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第二章 7 転生

 最大のチャンスは、初めて出会ったときだ。

 いかに神とはいえ油断していれば、つけいるすきはある。

 すでに手筈はととのえてある。イブキドヌシとの謁見で、仲間の下級神と兵士が共同で羽交い絞めにし、周防が牢番から受け取った凶器で倒してしまう、というものだ。

 うまくいくかどうかは、このさい重要ではない。

 まずは試してみて、その結果を検証する必要がある。

 そもそも、イブキドヌシがループの法則からはみ出せない存在だとしたら、殺害などできないかもしれないのだ。希望的観測としては、二回目のときに前回とはちがう会話をしている。どうにかなるかもしれない……。

 それを確認する意味でも、やってみるしかない。

 前線基地にイブキドヌシが到着し、それをヒルコをはじめとして下級神やそれに使役された亡者たち、そして兵士たちがむかえる。

「その男は?」

「は! あやしい男がいましたので、捕らえておきました」

 周防は仲間に目配せして、行動をおこした。

「なにをする!?」

 イブキドヌシを、二人がかりで羽交い絞めにした。周防は事前に牢番から受け取っていたナイフで心臓を刺し貫く。

「これで、ループはなくなるのか?」

 周防は、刺しながら、刺した相手であるイブキドヌシにたずねていた。

「なくなるわけないだろう」

 イブキドヌシが静かに答えた。痛手を負っているようには思えなかった。

「これこそが、根の国の理なんだ」

 周防は眼を見張った。

 周囲の時間が静止している。

「同じことの繰り返しが、高天原タカマノハラへの神力に変換されているのだ」

「……神力? エネルギーみたいなものか?」

「言葉など、どうでもよい」

「これから、どうなるんだ?」

「私が死んだら、この転生は成立しない。修正力がかかる」

「じゃあ、このループは止められないのか!?」

「止められない。だが……」

 イブキドヌシは、なにかを伝えようとしていた。

「?」

 しかし、その続きを口にするまえに、修正力というものが発動したようだ。

 時間が、イブキドヌシを襲撃する寸前にまでもどっていた。

 記憶まではもどっていない。周防だけでなく、仲間の下級神や兵士も表情に驚きと戸惑いがある。

 もう一回、と目配せした。

 同じように周防が、ナイフでイブキドヌシの心臓を貫いた。

 だが、殺そうとしてのことではない。さっき言いかけたことを確かめるためだ。

「だから、無駄だと忠告しただろう? 私が死ぬことはない」

 また時間が静止し、イブキドヌシが何事もないように話しかけていた。

「そんなことじゃない。なにかを言いかけただろう?」

「そのことか……」

 イブキドヌシは、つまらないことのように声を出した。

「ここの住人は、転生の外には出られない」

 ループのことを「転生」と呼ぶらしい。もしかしたら、人間が輪廻転生だと信じている現象は、これのことなのかもしれない。

「だから、どういうことなんだ?」

「つまり、君は出られるということだ」

「どうやって?」

「いまここは、ある力の干渉にあっている。それをどうにかすれば……」

 時間が襲撃するまえにもどり、正常に動き出した。

 今度は、襲撃をやめた。

 なにごともなくそのまま進んで、あの合戦での会議になった。

「結論を言うぞ。イブキドヌシは殺せない。そして、このループも終わらない」

 イブキドヌシが語った内容と、周防自身が推測したことを合わせて、みんなに説明した。

「……繰り返すことで、それをエネルギーにしているの?」

「ああ。それが『転生』なんだと」

 周防自身も、よく理解しているわけではない。

「なんかイライラする!」

 千鶴が癇癪をおこした。

「冷静になれ」

「周防さんの話じゃ、よくわかんない!」

 それは仕方がない。自分でも理解できないことを人に説明しているのだ。

「今度は、わたしがイブキドなんとかと話す!」

「話すっていっても……」

 そのタイミングは、どこかにあるだろうか?

