第二章 8 奪還
「お願いだ……あいつを倒したい!」
思いつめたように、鈴宮は言った。
理知的なこの男性には似つかわしくないような慟哭だった。
「気持ちはわかります……でも、それをしようとすれば……」
風が吹いてループしてしまう。これではいっこうに話が進まない。しいては現実世界にも、もどれないということになる。
「それはわかってるが、めぐみをあんな絵に閉じ込めておくなんて……」
「でも倒すといったって、かないっこありません」
鈴宮もかつては特殊な能力をもっていたはずだが、ここでは使えない。どうやら、地に関した能力でないと発現しないようなのだ。
「力さえあれば……」
鈴宮は悔しそうに唇を噛みしめていた。
「どうにかできないか? 千鶴ちゃんは、ちゃんと力が残ってるだろう?」
「全部ではないです」
それに千鶴と周防は、死んでいるわけではない。
「……じゃあ、こうしましょう。とにかく、いまはスルーして、最後まで行きましょう」
自信はなかったが、考えはあった。
「みんなで知恵を出し合えば、打開できるかもしれない」
「……わかった」
鈴宮も了承し、一輪戦車をやり過ごした。
いつもどおりに隠れ家で、みんなと合流した。
「おい、二回ほどあっというまに終わったんだけど、なにがあったんだ?」
事情を知っている仲間に声をかけられた。それには、あとで話すといって対応した。
そして、最後の合戦になった。
「やっぱり、ムリだったろ?」
周防に言われた。
「とにかく、話を聞いて」
千鶴は、周防をはじめ、みんなに事情を説明した。
「そうか……奥さんが絵に……」
「それでさあ……鈴宮さんが、どうにかあいつと戦えるようにしてもらいたいんだよね」
「どうにかって?」
「だから、鈴宮さんはここに来て、力がなくなっちゃったんだって。わたしたちは、まだあるでしょ?」
「《洗礼者》だったな……」
しかし話の流れは、とまってしまった。
「そういえば……なにかの話しの途中だった」
「?」
千鶴には、意味がよくわからなかった。いや、すぐに思い出した。たしか、おたがいがおたがいを知っているようだった。そんなことを話していたときに、ループしてしまったことがあった。
「どこで会ってる?」
「きみのことは、妻の葬儀のときにみかけた」
「葬儀?」
「おれの妻は、交通事故で死んだ」
「……そうか」
周防にもわかったようだ。
「あのときは、妹のことで頭がいっぱいだった……そういえば、妹を助けるために亡くなった女性の葬儀に行ったんだ……そのときに、あんたと会っていたのか」
「……つながっていたようだな。あの戦いのさなかには出会わなかったというのに」
こんなあの世で──鈴宮は、そう言いたいようだった。
話を整理すると、奥さんのめぐみさんが、周防の妹さん──たしか、ゆかりさん──を助けるために事故で死亡してしまった。ゆかりさんも亡くなっているから、二人を巻き込んだ事故だった。
「ゆかりを助けようとしてくれた女性……それが、あんたの……わかった」
周防はそう言うと、地面に手をかざした。
すると、地面が盛り上がった。
そのふくらみに手を入れると、引っこ抜くように腕を出した。
周防の右手には、岩のようなものでできた剣が握られていた。
千鶴は知っている。これが伝説の『草薙の剣』だ。
「これを貸す」
「これは?」
「名前なんて、どうでもいい。おれの持つ、最強の武器だ」
見ていた人たちは一様に、こんなものが? と疑う視線を向けていた。
当の鈴宮に、不満はないようだった。
「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
そして、風が吹いた。
* * *
戦車をとめた。
「今回は、おれの好きにさせてくれ」
千鶴はうなずいた。
いつものように、戦車のなかのあの部屋へ自動で転移した。
「ほう。ずいぶん可愛いお客さんだ」
「イブキドヌシ!」
岩土の剣──草薙剣をたずさえた鈴宮が、根の国の神に挑んだ。
「物騒なものを持ち込んでいるな」
しかし、イブキドヌシにおびえた様子はない。
「須佐之男の気配を感じるが、そうか……建速から借りたなまくらか」
「妻を返してもらうぞ」
剣を振るった。イブキドヌシは後方にさがって、その一撃をかわす。
鈴宮は、最初からイブキドヌシを倒そうと考えていたわけではない。そのことを千鶴は、次の行動で知った。
彼の狙いは、妻である女性が描かれた一枚の絵画にあった。
片手だけで壁から絵をはずした。
「返してもらうぞ!」
だが、どうやって逃げればいいのだ?
