第二十話 幽世
謁見の間が揺れたのと同時に、城門の外でも動きがあった。
冥鉄蹄騎士団の隊列が、整い始めていた。
号令もなく、音もなく、黒い甲冑の群れが前進の形を作っていく。
城壁の上で弓兵隊が騒めいた。
「動くぞ……!」
「構えろ!」
アリアの声が響いた。
城門前に展開上する騎士団達に緊張が走る。
城門の前で、俺は動かなかった。
隊列の先頭から、ゼルドリヒが馬を進めてきた。
初めて会った時と同じ、黒い全身鎧。
身の丈を超える斧槍と異形の盾。
兜の奥の目が、まっすぐに俺を見ていた。
「なあゼルドリヒ!」
「何だ」
「お前……もしかして俺にビビってるのか?」
「お前、最初に会った時からずっと俺にガン飛ばしてたよな。戦う気満々みたいなツラしてたのに」
沈黙が落ちた。
冥鉄蹄騎士団の隊列が、止まった。
ゼルドリヒの目が、細くなった。
「……何が言いたい」
「ビビってるんじゃないなら、今やろうぜ、ここで。一対一で。雑魚共は止まらせておけ」
長い沈黙だった。
ゼルドリヒは馬を降りた。
斧槍を構えた。
異形の盾を前に出した。
ゼルドリヒの号令が魔王軍全軍に轟いた。
「全軍、その場で待機!」
「挑発に乗ってやろう……! お前を踏み潰した後、アルディア皇国だ」
地面が爆ぜた。
踏み込みが巨体に似合わず速い。
斧槍が振り下ろされ、俺は横に跳んだ。
斧槍は石柱に突き刺さり、石が砕け、粉塵が舞った。
俺は左拳を脇まで引き絞り、斧槍の刃の側面めがけて渾身の正拳突きを放った。
薄い亀裂が入る。
裂帛の気迫を込める。
追い討ちで大上段からの右手刀。
かつて、氷柱五段、瓦五十枚を粉砕した生前の俺の手刀が、斧槍を直撃する。
ゼルドリヒの斧槍の穂先は、鈍い音を立てて粉々に砕け落ちた。
「ぬう!」
ゼルドリヒの巨体より大きな異形の盾が、横薙ぎに飛んでくる。
俺はそれを十字受けで凌ぎ……切れず、そのまま吹き飛ばされかける。
その時だった。
地の底から、轟音が鳴り響いた。
城壁が揺れた。
地面が揺れた。
空の色が、一瞬で変わった。
城壁の上で、古竜が怯えるように翼を広げ、空に向かって咆哮した。
俺もゼルドリヒも、動きが止まった。
……空が、裂けていた。
裂け目から何かがこちらを観ていた。
「なんだ?」
続けて、さらに大きな地響きが来た。
立っていられないどころか、上下左右の感覚さえなくなるほどの揺れが襲う。
視覚が、聴覚が、千々に乱れる。
これはただの地震ではない。
何か取り返しのつかないことが起きている。
———
龍脈の心臓部。
「やれアズリエル、お前の最後の仕事だ」
「ぐっ……」
フィレーネを人質に取られ、なす術もなく、アズリエルは無名に命ぜられるままに術式を組む。
「皮肉だな。お前と皇女さえここに来なければ、こうも上手くはいかなんだ」
無名が感情のない声で呟く。
「皇女の血。お前の魔術。これによって龍脈を暴走させ、幽世への道を開く。二つの世界は混ざり合い、魔王様の悲願は実現するのだ」
「『物語のない世界の実現』が」
そして空が裂け、海は荒れ狂い、天地は鳴動した。
———
どれくらい時間が経ったのだろう。
俺は気を失っていたのか。
あたりに充満する砂煙。
俺は自分に覆い被さっていた瓦礫を力づくで押し除けた。
あたりには灰色のアスファルト。
24時間営業のコンビニ。
スマホを持った通行人。
道路標識には日本語。
「……ここは……日本なのか?」
俺は呟いた。
二つの世界が、繋がっていた。