「これまでと、まったくちがう行動をとってもいいんだよね?」

「それは大丈夫だ」

 こうやって仲間を増やしたのは、ちがう行動をとったことの結果だ。

「だったら、はじまってすぐ会いに行く」

「最初にイブキドヌシが、どこにいるのか知ってるのか?」

「知らないわよ、そんなこと」

 少しキレ気味に、千鶴は言った。

「それならわかる」

 言ったのは、鈴宮だった。

「はじまってすぐに、千鶴ちゃんが轢かれそうになるんだ」

「轢かれる?」

「ああ、あのヘンな乗り物ね」

 一輪戦車のことだろう。

「最初の数回だけは遭遇したけど、いまではすぐに移動しちゃってるから忘れてた。あれに、イブキドなんとかが乗ってるの?」

「ああ」

「じゃあ、あれをとめちゃえばいいんだ」

 千鶴は簡単に言った。

「どうやって? 死ぬぞ」

「もう死んでるから、死なないんでしょ?」

 それは、ここの住人だけで、周防や千鶴には当てはまらない。

「まさか……」

 周防は、すぐに意味を理解した。

 千鶴の表情は、小悪魔のように微笑んでいた。思わず、鈴宮の顔を見てしまった。

 千鶴は、彼を犠牲にして、戦車を停止させるつもりなのだ。

「無茶なことを……」

 周防はあきれたが、千鶴のやる気がそがれることはなさそうだ。

「とにかく、やってみましょうよ。鈴宮さんも、いいですよね?」

「あ、ああ……なにをするかよくわからないけど」

 鈴宮ことが、気の毒になった。

「じゃあ、そういうことで」

 風が吹いた。


     * * *


 一輪戦車が近づいてきた。

「さあ、鈴宮さん!」

「え? おれが?」

 鈴宮が道の真ん中で、両腕を広げて立ちはだかった。

 だが、そんなことでは停止する様子はない。

「やっぱダメ!」

 轢かれる寸前に、千鶴は鈴宮の袖を引っ張って、よけさせた。

「──というわけで、失敗した」

 時間は進んで、合戦会議で報告した。

「だろうな」

 まったく期待していないようだった周防の態度に腹を立てつつも、千鶴はあきらめたわけではなかった。

「次よ、次!」


     * * *


 鈴宮だけでなく、テン蔵もつかって、一輪戦車を止めようとこころみた。

 が、本能的にそれだけではたりないと悟って、千鶴も道路上に並び立った。

「とまって──っ!」

 とにかく大きく叫んだ。

 やはりダメだ、と逃げようとしたところで、急ブレーキのかかる音が周囲を支配した。

 凄まじい砂ぼこりをまき散らしながら、戦車が停止した。

「やってみるもんだ……」

 自分で提案しておいてなんだが、本気でとめられるとは考えていなかった。

「で、これからどうするの?」

 鈴宮に問われたが、とめることだけしか考えていなかったので、すぐには動けなかった。とにかく、なかに入るか、逆になかから出てきてもらうしかない。

「話があります!」

 千鶴は、思い切ってそれを伝えた。

 その直後、不思議なことがおこった。

「え!?」

 周囲の景色が変わっていた。

 屋外ではなく、見慣れぬ室内にいた。

 千鶴と鈴宮だけが、どこかに瞬間移動してしまったようだ。

「ここは……?」

「ふふふ、だれかと思えば、ずいぶん可愛いお客さんだ」

 そこは、物語に出てくる洋館の応接室のように洗練されていた。

 千鶴たちを迎え入れたのが人間でないことも、それほど気にかからなかった。周防の言っていた意味がわかった。

「あなたが、イブキド……なんとかね?」

「左様。気吹戸主という」

「話があります」

「ほう。どんなご用かな?」

 険悪な意思は感じない。あくまでも平然としている。

「このループをどうにかして」

「なんのことかな?」

 イブキドヌシは、本当にわかっていないようだった。

 そういえば、周防がその話を聞きだしたのは、たしかこの神を殺そうとしたときだ。時間に強制力がかかって巻き戻る寸前に、その話をされたという。

 ということは、平常時では、この神にもそれが理解できていない……そういうことなのだろうか?

 では、どうする?

「ん?」

 千鶴は、右手の親指を向けた。

 この戦車のなかへ転移したときに、テン蔵は指にもどっている。

 テン蔵をイブキドヌシめがけて解き放った。

「なに!?」

 黄土色の輝きに、黄泉の海風神は貫かれた。

 そこで、時間が制止した。

「このループから抜け出す方法は?」

 時間法則を無視した千鶴は、イブキドヌシに問いかけた。

「そんなものはない。この転生は──」

「あ、それは以前、お聞きしました」

 聞いたのは周防だが、周防でよく理解できないのだから、中学生にわかるはずがない。

「聞いた?」

 イブキドヌシは、よくわからないようだった。

「周防さんに会ったことを知らないんですか?」

「なんのことかな?」

 ん? どういうことだ?

 そこで、時間が巻き戻っていた。射抜くまえに──。

「まだ聞きたいことがあるのに!」

 千鶴は、同じ攻撃を繰り返した。

 また時間が制止した。

 しかし、悠長に会話を続けるのは億劫だった。

「とにかく、率直に質問します! わたしたちは、どうすればいいの!?」

 あまりの問いかけに、イブキドヌシも驚いたようだ。

「これはこれは、なんとも愉快なお嬢さんだ」

 そう言って、笑い声をあげた。

「正しい状態で話をしようか」

 イブキドヌシは言った。つまり、制止していない状態ということだろう。

「でも、そうなったら、話が通じなくなるでしょう?」

「次は、大丈夫だと思うよ」

 しばらくして、時間が巻き戻った。

「あなたが何者なのかは知っていますよ、氷上千鶴さん」

 通じている……のか?

