第二十四話 雌雄
アルディア側の騎士団連合軍三万と、冥鉄蹄騎士団が激突する最中、
魔王・久能宗一郎は屍の竜の群れを引き連れ、悠然と前線に姿を現した。
二つの世界が重なった空の下。
よく見知った灰色のビルの群れ。
破壊されたコンビニエンスストア。
あちこちで上がる火の手。
怪物に殺され逃げ惑いながらも、呑気にスマホを向ける群衆。
自衛隊の発砲音、戦車の砲声。
遠くで鳴り続けるサイレンと避難警報。
久能に感慨はなかった。
ただ、それらを虚な目で眺めていた。
「魔王様」
前方から四つの気配が近づいてきた。
白いローブのベネディクトゥス。
黒いローブの無名。
無名はフィレーネの首に黒曜石の短剣を押し当てている。
そしてそれを付き従うアズリエル。
久能はベネディクトゥスを見た。
「冥鉄蹄騎士団は、何故あのような事になっている」
ベネディクトゥスは穏やかに頭を下げた。
「より効果的に人間どもを駆逐するべく、私めの手で強化いたしました」
「強化?」
「不死の怪物と化した冥鉄蹄騎士団は、今この瞬間も人間どもを蹂躙しております」
「俺はそんな命令を出していない」
「魔王様の御心を実現するためならば」
久能の目が、細くなった。
ベネディクトゥスは微笑んだまま、言った。
「魔王様、よくお考えください。人間を一人残らず滅ぼしたとしても、魔王軍が残れば、結局、魔王様が忌み嫌う『物語』の語り手はいなくなりませぬ」
「魔族もまた『物語』を紡ぎます。憎しみも、争いも、くだらない『物語』も、消えることはありません」
「ならば」
ベネディクトゥスの声が、柔らかくなった。
「人間も、魔族も、全て滅びるべきなのです。私こそが魔王様の真の願いを汲み取れるのです。魔王様自身でさえ気づけなかった御心に」
久能はしばらく黙っていた。
風が吹いた。
サイレンの音が、遠くなった。
「お前もまた、勝手な『物語』の中に生きているな」
ベネディクトゥスの微笑みが、わずかに揺れた。
「私こそが、魔王様の真の理解者でございます」
久能は視線を前方に戻した。
遠くで、蓮が怪物の群れを蹴散らしているのが見えた。
「忠誠の証として。魔王様の目の前で守護者を片付けましょう」
ベネディクトゥスが言った。
「守護者をわが魔術で仕留め、死体を傀儡として使役しましょう。あれに古竜を撃退させれば、皇国の戦力など取るに足らないものとなります」
久能は答えなかった。
ベネディクトゥスが踵を返し、蓮の方へ歩き出そうとした。
その背中に。
久能の従えた屍竜の群れが襲いかかった。
屍竜の歪んだ鋭い爪に押し潰され、体を齧りつかれ内臓を引き摺り出され、弄ぶように手足を捥がれ、ベネディクトゥスが情けない悲鳴をあげる。
「魔王様……あああ……! なにを……!」
ベネディクトゥスの声が、途切れた。
哀れな供物は屍竜に蹂躙され、あとには血溜まりと、血に染まった白いローブの残骸が残された。
「お前の言うことには一理ある、だが、それならお前が率先して死ぬのが道理であるな」
無名が静かに言った。
「……アズリエルの処遇は如何いたしますか?」
久能はアズリエルを見た。
それからフィレーネを見た。
「アズリエルよ、言ったであろう?人間の『物語』を侮るな、と」
「お前はその小娘に絆されたのだな、魔王軍四大将軍としては随分と情けない姿を見せてくれたものだ」
アズリエルは答えなかった。
「だが……私は、そんなお前が何故か嫌いになれない」
「無名よ、アズリエルはそっとしておけ」
「しかし魔王様、彼奴をこのままにしては軍への示しがつきませぬ、ひいては魔王様への災いとなりましょう」
「かまわぬ、捨ておけ」
無名は魔王の胸中が理解出来なかったが、ひとまず従うことにした。
久能は前を向いた。
遠くで、古竜に乗った女騎士と守護者が、怪物と化した冥鉄蹄騎士団を蹴散らしながら近づいてくるのが見えた。
「守護者・桐島蓮……貴様と俺の『物語』、雌雄を決する時か」




