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第二十五話 我を通す

古竜の背に跨りながら、アリアは戦場を見下ろしていた。


眼下に広がる光景は、悪夢だった。

見知らぬ灰色の街。

見知らぬ光の洪水。

そしてその中にいる人々を、怪物と化した冥鉄蹄騎士団が蹂躙していく。


古竜が咆哮した。

業火が、怪物の群れを薙ぎ払う。

灰になっていく黒い甲冑。


「もう一度、左だ」


古竜が旋回した。

アリアは急拵えの古竜用の手綱を掴んだ。


戦いながら、考えていた。

衛兵からの報告を思い出す。


アズリエルの牢獄が破られていた。

鉄格子が錆びて腐り落ちていた。

そして格子の前に、差し入れの入った籠が残されていた。


「殿下……!一体どこへ……!」


アリアは奥歯を噛みしめた。

アズリエルに攫われたのか。

それとも。


いや、考えても仕方がない。

今は異形と化した魔王軍から群衆を守らなければならない。


ふと。


眼下の群衆の中に、黒い髪の女性が見えた時、アリアの心臓が跳ねた。


「殿下!?」


だが違った。

蓮が庇っている女性、黒い髪、小柄な体躯。

確かに似ていた。しかし服装や立ち居振る舞いが違う。


あの女性が誰なのか、アリアにはわからなかった。

ただ、蓮の肩が、あの女性の声に揺れたのを、上空から見ていた。


「……レン」


アリアは呟いた。


古竜が旋回した。

戦場に集中しなければならない。

そうわかっていても、心中はフィレーネの事で一杯だった。


———


戦いの最中、アリアは上空から戦場全体を見渡していた。

怪物の群れ。

騎士団の隊列。

蓮が拳で切り開いていく道筋。


そして。


戦場の奥に、怪物化した冥鉄蹄騎士団とは趣を異にする一団を見た。


おそらくは、魔王。

魔王軍四大将軍。無名と、アズリエル。

そして、無名によって黒曜石の短剣を喉元に突きつけられたフィレーネ。


「殿下!!!」


アリアは古竜に合図した。

急降下。


「レン!その先にフィレーネ殿下がいる!一刻の猶予もない!共にいくぞ!」


古竜が口から業火を放つ。

呻き声をあげながら溶け落ちる黒き鎧の異形たち。


道はついに開けた。


———


古竜が地響きを立てて地に降り立つ。アリアは騎乗したまま剣を抜いた。


「アズリエル!」


アズリエルを睨んだ。


「貴様、牢を抜け出して殿下を……!恩を仇で返したか!」


「アリア!」


フィレーネの声が、アリアの動きを止めた。


「違うのです! アズリエル卿は私を守ってくれました」


「……殿下?」


「私が一緒に来るようお願いしたのです」


アリアはしばらく、フィレーネを見た。

それからアズリエルを見た。

アズリエルは視線を外していた。


「……後で話を聞かせてください、殿下」


その時、蓮が辿り着いた。


魔王と目が合った。


沈黙が落ちた。


———


「来たか、桐島蓮」


久能の声は静かだった。


蓮は久能を睨みつけて叫んだ。


「てめえがこのバケモンどもの親玉か?……日本人に見えるが?」


「その通り、私は日本人だ……我が名は久能宗一郎」


「お前と同じ、神の気まぐれによって力を与えられ転生者だ」


二人の間に、風が吹いた。


久能はゆっくりと蓮を見た。


「お前は何故、そんなに必死に人間を守ろうとする」


「……俺の、性分だ」


「性分」


久能は繰り返した。


「お前とて、人間には辛酸を舐めさせられただろう」


蓮は答えなかった。


久能が指を動かした。

上空に大きな光が走った。

スマートフォンの画面のような、青白い光。


そこに映像が浮かんでいた。

SNSの画面だった。

そこには蓮が怪物を殺す映像と共に、無数のリプライがついていた。


『コンビニで人を殺して服役してた前科者じゃんこいつ』

