第二章 6 勧誘
街を歩いていると、眼の前に人が現れた。
このタイミングで会う可能性があるのは、彼しかいない。
「千鶴ちゃん」
「鈴宮さん!」
そのやりとりだけで、記憶がリセットされなかったことを理解した。
これで、千鶴と周防以外にも、ループの法則からはずれる人間がいることを証明したことになる。
だが、鈴宮は《鼓動》を受けた経験がある。普通の人間とはちがうかもしれない。となると、さらにべつの仲間で試さなければ。
「あのヒゲの人は?」
リーダー格だし、いつもとはべつの会話もすることができた。適任だろう。
「わかった。今回は、田島に打ち明けてみよう」
すでに二人は、街をあとにしている。あの一輪戦車の登場を待たずに、移動してしまった。鈴宮が覚醒した以上、あの場所でムダな時間をすごす必要はないし、なによりも同じことを繰り返すのに千鶴は飽きていた。
隠れ家につくと、鈴宮と千鶴の二人だけで田島と面会した。
「あのですね……」
二人がかりで、なんとか説明した。
「ループ? そうか……そんなことが」
思いのほか、のみ込みがはやかった。千鶴自身もそうだし、そういえば鈴宮にもそれがいえた。もしかしたら、みんなが不信感をもってループの世界を生きていたのかもしれない。
今回の目的は、鈴宮が記憶を継承したままループしたかどうかを確認することだった。とりあえずそれは果たしたので、あとは流れに従い、合戦の場面まで行き着いた。
「周防さん! つれてきた」
「鈴宮京介です」
「江島周防です」
おたがいが、微妙な表情だった。
「どうしたんですか?」
どうやら、面識があるようだ。が、いつどこで会ったのかわからない──そんな感じだった。
「オレのこと知ってますか?」
周防からの問いかけに、鈴宮はうなずいた。
「ああ、どこかで……」
五分ほど思慮の時間があっただろうか。
「……思い出した」
「どこで……」
しかし、そのことを確認できそうにはなかった。
三人の面会においても、戦闘はこれまでどおり続いていた。千鶴自身はなにもしていなかったが、テン蔵が敵との戦いを繰り広げている。
劣勢になったタイミングで、イブキドヌシが『風廟』を放ったのだ。
「いいか、このまま仲間を増やせ!」
「わかった! じゃあ、次で!」
* * *
鈴宮と協力して、段取りよく仲間にできそうな人たちに声をかけた。あのヒゲの田島も無事に記憶を継承したままだった。つまり、ほかの仲間にできそうな人たちも、この現象を説明して理解できれば、次のループでは記憶がリセットされないはずだ。
* * *
新たに仲間にできたのは、八人だった。男性が四名。そのうちの一人は、情報をもって隠れ家にもどった金髪のチャラい男性だ。三人が女性たちで、一人が老人だった。田島と鈴宮、そして千鶴と周防をふくめると、これで十二人がループのことを知ったことになる。
平原での合戦で、千鶴は周防のもとにその全員をつれていった。
「ねえ、思ったんだけど……仲間をつくっても、結局は繰り返しちゃうんだよねぇ」
戦いは続いている。同じ行動しかとれない人間も多くいるから、戦闘がなくなるわけではない。
「ああ。それでも、このループから抜け出す方法があるはずだ」
千鶴たちの集団は、戦闘エリアからは少し離れた位置に陣取っていた。一応、テン蔵だけでも戦いに参加させている。周防の考えでは、神側が不利にならなければ、イブキドヌシが『風廟』を使わないかもしれない。
「とにかく、次はその方法を考えてみよう」
周防がそう締めくくったところで、風が吹いた。
* * *
「ん?」
時間がもどったところで、千鶴は疑問を感じた。
「ねえ、ループさせないほうがいんじゃないの?」
合戦まで時間を進めて、周防に伝えた。
前回同様、戦闘エリアから離れて、みんなで集まっていた。
「……」
周防は、難しい顔になっていた。
「どうしたんだ?」
「いや……根拠はないが、ループはしなければならいんだ」
田島の問いかけに、周防はそんなことを口にした。
「どうして?」
「だから、根拠はないって」
千鶴は、戦闘風景を見回した。
いまはまだ、テン蔵を投入していないから、戦局は神側有利のままだ。
「どうするの? テン蔵を出したほうがいいの?」
「そのほうがいい」
だが、千鶴は提案してみた。
「このままだったらどうなるか、たしかめてみたくない?」
「それだと、永遠にループしないかもしれない」
「でも、そのほうがいいかもしれないし」
千鶴の独断で、もう少し様子をみることになった。
「あれ?」
戦況が変わっていた。不自然なほど突然に、神側が劣勢になっていた。
「どういうことだ?」
鈴宮の声にも、困惑の響きが強い。
「ループをすることも変えられないんだ」
周防は、至極冷静に言った。
「じゃあ、また風が吹くの?」
「だろうな」
そのとおりに、暴風がすべてを吹き飛ばした。
* * *
「ねえ、やっぱりあの技をつかう、イブキなんとかを倒しちゃうしかないと思うんだよね?」
合戦まで時間は進み、これまでと同じように、千鶴たちだけ戦いのおよばない安全地帯で会議をしていた。
「だがスタートする場所は、必ず同じなんだ」
「つまり……倒せる可能性があるのは、周防さんだけなんだ」
できる? という視線を千鶴はおくった。
「わからん。だがな……そんな悪いやつじゃないぞ」
それには、みなが「え!?」という顔で見返した。
「なにいってるんだ! あんな恐ろしいやつを」
田島をはじめとしたレジスタンスから異論があがる。