「それを知ってるなら、わたしがここに来た意味もわかるでしょう?」

「それはさすがに──」

 が、イブキドヌシは、まだなにかを言おうとしていた。

「こ、これは……!」

 唐突に、鈴宮がなにかに反応していた。時間の制止は鈴宮にも適用されていたが、いまは当然、普通の状態にもどっている。

「どうしたんですか?」

「あ、あれは……」

 鈴宮は、壁にかかっていた絵を凝視している。

「あの絵が、どうしたんですか?」

「め、めぐみ……!」

 女性が描かれた絵なのだが、どうやらその女性を見て驚いているようだ。

「こ、こんなところに……」

「鈴宮さん、どうしたんですか?」

「こ、この絵は、どういうことだ!?」

 それまでの鈴宮は理知的で、つねに冷静な人物であると感想をもっていた。だがいまの彼は、鬼のように形相を崩している。

「お目が高い。この絵は、私のお気に入りでね」

「そ、そうか……思い出したぞ! めぐみは、ここにいたんだ……」

 どうやら、鈴宮がなにかを忘れていたというのは、このことだったようだ。

「めぐみを返せ!」

 鈴宮がイブキドヌシに殴りかかった。

「鈴宮さん!」

 その拳は、空を切った。

「おや、おや、少し頭を冷やしてもらおうか」

 イブキドヌシの身体から、静電気のような火花が散っている。空気の流れでも速くなっていた。

「ま、まさかここで!?」

 凄まじい暴風が、室内を席巻する。

 風廟!


     * * *


「こんなことあるの!?」

 千鶴は、約束が破られたような気持ちを味わっていた。

 風の吹くタイミングがまったくちがう。最初のほうに吹いてしまうとは……。

「どうやら、最後だとは限らないようだ……展開によっては、いつでもこうなってしまう」

 鈴宮が言った。さきほどの激昂は冷めている。ループするということは、人間の感情にも、あるていどリセットがかかるのだ。

 地が振動しはじめた。あの一輪戦車が近づいている。

「鈴宮さん……冷静になれますか?」

「さっきはすまなかった……大丈夫だ。今回はうまくたちまわるさ」

 それを聞いて安心した。

 テン蔵を親指から出して、三人がかりで戦車をとめた。人間の最大の武器が経験だということに気づかされた。

 戦車がとまり、千鶴は呼びかけた。

 前回と同じように、べつの場所に飛ばされた。例の部屋だ。おそらくここは、戦車のなかなのだ。鈴宮が感情的になったあの絵も飾られている。

「おや、ずいぶん可愛いお客さんだ」

 まるではじめて会ったような対応だった。これで確信した。やはりイブキドヌシに記憶の蓄積はない。

「この絵は……?」

 怒りを押し殺した鈴宮が尋問した。

「ほう、お目が高い」

「いいから、答えてくれ。この絵のなかの女性はだれなんだ?」

「女神だよ」

 感嘆するように、イブキドヌシは言った。

「これほどの美しさは、女神だけがもつものだ」

「めぐみは、おれの妻だ。死んでここに来ても、妻はどこにもいなかった……おまえが、この絵に閉じ込めたんだな!?」

「それは心外だな」

「なんだと?」

「閉じ込めたわけではない。絵のなかで保護してるのさ」

「どういうことだ!」

「考えてもみたまえ、こんな根の国で苦しむより、絵のなかのほうが幸せではないか」

「なにを言う! めぐみを返してもらうぞ」

 鈴宮が、絵に近づいた。

「そうはさせない」

 イブキドヌシの身体が、風をまといだした。

 このままでは、前回と同じだ。

「ストップ!」

 千鶴は、二人のあいだに割って入った。

「まず、整理しましょう!」

 イブキドヌシも鈴宮も、険悪な雰囲気のまま動きを止めていた。

「あなたは、鈴宮さんの奥さんを絵に閉じ込めた。鈴宮さんは、奥さんをさがしていて、いま絵に閉じ込められていたことを知った」

 まず、イブキドヌシに詰め寄った。

「この絵から、奥さんを解放して!」

「なぜ?」

「人を絵に閉じ込めるなんて、悪趣味です!」

 至極もっともなことを口にしたはずだ。

「悪趣味とは、口の悪いお嬢さんだ」

 気分を害したふうもなく、冥界の神は言った。

「出してもらえませんか?」

「それはできない」

「どうして?」

「……このなかにいたほうが、幸せなんだ」

 それまでの、話しの通じない傲慢な神の瞳ではなかった。本気で絵のなかの女性のことを心配しているような真摯な姿がある。

「不幸になるの?」

 絵から出したら、幸せではなくなる──そういうことだろう。

「神力とは、根の国が生み出す力……人々からしぼりとった生命力だ」

「……なに、それ」

 繰り返す=転生する──それによってエネルギーが、という話はなんだったのだ。

「死者とは、そういうものだ。だからこそ根の国は忌み嫌われる」

「じゃあ、ここの人たちはエネルギーを吸い取られるだけなの?」

「そういうことだ」

「……吸い取られ続けると、どうなるの?」

「さあ、それはわからない」

 拍子抜けする答えだった。

「わからないのに、不幸になると思ってるの?」

 その質問がよほど意外だったのか、イブキドヌシは困惑の表情をつくった。

「私が不幸と言えば、不幸なのだ」

 急に話が通じなくなった。

「とにかく、不毛な問答は、これで終わりだ!」

 また風が来る。

「絶対に、救い出すからな!」

 鈴宮にも、引く気はないようだった。

 千鶴は、今度は阻もうとは思わなかった。

 事態を変えるには、ループする必要があると結論に達していた。


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