『自衛隊の近くに変な城が出てきてるぞ、あの怪物どもを呼び込んだのは誰?』

『あの黒髪の男、桐島蓮じゃないか?殺人犯だよ、ニュースで見たことある』

『でもあの事件は正当防衛だったんじゃないの? かわいそう』

『こいつ空手大会の優勝者じゃん、殺さなくてもどうにでも出来ただろ』

『過剰防衛で実刑喰らったんだよ、かわいそうじゃない、ただの人殺し』

『幼馴染を守るために人を殺しました、だってよ! ワンチャン狙ってカッコつけたのかな、それで刑務所とかウケるわ』

『でもあいつ……怪物と戦ってね?』

『殺人犯のくせに、今度はいい人ぶって怪物とバトル?改心しましたってか?安っぽいラノベかよ』

『前科者に守ってもらうのは嫌だわ、自衛隊は何してる訳?』


蓮は画面を見た。

表情が、変わらなかった。


「見ろ、これが人間だ」


久能は続けた。

別の画面が浮かんだ。


『ヘリで空撮された映像に映っていた男、あの自衛官じゃないか』

『妻子殺しの久能宗一郎』

『ヤバい、怪物引き連れてるよ、魔王じゃん』

『犯人だったんだ、やっぱり』

『妻子殺しが魔物を呼び込んで日本を滅ぼそうとしてる?ネットで叩かれた逆恨み?』

『さっさと自衛隊が殺せよこんなカス、外患誘致罪、死刑』


「俺の妻子を殺した真犯人は、今も見つからないままどこかで安穏と暮らしている」


久能の声は、静かだった。

怒りではなかった。

事実を述べるように。


「人間を皆殺しにすれば、必ずそいつを始末できる」


蓮はしばらく、上空に映し出されたSNSの画面を見ていた。


「……たしかに」


蓮は言った。


「見るに耐えない奴ら、ロクでもない奴らもたくさんいる」


久能が、わずかに目を細めた。


「では何故人間を守ろうとする、無意味な行動だ」


蓮は久能を見た。


風が吹いた。


蓮の髪の毛が逆立つ。


「……お前の話に、さくらはどこに関係する」


久能は答えなかった。


「フィレーネは」


蓮は続けた。


「アリアは」


「畑を耕したり、壁を修復したり、パンを焼いたりして暮らしてた人々は。泥をこねて遊んでた子供たちは」


久能の目が、揺れた。

一瞬だけ。


「お前の妻子を殺した奴は最悪だ、そいつへの怒りは正しい」


蓮は言った。


「でもさくらは! フィレーネは! アリアは! 何の関係もないだろうが!」


「アルディア攻略は日本への扉を開くための必要経費だった、アルディア城は龍脈の心臓部を護る要害だったからな」


「ふざけるなよ」


蓮は拳を固く握った。


「何が必要経費だ……! お前が殺そうとした人々が、お前に何かしたってのか……!」


「フィレーネとアリアは、守護者になってなんの味も感じなくなってた俺に、美味いと感じられる飯を作ってくれた」


久能は黙っていた。


「お前の妻子も、そういう温かい人たちだったんじゃないか」


久能の目が見開かれた。


「……黙れ」


初めて、感情が混じった声だった。


「俺に由紀と宗紀の話をするな」


蓮は黙った。

しばらく、沈黙が続いた。


「……俺の息子は自衛官になりたいと言っていた」


久能は静かに言った。


「困っている人を助けたいと」


「その息子が殺された。妻の由紀も殺された。そして俺は愚劣な民衆によって犯人に仕立て上げられ、弁明は誰も信じなかった。それでもお前は、人間を守るに値する存在だと思うのか?」


蓮はしばらく黙っていた。


「……わからない」


蓮は言った。


「だが俺は、守護(まも)る」


久能は蓮を見た。


「理由もなく?」


「理由はある」


蓮は答えた。


「……さくらが幸せそうだったから」


久能は長い間、蓮を見ていた。

やがて、静かに言った。


「……そうか」


「もはや問答は無用。お前はお前の我を通せ、俺は俺の我を通す」

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