「……とにかく、なんとかできないの? あ、そうだ!」
千鶴はひらめいた。
「こっち側の人たちだけじゃなくて、あっちの人たちも仲間にできないかな?」
「ん?」
「だから、ループしていることを打ち明けるの」
「敵だぞ」
「このさい、そんなこと関係ないじゃん」
「……とりあえず、やってはみるが……」
もうそろそろ、風の吹く時間だ。
「じゃあ、次回つれてきて」
* * *
兵士に囲まれた。
まず仲間にできる前提条件として、決められた会話以外が通じるかどうか。
「いいか、聞いてくれ! 時間を何度も繰り返してる! わかるか!?」
「抵抗するな」
ここまでは、予定調和は崩せない。
しかし、このなかに一人だけ可能性のある兵士がいることを知っている。ループに気づいた回で、ちがうセリフを話していた人物がいるのだ。
「……」
「オレの言ってる意味がわかるな?」
ほかの兵士は無視して、その一人に語りかけた。
「……本当に、同じことを繰り返してるのか?」
「そうだ。これからレジスタンスとの戦いになって、イブキドヌシが風を吹かす。それでまた、ここにもどる」
「……なんだか、おかしな気がしてたんだよ」
千鶴の言っていたとおり、説得は簡単だった。これまでに違和感をおぼえていたのだろう。
「おれは結局、どうすればいいんだ?」
「とにかく、オレの指示にしたがってくれ──」
こうして周防は、仲間をつのることにした。
前線基地の兵士が一名、牢屋の番人が一名。
「こっちは、三人だけだ」
その三人を加えて、合戦時に例の場所で話し合った。
「じゃあ、その三人でイブキなんとかを倒しちゃってよ」
あいからわず、千鶴は無邪気にそんなことを口にしている。
「そんな恐ろしいことを……」
最初に登場する兵士の一人が、思わず声をもらしていた。
「そうだ、危険なんてものじゃないぞ!」
牢番の男も、それに続いた。
「三人いれば、大丈夫じゃないの?」
「何度も言うが、イブキドヌシはそんな邪悪な存在じゃない」
周防は、やはりそのことを整理したかった。
「でも、東京を襲った神の軍勢だって、見方をかえれば、道理は通ってたんでしょ?」
傲慢な人間に対する神の怒り──。
イブキドヌシの行動原理も、それに準じているだけではないのかと千鶴は主張しているのだ。
「とにかくさ、もっと仲間はいないの?」
三人だけだったところが、彼女は気にくわないらしい。
「これしかいなかったんだ。ほかの人間は話もできなかった」
「……それってさ、人間だけ?」
「ん?」
彼女は、なにが言いたいのだ?
「むこうにはさ、亡者とか、怪物とかいるでしょ?」
「……まさか、そいつらも仲間にしろと?」
「うん」
屈託なく、千鶴はうなずいていた。
それには周防だけではなく、鈴宮やヒゲを生やした田島という男も驚いていた。
「気は確かか?」
一同を代表して、周防は言った。
「失礼ね! よく考えて……このループしている状況は、敵側にとっても、どうにかしたいことだよね?」
「……」
「だとしたら、協力してくれるんじゃないかな?」
理にはかなっている。
「わかった。ムリだと思うが、やってみる」
風が吹いた。
* * *
人間でない存在に、こんな話をして通じるものだろうか?
前線基地で牢に入れられてから、周防はその活動を開始した。牢番の一人はすでに仲間となっているから、出ることは簡単だ。
基地内には、人間でない神──イブキドヌシいわく、下級の存在──や、さらに下に位置する餓鬼どもがいる。
まずはヒルコの部下である一人──いや一神をみつけた。見た目は、ほぼ人間だが、肌の質感や独特の雰囲気が微妙にちがう。
「おまえ、なぜここにいる?」
そう口にしたということは、本来のループに縛られていないということだ。
「気づいてるか? 同じ時間を繰り返してるんだ」
「……なにを言ってるんだ?」
そう口にはしても、表情は驚いていない。あきらかに、心当たりがあるのだ。
「わかってるだろ?」
「……そんなことをおれに言って、どうしようというのだ?」
「協力してもらいたい」
「協力? 人間のおまえにか?」
侮蔑をふくんだ笑みが返ってきた。
いや、ちがった。おもしろがっている微笑だった。
「おかしなやつだ」
「あんただって、繰り返しの時間から脱出したいだろ?」
「そんなことはどうでもいいが、おもしろそうだ」
こうして一神、仲間になった。
そのほかに、亡者が一人。
「それだけ?」
例の平原での会議で、千鶴は落胆を隠さなかった。
「しょうがないだろう」
ほかに該当する者はいなかった。会話が成立したのが、この二名(?)だけだ。
不思議な光景だった。戦闘はおこなわれている。そのすぐわきで、本来なら敵と味方に分かれている者たちで会議を開いているのだ。
「じゃあ、そっちのみんなで、イブキドなんとかを倒しちゃってよ」
「気吹戸主神様を?」
下級神が驚いたように声をあげた。
「だって、そうしないとループが永遠に続くんだよ?」
「それにしたって、恐ろしいことを……。あの方は、とんでもない力を有してるんだぞ!」
「やってみなきゃわからないでしょ!」
言い合いをはじめた千鶴と下級神に、周防は割って入った。
「わかった。とにかくやれるだけやってみよう。失敗したら、またループするだけなんだ」
下級神も亡者も、とても乗り気にはなれないようだったが、失敗しても結局は繰り返すだけになる事実を伝えると、なんとか思い直してくれたようだ。
「じゃあ、たのみますよ」
千鶴のお気楽な感じに少々腹を立てながら、周防は風に飛ばされていった。