そのことは、考えていない。
「きさまら! なんてことを!」
それまで、いかなるときでも──風をまとわせているときにも余裕を感じさせたイブキドヌシから、神のような威厳が消えた。
必死に叫びをあげる姿は、むしろ人間だった。
「返すのだ! 妻を愛してるのなら、それを渡せ!」
「ふざけるな!」
「おまえは、なにもわかっていない……」
千鶴は、二人のやりとりを目の当たりにしながら、予想外の感情に支配されていた。
正直に告白すれば、鈴宮が絵を奪う──奥さんの奪還が成功するとは思っていなかった。
なぜなら、イブキドヌシが風を吹かせば、どんな場面であろうとループしてしまうからだ。イブキドヌシにとって不利な状況になれば、どうぜループさせてしまう。だから、鈴宮の気持ちをなだめるために、このたくらみに乗ったにすぎない。
何回かチャレンジすれば、彼の心情も少しは晴れるだろうと思ってのことだ。
が、イブキドヌシは必殺の術『風廟』を放とうとはしていない。
これは、どういうことだ?
「この絵には、なにがあるの?」
「神力の象徴となっているのだ……」
「象徴?」
「この絵こそが、この世界を支えている……」
なにを言っているのか、半分も意味がわからない。
「この世界って……ここのこと?」
「……そうだ。その絵がなければ、ここの理が狂うのだ」
「よくわからない……結局、どうなるの?」
「根の国が消滅する」
「消滅する? あの世がなくなるってこと!?」
黄泉の国が……。
そんなことがおこりえるのだろうか?
「どうすれば防げるの?」
「絵をもどせ……」
千鶴は、鈴宮の顔を見た。
鈴宮がそれに応じる素振りはみられなかった。
「……」
千鶴は、選択に迫られた。
イブキドヌシの言葉を信じるか……。
鈴宮の思いを遂げさせるか……。
「鈴宮さん! ごめんなさい!」
千鶴は、鈴宮から絵を奪った。
イブキドヌシのことは警戒していても、千鶴のことは意識していなかったのだ。
「これは、返す……でも、そのかわり、もっと重要な情報をください!」
「……いまここに、大きな威気をもった存在がいくつかある。建速の須佐だけではない。おそらく、同等の存在だ」
「なんのこと?」
「月と太陽だ。この世界が、このような場面になっているのは、その影響が大きい」
「だから、なんのことなの!?」
「建速に訊け」
イブキドヌシの身体から、静電気のような放電がはじまった。
千鶴は、絵を壁にもどした。
「それでいい」
風廟!
* * *
時間がもどっても、鈴宮は不満そうな顔だった。しかし、千鶴を責めるようなことはしない。
「ごめんなさい……」
「いいんだ」
「でも、べつにわたしは、あきらめたわけじゃないですよ」
そのことは、ちゃんと伝えた。
「その気になれば、絵は奪えます。あの神は、ループしても記憶が蓄積されていません。同じテが何度でも使えます」
戦車は見送った。いまは、周防に話をするのが先決だ。
「どうだった?」
周防の声に期待感はこめられていなかった。
「やっぱり、ループしたろ?」
イブキドヌシを倒そうとしたか、絵を盗もうとして、ループしてしまったのだと思っているようだ。
「いや、ちがうの……」
千鶴は、詳細を伝えた。
「神力の象徴? 月と太陽?」
「そんなこと言ってた。とにかく鈴宮さんの奥さんの絵が、重要なものなんだって」
「月と太陽……ほかには、なにか言ってなかったか?」
「建速が、どうのこうの……須佐って、周防さんのことだよね?」
「そうだ。おれと、月と太陽。ツクヨミとアマテラスだ」
「倒したよね……わたしたちが」
「だから、ここにいるんじゃないか?」
周防は、不吉なことを言った。
「どこに?」
「わからないが……それがここでやるべきことなのかもしれない」
そのために、ここへ……。
「じゃあ、アマテラスをみつければいいの? どこだと思う?」
千鶴は周囲でこの会話を聞いている人たちに問いかけてみるが、みな、なんのことだかついてこれないようだった。
「どっかにいるんだろ……」
「じゃあ、次はそれをみつければいいのね?」
「そういうことだな」
どうやら、もうすぐ風が吹きそうだった。
「いままで行っていない場所をさがすんだ」
「わかった──」




