。

エプロンをまだつけたまま、杯を持っていた。


「お前が作ったのか」


「半分は料理人たちだ」


「マジうまい」


「そうか、頑張った甲斐がある」


アリアは短く答えて、杯を傾けた。


蓮はふと思い出した。


あの交差点。

老婆を押しのけて車道に飛び出した瞬間。


アスファルトの冷たさ。


「……婆さん、魔物に襲われなかったかな」


「何の話だ?」


「この世界に来る前、日本、ここの言い方だと幽世(かくりよ)ってのか……そこで婆さんを事故から助けたことがあった。で、こっちからバケモンがあっちに傾れ込んだだろ? それで、大丈夫だったかなって」


アリアは言った。


「大丈夫だったと信じたいな。しかし、お前はいつだって人助けだな」


「そうかな……そうかもしれないな」


アリアが苦笑した。


斥候が報告を持ってきたのは、その頃だった。


「守護者様、報告いたします。怪物化した魔王軍の残存勢力ですが、現在その姿は確認できておりません。魔王の居城にも動きは見られず、現時点では脅威なしと判断されます」


「わかった、ご苦労さん」


脅威なし。

蓮は杯を傾けた。


フィレーネの話では、久能は龍脈を正常化させたあと、忽然と消えてしまったという。

アズリエルの協力を得て龍脈の封印は強化され、そう容易くは破られないものになるだろう。


これで終わったのだろうか。


終わったんだよな。


———


祝勝会の喧騒から少し離れて、蓮は城のテラスに出た。

夜風が吹いていた。


右手を見た。


どのような呪詛を込められた短剣だったのか。

無名の短剣に貫かれたその傷跡は、守護者の力をもってしても癒えないままだった。


見上げれば、二つの月。

この世界に来た最初の夜も、こうして月を見上げた。

あの時は「知らない世界」だった。

今は違う。


「自らを薪に焚べる者」


アリアの声が、後ろからした。

振り返らなかった。


「お前が古竜に立ち向かったあの日、私は城壁の上からそう思った」


アリアが隣に立った。


「最初に見た時から、ずっとそう思っていたんだ」


「買い被りだ」


「そうは思わない」


アリアは蓮の右手を見た。


傷跡に、静かに視線を落とした。


アリアは静かに言った。


「……そうは思わないんだ、だから」


「私も……共に燃えたい」


アリアの手が、蓮の右手に重なった。

傷跡の上に、静かに。


アリアの手の温度が、傷跡を通して伝わってくる。

鼓動が速くなった。

守護者になってから久しく感じたことのなかった感覚。


「……アリア」


「なんだ」


「お前、耳が赤いぞ」


「お、お前こそ、顔が真っ赤ではないか」


その時。

テラスの扉が勢いよく開いた。


「あー!!!やっぱりここにいましたね二人とも!!!」


フィレーネだった。


全身真っ赤だった。


目が完全に据わっていた。


明らかに飲みすぎだった。


「レンは!私のものなんですけど〜!!」


「殿下、声が大きいです」


「いくらアリアでも〜!!こればっかりは!!譲れませんよ〜!!」


「殿下、少し落ち着いて——」


「落ち着いてなんかいられません!!だってアリアったら!!レンの手を握って!!」


「私だってレンといちゃつきたいですよ!!でも立場上できないのに!!アリアずるいです!!」


「そんな事を言われても、その……!!」


その様子を、騎士団員たちが物陰で息を潜めながら見ていた。


「……我らが皇女殿下が、玄鉄盾(くろがねのたて)騎士団長が、とんでもないことになってるな」


「見なかったことにしろ」


副団長が静かに言った。


「それが騎士道」


騎士団員たちは無言で背を伸ばし、一斉に敬礼した。


テラスでは、フィレーネがまだ何か言い続けていた。

アリアが顔を真っ赤にして言い返していた。

蓮はその光景を眺めながら、苦笑した。


酒を飲むだけ飲み干して、古竜が羽ばたき、城壁に静かに降り立った。


大きな目が、テラスの三人を見下ろしていた。


風が吹いた。


二つの月が、雲の間から顔を出した。

古竜は静かに目を細めた。


この小さきものたちに、幸あれ。


古竜はそう思った。




第二章 完

彼らの人生はこれからも続きますが、物語は一旦これにて完結とさせていただきます。

小説は初挑戦で、あまり緻密に設定や展開を用意したものではなく、ほぼ毎日アドリブで書いた感がありますが、途中から作品が生き物のように自動的に伏線を回収したり、キャラクターが勝手に動いていったりという体験が出来て、書いててとても楽しかったです。

ここまでお付き合いしてくださった皆様、本当にありがとうございました。

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